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「名前〜、指先乾燥したからクリーム塗って〜」
『私は宮くんの家政婦じゃないんだけど…』
「家政婦なわけ無いやん!名前は彼女やろ?」
『わぁ〜、勝手に彼女にされてるぅ〜。ストーカーの思考だよ〜、お巡りさーん』
「それに侑でええって言うとるやん。サムの事は名前で呼ぶくせに」
『はいはい、侑くんね』
私がリビングで座っている侑くんの隣に腰を下ろすと嬉しそうに笑って私を横から抱きしめて、首筋に1度だけキスを落とす。
『……大丈夫?この子帰る気ある?』
治くんはソファに寝転がりヨダレを垂らしながら眠っていて、私は溜息を吐く。
「サムの事は今はええねん!クリーム塗って!」
『…はいはい』
差し出されたハンドクリームを見る。
『……………これ、私のだよね?』
「塗って〜」
『どこから見つけてきたの?私の仕事のカバン勝手にいじったね?』
「これで俺も名前と同じ匂いや〜」
聞く耳を持たない侑くんの態度を見て諦めて、クリームを少し出すと、子供の様にキラキラとした瞳で楽しそうに私の右手を差し出した。
『人にベタベタ触られて気持ち悪くないの?』
「名前やから平気。他の奴やったらまず触らせへん」
『…ありがたき幸せ』
「フッフ、せやろ〜?」
両手で侑くんの右手を丁寧にマッサージしながらクリームを馴染ませる。
『はい、次は左手ね』
「おん」
左手も同じ様にマッサージしながらクリームを塗り込むと、侑くんは嬉しそうに両手を天井に向かって伸ばした。
「めっちゃええ匂い!」
『それは良かった』
「次は俺がやったる!」
『え?いや、私はいいよ』
「はい!」
また楽しそうにクリームを自分の手に出して両手を伸ばしてきた侑くんに私は溜息を吐いて右手を乗せる。
「俺めっちゃ上手いで〜?」
『あ、そう…、』
侑くんは私の右手を真っ直ぐと見ていて、それが擽ったくて身動ぎをする。ささくれ大丈夫だったかな?とか、爪の形整えておけば良かったなんて考えていると不意にするりと指の間に擽ったさが走ってビクリと体が揺れる。
「……え、」
『あ、ご、ごめん、ちょっとびっくりした』
「………」
侑くんは少しだけ目を見開くと、ニヤリと目元を歪めた。私はその笑みに嫌な予感がして慌てて右手を引こうとしたけれど強い力で掴まれた。
『もっ、もういいよ。十分クリーム塗れたし…、』
「いや、まだ終わっとらん」
『っ、』
「またビクってしたな?また驚いたん?」
侑くんの手が厭らしく私の手を撫でて、時にまるで私の手を包み込む様に手の甲の上から手が重ねられる。
『侑くん、』
「…可愛ええなぁ」
侑くんは私の手を絡め取って指を絡めると、繋いでいない方の手で私の顎を掬い上げる。自然と視線が交わって侑くんの真剣な眼差しに一瞬呼吸が止まる。
「…名前、」
『〜っ、』
掴まれている顎に少し力を入れられて唇が少しだけ開いて、間抜けな顔をしている気がして顔が熱くなる。けれど侑くんは表情を変えずに顔を寄せる。
「……なにしとんねん。盛りブタ」
「痛ぁ!?」
突然侑くんの体が左に揺れたと思ったら、侑くんの背後に治くんが立っていて片足が上がっていて、侑くんを蹴ったのだと気づいた。
「空気読めや!!サム!!」
「誰が読むか。むしろ危険な空気を察知したわ」
「危険てなんや!俺と名前の甘〜い雰囲気やったやろ!!」
「そんなもん存在せん。いつまで手握っとん。離せ」
「嫌や!絶対に離さへん!」
治くんは不機嫌そうに眉を寄せると侑くんの隣に腰を下ろした。そして右手を差し出した。
『…え?』
「俺にも塗ってください」
「はァ!?俺が言い始めたんやぞ!」
「そんなん関係無いわ」
「あかん!名前も俺以外の男の手は握ったらあかん!」
『握るって…、ハンドクリーム塗ってるだけじゃ…』
2人は言い合いを始めていて、私が2人の手を片手ずつ掴むと2人は私の方へと顔を向けた。
『じゅ、順番…、っていうのは、どうですか?』
「…まぁ、仕方ないわ。けど俺が先や」
「ツムはもうやって貰ろたやろ。俺や」
「俺はセッターやから俺のが先や」
「セッターは関係無いやろ、アホか」
「なんやと!?」
そしてまた言い合いを始める2人だけれど、その手はがっしりと私の手を握っているのが可愛くて小さく笑った。
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