先生と生徒








「あっ、名前ちゃんじゃ〜ん!元気?」

『百歩譲って名前で呼ぶのはいいけど、先生をつけなさい。名前先生!はい復唱!』

「てか聞いてよ〜!私この間振られたんだけど〜!」

『いや、もう、良いんだけどね?むしろ先生って呼ばれることが無さすぎて諦めてるけど…』





私は高校で教師をやっている。なのに呼ばれ方は“名前ちゃん”
初めの頃はもっと厳しく先生をつけなさいと言っていたが、高校生と言うのは先生の話を聞かない生き物である。すなわち、私は諦めたのだ。
別に先生って呼んでくれなくても、みんなは慕ってくれているし、きちんと先生扱いはしてくれている。



「そういえば次って名前ちゃんの授業じゃん」

『そうだよ。ちゃんと課題やってきた?』

「…課題なんてあったっけ?」

『私は自分のクラスの子でも減点はするからね〜』

「えぇ〜!?」



私は笑いながら教室を目指し、扉を開けて教室の中へと入る。今から授業をするクラスは私が担任しているクラスで他のクラスに比べて、贔屓と言われるかもしれないが、やはり愛着もあり、やりやすい。



『まだチャイムは鳴ってないから課題やるなら今だよ〜』




私がそう声をかけると何人かが焦ったように机の中をガサガサといじり出した。


『…はい、チャイム鳴ったから終了〜』

「えぇー!」

「まだ終わってないよ!」

『知りませ〜ん。はい、日直号令』



ブーブーと文句は聞こえるけれど、日直が号令をかけると静かになった。やはりこのクラスは心地いい。




『じゃあ58ページ開いて〜。前回の続きの竹取物語からね』



私がそう言うとペラペラとめくる音が教室に何個も響いた。私自身も教科書を開いて、顔を上げると1人の生徒と目が合った。



『…山田くん?手が動いてないみたいだけど…。教科書開いた?』

「…開いてる」

『そっか、ごめんね。……じゃあ前回の続きからで音読から入るね。読んでくれる人居たら手上げて』



と言っても相手は高校生。誰も手を上げることは無く、少しだけため息を吐き出す。



『音読してくれたら授業態度でプラスが付くよ?』


って言ってもみんなは読みたくないのか目を逸らす。仕方なく自分で読もうと思い、教科書を持ち上げると、ひょこりと手が上がる。



『…山田くん読んでくれるの?』

「…ん、」



山田くんは静かに立ち上がり、たどたどしくも文章を読んでくれて周りもそれを静かに聞いていた。




「ーーいとかしこく遊ぶ」

『うん、ありがとう』

「はい、」

『山田くんにプラス点入れとくからね』

「…あざっす」

『はい、じゃあ次読んでくれる人〜、……先生が読むね』



山田くんは見た目は怖いけれど、授業態度は真面目だし、積極的に発表もしてくれる(答えは間違ってるけど…)
分からないところは聞きに来てくれるし、最近はテストの点も少しづつではあるけど右肩上がりだ。




『…はい、じゃあ今日はここまで。残りの時間は課題が終わってない人は今やるように』

「ありがとう!名前ちゃん!!」

「名前ちゃん最高ー!!」

「名前ちゃん愛してる〜!!」



なんて軽口を叩く子もいて受け流そうとすると、ガタリと大きな音が響いて驚いて顔を向けると、山田くんが顔を真っ赤にして立ち上がっていた


「あ、あい、して、って…、」

『や、山田くん…?どうかした?』

「っ、いや、なんでも、ないです、」



我に返ったのか、ビクリと体を揺らしてまた席に着いたのを確認してみんなに声をかける。


『今はいいけど、ちゃんと他の先生がいる時には名前先生、もしくは名字先生って呼ぶこと』



生徒たちは素直に返事をすると各々好きなように過ごしているようだった。
私も椅子に座って次のクラスの授業の準備をしてしまおうと教材を開くと、ふと教科書に影が差した。


