I


「……あなたは、」

『……え?』




仕事帰りに歩いていると、知らない男の子に声をかけれた。




「……少し、話しませんか?」

『………』





白髪が特徴的な男の子は北信介くんと名乗った。私達は公園のベンチに腰を下ろして、私はボーッと遊具を眺めた。




「稲荷崎バレー部の主将をやらせてもろてます。北信介です」

『…バレー部』

「双子がいるバレー部です」

『……』




北くんは真っ直ぐに前を見てそう言った。




「……最近、あの2人と何かありました?」

『………特に、何も無いよ』




本当の意味の何も無い≠セ。本当に会ってもいないのだから、何も無い。



「…そうですか」

『……』





私が答えると北くんは少し前屈みになって膝に肘を付いた。



「…最近、あの2人調子悪いんです」

『……スポーツなら、そういう時もあるんじゃない?』

「確かにあります。けど、2人のはそういうのじゃ無い感じがします」

『……』

「…精神的に、というか、何処かボーッとしてる気がするんです。バレーに対して貪欲な2人が。コンビミスしてもどちらも怒鳴ること無くただ、練習を行う」

『……』

「このままじゃ大きな怪我に繋がりかねません」

『……何が、言いたいの』





私がそう言うと北くんは上体を起こして真っ直ぐに私を見た。



「…あの2人を支えて貰えませんか」

『……私が、あの2人を支えられるわけないじゃん』

「何でですか?」

『むしろどうして北くんは私みたいな人間があの2人を支えられると思うの?』

「…苗字さんは2人にとって特別だからです」

『……』




ヒヤリと心臓が跳ねた。その言葉は、私が1番聞きたくない言葉だから。



『…北くんは、動物飼った事ある?』

「は?……………いや、無いです」

『そっか。じゃあ小学校とか中学校の時、先生とか仲の良い先輩とか後輩は居た?』

「どういう、意味ですか?」

『何でもいいよ。敬愛でも友愛でも親愛でも、』

「……確かに、顧問の先生も先輩方も尊敬してました」

『…中学校を卒業して、少し寂しくなかった?それが信頼してる先生でも、嫌いな先生でも。先輩後輩でも。もう会うことが無いんだって思うと、途端に嫌いだった相手でもほんの少しだけ寂しさを感じるでしょ?』

「……そうかも、しれません」




私はフッと笑ってベンチの背に体重を預けて曇天の空を仰ぐ。





『…どんな相手だって、別れは来る。そうすれば少なからず寂しさはある』

「……」

『でも、時間が経つとその寂しさも薄れていって…………忘れる』

「……忘れる」





私は立ち上がって、北くんの瞳を見つめる。





『大丈夫だよ。あの2人は弱くない。すぐに忘れて、また強くなる』

「……」




そうであって欲しいと、そう、思う。






「……そうでしょうか」

『………え、』






北くんは立ち上がって、前にある遊具を見つめる。





「…どんなに時間が経っても、忘れられない事だってあるんやない?」

『……』

「例えば俺は小学校の時、得意だった教科で100点が取れへんかった。勉強だってした。復習も予習もした。なのに取れへんかった。その時の悔しさは未だに覚えてる」

『……』

「……人間は嫌な事はすぐに忘れる便利な生き物やって聞いた事ありますけど、本当に悔しかった事とか、楽しかった事とか大切な事とか、……意外とそういう記憶はずっと頭に残るもんやと思うで」

『………』

「それを無理矢理忘れようとしたって人間は機械やないからそんなことは出来へん」





少し微笑んで言う北くんに、自然と唇が震えて声が漏れる。




『……でも、忘れたい時は、どうしたらいいの、』

「……」

『どうしても忘れなくちゃいけないときは、どうしたらいいの…?』




北くんは振り返ってニカリと笑った。




「そんなん、忘れなきゃええんとちゃうの?」

『ーっ、』

「思い出なんていらん」

『……』

「うちのバレー部の横断幕の言葉です」

『……私は、思い出を大切にしたい』

「確かにそれもひとつの手段やと思います。けど、ずっと思い出に浸っとっても前には進めん」

『…』

「思い出は大事やとも思います。でも思い出よりもこれからどうするかの方が大事やと思います。過去を忘れる必要は無い。けど、ただ思い出を大切にするなんてそんなん、なんの意味も無い」

『……だって、思い出しか、無いんだもん』




唇を噛んで、歳下のー、それも高校生に大人気なく声を震わせる。




『…思い出しか、無いんだもん、それしかないのに、どうしたらいいの…、』

「……これからを作ったらええと思います」

『……無理だよ、これから、なんて、』

「出来ます」

『…できないよ、』




北くんは私に背を向けて歩き出すと、ふと振り返って芯のある強い言葉で私を射抜く。



「……それは自分で進もうとせんからじゃないんですか?」

『………』

「進もうとしない奴には思い出しか残らん」



そう言って北くんは少し頭を下げて公園を出て行ってしまった。




『……仕方、ないじゃん、……私にはもう、思い出しか、ないんだから』



辺りには雨なんて降っていないのに、何故か私の所だけ雨が降っていた。











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