MSBY ブラックジャッカル
時事ネタですので、嫌な気分になった方は申し訳ありません。
「自粛暇やぁ〜〜!!」
『まぁ、仕方ないよ』
名前は床で寝転がって手足をバタバタと動かす侑に見向きもせず洗濯物を畳みながら答えると侑はピタリと動きを止めて名前をジトリと見る。
「…………なぁ、……なぁなぁ」
『なぁに〜』
ウニョウニョとイモムシの様に床を這って移動した侑は正座している名前の膝の上に頭を乗せると名前は慣れているのか退かすことなく侑の顔の上で洗濯物を畳んだ。
「ぶべっ、………なぁ、なぁなぁ!」
『だから、なぁに?』
「今世間がこんなやから練習も出来へんやろ?」
『そうだね〜』
「そうなると運動不足が懸念されるやん?」
『懸念なんて難しい言葉よく知ってるねぇ〜。侑くん凄いね〜』
「テレビで言っとった!」
『テレビか〜』
「ってちゃうねん!言いたいのはそういう事やなくて…!」
侑は洗濯物を畳む名前の手を取るとその手を自分の頬に当てるとスリスリと猫のように頬擦りをした。
「…せやから俺とすけべな運動せぇへん?」
『せぇへん。はい、退いて』
「冷たぁ!?」
名前の冷たい態度に侑は自分を抱き締めるように腕をクロスして肩を掴むと名前は侑の頭を押しやって立ち上がって畳んだタオルや洋服を持ってリビングを出て行ってしまった。
「………名前〜…」
『いつまでも寝転がって無いで、トレーニングしたら?』
「………名前が冷たくて動けへん」
『ジムに行けないからって器具いっぱい買ったんでしょ?使わないと勿体ないよ』
自粛が始まり、ジムやトレーニングに行けなくなった侑は急いでネットでトレーニング器具を大量買いして余っている部屋に置いたのだが、まだ1度も使っていない。
『それに私、10時から打ち合わせあるし』
「……へ?…でも名前は受付やろ?」
『人手が足りなくて事務経験のある人は手伝わないといけないの』
「…大変なんやな…、」
侑はそんな名前の姿を見て、自分もやるか、と気持ちになって自室でジャージに着替えてリビングに戻ると、服装を変えた名前が居た。
『あ、やる気になった?』
「…………その格好」
『これ?…どうせ上半身しか見えないから制服着てるの上だけで良いかな〜って』
名前の格好は上はきっちりとした制服、けれど下はパジャマの短パンでちぐはぐな格好だった。
「……なんか、…………ええなぁ〜!」
『ちょっ、寄ってこないで!』
侑は瞳をキラキラと輝かせながらジリジリと名前に両手を伸ばして近付くと、その分名前は両手を伸ばして…、まるで野生動物の機嫌を損ねないようにしながら逃げようとする人間の様だった。
『おっ、落ち着いてっ!侑!ジャージ着たんでしょ!?トレーニングする気になったんでしょ!?』
「俺的には名前とすけべトレーニングが好ましいんやけど…」
『そんなトレーニング無いよ!?』
名前はチラリと時計を確認して、慌てて鞄からPCを取り出すと起動して床に座り込む。
「………ちぇっ、」
侑は小石を蹴るように右足を振ると、名前のいつもより少し高い声が耳を揺らした。
『おはようございます!…すみません、ギリギリになっちゃって』
「いや、大丈夫だよ。むしろ苗字さんに手伝わせてごめんね。」
『いえいえ!お互い様ですから!』
機械混じりの男の声が聞こえて、打ち合わせって男なんかい、と侑は出そうになった舌打ちを慌てて飲み込む。
「でも苗字さん、処理が早くて本当に助かるよ!受付辞めてうちの部署来ない?」
『私には無理ですよ〜』
相手は声的に20代後半から30代前半だろうか、思ったよりも若い男にイライラが募った。そんな世間話どうでもええから、はよ打ち合わせ始めろや、と言ってしまいそうになったが、流石にそれはまずいと思って自分を落ち着かせる為にフーっと息を吐いたとき、
「苗字さんの家綺麗だね〜、良い奥さんになりそう」
はぁ〜!?俺ん家ですけど!?MSBYブラックジャッカルで日本代表の俺の家ですけど〜!?同棲しとるから名前の家でも間違いは無いけどな〜!?でも俺が家賃払っとるし〜!?
『えっ、本当ですか?嬉しいな〜!』
嬉しいな〜、やないわ!!俺の家ですけど!?むしろ俺がお礼言ったろか!?あっ、俺の家褒めてもろてありがとうございます〜、って!!映りに行ったろか!?
「ーっ、」
侑はイライラを隠す様にトレーニングルームに向かい、ストレッチをしてランニングマシーンに乗りスタートさせる。
なんっやねん!!俺ん家ですけど!?俺の彼女ですけど!?さっきまであの膝には俺の頭が乗ってましたけど!?むしろ昨日の夜俺が上に乗ってましたけど!?良い奥さんになるぅ〜!?もう人妻みたいなもんですけど!?俺が既に開発してますけど!?
侑は頭の中で唱えながら30分のランニングの後、筋トレや軽いボールを使ったトレーニングを繰り返した。
『……侑〜?』
控えめにコンコンと扉が叩かれ、顔を向けると控えめに扉から顔をだけを出した名前が現れ、消え始めていた苛立ちが再発した。
「………良い奥さんになりそうな苗字さんやないですか〜、何かご用ですか〜?」
『…なんで機嫌悪いの?』
「べっつに〜…?」
侑は唇を尖らせてメディシンボールを持って腹筋をして上体を捻るのを再開させると、名前は控えめに侑の隣に座り込む。
『……なんで機嫌悪いの?』
「悪くないですけどぉ〜」
『言い方が既に悪いじゃん…』
名前は汗をかいている侑の短い前髪を撫でるとまるで子供をあやす様に優しい声を出した。
『……どうしたら機嫌直してくれる?せっかく一緒に居れるんだから喧嘩したくないよ』
「…………」
その言葉に侑の心はグラグラと揺れた。確かにプロになって日の丸まで背負っている侑は日本を飛び回ることはざらにある。会えない期間が1ヶ月なんて可愛いくらいだ。けれども侑の頭の中にはさっきの男の声が充満していた。名前の可愛いお願いを取るか、男の事を問い詰めるか、…なんて2択が侑の頭に現れたが、そんなのは意味なかった。侑が名前を取らないわけが無いのだ。
「……ごめんな、名前、俺、……は、」
素直に謝ろうとした時、侑は驚きのあまり目を見開いて小さく息を吐いた。名前が自分の腹より少し下に乗って胸板に両手を付いて侑の唇に自分の唇を重ねて何度か啄むとまるで情事を思わせる様に少しだけ腰を前後に揺らした。
『……ト、トレーニング、終わったら、…侑の、…、…その、……すっ、すけべな、トレーニングに、つ、付き合う、から、』
「………………へっ?」
名前は顔を真っ赤にして、すけべな、という所は聞き取れない程小さな声でそう言うと、侑もつられる様に顔を赤くし声を裏返らせた。名前はそのまま立ち上がってパタパタと部屋を出て行くと取り残された侑は呆然と去って行った扉を見つめた。
「……………………どうすんねん、これ、」
我に返った侑は膨れ上がった自身のモノを見つめて深い溜息を吐き出した。
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