吸対のロッカーには鍵がかからない。
建物が古いからとか備品を揃えるにも金がかかるとか色々理由はあるのかもしれないけれど、そもそも警察なので盗難なんてないだろう、なんてアホみたいな理由で一向に改善されないまま放置されているそれは、とにかく鍵がかからない仕様で、つまり誰でも開けることができる。着替えと鞄と、ごっそり中身のなくなったロッカーにただ一枚べらりと垂れ下がる紙。警察で盗難がないなんて誰が言った。早急に鍵をつけてくれ、今すぐ!!!

もうその日はとにかく最悪だった。定時間際の出動要請。これだけでも勘弁してほしいのに、現場に着いたら既にハンター連中に捕まっているバカみたいな迷惑吸血鬼を引き取って、そこから周囲への聞き込みをして被害額を算出して保険だなんだの手続きをして報告書をあげて…、あっという間に夜がふけた。
もう帰ろう!終わりじゃ終わり!と隊長が声をあげてお前らも帰れよ!と席を立ったのは少し前。でも僕は明日休みで、引き継ぎを作るくらいならもう終わらせてしまったほうがすっきり帰れるんじゃないかとか、そんなことを思ってとにかくデスクに残っていた。
手伝おうかと声をかけてくれる同僚たちだって残業で、いったら明日も仕事なのだ、大丈夫だと送り出してひとり書類を作成する。ありがとうみんな、仕事が遅いのが悪いんだ、気にしないで帰ってくれ、いや嘘別に悪くないだろ、定時間際に出てきた吸血鬼が悪い、吸血鬼が壊した店の1つとなかなか連絡が取れなかったのも悪い。呪いの言葉を唱えながらなんとか仕事を終えて、ああもう疲れた。お腹すいた。ねむい。制服持ち帰ろうかと思ったけどもういいかな。いつの間にか降り出した雨にますます気が滅入って、ため息と共に立ち上がってよろよろと帰り支度をはじめる日付が変わる少し前。パソコンを切って荷物をまとめてロッカーを開けて顔を上げて、そして。
「……はあ?」
理解するまでたっぷり十数秒。いつの間にいなくなっていたのだろう姿を探して辺りを見渡し自己嫌悪。でかでかと書かれた文面にめまいがする。
『ゴビーは預かった。返して欲しくばここに連絡するように』
俺が悪かった。頼むから鍵付きロッカーを支給してくれ、今すぐ!

出動のアラームが鳴って、危ないからと着いて来ようとしたゴビーをそこで待ってて、と諌めたのは今から何時間前だろう。可哀想に、放置された(俺がしたんだけど)彼は今誘拐犯の手にあるらしい。ご丁寧に鏡にぴったりと貼られた紙を剥がす。でかでかと黒のペンで書かれた文字は意外にもきちんきちんとトメやハネがついたきれいな字だ。というかめちゃくちゃ見覚えがある。つーかこれ。
「先輩の字でしょ……」
走り書きじゃなくちゃんとしっかり書かれた文字たち。数字の羅列も覚えがあって、というか先輩の番号じゃねーか。何してんのあの人。痛む頭を抱えながらホーム画面を呼び出してアプリを起動させた。先輩の名前を呼び出して通話をタップ。一回目の呼び出し音がなったと思えばすぐにサギョウ!!!!と大音量の馴染みの声。ああもうやっぱり。

「先輩、あの、サギョウですけど」
『わかっているわバカめ!遅かったな!』
「そりゃ色々あって…っていうか何ゴビー拉致って、っていうか待って俺の服は!?服もないんですけどなにしてんだあんた!?」
『お前の服はゴビーもろとも預かった!返して欲しくばこれからいう住所に来い、今すぐにな!』

いいか、という前置きの後に告げられた場所を言われるがままにあの張り紙の裏にメモして、読み上げてみろ!と復唱させられたのを最後にプッという音ともに通話は切れた。誘拐犯の要求はいつでも一方的なものである。つーかこれ見覚えあると思ったらウチの住所じゃねえか。ほんと何がしたいんだあの人。かけるもののなくなったハンガーが所在投げに揺れている。俺の服。こうして俺は仕方なく、制服のまま電車に揺られることになった。

職場から3駅離れた最寄駅を出て歩くこと20分。さして綺麗でもないアパートの3階、階段を上がってすぐ、煌々と明かりがついているのが愛すべき我が家である。独身男の一人暮らしで、なぜ家の電気がついているのか。漂ってくる温かな食事の匂いはなんだ。目眩がしてため息をひとつ、人差し指で押したインターホンの音が間抜けに鳴る。

「おかえり!!!!」

待機していたかのようなタイミングでドアが開いて、待てを解かれた犬みたいな顔で先輩が飛び出してくる。予想できたそれを避けるように一歩引いて、ああもう頭がいたい。どうやって入ったんですか。ゴビーが開けてくれたぞ。優秀なゴボウだなあオイ。

制服は脱衣所に置いておけ。風呂は焚いてあるけど食後の方が良かったのだったな?
拭け、と渡されたタオルで濡れた体を拭いながら
文句を言ってやるべく口を開くも、矢継ぎ早に言われて口を噤んだ。なんなんだ一体。濡れた靴下を脱ぎながら、先輩の後ろでゴビーが嬉しそうにおかえりの幕を掲げているのが見えた。隣に温かそうな食事が並んでいて言葉が詰まる。もしかしてこの人。なんだそれ、あんた今日は休みで、明日は仕事でしょう。わざわざ持ってきたのかそのエプロン。ぐるぐる言葉が回って立ち尽くす俺に、ああそうだ、大事なことを忘れていた。と振り返った先輩が笑う。

「おかえりサギョウ。お疲れ様」

これが言いたくてな、と満足そうに胸を張る馬鹿にじんわりと胸が熱くなって、慌ててタオルに顔を押し付けた。ふんわりとした布地に声がくぐもればいい。くそう、誘拐犯のくせに。今日は最悪な日で、外は雨で、それで。ちくしょうこれ以上文句が出てこない。
「…ただいま、すきです」
絞りした言葉を聞きつけて嬉しそうに笑う顔が可愛い、なんて。鍵のかかった部屋のなかの暖かさに飲まれてしまったに違いない。
扉向こうでは、まだ雨が降っている。












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