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『あっ、そうだ。治くん明日も私の家来る?』
「え?何?ここに一緒に住んで欲しいって事?今から荷物まとめてくるわ」
『話飛びすぎだし持って来ないで』
「え〜!?なんで!?なんでサムには聞いたのに俺には聞かんの!?」
『侑くんテレビ見てたじゃん』
「今は名前しか見とらん!」
『いや、テレビ見てて良いよ』
狭いソファに3人で座って、右隣でテレビを見ていた侑くんに気を使って左隣に座って私の手をいじって遊んでいた治くんに声をかけると先程の会話が繰り広げられた。私が侑くんに対応していると不意に治くんに取られていた手を少しだけ引かれ、顔を向けると少しだけ不機嫌そうな顔をした治くんが居た。
「……俺と話しとったやん」
『あ、うん。明日も家に来るならおつかい頼みたいんだけどいい?』
「ん、ええよ」
私が立ち上がって仕事用のカバンから付箋を取り出して買ってきて欲しい物を書いてソファに戻り治くんに渡すと内容を確認しているのか、じっと付箋を睨んで私に返した。
「……治へって書いて」
『えぇ〜…』
「はァ!?俺には!?俺には無いん!?」
「うっさいわ。あと大好きって書いて」
「はぁあ!?」
『……はいはい』
私は付箋を受け取って机に置いたままのペンで治くんへ、と書いて下の方に大好きと書き足した。
「……これスマホに貼ってええ?」
『………それは治くんが恥ずかしくない?』
「恥ずかしくない」
そう言って治くんはスマホカバーに貼り付けていた。
『…買い物する物も書いているんだよ?恥ずかしいよ』
「明日透明なカバー買ってくるわ。そんで中に入れる。そしたら折れへんし汚れへん」
『……そうだね』
「サムだけずるいやん!!俺にも書いて!!」
『ちょっ、揺らさないで』
右隣に座っていた侑くんに腕を掴まれてぐわんぐわんと揺らされる。治くんは余程嬉しかったのか付箋を大切そうに指でなぞっていて、少しだけ擽ったくなった。
「…書いてくれへんならサムのスマホ風呂に落とす」
「させへんし、カバーだけでも守る」
『いや、スマホを守ろう?高級精密機械だよ?』
守る様に腕の中にスマホを持って背中を向ける治くんが可愛くて、その背中にピタリと左腕をくっつけて少しだけ寄りかかる。
「…………あかん、今一瞬心臓が止まったわ。急に可愛ええことせんでください。」
『可愛い事をした覚えは無いんだけど…』
「そうやってサムばっか贔屓!!!!」
『えっ、ちょっ、重っ、』
そう言って侑くんは私の背中に抱きついて体重をかける。勿論、70kgオーバーの高校生を支えきれる訳もなく、治くんの方へと体が傾く。すると治くんは背中を向けていた上体を私の方へと向き直して私を抱きとめてくれる。
「……天国やな」
『……しょぼい天国だね?』
「サムに抱きつくなや〜!!」
『侑くんのせいだけどね!?』
私が振り返って文句を言おうと首を捻ろうとした時に背中に回っている治くんの腕にギュッと力が入れられて、治くんを見ると眉を寄せて拗ねたような顔をしていた。
「……ツムには書かんといて」
「なんでやねん!!ずるい!!」
「俺がおつかい頼まれたんや」
「それもおかしいやん!なんでサムなん!?」
『……治くんの方がしっかりしてそうだったから?』
「傷付いた!!俺は傷付いた!!」
「…名前さんはやっぱり俺の事分かっとるな」
そう言って嬉しそうに笑った治くんは私の頬に頬擦りをした。運動部で年頃の男の子のくせにスベスベな肌に少しだけ腹が立って頬を離して頬を抓ると治くんは一瞬きょんとしたけれど直ぐに私の頬を両手で包み込んだ。
「なに?甘えたなん?可愛ええ」
『高校生に有るまじき肌質に腹が立った』
「え〜?まぁ俺は名前さんから触れてくれる事少ないから嬉しいけど」
「イチャイチャすんな!!!」
『うぐっ、重い…』
「ツム、名前さん潰れんで」
「俺のが寂しさで潰れそうや!」
「意味分からん」
グイグイと体重をかけられて、間に挟まれて居る私は内蔵が出そうな感覚に陥る。
「書いてや〜!侑愛しとる!って書いて〜!」
『文面変わってるし!』
「書いてくれへんのやったらこのまま名前ぺしゃんこの刑や〜!!」
『う゛っ…、分かった!分かったから!次のおつかいの時に書くから!』
「え〜…、次ィ〜?」
「……次も俺に頼んだらええやん」
『交換!交換ずつ!!』
「……まぁ、ええわ。次は絶対俺やからな!」
『つ、潰れるかと、思った…』
侑くんが退いてくれたおかげで新鮮な空気を沢山吸い込んで体を起こすと、治くんに手を引かれる。
「……なんでツムに書くんですか」
不機嫌そうに眉を寄せて唇を尖らせて言う治くんの髪を撫でて宥めるようにゆっくりと言葉を吐く。
『…交換制にすればまた新しいの書けるじゃん。次までに可愛い付箋買っておくから』
「……」
私がそう言うと治くんは小さく「…約束ですよ」と呟いた。それに私が頷くと私の手を取って自分の頬に当てるとそのまま手のひらにキスを落として私を見上げる。
「……次は愛してるって書いてください」
「それは俺が言うたやつやろ!」
『………それは流石に恥ずかしい』
私が渋ると2人は声を合わせて「嫌や、嫌や」と合唱を始めた。そんな2人を見て少し字の練習をしようかなって思った。
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