MSBY ブラックジャッカル
「……最近、名前がおかしい」
「…またツムの被害妄想か」
「被害妄想ちゃうわ!」
「名前って誰?」
「あぁ、角名は知らんか。俺とツムが中学の時からバレー教わっとった人」
「おいゴラァ!角名!名前を呼び捨てにすんなや!」
「……そういえば烏野のトレーナーだった人?」
「そう!そんで今は俺の彼女や!」
「へぇ〜」
タイミングが重なり、侑・治・角名の3人で個室の居酒屋で飲んでいると侑が机に頬を付けてまたボソリと呟いた。
「…最近帰ってくんのが異様に遅いねん」
「普通に仕事やろ」
「仕事だね」
「…ちゅーしようと避けられるし」
「それはいつもやろ」
「侑が執拗いんじゃない?」
「…夜もそういう雰囲気になんのにサラッと流されんねん」
「それはツムがうざいんやな」
「侑が執拗いんだよ」
「なんで全部俺のせいやねん!角名は執拗いしか言わへんやん!」
「だって面倒臭いし」
「なんやと!?俺は本気で悩んどるんやぞ!」
「ツムの悩みが小さくて羨ましいわ」
「小さい!?俺の悩みが小さいやと!?」
「…この酔っ払い面倒臭いんだけど」
「このまま俺が悩み続けてバレーに支障をきたしたらどうすんねん!日本の損失やぞ!?」
「影山居るし平気やろ」
「平気だね」
「お前らは俺の友達やろ!?心配せぇよ!」
面倒臭そうに治と角名が顔を歪めると、治は溜息を吐き出して口を開く。
「…結局ツムは何が言いたいん?」
「名前が浮気しとるかもしれん!」
「……無いやろ。名前さんはそういう所はしっかりしとるし」
「俺もパッと見しか知らないけど、面倒臭い事はしなさそうな人じゃん」
「浮気しとるかもしれん!!」
「……どうしたいねん、お前は」
治が諦めた様に侑に問いかけると、侑は内緒話をする様に顔を寄せた。
「なんで個室やのに小声で話そうとしとんねん」
「名前が明日出かけんねん」
「で?だからなんや」
侑はバッと立ち上がり両手を腰に当てて胸を張って口を開く。
「尾行や!!」
「……」
「……」
個室に角名のスマホからシャッター音だけが響いていた。
*******
『じゃあ私出かけるから』
「おん」
『あと今日はこのまま自分の家に帰る』
「ん〜、」
侑はソファに腰をかけながら生返事をすると名前は小さく溜息を吐いて、部屋を出た。
「……」
のを確認した侑はすぐさま立ち上がり、扉を開けて名前の姿が無いのを確認して鍵をかけて後をつける。
「……サム!角名!」
「…なんで俺らも付き合ってんの?」
「…バックれた方がツムが面倒臭くなるの知っとるやろ」
「……」
「なにしとん!はよ行くぞ!」
近くの公園で待ち合わせた治・角名と合流をして、3人で名前の後をつける。
『誠くん!』
「おっ、来たな」
『待たせてごめんね』
「俺も今来た所」
名前はひとりの男を見つけると走って近寄り、親しげに声をかけて2人で歩き出した。その2人を見て侑は額に青筋を浮かべる。
「あァ゛?誰や、あの男」
「随分と仲良さそうやな」
「しかも年上っぽさそう」
「……あのくそビッチ」
侑は2人の後に続くと、名前と男はショッピングモールへと入って行った。
『誠くんは仕事順調?』
「まぁ、ぼちぼちだな。名前は?転職して結構経つけど」
『まぁ、ぼちぼち』
「ぼちぼちくらいが丁度いいな」
『そうだね〜』
2人は気の抜けるような会話を交わすとスポーツ用品店へと足を進めた。侑は苛立ちを隠すこと無く足音を鳴らして2人の後に続く。
「…侑のあれは隠れる気あんの?」
「頭に血が上って何も考えて無いんやろ」
幸いにもスポーツ用品店には棚が多く、尾行するには最適だった。
『これなんて良いんじゃない?』
「あー、確かに。これなら気にせずに使えるな」
『これなんかも似合いそう』
「…ちょっと色が派手じゃないか?」
『え?そう?』
2人はタオルやTシャツなどを選びながら、時々名前は男にTシャツを合わせて会話を楽しんでいる様だった。
「あのアバズレ…、俺にもあんな事した事無いやん」
「彼女に対しての口悪過ぎない?」
「…まぁ、拗らせとるからな」
「つーか誰やねんあのクソメガネ。俺の方がイケメンやろが」
「人間顔じゃない事が今証明されるかもね」
「あのくそババアただじゃおかんからな…」
「おい、ツムの瞳から光が消えとるぞ」
そんな侑の事を知らない名前は誠と呼ばれる男の袖を掴んで引き止めると上目遣いで首を傾げた。
『誠くん、私近くにあるオムライスのお店行きたいな…』
「…お前な、」
その姿を見た侑からブチッと何かが切れた様な音がしたと思った瞬間には侑は走り出していた。
「…こんのぉおおぉぉぉ!!くそビッチがあぁぁああ!!」
『は?……え?侑?』
「…侑?……宮侑!?」
名前が振り返ると男も振り返り、侑に気づき目を見開く。
『侑?なんでここに?』
「なんでここに?やないわ!!浮気しおって!!」
『はぁ?浮気?』
「え?なに?名前って宮侑と付き合ってたの?」
