13話 綺麗な色をした
「綺麗な髪紐が売っていた!」
『そうなんですか!』
「あぁ!」
いつも通り夕食を食べていると不意に師範がそう言った。わざわざ話すという事はそれ程綺麗な髪紐だったのだろう。私は見た事のないそれを想像した。
「だからこれを君に!」
『……え?』
師範は小さな紙袋を取り出すと私に渡した。
「稽古を始めてから髪を切っていなかっただろう!」
『…あ、見苦しいお姿をお見せして申し訳ありません』
「そうではない!それに見苦しくも無い!」
稽古を始める前までは時間が有り余っていたから自分で暇潰し程度に髪を切っていたが、ここ数ヶ月は髪を切る気力すら残らない毎日で、手入れをするのを忘れていた。
『……わぁ、本当に綺麗…、』
紙袋を開けて中身を取り出すと、中には紙紐が入っており、赤と山吹色のそれは綺麗な布染めが施されていた。
『……綺麗ですね…、』
「あぁ!」
『師範にとてもお似合いです!』
「む?」
『え?』
師範が首を傾げるから、つられる様に私も首を傾げた。
「俺は、君に、と言ったんだ」
『……え?見せて頂けるって、事ですよね?』
「俺は見せる為だけに君に渡したと!そんな意地汚い人間に見えるのか!」
『違います!!』
「君にそんな風に思われていたとは!よもやよもやだ!はははっ!」と師範は笑いながらも空気をピリつかせた。
『……本当に私が頂いてしまっても宜しいのですか?』
「あぁ!その為に買ったんだ!」
『…あ!お幾らでしたか!?』
「君に贈る為に買ったんだ!払う必要は無い!」
『で、でも、見た所とても良いお店の物ですよね…?』
「それに贈った物の値段を聞くのは無粋と言うやつだ!」
『…………ありがとう、ございます』
私は絡まらない様に結ばれていた髪紐を解き、天井に向けて掲げる。
『……本当に綺麗、………………あ、』
「む?どうかしたか!」
私は髪紐と師範の前に突き出し、『おぉ!』と感嘆の声を上げる。
『…煉獄さんの髪と同じ色だから尚更綺麗に見えたんだ!』
「……」
私が違和感に気付きスッキリしていると、師範は少し微妙そうな顔をしていた。
「……あからさま過ぎただろうか、」
『……師範?』
「いや、何でもない!替えてみたらどうだ!」
『……お食事中に申し訳ありませんが、宜しいですか?』
「あぁ!」
師範からの許可を頂き、今結んでいる髪紐を解き、頂いた髪紐で結び直す。初めの頃はただ真っ直ぐな輪っかになっていない髪紐で髪を結ぶのに苦労したけれど、今となってはこの方が結びやすいとさえ感じていた。鬼滅の世界に来てから、それ程の時が流れていた。
『……どうでしょうか?…自分では見えないのですが…。』
「……」
『…や、やはり私なんかでは見劣りしてしまいますよね!この綺麗な髪紐は師範がお使いになった方が…、』
無言の師範に私は慌てて髪紐を解こうと手を伸ばす。するとその腕を掴まれて顔を上げると師範が真っ直ぐに私を見つめていた。
『……師範?』
私が呼ぶと師範はピクリと体を揺らし、ゆっくりと私の瞳を見つめた。その瞳があまりにも優しく、慈愛に溢れていてドキリと胸が高鳴った。
「…とても良く、似合っている」
『…………あ、りがとう、ござい、ます』
そう言って優しく微笑み私の頬を1度だけするりと撫でた。
「よし!夕餉の続きとしよう!」
『……はい、師範、』
私は突然の切り替えについて行けず呆然とする他無かった。
*********
『…えっ、カナヲ最終選別に出るの?』
「……そう。次の時に」
『…そっかぁ、』
私は蝶屋敷の縁側に座り、カナヲと話をしていると不意に最終選別出ると聞き私は息を吐き出す。
『………私、帰る』
「…え?」
『私も最終選別に出る!』
カナヲが最終選別に出ると言う事は彼がーー竈門炭治郎も最終選別に出るということ。つまり、もうすぐ原作が始まるという事だ。いや、既に始まっているのかもしれない。今夜にも彼の家族は鬼舞辻無惨に殺され、水柱ーー冨岡義勇に出会い、鱗滝さんの所で修行を行っているという事だ。
ーーー無限列車まで、時間が無い。
『……急がないと』
私が焦った様に立ち上がると、袖を引かれて振り返る。
「………大丈夫?」
『え?』
「……切羽詰まってるみたいだから」
