「もう付き合えばいいじゃん」
「次同じこと言ったら金髪のお嬢さんにあることないこと触れ回るわよ」

不機嫌な声はアタシの本気を伝えるには十分だったようで、ポールは降伏を告げる兵隊のように勘弁してと両手を上げる。ランチタイムの終わった店内は静かだった。数分前に頼んだカフェモカだろうか、珈琲の香りが漂う。先に運ばれてきたジンジャエールのグラスが、わざと落とした照明に反射している。それを見ながら、アタシは数時間前の記憶を手繰りよせた。
アタシのせいだと言った白い眼差し。
貴女が欲しいと差し出された手には出来たばかりの真新しい傷があった。
苛立たしさに任せて舌を打つ。アナンダ、と宥めるようなポールの声に顔をあげればいつの間にか来ていた店員が強ばった顔をして立っていた。湯気を立てるカフェモカにごめんなさいねと口先で謝罪をする。ああもう、ポールがフォローに入るのを横目に白の陶器に口をつけた。口紅がうつる。そんなことですら神経を逆撫でられているようで嫌になる。

「……ちょっと」
「眉間の皺やばいって。血糖値が足りてないんだよ」
ぼとぼととなんの断りもなく放り込まれた角砂糖が沈んでいく。ほら飲んで、と促されるまま口をつけて、やっぱりげえ、と舌を出した。それに可笑しそうに笑って、男は自分のジンジャエールを飲み干した。からん、と溶けた氷が音を立てる。

「そんなに気に入らないの?」
「まだ続ける気」
「まだ考えてるみたいだったから」

可愛いじゃん熱烈で。見たかったな、固まるアナンダ。
からかうような声音にじろりと視線をやれば友人はわざとらしくその大きな体を縮こませた。そういうんじゃないのよ。邪魔な髪を掻きあげると地肌に爪ががりと食い込む。何度目かもわからない舌打ちにさっきの女が小さく肩を揺らした。そういうんじゃないの。低く唸るような声で否定する。差し出された手。馴染んでない杖。当たり前だ、だってアナディタに杖なんて必要なかったんだから。
「……アタシ、」
喧嘩をしたといった。アタシの手を握るために、一人になったといったあの声がまた頭の中で反響する。ぐらぐらと胃の中のマグマが煮える音がする。欲しかった。心の奥で小さくつぶやく声に耳をふさぐ。
「誰かのかわりなんて、まっぴら」
触れた手は暖かかった。小さなそれが今まで繋がっていたことを知っている。アンより近くにと言った。代わりの杖がほしかったんでしょう。吐き捨てた言葉にからんと氷がなる。
「……なんかさあ、それって」
特別になりたいって聞こえるよ。
可笑しそうに笑う友人の声を無視して飲んだカフェモカは、吐き気がするほど甘かった。











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