SECOND62
「ありがとうございました!」
「ええ試合やったで〜!」
「お疲れ様〜!」
ーー結論から言うと、稲荷崎は敗れた。
名前はガコンと音を立てた自動販売機から温か〜いと書かれたお茶を取り出して雲に覆われた空に向かって付けていたマフラーを少し下げて白い息を吐き出した。1月の寒空の中、外にいる人は少なく、名前はベンチを目指して足を進めた。
「…………何しとんねん」
『……こっちのセリフなんだけど』
名前が目指していたベンチには先客が居た。
「………座るなら、はよ座れや」
侑はトントンと隣を叩くと、名前はまた白い息を長く吐くと、マフラー外しながら隣に腰を下ろした。
『……選手が体冷やしてどうすんの』
「………汗は拭いたし」
『それは当たり前だから』
呆れた様に笑いながら侑にマフラーを付けると名前は持っていたお茶も侑に無理矢理握らせた。
『………』
「………」
二人の間に静寂が流れる。名前は自分の靴を眺めて時々指遊びをしているとポツリと侑が口を開いた。
「……サムが、高校でバレー辞めるんやて」
『…………………そっか、』
「…なんで、辞めるんか、俺にはよう分からんかった」
『……バレーを辞めても、治が治である事は代わりないし、バレーをやり続ける事が偉いわけでも成功な訳でも無いよ。現に私はバレーは高校で辞めたけどそこそこ幸せだしね』
「……サムと、似たような事言うんやな」
『治はなんて言ってたの?』
「ほとんど名前が言うた事や。…あと、飯に関わる仕事がしたいんやて」
『食に関わる仕事か〜…。治らしいね』
「………」
名前が口を開けて笑うと、侑は眉を寄せて顔を顰めていた。それを見て名前はクスリと笑った。
『バレーを辞めても2人は家族だし、兄弟だよ』
「……そんなん知っとるわ」
『バレーを辞めても死ぬわけじゃないし、幸せになれない訳じゃない。人によってはバレーを辞めたから幸せになった人だってきっと居る。幸せとか夢とかはやっぱり、人それぞれだから』
「……俺は、………」
『………まぁ、私も何となくだけど、侑の気持ちは分かるよ。言葉にしずらいよね。自分でも上手く言葉に出来ないっていうかさ』
名前は子供の様に不貞腐れた侑にゆっくりと言葉を続ける。
『……今日が2人≠フ最後の公式試合だったんだね』
「……」
『……やっぱり、寂しいね。……ずっと一緒にバレーが出来ない事は分かってたけど、…それでも、やっぱり……寂しい』
侑はぬるくなったお茶から片手を外すと、名前の手の甲に自分の手を重ねた。名前はピクリと手を動かしたが、すぐに力を抜く。
「……俺は絶対、サムより幸せになんねん」
『……また勝負してるの?』
「バレー続けて、日本代表にもなって、…80歳のジジイになっても、バレーすんねん」
『……ギネスだね、きっと』
「……お、っれは、絶対、幸せになって、っ、サムを馬鹿にっ、すんねん、」
『……うん、』
「今日の負けはっ、明日になればっ、昨日や、俺はっ、前しか向かん!」
『……ん、』
名前はゆっくりと手のひらを返して侑の手を握り返すと、侑は指を絡ませてグッと力を入れる。名前は痛みを感じたが、今はそれが丁度良かった。少しでも気が緩めば自分も涙が出そうになっていたから。
「おれはっ、もっともっと、強くなんねんっ、」
涙を流す侑に名前は小さく、うん、と返すと繋がれた手に力を込めた。
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