MSBY ブラックジャッカル


『買い物手伝ってもらっちゃってごめんね。本当に助かったよ〜。お店の方は大丈夫?』

「はい。今のところは大丈夫です」

『今日手伝ってくれたお礼に今度は治のお店手伝いに行くよ』

「いや、いいです」

『遠慮しないで〜』

「いや、名前さん料理上手うま無いんで本当に大丈夫です」

『…………』




名前はエレベーターの扉の前に居る治を下唇を噛み目を見開いて血走らせ睨みあげる。



「ツムと同棲しとるんですか?」

『してないよ。たまに侑のマンションに来て泊まってるだけ』

「無駄にええ所住んですからね」

『そうそう!無駄に部屋は広いしベッドなんて超ふかふか!!』

「ここでええんですか?」

『うん!今鍵開けるね』



名前は鞄から鍵を取り出して差し込んで回すと聞こえる筈の解錠音がしなくて首を捻る。


『……あれ?開いてる?』

「ツムが鍵閉め忘れたんとちゃいます?」

『えぇ〜…』




名前は眉を寄せながら苦笑を浮かべて扉を開ける。すると中から低い声が名前と治の鼓膜を揺らした。



「……仲良く2人で買い物かァ?あぁ゛!?」

「ツム居るやん」

『あれ?本当だ。今日帰り遅いって言ってなかった?』

「何普通に会話しとんねん!!俺はキレとるんやぞ!?」

「そんなんいつもやろ」

『そうそう。デフォでしょ?短気が初期装備でしょ?』

「ん゛〜!!この2人ほんまに腹立つ!!」




治と名前は慣れた様に侑を躱すとキッチンにガサリと食材の入った袋を置き、冷蔵庫に仕舞って行く。侑はそんな名前の背中にベッタリとくっつき首に手を回して抱きしめる。


「なんでサムと買い物行っとんねん」

『だって買い物多かったんだもん』

「俺に言えばええやろ」

『練習あったじゃん』

「言えば買い物くらい付き合うわ!」

『そんな事言って面倒くさがるじゃん』

「そっ、そんな事、無いしっ、」

『それより離れて。邪魔だから』

「じゃっ、邪魔やとっ!?」

『う゛ぁっ!くびっ、ぐびじま゛っでる゛!』




侑は名前の言葉にショックを受け、反動で腕に力が入り、名前の首を締めてしまい名前が苦しそうに侑の腕を叩く。



『苦しいってば!!!バカかぁ!?』

「ぐばぁっ!」




名前は侑の鳩尾を肘で突くと咳き込みながら喉を摩る。侑は鳩尾を抑えながら床に蹲ると涙目で名前を睨みあげる。




「なんでサムとデートなんかしとんねん!」

『それ今言うこと!?まずは私に謝るべきじゃない!?』

「俺かて名前とデートしたい!!」

「俺はただの買い物や。被害妄想も大概にせぇよ」

『治が車出してくれるって言うから』

「俺かて車出せるし!」

「無免許が何言うとんねん」

「おっ、俺今から免許取ってくるわ!」

『何実家に戻れば免許ありますけど?みたいなテンションで話してんの?免許自体取ってないでしょ』

「〜っ、」




侑は悔しそうに唇を噛み締めると名前にガバッと抱き付き、ぎゅうぎゅうと抱きしめる。



「サムの車乗ったんか!?サムの車の助手席乗ったんか!?」

『乗ったけど、離れてよ』

「なんでそんなカップルみたいな事しとんねん!」

『それがカップル風に思ってるならタクシーの運転手は何人の人と付き合わないといけないの?』

「俺かてかっこええ車乗って名前の事メロメロにしたい!」

『はいはい、メロメロ』

「サムと車乗って写真でも取られたらどうすんねん!」

「俺は有名人か?」

『おにぎり屋さんと一般人の写真撮るって誰得?』




侑はがるると動物の様に治を威嚇すると名前の頬を両手で包み込んでキスをしようと顔を寄せる。




「がっ、」

『何をするつもりだ、貴様』




それにいち早く気付いた名前は侑の顔面を片手でガシリと覆うようにアイアンクローの容量で掴む。すると侑が名前の手を掴み口を開く。



「何ってキスやんか!!」

『それは分かってるよ』

「なんで嫌がんねん!………はっ!もしかしてほんまにサムと…!」

「おい、俺に失礼や」

『治や、それは私に失礼だとは思わないかね?』

「ちゅーさせろ〜!!」




侑を躱しながらキッチンに立つと治が慣れた様に食材を準備し始める。



「飯作るの手伝うんで俺も食って行ってええよな?」

「ええわけないやろ!」

『良いよ。1人で作るの面倒臭いから助かる』

「サム居ったらイチャイチャ出来へんやん!あーんも出来へんのやぞ!?」

『あーんなんてした事ないよね?いつもしてます感出すのやめて』




侑は後ろから名前に抱き付いて肩に顎を乗せると不貞腐れた様に唇を尖らす。



「……名前は2人の時やないと冷たい」

『変えてるつもりは無いですけど?』

「…侑クンは寂しいわ」

『はいはい、今から包丁使うから離れて』

「………」




侑は背中を丸めて傍から見ても落ち込んでいるのが分かる程しょんぼりとした顔をしてリビングへと姿を消すと治が小さく笑う。



「…ツムの扱いが前より上手なってますね」

『上手いって言うか、雑になったって言うか…』

「高校の時にツムの事甘やかしすぎやったんですよ」

