肌寒さに目を覚ます。すっぽりと布団に包まり丸まった背筋を伸ばせばみしと骨が鳴る気がして、小さく呻いた。ぼんやりと浮上した意識にふわりと甘さを感じ取る。それにつられて重い目蓋を押し上げる。まだ薄暗いのはカーテンが引いてあるからだろう、ためしに身を起こして布を引くと柔らかな日差しに目を細めることになった。 「なんだ、起きたのか」 わかりもしない太陽の高さで今は何時だと考える辺りまだ頭は寝ているらしい。淡く強い光に見入っていたところで横から入ってきた声に視線を向ける。昌悟は既にいつもの眼鏡にカーディガンの部屋着姿で俺は漸く意識を取り戻す。 「おはよ、昌悟。今何時?アナタの方が早かったのね」 「おはよ。9時過ぎたあたり、たまには俺が早いときもあるだろ」 顔洗って着替えて来いと言われるままに立ち上がる。近づいた彼は甘い匂いがして、なにか作ったのかと尋ねるとあとのお楽しみだとにやりとした。なにそれと笑うと急かすように背を叩かれ大人しく洗面台へと向かう。すれ違った彼はやはり甘いにおいがした。 もともと器用な彼はやりはじめればあっさりと習得してしまうタイプで、目の前のホットケーキはふっくらとして綺麗な焼き色をつけていた。着替えて促されるままに着席したテーブルにはでかいホットケーキがどんと白い皿に盛られている。俺と彼の席の前に二枚ずつ、それから真ん中にはあまりらしい4、5枚がどんと重ねてあって、不思議な威圧感に思わず見つめてしまう。 「どうしたのこれ、アナタが焼いたんです?」 「他に誰がいるんだ」 いやまあそうなのだけれど、なんでまたこんな大量に。言おうとして、案外に彼が雑把であることを思い出した。きっと面倒くさがってあるだけ作ったに違いない。想像して喉を鳴らすとなんだよと言いたげにじろと睨まれる。なんでもございません。肩をすくめて彼の淹れてくれた紅茶を飲む。バターを乗せて、ハチミツをかける。透明な金がとろりと伝う。 「そういや、ウチにハチミツなんてありましたっけ?」 俺も彼もたいして甘いものが好きでもないのに、と卓上のhoneyとラベルの張られた小瓶を指差す。いつの間に買ったのだろうかと見慣れないそれをつま先でつついてみるともくもくとフォークを動かしていた昌悟がぴたりと動きを止めた。皿に向けられていた目が、俺に向かう。 「似てるだろ」 なにに。流れの読めない答えにひとつ瞬いて会話を辿る。なんのことだと首をかしげて、真っ直ぐに向けられた視線とかち合った。え。と小さく声が漏れる。似てるから、買った。なににだ。動揺する俺にトドメとばかりに彼が笑う。 「ハチミツ色」 ひたすらに向けられる視線は凶器だ。彼の目に映るその色がなにかわかって、かっと頭が煮える。 「ア、ナタはまたそういう・・・ッ」 たっぷり彼のホットケーキへとかけられたハチミツがきらきらして、なんともいえない気分になった。思わず声を荒げるとおかしそうに笑ったアナタは何食わぬ顔で白いカップにはいった珈琲を啜る。 「馨」 頼むから耳に甘く名前を呼ばないでほしい。 「誕生日おめでとう」 「・・・アリガトウゴザイマス」 噛り付いた甘さに噎せそうになったのは、ハチミツのせいだけではない。 午前9時30分 |