宮城の冬は冷える。それは冬という季節の名のもとに当たり前の事だけれど、雪こそ大して降らないものの強い風が吹く土地柄か、降雪地域出身者でも身を屈めるような時期が地元の冬であった。うっすらと積もった雪は今年に入って二回目で、びゅうびゅう突き刺さる風から逃げるように電車に乗る。三十分に一本の下り列車に乗れば見知った顔が自分を見つけておやと不思議そうに瞬いた。

「あれ、大地じゃん。なんで?」

お前歩きじゃなかったっけ、と寄ってくる友人に笑ってなんて話そうかと思ったところで電車が走り出す汽笛が鳴った。ゆっくりと動き始めた車輪に諦めたように足を止める同じ制服の中に知った顔でもいたのか視線が移る。あいつ乗れてねーの、とにやにや可笑しそうに揶揄しながら取り出した鮮やかなカバーのスマートフォンを操作するのはきっともう姿も見えない彼に連絡をしたのだろう。俺もしないとと黒の機械を出してアプリを呼び出す。緑のタイトルをタップして呼び出すのは目の前の友人のカバーと良く似た髪の男だった。


男と会うのはいつも中心部から電車で20分ばかり離れた無人駅で、あまり乗り降りの多い駅ではないそこで開閉ボタンを押すと友人らは驚いたようにまた瞬きをした。学校帰りに帰宅ではなく行く場所としては心底意外だったのだろう、本格的に驚いた顔をされたのでなにか言われる前に電車を降りる。暖房の効いた場所から踏み出した外は刺さるような鋭さを持っていて一度ぴんと背筋が伸びた。制服の中をマフラーの間から冷やされる感覚に体がこわばって、それからすぐ弾かれたようにぶるりと身震いして首を竦める。マフラーを鼻先まで引っ張りあげて降り立つ駅は真っ暗で静かだった。走り去っていく電車のライトが眩しくて目を細める。轟音とともに光が遠くなって頼りなく白青い蛍光灯だけが残った。薄く積もった雪に薄い足跡を残して歩く。くたびれた駅だと思う。青と白と灰色で構成されたような空間を進んでくたびれたプラスチックの椅子の前に立った。はっきりとした色のない空間はいつも心臓のあたりをざわめかせるので、そこにある黄色に知らずほっと息をつく。

「照島」

鮮やかな黄色は白に照らされても変わることがない。


呼びかけると男は一度なんだという顔をして、それから俺に気付いてぱっと表情を変えた。目に痛い緑色のイヤフォンからは軽快な音楽が流れ出ていて、それに目を向けるとバツが悪そうな顔で音を止めた。しまわれる電子機器の色はこれまた目に痛いブルーで騒がしい。鼻の頭が少し赤くて、なんとかの三原色とやらを思い出した。赤青緑。黄赤青。なんのものだったのかはわすれてしまったけれど。

「悪い、待ったか?」
「やー、そうでもないっすよ」

山の上にある烏野と中心部寄りの条善寺では電車の本数が違って、会う約束をすると待つのはいつも照島だった。ぐすりと一度鼻を鳴らして、ひょいと身軽に立ち上がる。行きますかとこれまた派手なリュックを背負って歩き出した足元は革靴で、自分のスニーカーと比べて本当に何から何まで合いやしない。大地くん?と不思議そうに振り返った頭が大きく揺れる。なんだか無性に可笑しかった。

小さな駅の近くには歩いて15分かそこらのところにひとつコンビニがある。駅で待ち合わせて、そこからだらだら歩いてそこへ向かうのが俺たちの常で、すべてであった。ひっそりとした道をいつもよりもペースを落として歩きながらするのは適当な話で、大概少しすればその内容も曖昧になるようことしかなかったように思う。前に一度帰りの電車の中で振り返ってみたがぽろぽろと抜け落ちてしまっていてそうそうに思い出すことを諦めたので言い切れないけれど、多分本当にどうでもいいことばかりを話していたのだろう。照島は見た目通りよく喋るやつで、けれども思った以上に落ち着いていることに驚いた。それからひとと話をするのが得意なのだろうということも知った。楽しい話をするときは声のトーンが上がる。相槌を打つときは軽く目線をやる。タイミングや呼吸を読むのがうまいのだなと素直に感心したのはそう遠い話ではない。

コンビニについて肉まんとピザまんをひとつずつ買った。俺も照島もいつも同じものばかり買うのでいつの間にか会計は交互にやるようになって注文も一度になった。今日は照島が会計をする日で並べられた雑誌の前でなんとなくそのタイトルを眺めていく。普段あまり気にしてみたことがなかったが色々あるものだなと思って適当に一冊手にとってみた。表紙の男が目に痛い色をしていて、なんとなくあいつに似ていたからかもしれない。髪も服も鞄も全部黒一色な自分が隣に並ぶのを考えて不自然だろうなあと納得する。きっと似合わないだろうなと。

「大地くん?何見てんの」

いつの間にか会計が終わったらしい照島は手元の本を覗きこんですぐに合点がいったようにああと頷く。珍しいねと持ち上がる腕に合わせてコンビニの袋が揺れて音をたてた。

「照島みたいだと思って」
「うっそ」

俺こんな派手じゃないよと笑いながら字を辿る指がモデルの色とりどりの爪と違って安心する。似たようなものにしか見えないけどなというとそう?と視線を体に回すけれど制服ではわからないだろう。本を元あった場所に返して歩き出す。大地くんはああいう風に俺のこと見てんだ、となんとも言えない声が後ろから追いかけてくるので今度は俺が振り返った。明るい人工灯に照らされた黄色にああとさっきの三色を思い出す。あああれはそうだ。

「光と色の三原色」
「は?」
「どうりで眩しいわけだわ」

光の元と色の元なら眩むこともない。眩むもなにもそこから生まれているのだから仕方がないのだ。疑問符を飛ばして追いかけてくる照島を置いて一歩踏み出した外の外気に吐く息は白い。なに三原色ってどういうこと。忙しない声に適当にはいはいと返しながら受け取った肉まんは暖かくて、今日のことは覚えていたいと思った。どうでもいいけれど大切なこととして、願わくば帰りの電車のそのあとも。




プリズムに眩んで









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