『………』
心配そうに見上げるカナヲを安心させる様に頭を撫でると、カナヲは少しだけ頬を緩ませた。
『……大丈夫だよ。ありがとう』
「……うん」
私はとにかく走って屋敷へと向かった。
『……師範!』
「おぉ!名前か!急いでどうかしたか!」
『……お願いがあります!』
「何だ!言ってみろ!」
屋敷に戻るなり、師範の足元に跪き頭を下げる。
『……私を、最終選別に推薦して頂けませんか』
「良いだろう!」
『お願いします!どうか!』
「良いだろう!」
『そこをなんとか!』
「良いだろう!」
『お願いします!!………………え、あっ、ありがとうございます!』
私が顔を上げてお礼を言うと、師範は私の頭に手を置いた。
「……大丈夫だ。名前は強い」
『……はい、』
「最終選別なら問題なく突破出来る。なんたって俺の自慢の継子だ!」
『……頑張ります!』
私が大声でそう言うと、師範は満足そうに笑った。
*********
「名前ちゃ〜ん!」
『…あ、恋柱様!』
「蜜璃で良いのに〜!」
『ひゃ、百歩譲って、甘露寺様で、お願いします…』
「むぅ〜…」
茶屋で待ち合わせをしていた恋柱様ーー、甘露寺様に駆け寄り先程の会話をすると不機嫌そうに頬を膨らませてしまった。
『……可愛い』
「私は怒ってるのよ!」
『甘露寺様は何になさいますか?私は餡蜜にしようかな…』
「私はお団子にするわ!」
甘露寺様は楽しそうに笑いながら腰を下ろし、私もその隣に腰を下ろす。
「そういえば最終選別に出るのよね?」
『はい!緊張と不安がありますが、師範の期待に応えられる様に頑張ります!』
「それに2人は一緒に住んでいるんでしょう?」
『…?はい。諸事情により、私は住む場所が無いので…』
「って事は2人っきりって事よね!?」
『そ、そんなに興奮されて、どうしたんですか?』
「胸が高鳴るわ〜!」
『えぇ〜…?』
そう言って甘露寺様はどんどんお団子の乗っていたお皿を空にしていった。
『ただいま戻りました!』
「…む?甘露寺か!」
「お久しぶりです!今日は名前ちゃんをお貸してしまいすみませんでした!」
「時には息抜きも必要だからな!」
『直ぐに夕餉の準備をします!』
私が移動しようとした時、腕を引かれ振り返ると甘露寺様が私の腕を掴んでいた。
「私のせいで帰りが遅くなってしまったのよね?私もお手伝いするわ!」
『えぇ!?いや、甘露寺様の手を煩わせるなんて…、』
「名前ちゃん!私達はお友達でしょう!?」
『お、お友達…?』
私の両手を取って胸の前まで上げると、甘露寺様はグッと顔を寄せ詰め寄った。その気迫に私が少し上体を反らせると甘露寺様は更に顔を寄せた。
「お友達よね!?」
『…えっと、………ぅわぁっ、』
私が返答に困っていると肩を掴まれ、後ろに引かれて甘露寺様との距離が開く。
『……師範?』
師範は私の肩を掴んだまま真っ直ぐに甘露寺様を見ていた。後ろに引かれたせいで上体が師範の胸元に当たり薄らと熱を感じる。
『……師範?どうかしましたか?』
「……夕餉の準備は俺が手伝おう!甘露寺は明日も任務だろう!早く休んだ方がいい!」
「……へ?」
『師範?』
「そっ、そうね!明日も任務だし!帰るわね!」
『えっ?甘露寺様もご一緒に…、』
「もぉ〜!名前ちゃんったら水臭いんだから!こんなキュンキュンする事があるのに!」
『…きゅ、きゅんきゅん?』
甘露寺様は頬を赤らめて楽しそうに笑うと、師範に挨拶をして立ち去ってしまった。
『……あの、師範?』
「…なんだ!」
『…そろそろ、離して頂いても宜しいですか?夕餉の準備を…、』
「……あぁ!そうだな!」
師範はそう言って私の肩から手を離すと私の前に移動して私の両手を包み込んだ。
『……あの、師範?』
「なんだ!」
『どうして、私の手を握っているのでしょうか…』
「………何故だろうな!」
『……私が聞いたんですけど…、』
師範は少しの間そうしていると、満足したのか「うむ!」と声を上げて手を離した。
「夕餉にしよう!」
『は、はい…、』
前を行く師範の後を追うと、師範の顔は何処か嬉しそうだった。
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