005
『あれ?婆ちゃん出かけんの?』
「タオル忘れてもうたみたいでな…」
『信介が?珍しいな』
学校が終わって名前が北の家に慣れたように入ると、玄関では北の祖母が靴を履いている所だった。
『………』
数ヶ月前に転んで腰をぶつけているのを知っている名前は眉間に皺を寄せたまま声をかける。
『…婆ちゃん、まだ腰本調子じゃないだろ。俺が持ってくよ』
「ええの?…でも名前何か用事あったんやないの?」
『別に無いよ。暇だから信介の部屋でゲームやってようかと思ってただけ』
「それじゃあ頼んでもええ?」
『うん』
名前はタオルを受け取ってリュックも下ろさずにまた学校を目指した。
*******
『……』
名前は体育館に辿り着いたが扉の前でウロウロと行ったり来たりを繰り返していた。
『……』
チラリと中を覗くと部活が行われていて、話しかけられる雰囲気では無く、だからといって2階で休憩を待つという選択肢は無い。2階は女子生徒で溢れ返っている。
「…あれ?お前…、」
『…え?……あ、えっと、宮…、』
「治な。ここで何しとん」
『えっと、信介…、』
「…しんすけ?」
治は今部活に来たのか汗はかいておらず、タオルを持っていた。それを不思議に思っていると治は首を傾げた。
「なんや?」
『えっと、今から部活?』
「なんか委員会で呼ばれてん」
『…そうなんだ』
侑とは違い、騒がしくない治は侑と比べて比較的話しやすかった。このまま治にタオルを頼んでしまおうと顔を上げて口を開くと治の隣に同じ顔が増えていた。
「苗字やん。何しとん?」
『み、みや?』
「どっちも宮やけどな〜?」
「汗が付くやろ。離れろ」
「どうせ今から汗かくやろ!」
治はそう言うと名前の方へと顔を向ける。
「で?なんやったっけ?」
『あ、えっと、信介…、呼んで欲しくて』
「しんすけって誰や?」
「それが分からんねん。2年に居ったか?」
『に、2年じゃ無くて…、』
「そういや言うの忘れとった」
名前の声が届かなかったのか治は名前の言葉を遮り、頭を軽く下げた。
『…え、なに、』
「ツムと喧嘩した時に階段から落としてもうたやろ。謝んの遅なった。ごめん」
『ぁ、うん、もう、いいよ。別に何とも無かったし…、』
「はぁ!?俺ん時はめっちゃキレとったやん!なんでサムには優しくしとんねん!」
治からは謝罪をしている気持ちがしっかりと見られたが、侑には見られなかったのだから当たり前だと名前は眉間にシワを寄せる。
「しかも妙にサムとは仲ええやん」
『…騒がしくないし』
「ツムはうっさいねん」
「はあぁあ!?」
その声がうるさいと何故気づかないのか名前は不思議で仕方なかった。すると2人の後ろから声が聞こえた。
「侑、練習始まるで。治ははよ準備せぇ」
「は〜い」
「遅れてすんません」
「委員会ならしゃーないやろ」
『信介!』
「…名前?」
「「…信介!?」」
北は名前を見つけると首を傾げた。双子は声を合わせて目を見開いて名前を凝視する。
「どうしたん?」
『お前がタオル忘れたから俺が持ってきたんだよ』
「…そういや無かったな」
『たまに抜けてるのやめろよ…、』
名前が呆れたように小さく笑ってタオルを渡すと北は小さくお礼を言って名前の頭を撫でる。
「信介って北さんの事やったんですね。」
「そうやけど、治はええからはよアップせぇ」
「はい」
治は北に言われ体育館の中へと姿を消した。侑はずっと名前を見たまま視線を逸らすことは無かった。
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