大人しいやつ。
ユリアン・セルウェイを一言で表すとしたら、だいたいのやつがそう言うと思う。背が高くて、だけどひょろりとした体格のせいか、あまり威圧感はない。
無口であんまり話したことはないけれど、多分それは俺だけじゃなくてクラス皆がそんな感じで、何をされたってわけじゃないんだけどなんとなく下手な話を振れないというか。雑談の会話を選ぶような、物静かなクラスメイト。
窓際の1番後ろの席でいつもぼんやり外を見ているようなそんなやつ。だから四年の冬、突然の訃報にクラス全員が驚いた。少なくとも四年は同じ教室にいたのに、誰もあいつがミュータントなんて知らなかったから。

みんなでお別れの手紙を書きましょうと担任が言った。最後の1年を共にすごした仲間として。
配られたレターセットを受け取りながら、俺はいつかにテレビで見たコメンテーターの言葉を思い出す。若くしてこの世を去るミュータントへ向ける言葉は別れを惜しむものでも、悲痛が滲む嗚咽でもなく、神のみもとへ旅立つ天使への餞であるべきだ。
それを聞いたスタジオは賛否両論様々な意見で溢れかえっていたけれど、随分勝手な話だなと思ったものだ。何書けばいいかわかんねえよ、と明日までの宿題にされたそれに呟いたのは俺じゃない誰かだった。窓際の一番後ろ。ぽっかり空いた定位置に、思った以上に俺達はショックを受けたらしい。あいつ、いつも何見てたんだろ。今となってはもうわからないけれど。

別に特別仲がよかったわけじゃない。あんまり喋るタイプじゃなかったしね。だけどあたし、ユリアンがあそこの席で、いっつも誰を見てたかは知ってたよ。
はじめてそれに気づいたのは急に開かれた学年集会みたいなやつだった。そう、どっかのクラスのなんかがなくなった、とかそういう話。くだんなすぎて全然覚えてないんだけど。あたしは遅刻ギリギリで、ユリアンはクラスで一番に背が高かったから、偶然一番後ろで隣同士になった。学年主任のつまんない話なんて一ミリも頭に入ってこないでしょ?前のデブの背中に隠れて携帯を弄ってたら、なんか隣からふんわりいい匂いがしたんだよね。だから思わず聞いちゃった。
「ね、それどこの?」
「え」
多分話しかけられると思ってなかったんじゃない?すげーびっくりした顔をするのが面白くて、でも焦れったくてもう一回聞いた。だからこれどこの香水?距離を詰めて、ふんわり香ってくるそれのメーカーを脳内で探る。うーん、さわやかで、ちょっとだけ甘い匂い。っていうかあんまり似合ってなくない?ちょ、っと。困った声でぼそぼそ言われて顔を上げる。あ、下がり眉だ。って思ってると少しだけ距離を取られた。
「俺、香水とかつけてない」
「じゃあ誰よ。彼女?でもこれメンズっしょ」
言いながら困ったようにしていたくせに、自分の袖口を嗅いで、ユリアンはぴたりと固まった。じわじわと赤く染まっていく顔。これは、その。しどろもどろな口ぶりにピンとくる。
「彼氏だ?」
小声でささやくと決定的。か、っと赤くなって、それきり黙ってしまうので、彼氏じゃん!教えてよ、どこのメーカー?とあたしはここぞとばかりにきいたけど、案外にこのクラスメイトは頑固だった。彼氏じゃない、とまたぼそぼそ言って、かたくなに教えてはくれなかった。だけど、残念ながらあたしはすぐにわかりました。一つ上の先輩。あんまり地味でもなく、派手でもない、でもあの香水が似合う人。
放課後ふたりだけしかいない教室で当たってるでしょ?って耳打ちしたら、ユリアンはまたぶわ、と顔を赤くした。
「わかりやすすぎんよ、君ぃ」
ふとしたときの目線の先。決まった曜日でいなくなる昼休み。窓際の一番後ろの席で、こっそり手を振ってる姿を見たときはこっちまで照れてしまった。ラブラブだね。というとユリアンは決まってちがう。といった。素直じゃないなあってあたしは笑って、でもそれはきっと照れ隠しなんだと思ってた。
あたし、何回も言ったのに。絶対絶対あの先輩もユリアンのこと好きだったって。
渡されたレターセットはなにも浮かばなくて、白紙のまま便箋を封筒へ入れた。棺の中で眠るユリアンは冷たそうで、きれいで、涙が止まんなくなる。クラスのみんなも同じだった。多分あたしたちはユリアンのことが思ってたよりも好きで、ユリアンが死んだってことが思ってたよりショックで、そして、ミュータントってことを誰も知らなかったのが、思ってたよりも悲しかったんだと思う。

お別れを済ませて、ぼんやりと立ち尽くすあたしたちの横を、あの人が通り過ぎた。今日は香水の匂いはしない。棺のなかにいる彼と対面するあの人は呆然として、それから彼の両親に連れられるようにしてふらふらと歩いて行った。
瞼の奥で火花が散る。ねえ、ユリアン。あたし言ったじゃない。あのひと、絶対あんたのこと好きだって。棺の中、眠るあんたが答えることはないけれど。あふれてくる涙は悲しさと、それから悔しさが燃えていた。真っ白な花で沈められていく勝手さがうらめしくて、あたしはその場から走り出す。ふんわりと香る甘い匂いは、いつだってあたしにはわからないのだから。







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