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『……宮くん離れて』
「治でええ言うとるやん」
『……今から包丁使うから危ない』
「でも離れた無いわ」
仕事終わりに家に帰り、台所に立った瞬間に自分の家かのように、ただいまと言って家に入ってきた宮くんーー、治くんは私の姿を見るや後ろから抱きついてお腹に手を回して私の肩に顎を置いて覗き込んでくる。
『お腹に手を回すのやめて。お肉がバレる』
「このくらいが丁度ええと思いますよ?触り心地最高や」
『撫でるな!!セクハラで訴えるぞ!?』
「そんな事言ったらエロい事出来ないやん」
『する予定無いから安心して』
「俺は今すぐでもええんやけど」
『じょ、冗談ですよ〜!治くんったら〜!』
急に声が低くなるのやめて欲しい。本当に恐怖を感じた。
『そう言えば片割れは?』
「………俺に片割れなんて居ったかな?」
『わぉ、存在を消してる』
「名前さんは俺の事だけ考えてや」
『あっ!ちょっと!』
私の首筋に顔を埋めたと思った時にはべろりと首筋を舐め上げられる。そしてガジガジと甘噛みが繰り返される。
「……名前さんって食うたら美味そうやな」
『人間なんですけど!?』
私だって今では軽い口調で言い返せるけど、最初噛まれた時はビンタをかました。だっていきなりそんな事されたら誰だって驚くし危機を感じる。けれど私がビンタをすると治くんは頬を抑えて頬を赤くして「…名前さんってそっち?俺、名前さんの為なら頑張るわ」って息を荒らげてて本当に怖かった。
「…なぁ、名前さん、」
『なに〜?包丁使ってるから動かないでね。うっかり首元とか切っちゃったら困るから』
「首って確実に狙いに来とるやん」
私がトントンと切って行く間もリップ音を鳴らしながら首筋に唇を落としている。それに慣れてしまっている自分が怖くなった。次の食材を切ろうと手を止めた時、不意に手が重ねられる。
「名前さん、」
『だからなに?』
私が少し顔を後ろに向けると思ったよりも治くんの顔が近くてドキリと心臓が音を立てた。そのまま顔が寄せられて小さく戸惑いの声を上げるけれど治くんは気にした様子も無く、瞼を少しだけ伏せた。
「何しとんねん!!!!!」
「……ちっ」
「盛んなら別のブタで盛れや!!」
「俺が盛んのは名前さんだけや」
「知らんわ!!俺が居らん間にキスしようとしたな!?」
「自主練しとったんやないのか」
「終わらせてダッシュ出来たわ!!名前を離せや!!」
「嫌や」
『…あの、アパートだから声静かにして』
治くんはぎゅうぎゅうと私に抱きつき、現れた片割れに舌を出す。
『………とりあえず、ご飯にするから離れて』
2人は言い合いをしながらリビングにきちんと座ってくれて少しだけ可愛いなと思ったのは秘密だ。
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