鳴子が喋れなくなって、俺ははじめてコイツに対して「静か」だという感想を持った。
話せなくなって一日目は口を開いても出てこない音に自分で驚いたようでパクパクと口を開閉してはおお、お?という顔で口の中に手を突っ込んでみたり意味もなく辺りを走ったりと落ち着きなく動き回っていたのだけれど、二日三日と時間がたつにつれて鳴子は徐々に、けれど目に見えて静かになっていった。あの騒々しい関西弁はもう随分と聴いていなかったので鳴子が発する音は大分前からグッと少なくなっていたのだけれど、それでも更に更にとなにかが磨り減ってなくなっていくような。そんな気がした。

「ただいま」
帰宅した部屋は明かりがついていなかった。鳴子、と呼んでも物音ひとつしない。声が出なくなって一週間、鳴子は前よりずっと小さくなった。あのとき何かが磨り減っていると感じたのはどうやら俺の気のせいではなかったようで、もともと小柄だった体はほんの子供くらいの大きさになっていた。
明かりをつけて部屋に上がるとカーテンも開いたままでどうしたのかと眉をよせる。鳴子は体を丸めるようにして寝室から持ってきたらしい毛布とともに床に転がっていた。電気カーペットがつけっぱなしだったので、おそらく寝室が寒くて此処で寝ようとしたのだろう。寝ながら暑くなったのか毛布は押しのけられて足にまとわりつくようになっていたのだけれど。仕方ねえとため息をついてカーペットの温度を下げて毛布をかけてやった。手袋越しでもひやりとするのか触ると身じろいだが起きる気配はない。立ち上がってカーテンを閉める。レールを滑る音がうるさいということを、俺はこの一週間ではじめて知った。

このまま声が出なかったら、こいつはどうなるんだろうか。
爆発音のような、騒がしさと派手さで出来ているこの男は、音をなくしたらこのまま消えてしまうのではないだろうか。馬鹿馬鹿しいと思いながらも実際にどんどん小さくなられては否定できない。
空気の行き来する音がする。今の鳴子が唯一発する音は驚くほどに静かで落ち着かない気分になる。

「おい鳴子」
なんやスカシ。思わず声に出したそれに何度も聞いた返事はない。舌打ちして、外した手袋をテーブルへ叩きつけた。鳴子章吉は目を覚まさない。




消火










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