『あれ?どうしたの?山田くんは課題ちゃんと提出されてたけど…』

「あの、ここが、分からなくて、」

『あっ、ここ難しいよね』


山田くんは教科書を差し出して少し腰を折って私と一緒に教科書を覗き込んだ。


『椅子持ってくる?』

「…え?」

『腰痛くならない?……あ、若いからそんな事ないよね!ごめんね。それに聞いたら友達と話したいだろうし…。パパッと説明するね』

「…いや、椅子持ってくる」



1度席に戻ると、自分の椅子を持って、私の隣に腰掛けたのを確認して説明を始める。


『ーーってなるってこと。分かった?』

「…ん、多分、分かった」

『でも最近、山田くんの成績はちゃんと上がってきてるよ!教えてる私も嬉しいよ』

「…まぁ、先生が喜んでくれんなら、頑張る」

『勉強は自分の為に頑張るものです。』

「…」

『でも、嬉しいよ。ありがとう』

「…ん、」



山田くんは少し頬を染めて、口元を緩めていた。



『にしてもかぐや姫って本当に美人なんだろうねぇ』

「なんで?」

『だって何人もの人がかぐや姫に求婚してるんだよ?それだけ魅力的って事でしょ?私も婚活行ってみようかな…。』

「は、…はぁ!?こ、婚活!?」

『え?うん。そろそろ結婚してても可笑しくないし。私の周りでは結婚ラッシュ始まってるしさ。先生もちょっとその波に乗ろうかな〜って』

「いやいやいや!乗る必要ないだろ!ほらっ、先生若いし!平気だって!」

『先生と山田くんはほぼ干支一緒なんだよ?山田くんのお兄さんより断然歳上なんだから』

「でもっ、先生は平気だって!!」

『あれ?私1人で生きていけると思われてる?』

「そっ、そういう事じゃ!」



山田くんはまだ何かを言いかけようとしていたけれどチャイムが響いて、みんなが立ち上がる。



『ごめんね。せっかくの自由時間だったのに先生が話し込んじゃって時間無くなっちゃったね』

「いや、それは別に…、」

『また分からないところあったら全然聞いてね』

「はい、」

『日直、号令』




その間も山田くんの表情は晴れなくて、それが酷く引っかかった


********



「先生」

『ん?山田くん?どうかしたの?』

「課題で、分かんねぇところがあって…」

『そうなんだ。えっと、ここだと山田くんが居ずらいよね…。教室に待っててくれる?』

「…待ってる」

『ごめんね、すぐ終わらせるから』


放課後、職員室でパソコンをいじっていると山田くんが課題を持って私のところに尋ねてきた。
キリのいいところでパソコンを直ぐに閉じて立ち上がる


人気の少なくなった廊下を山田くんと並んで歩く


『山田くんは真面目だね。放課後でも聞きに来てくれるなんて』

「いや、別に」

『この調子で数学とか英語も頑張っていこう!』

「先生って数学と英語教えられんの?」

『私は無理だよ〜。特に数学は苦手でさ。学生のとこに凄く苦労したよ〜』

「…そうなんだ。あとは?何が苦手とか、これが好き、とか」

『ん〜、勉強は好きでもなかったかな〜。でも本を読むのは好きだった!…特に、漫画とか、』

「ははっ、それ勉強じゃねぇだろ」

『最近の漫画は面白いの多くて困っちゃうよね!そのせいでテスト作るのに時間かかっちゃうし!』

「漫画読んでるからだろ」

『仕方ないじゃん。面白いんだもん』

「意外と先生って子供っぽいよな」

『え〜?なにそ、れ』



バカにされたと思って山田くんを見上げようとすると、彼があまりにも嬉しそうで、大人びた笑顔を浮かべているから驚いて立ち止まってしまった


「…どうかしたか?」

『い、いや?なんでもない』






一瞬ドクリと心臓が跳ねたけど、きっとそれは驚いたせいだと思って、歩みを進める






教室に着いて、山田くんの前に腰を下ろし課題を覗き込む



『どこが分からない?』

「…先生ってさ、恋人、いんの?」

『……こら、課題分からないって言ったのは山田くんでしょ』

「やる。先生が答えてくれたらちゃんと課題やる」

『…はぁ。…いないよ。はい、じゃあ課題』

「どんな男が好き?」

『…山田くん』

「年下?」

『なんで年下オンリーなのかは分からないんだけど?』

「俺の願望」

『ショタコンだと思われてる?』

「違ぇって。あとはどんな性格の奴?」

『…課題は?やらないの?』

「俺の質問に答えてくれたら、やる」

『…じゃあ分かった。3つ。3つだけなら答えてあげる。答えたらちゃんと課題やること。いい?』

「分かった」



諦めて私がそう言うと山田くんは少し笑って体を少しだけ正した様だった




「じゃあ1つ目」

『さっきのはノーカンなのね』

「付き合うなら年上?年下?」

『…年上』

「…」

『なんで拗ねてるの』

「別に…」

『ほら、あと2つ』

「…2つ目は、どんな性格の男が好き?」

『…なんか恋バナみたいだね』




山田くんは真剣なのか私が茶化したのにも関わらず目をそらすことは無かった。

好きな人、好きな人のタイプね、と小さく口に出しながら必死に考える。よくよく考えてみればこの歳になって好きな人の性格なんて考えたこと無かった。学生の頃はこんな人!絶対こんな感じの人!と友達と語り合ったけれど、歳をとってからそんな事を考えている余裕は無かった。



『ん〜、や、優しい人…、とか?』

「あとは?」

『あ、あと?……自分より身長高い人?そんなに高くなくてもいいけど、私よりはって感じかな…』

「それと?」

『えぇ〜?…話が合う人とか?』

「どんな話?」

『好きな本の話とか、好きな食べ物とか。あと人混みが苦手だから、あんまりそういう場所をデートに選ばない人かな』

「人混みが苦手…、わかった」

『でも一緒に料理とか作ってみたいな〜。楽しそう!』

「料理、料理…」

『あ、1人で語って恥ずかしいね…。はい、最後。3つ目は?』

「…あのさ、先生」

『ん?どうしたの?』

「3つ目の、質問、なんだけどさ」

『うん』



山田くんは頬を染めながら机の上の教科書の上に乗っている私の手にするりと自分の手を重ねて、真っ赤な顔で私を見た。


『…山田、くん?』

「お、俺なんて、どう?」

『は、』

「や、優しくて、背が高くて、好きなもんの話が出来て…、一緒に料理して、」

『や、まだく、』

「俺なんて、彼氏に、どう?」








ん〜〜〜〜〜〜?










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