雨の日はだめだ。俺ではなく隣のバカの話だけれど。

見かけに反して繊細(センサイ、だってえ。字面だけで笑っちまう)な男は基本的に眠りが浅い。らしい。俺は熟睡してるところしか見たことがないが確かに長期で出掛けて帰ってきたときは目の下にクマが出来ていることが多かった。けれども睡眠不足は常だと言いながら隣で夜な夜な豪快な寝息をたてられるものだったから、なんとなく俺には現実味がなかったのだけれども。

閉じた瞼の薄い皮膚を通して感じる落ち着きのなさは今日でおそらく3日目だ。ちょうど今も音のする雨が降りはじめた日と同じだけの日数、イヴァンはまともに寝られていない。
俺の隣では不思議なことにコイツはしっかりと眠れるようだったから俺がそのことに気づいたのは昨日の夜だった。同じベッドに横になって数時間、たまたま意識が浮上したとき耳に入った舌打ちに寝惚けながらもあれと思う。起きてんのか?珍しい。繰り返すけれど俺といるときのイヴァンはそれはもうぐっすり眠るよい子なので、こんな風に夜中に低く押し殺した声を聴くのははじめてだった。ざあ、と雨の音の混じってうるせえ、と唸る苦しげな声。眠れないのか、言いかけてぼけた頭はそれ以上働いてくれず眠りの淵へ落ちてしまったけれど次の日コイツの目の下にはくっきりと疲労の色が見えていた。

ごろりと何度目かもわからない寝返りの気配がする。向かい合う形でベッドに入って、もう大分長い時間がたっていた。今日もまた眠れていないらしい。
「イヴァン」
「……起きてたのかよ」
暗い部屋に溶けるように声を抑えて呼び掛ける。俺に背を向ける形でいたイヴァンは驚いたように肩を揺らした。体を半回転させ起こしたかと聞く声にいんやと返しそっと瞼を開ける。暗闇の中輪郭だけが浮かんで見えた。イヴァンの顔はよく見えない。雨の音だけが、大きい。
「…」
「っぉわ!?」
ぐっと腕を引いてバランスを崩したコイツの首を抱え込んだ。不意打ちにあっさりと引っ掛かったイヴァンが体勢を立て直す前に布団へ引きずり込んで、頭を胸に抱え込む。
「っ〜〜〜にしやがんだ!」
「あーハイハイそうカッカすんなよ、ごめんね〜痛かったね〜」
ファックだシットだと暴れるコイツを胸にぎちぎち押し付けて頭を撫でてやった。根気強く続けていれば諦めたようにされるがままになる。よし、イイ子だ。癖のある髪を撫でながらイイ子の旋毛にキスしてやるとびくりと腕のなかで震えた。

「俺も聞いた話なんだけどォ、ガキの頃はマンマの心臓の音聴いて寝てんだと」
「俺はガキじゃねえ」
「細けェことは気にスンナ」
心臓にイヴァンの頭を押し付ける。どくりどくりと鳴る鼓動を聴かせるように、外の音を聴かせないように。しばらくの間そうしていた。

「……昔から」
「おう」
「雨の日は、いつも以上に、だめでよ」
「…そっか」
ぽつぽつと紡がれる言葉に耳を傾ける。雨はいろんなものが見えなくなるしきこえなくなる。張り詰めた神経は更に過敏になって、眠れないのだというイヴァンの声は細く、けれど雨に負けず俺へと届く。クソ、と悪態をつく男の耳を覆って額に口づけた。大丈夫だと言葉にするより手っ取り早く効果的な方法はちゃんときいたらしい。ぴくりと身動ぎしたあと体の力が抜ける。

「寝ろよ。俺がいる」
「かっこいいじゃねーか、オイ」
囁くように言うとイヴァンが笑うのがわかった。あれえ今ごろ気づいたのけ。遅いぜイヴァンちゃんと返せばバーカと空気が震える。目を閉じれば意識の差か、雨はさっきよりも遠く。

「スゲーわ、マンマ」
小さな声にだろぉと返してますます力を込めた。苦しくないよう、けれどしっかりと抱いてゆっくりと穏やかになる呼吸音にほっとする。朝が来たら雨があがっているといい。あがらなくても、寝させてみせるけど。勝負だと窓越しの空を睨めつける。小さく雨に混じって、イヴァンの寝息が聞こえた。



グッドナイト、シェリー








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