Novel
澤村さんと赤ずきんネタ


「うう…お腹空いたよ〜…」

ぎゅるる、と切ない音を上げるお腹を抱えて、オオカミはその場にうずくまってしまいました。
耳はぺたりと頭にくっつき、シッポもふにゃりと地に伏せています。

「でも、誰かを食べるのかわいそうだし…草も美味しくないし…どうしよう」
この気弱で優しい心を持つオオカミは、ついに地面に倒れこみました。
そのまま意識を失ってしばらくすると、静かな足音が近づきます。

オオカミの真横で止まって、目を皿のようにして驚き悲痛な表情を浮かべる男は、澤村大地といいます。
いつも真っ赤な頭巾を被っていたので、彼は周りから"赤ずきん"と呼ばれていました。






「ん……?」
オオカミはパチリとその大きな瞳を開けると、まわりが妙に暖かいのに気が付きました。
はっとして起き上がり、自分が今、人間の家の中にいるのが分かります。
思わず慌てて立ち上がると、穏やかな声がオオカミにかかりました。

「起きたか?具合はどうだ」
「えっあの、あなたは」
オオカミがそう言うと、男はずいっと彼女に顔を近づけました。
「ぐ、あ、い、は、ど、う、だ?」
彼の顔にはなんともいえない気迫が漂っています。気の弱いオオカミは首を縮こまらせました。

「…お腹が空いてます」
オオカミが俯きがちに呟くと、男は「だと思って」と背中に回してあった手をオオカミへ差し出しました。
「ひぃいい」
なんと彼の手には、ツヤツヤとピンク色の鳥肉が握られていました。それを見て頭を抱えて小さくなったオオカミに、彼は首を傾げます。

「…アレ?嫌いなのか?そんなわけないよな」
「あああっあの、食べられません!!」
「どうして」
「かわいそうだからです!!」
ほとんど叫ぶようにして言うと、彼は片眉を上げました。

「困ったなあ…今までどうやって生きてたんだ?」
「雑草、とか…」
「雑草!?」

はい、とオオカミが答えると、男は「どうりで痩せてるわけだ」と感心したように顎を撫でました。
「心優しいオオカミもいるもんなんだなあ」と頭を撫でられると、オオカミは無意識に喉をゴロゴロと鳴らします。

「そうだ、」
男が呟き、ぱかりと鍋のフタを開けました。たちまち部屋にはとろけるようないい匂いが広がります。
ふんふんと匂いを嗅いで彼の隣まで近づくと、彼は「シチューだよ」と優しい声をかけました。
「シチュー…」
オオカミは初めて聞くその言葉を上の空で繰り返してみます。実は彼女は、目の前にあるとってもいい匂いでそれどころではないのでした。

「ああ。食べてみるか? 一応、肉は入ってるけど、視覚的に生肉より食べやすいはずだ」
オオカミが、この人にこんなに甘えていいものか、と悩んでいる間にも、男は手際よく皿にシチューを盛りつけました。
それをテーブルの上に置き、彼女に「さあお食べ」と言います。誘われるように席に着き、オオカミは恐る恐る、シチューなるものをひとすくいだけ口に入れてみました。

途端、口中に広がるクリーミーな味わいに、オオカミはほっぺたが落ちてしまうのではないかと思うほどでした。
二口目、三口目と次々とスプーンを口に運ぶと、それを幸せそうに目を細めて見ていた男が口を開きました。

「俺は澤村大地というんだ。なんという名前か、教えてくれないか?」
オオカミは口いっぱいに入っていた食べ物をきちんと飲み込んでから、彼に目を合わせました。
「なまえです」
「なまえ、よろしくな」

大地はなまえに、握手を求めます。なまえが喜んでそれに応えようとしたとき、家の周りで、アオーン、とオオカミの鳴き声が聞こえました。
なまえが思わず首をすくめると、大地が溜息をついてドアへ近寄りました。

「大地さん!おじゃまします!」
「おじゃましまーす!」
慣れ親しんだ様子で家にズカズカと上がり込む二匹のオオカミに硬直していると、その両方がなまえに目を留めました。

「あ?誰だコイツ」
「なんだ?」
片方は大地と同じくらいの身長で、もう片方は彼よりも小さいはずなのに、いかんせん二匹が睨みつけるので、なまえの顔は面白いくらいに青ざめていきました。

「あっこら!威嚇すんな!」
両手にシチューの入った皿を持った大地が、皿をテーブルに置いて、慌ててなまえと二匹のオオカミの間に割って入ります。思わずなまえは、大地の腕にすがり付きました。
「だって大地さん。誰ですかこいつ」
ボウズ頭の、身長の高い方がなまえに鼻を近づけます。

「ニオイも分かんねーし」
「へえ…お前、どこの群れなんだ?」
小さい方のオオカミが、不審そうな視線をなまえに向けます。

「あの…群れは、ないです」
「「ハア??」」
意を決して言うと、二人は声を揃えて眉を上げました。
「一匹狼かよー!」「かっけーな!」と間近で騒がれたので、なまえはますます身体を小さくします。

「どうして、群れに入ってないんだ?」
ギャアギャアと騒いでいた彼らを黙らせるように、大地の落ち着いた声が響きました。なまえは眉を下げました。
「お肉を食べるのが、とても申し訳なくって…それで、群れを出てしまいました…」
なまえのか細い声を最後に、部屋には静寂が訪れます。そうっと彼らの顔を盗み見ると、3人とも呆気に取られた顔をしていました。

「で、食に困り、道端で倒れてたところを俺が拾ったんだ」
「なっ!! また狩りしにいったんですか!」
「肉が必要なら、俺らが用意しますって!」


ブーブーとブーイングをしながら二匹はテーブルに着き、ばくばくとシチューを食べ始めます。
ふと、なまえは思ったことを問いかけてみました。
「あれ、あなた方もお肉、ニガテなんですか?」
「はあ? 何言ってんだ」
「オオカミなのに、んなわけねーだろ」
「でも、シチューを召し上がってるじゃありませんか」
「これは、普通の肉より大地さんの料理のほうが美味いから食ってるだけだ」
隣で、大地が「嬉しい事を言ってくれるな」と照れくさそうに頬をかきました。

食事が終わってお腹を膨らませた2匹は、夕方まで大地の家に留まり、なまえは彼らと色々な話をしました。
どうやら大地という男は誰にでも優しく、みんなから邪険にされているオオカミにまでも懐かれているそうです。そうして毎日のように、日替わりで様々なオオカミが彼の家を訪れるということでした。
にぎやかで羨ましいなあ、と目を細めると、大地が優しく頭を撫でてくれました。

日が暮れる頃、2匹が大地の家から去りました。帰り際に彼らが「じゃあな!また会おうぜ!」と手を振ってくれたのが、なまえの心を温かくさせました。
リュウ、そしてユウという少し強面の2匹でも、なまえにとっては初めての友達です。

ほっこりとした気持ちでソファに座ると、大地がなまえの横に座りました。
「…大地さん。ありがとうございます、今日は」
そう声をかけるとまた、大地はなまえの頭を撫でました。

それがとてつもなく心地よくて、大地の肩に頭を預け目を閉じます。
なまえがすやすやと寝息を立て始めて暫くすると、大地の手はなまえの後頭部へ回りました。

「そう隙を見せられるとなあ…俺も、優しいだけじゃないんだぞ」
大地は低い声で小さく呟き、なまえの唇に自分のそれを寄せました。



それは、オオカミが人間に捕食される瞬間でした。



*****
お分かりだと思いますがエキストラ出演の2匹は田中と西谷です。

>> Contents
>> Top
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -