SECOND37


「苗字さん、稲荷崎の文化祭来てください」

『……角名くん?』

「はい」

『…スマホ治のだよね?』

「借りてます」

『あ、そう…』



仕事終わりに車に乗り込むと治から着信があり、出てみると相手は角名だった。名前は悟ったような表情を浮かべ、内容を繰り返した。


『文化祭?いつあるの?』

「基本土日ですね。だから来れますよ」

『私もう働いてるから。前みたいに暇じゃないから』

「土日仕事なんですか?」

『休みだけど』

「来れますね」

『…………それに侑の話だと土曜って話だったよ?』

「土曜日…?……あぁ。2日目を見て欲しいんで、土曜日来なくてもいいんで日曜日来てください」

『もうちょっと優しい言い方出来ないの?来なくていいって酷くない?』

「正直者で」

『おい、クソガキ』



スマホの向こうで角名が特徴的な笑いをすると、機会混じりの声が増えた。



「おい、それ俺のスマホや」

「あ、ごめん。間違えてた」

「嘘つくなや。間違えるわけないやろ」



治の言葉に名前は、やっぱり勝手に借りたのか…、と呆れた。すると角名の声が遠ざかり、治の声が鮮明に聞こえた。



「名前さん?角名に変なこと言われませんでした?」

『挑発はされたけど、変なことは言われてないよ』

「挑発はしたんかい」

「オッホホ」

『文化祭に来ないかって』

「そういやそんな行事もあったな」

『あんな輝かしい行事を忘れてるなんて…』

「飯食えれば何でもええわ」


スマホからジュルリとヨダレを吸うような音が聞こえて名前は呆れたように笑った。



『…文化祭かぁ…、行ってみたい気はするけどなぁ…、20歳越えのおばさん行っても平気?浮かない?笑われたりしない?』

「どんだけネガティブやねん。普通に卒業生とか来るんやから平気やろ」

『日曜日行くなら有給取らないとだよね…、月曜日の仕事辛すぎる…』

「俺ん家泊まります?」

『宮家に泊まるなら野宿するよ』

「なんでやねん」




治は少し笑うと、「文化祭の日程決まったら送ります」と言った次の瞬間、スマホの向こうが一気に騒がしくなった。



「サム!!何で置いて行ったん!?アイス奢れ言うたやろ!!」

「言うとらんわ、あほ」

「はぁあ!?今日俺の方がサーブ決めたから奢るって約束やったやろ!」

「それは一昨日の話やろ」

「そんなん関係ないわ!」

「侑いいの?そんな醜態晒して。嫌われちゃうんじゃない?」

「はァ?なにが醜態やねん。これが醜態なら約束守らんサムの方が醜態晒しとるやろ」

「……って言うてますよ。名前さん」

「名前!?」



治は責めるように名前の前を出すと侑が驚いた様な声を上げて声を裏返しながら言葉を発した。



「い、いや!俺は別に金が無いから奢って貰お思ってた訳やないで!?サムがサーブ下手くそなんが悪いねん!ほんまに金無いからやないで!?」

「必死すぎ」

「……ツム、名前さんと電話したいよな?」

「当たり前やろ!スマホ貸せ!!」

「…アイス奢りな」

「っ、……わ、分かった!ボリボリくんな!!」

「えっ、ケチ臭っ、」

「よっしゃ!言うたからな!忘れんなよ!」

「いいんだ…」



治と角名の声が遠くなると、小さく伺うように言葉を紡ぐ侑の声が名前の鼓膜を揺らした。



「……なんでサムとは連絡取っとん。俺には全然連絡くれんくせに」

『私から連絡したんじゃなくて、角名くんが勝手にかけてきたの』

「……何の話しとったん」

『文化祭があるから来ないかって』

「俺も誘ったやん」

『稲荷崎の文化祭って2日制なんだね?』

「っ!き、聞いたんか!?」

『う、うん…、ダメだった?』

「だ、だめって、いうか…、」



煮え切らない侑の返答に名前は少しムッとする。




『……なに?本当は来て欲しくないの?』

「ちがっ、2日目!2日目は見て欲しくないねん!」

『……ふーん、あっそ。じゃあ行かない』

「えっ、いやっ、…あ〜…、」





侑は項垂れたのかう〜…、と情けない声を上げながら言葉を探しているようだった。名前は少し大人気無かったと反省して、侑に声をかける。




『…ごめん、大人気なかったね。そりゃあ20歳過ぎたおばさんなんて見られたく無かったよね…、』

「なんでそうなんねん!!」

『え?違うの?』

「ちゃうわ!!俺が見られた無いって言うたのは!……い、言うたのは、」



また口をもごつかせた侑に、名前は言葉の続きを静かに待った。けれど侑から出たのは言って欲しかった答えではなかった。



「とっ、とにかく!2日目はあかん!でも会いたいから1日目は来い!!」

『…………』

「来てください!!お願いします!!!」

『………日程が決まらないと、なんとも言えないけど…、行けるようなら行くよ』




名前が静かにそう言うと侑は伺うように小さく「……怒ったか?」と聞いた。名前は相手は高校生で、難しい年頃だと思い出して声を高くする事を意識して言葉を繋げた。



『怒ってないよ。文化祭、楽しみにしてる』



名前の言葉に侑は安堵したように小さく息を吐いた。



「…俺も、会えんの楽しみにしとる」

『わっ、私が楽しみにしてるのは文化祭だけど…!?』

「俺は名前に会えんのが楽しみやねん」

『……』

「あ、照れた」

『うっさい!早く寝ろ!』

「早すぎやろ」



侑は楽しそうに笑うと、その向こうで治の呼ぶ声が聞こえて名前は慌てて侑に声をかける。



『ごめん!長電話した。気をつけて帰ってね』

「俺が話しとったんやから気にすんなや。名前こそ気ぃつけて帰れよ」

『うん、早いけどおやすみ』

「ん、おやすみ」




そう言って通話を終了して名前は車のエンジンをかけることも忘れ、スケジュール帳を開いた。




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