「なに人の女呼び捨てにしとんねん!!」
『誠くんに喧嘩売らない!』
「誠くんやと!?」
「…名前さん」
『あれ?治までどうしたの?』
「とりあえず侑の奇行のせいで周りの目が痛いので移動しませんか?」
『……あ!角名くんだ!』
「どうも」
『どうも』
「名前さん挨拶もええですけど、移動しましょう」
『え、あ、うん』
「……おい、名前、俺ずっと宮侑に睨まれてるんだけど?」
『あぁ、元々目つき悪いから気にしないで』
「いや!目つき悪いとかの問題じゃないだろ!目が血走ってるぞ!」
「ころすころすころすころすころすころすころすころすころすころす」
「呪い!?」
そんなこんなで5人でファミレスへと移動し、角名・治・侑で腰を下ろし、名前と誠で座ると侑が苛立った様に机を人差し指でトントンと叩く。
「んで?言い訳はあるんか?」
『言い訳も何も…、』
「言っとくけど俺は別れんからな。お前が他の男好きになろうと、他の男と結婚しようと別れさして俺のモンにするからな」
「凄い執着だね、笑う」
『どこに笑う要素があるの?』
「今は俺が話しとるやろが」
『いや、だから、この人は嶋田誠さん。繋心くんと高校で同期』
「で?」
『えっと、もうすぐ繋心くんの誕生日でして…、そのプレゼントを買いに来ました』
「2人でェ?」
「いや本当はもう1人居たんだけど仕事で来れなくなって…、」
「……女か?」
『男』
「はぁあん!?」
侑は机をバンと叩いて立ち上がると身を乗り出した。
「お前!ほんまもんのビッチか!?あぁ!?」
『……すぐにビッチって言うのやめなよ』
「うっさいわ!!あほ!!ボケ!!ダボ!!」
「悪口が小学生並やな」
『…2人で出かけたのは悪いと思ってます』
「………嘘やな」
『うん』
「くそババアァァァ!!!」
侑は名前の胸倉を掴もうと手を伸ばすが治に抑えられ未遂に終わる。
『だって私が一緒に繋心くんのプレゼント選びに行こうって言ったら、絶対に嫌や!って拗ねて先に寝ちゃったじゃん』
「……そんな覚え無いわ」
『その後何話しても機嫌悪くてふーんしか言わなかったし』
「………」
「ツムが悪いわ」
「はぁ!?なんで俺やねん!」
すると嶋田が控えめに手を挙げて口を開く。
「とっ、とりあえず、次からは宮くんも一緒に来れば問題無いんじゃないか?」
「………………嫌や」
「うっわ、侑ワガママ」
侑は眉を寄せて唇を尖らせると視線を少し逸らして口を開いた。
「……次からは俺が買い物付き合う」
『…繋心くんのプレゼントでも?』
「……おん」
『ちゃんと話聞いてくれる?』
「…おん」
『適当にこれでええやろ、とか言わない?』
「…言わん」
すると侑は名前と視線を合わせた。
「やから他の男と出かけんなや」
「侑心小さっ」
「ツム流石にそれは無理やろ」
「うっさいわ!!!」
名前は小さく溜息を吐き出して困った様に笑うと侑と視線を合わせ口を開く。
『分かった。でもちゃんと約束守ってね?』
「おん」
******
5人で買い物をして自宅に帰ろうとした名前を引き止め、侑の家に帰ってくるとソファに座っている名前の隣に侑が腰を下ろす。
『……』
「……なんで止めんねん」
侑が名前に顔を寄せると顔の間に手のひらを入れてキスを拒むと侑は眉を寄せて不機嫌を露わにする。
「なんでキスすんの嫌がんねん」
『嫌がって無いよ』
「じゃあこの手はなんや」
『キスは嫌じゃないけど数が多すぎ』
「…そんな多くないやろ?」
『え?みたいな顔してるけど数多いから。暇あるとすぐキスしようとするじゃん』
「……せやったっけ?」
『そのせいで唇をカサカサになって切れた事あるんだけど』
「……夜も嫌がっとるやん」
『夜?』
「最近ヤってないやろ」
突然の話に名前は目を見開く。
『……別に、嫌じゃないよ』
「……」
『嫌じゃないけど、その、数も多いし、1回すると、なかなか、終わらないじゃん…、』
「仕方ないやん!」
『それに、』
名前は唇を噛んで頬を染め、視線を逸らすと小さく呟いた。
『…は、恥ずかしい、』
「…………は?」
『あ、侑は慣れてるのかもしれないけどっ、わ、私は、まだ、恥ずかしい…、』
「……なんやねん、それ」
侑は俯くと、震える声で言葉を紡ぐ。
『…侑?』
侑の態度に名前が名前を呼ぶと突然の浮遊感に襲われてヒュッと喉が鳴る。
「なんやねんそれ!!!可愛すぎやろ!!」
『えっ、ちょっと!侑!?』
侑は名前を抱えると寝室へと足を運ぶ。名前はそれに気づいて侑の腕を叩く。
『侑!?ちょっと!シ、シないよ!?』
「そんな可愛ええ顔で可愛ええこと言われて我慢出来るわけないやろ!!」
侑は名前をベッドに下ろすと触れるだけのキスを落とす。
「要は恥ずかしく無くなるまでヤってら慣れればええって事やろ?」
『………は?』
「心配せんでもすぐに善くしたるわ」
『いや、侑…、』
次の日、名前が起きたのは昼過ぎだった事は言うまでもない事だろう。
← ∵ →