私が彼に恋をしたのはまだ幼い少女だった頃。圧倒的な存在感にまるでなにかの攻撃を受けたかのように目が眩んだのを覚えている。
本能的にこのひとはわたしとは違うもので作られているに違いないと、そう思った。


「先輩の手は冷たいですね」

国の違いからか私のより色素の薄い肌に触れることが許されてから彼に温度があることを知った。それまで私は彼の体はきっと大理石のような感触がするだろうと思っていたので、ひやりとはしていたけれど確かに体温があったことにとても驚いたのである。
爪先まで手入れの行き届いた手はとても美しかったけれど、作り物のようなそれに血が通っていることが信じられなくてわたしは何度も何度も表と裏を撫でた。

「…愉しいか」
「はい、とても」

今思えば彼のその問いは永遠と手を触る私に対しての訝しさからきたものなのかもしれない。即答した私に面食らった顔をして、わからんなと笑う顔ははじめてみるものであったから。

「でも、本当は愉しいというより不思議だったんです。私は貴方は陶器で出来ていると思っていたから」

大理石や陶器のような冷えた美しさを私は彼に感じていた。肌は陶器で瞳は水晶、爪は硝子で髪はシルク。そんな美しいものだけで出来ていると思っていた。

「馬鹿め。…俺は、人間だっただろう」
「はい、とても」

沢山の時を彼と過ごした。そのうちに彼がとても表情の豊かなひとであると知った。刺すような冷たさを持ちながら幸せだと語れるひとで、ぞっとするほど無関心にもなれるくせに、泣きたいほどに誰かを愛することも出来るひとであった。
大理石は柔らかな肌で硝子はもろい細胞で水晶は穏やかな虹彩でシルクは細い繊維であったのだ。



「春歌」

わたしの名を呼ぶ彼に笑いかける。あれからどれだけの時間が経っても彼は変わらず美しくて、私は彼の口癖を思い出す。
脅迫めいたその言葉は彼のお気に入りで、なるほど確かに彼は氷の彫刻のようだった。わたしが、周りが年を取って時間が進んでも彼だけは美しいまま歩みを止めていた。

「ふふ」
「…何を笑っている」
「先輩は、人間でしたね」
「何度も言わせるな」

一人ではもう起き上がることも出来ない私の体を支えながら眉をひそめる姿は出会った頃の美しさのまま。けれど彼は人間なのだ、しわくちゃの手で触れた手のひらは確かに温かいのだから。





美しいひと









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