『そんなつもりは無かったんだけど…』




そんな会話を繰り返しながら食事を作り、侑の機嫌は直らないまま日が沈んでいった。




*******




『……あと30分くらいかな』



名前はパーキングに車を停めると、近くにあるカフェに入り飲み物を購入してパーキングを目指して歩いていた。




昨夜、侑の機嫌を損ねてしまった名前は侑の機嫌を取る為にサプライズで練習終わりの侑の迎えに来たのだ。




「……あなた、」

『え?』




パーキングに辿り着き、ドアに手をかけた所で後ろから声が聞こえて振り返ると見覚えの無い女性が名前を見て目を見開いていた。



『…えっと、何処かでお会いしたことありましたっけ?』

「………いえ、ありません」

『…え?』




思いがけない言葉に名前は首を傾げる。



「…けど、私は知ってます」

『…え、』

「……宮くんの、」





女性は侑の名前を出すと名前をキッと睨む。それに名前は驚き、ビクリと体を揺らす。



「……もしかして、付き合ってるんですか?」

『あ、…えっと、その、』

「……付き合ってるんですね」





名前が気まずそうに頬を掻くと女性は大きく綺麗に彩られた瞳に涙を浮かべる。




「……どうして、あなたなんですか?」

『……え、』

「…あなた、烏野でしたよね?」

『……』




そこまで知っているのか、と名前はハッと息を小さく吐く。




「私は宮くんと3年間、同じクラスでした」

『…』

「…1年生の時から、ずっと好きだったんです、」

『……』

「彼がプロになっても、ずっと、」





彼女は綺麗な顔を悲しそうに、苦しそうに歪めてポロポロと涙を流す。その姿があまりにも痛ましくて名前は顔を歪める。




「っ、どうしてっ、あなたなんですかっ、」

『……』

「私だって、努力したっ、宮くんの隣に居てもっ、釣り合うようにっ、いっぱいっ、いっぱい努力したっ、」

『っ、』

「なのにっ、どうして、あなたなのっ、彼に想ってもらえるような人なら宮くんじゃなくたって良い人が居るじゃないっ、」

『……』

「どうしてっ、私じゃないのっ、」



彼女の言葉に名前はハッとする。



『…私、は、』




ーー侑に好かれる為に何か努力をして来ただろうか

ーー私は彼女の様に長い間侑だけを思って来ただろうか

ーー私はただ、運良く侑が中学生の時から彼を見てきただけじゃないのか


ーーどうして、私なのだろうか






『……わたし、は、』

「そんなの簡単や」

「っ、みや、くん」

『……あつむ、』




名前の肩を抱き寄せて優しく抱きしめると侑は名前の頭をゆっくりと撫でる。名前の手に握られていた飲み物が入ったカップをするりと抜き去ると名前の車の上にコトリと置いた。名前はふわりと香る侑の香りに安心して肩の力が抜ける。


「確かに名前は俺やなくてもええかもしれんけど、」

『…侑、』




侑の言葉を否定しようと口を開くと、侑は後頭部に回していた手を胸元に押し付ける様に力を込める。




「…俺が名前やないとあかんねん」

「宮、くん、」

「俺を応援してくれるんは勿論嬉しいで。けど、俺が好きなのは名前やねん」

「っ、」

「憎いのも、好きなのも、このババアだけやねん」

「なんでっ、私じゃ、だめなのっ、」

「…あんたじゃ俺が憎む程、俺のなかには居られへんよ」

「わたしっ、ずっと、みやくんのことっ、」

「ごめんな」

「っ、」

「それに面倒なんやけど、このババアの頭は余計な事しか考えられへん様になっとんねん。あんまり余計な事は言わんで欲しいわ」



侑がそう言うと女性は顔を隠す様にその場を去って行ってしまった。



「…名前、」

『…どうして、私なの、』

「ほんまに面倒な事しか考えられへん頭やな」

『……』

「名前は何も考えずに、俺だけを考えて、俺だけを知って、俺だけを好きになっとったらええねん」

『……』

「俺が好きや言うて」

『…私は侑が好きだよ』

「んで、俺も名前が好きや」

『…』

「それだけで十分やろ」



侑は名前の頬を包み込みゆっくりと唇を合わせると優しくフッと口元を緩ませ、名前の髪を耳にかける。



『……』

「うぉっ!?」




名前は侑の胸元に顔を埋めるように抱き付くと静かに涙を流した。



「……珍しく甘えたさんやな〜?いや、可愛ええけど」

『……好きだよ、』

「………おん、知っとる」

『…本当に好き、』

「……おん、」

『…気付くのが、遅かったけど、でも、侑の事が好きな気持ちは、誰にも負けない自信がある、』

「…まぁ、気付くのはほんまに遅かったな。待ちくたびれるかと思ったわ」





侑は名前の髪をサラリと撫でてそのまま名前の頭にキスを落とすと優しく、けれど力を込めて名前を抱きしめる。



「俺は今が幸せやから、辛抱強く待ってて良かったわ」




そう言って侑は幸せそうに頬を染めて愛おしそうに瞳を閉じた。











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