SECOND66
「俺は4月から東京や」
『実業団入るんだよね?』
「おん」
侑は自分の水を飲むとコトリと静かにコップを置いて名前を真っ直ぐに見つめた。
「確かに神戸よりは東京のが近いけど、それでも遠距離なのは変わらん」
『確かに…』
「やからまた約束事を決める」
『約束事…?』
侑の言葉に名前は更に首をかしげると、侑は人差し指を立てた。
「そんなに変わらんけど…。とりあえず浮気は絶対に許さんからな」
『……浮気、浮気って私そんなにフラフラしてる様に見えてるの?』
「実際にフラフラしとるやろ」
『してないし!!浮気するなら侑でしょ!?』
「すまん。よう聞こえへんかった。もっぺん言うて」
『だから!浮気するとしたら侑でしょ!』
「あかんわ。やっぱりよう聞こえへんわ」
『は!?だから!浮気するなら………ヒィッ!』
「浮気するなら……なに?」
侑の瞳から光が消えていたが、その口元は笑うように歪んでいて名前は恐怖から小さな悲鳴を上げて冷や汗をダラダラと流す。
「なんやったっけ?浮気するなら侑でしょ?って言うた?」
『い、言ってません…』
「なら俺の聞き間違いか?おかしいな?俺は確かに聞こえたんやけど」
『……す、すみません、でした』
まるで北にも似た圧を背に纏う侑に名前は顔を青くしながらいつもより拙い謝罪を口にすると侑はニッコリと笑いながらドスの効いた声で言った。
「次おかしな事言うたらぶち犯したるからな」
『すんませんしたぁっ!』
ぶち犯すの部分を妙に強調する侑に名前はテーブルに額をぶつけながら謝ると侑は名前の後頭部に弱く手刀を落として話を進める。
「名前は今の仕事辞めた無いんやろ?やから遠距離で我慢したるわ。それに俺も今以上にバレーで忙しなるしな」
『うぃっす。ありがたき幸せ』
「んで2つ目な。2つ目はすぐや無いけど俺と結婚する事」
『………急に、ヘビーですね』
「どこがヘビーやねん。俺は最初からそのつもりや」
『……結婚だよ?結婚。ちゃんと意味わかってる?何十年間も人生を共にするんだよ?』
「馬鹿にしとんのか。分かっとるわ。名前が俺以外と結婚してる姿なんて想像もした無いわ。まぁ結婚の前に同棲やな」
『……同棲』
「いずれは東京に来て欲しい」
侑の真剣な表情に名前は言葉に詰まる。今の仕事は嫌いじゃないし、地元だって好きだ。けれど侑と人生を共にするという事は、自分が侑について行かなくてはならない事を意味していた。
『…………少し、考えさせて欲しい』
「……」
『…侑を信じてないわけじゃない。……でも、それでも安定を手放すのは、やっぱり少し怖い』
「………まぁ、しゃーないな。けど結婚無しっていうのは無しやからな。絶対に名前は俺と結婚する。んで法的にも俺のものにする。離婚なんてしてやらんからな」
『…………少し、侑の執着心が怖いのですが…、』
「うっさいわ」
侑はペちっと名前の頭を弱い力で叩くとメニューを取り出し、ペラペラと捲りながら言葉を続ける。
「後の約束事はボチボチ決めてくわ」
『その約束事は私は作っちゃ駄目なの?』
「ええよ。けどくだらん事は言うなよ」
『くだらん事?』
「例えば好きな女が出来たらすぐに別れる、とかな」
『………へい』
「これから嫌って程俺がどれだけ名前に惚れとるか教えたるから覚悟しとけよ。正式にお付き合いを始めたんやからな」
『…………あの、』
「今更やっぱり付き合わないは無しやで。勿論そんな事言わんやろうけど」
『………お手柔らかによろしくお願いします』
名前が祈る様に手のひらを合わせて言うとメニューを見ていた侑は視線を上げて名前を見る。その表情はまるで悪戯を仕掛けた子供の様な表情だった。
「手加減なんてしてやらん。俺の本気を思い知ればええんや」
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