Novel
澤村さんとキス@




私は長い長い溜息を漏らした。
――原因。それは、せっかくのお家デートだっていうのにベッドの上で寝腐っている私の恋人である。

今日は顧問不在だかでバレー部は休みで、大地さんのお宅へお呼ばれした。
大地さんによると「家族みんないないから夜までいていい」んだそうで、ついに大人の階段登っちゃうのかなとか勝手に一人で意気込んで勝負下着とか付けてきちゃったのに、二人で映画を見てるときに彼はあー眠いとか言ってなんか突然寝始めるし。

テレビでは、パツキンの外人女性が怪物的なもの相手にヘタな悲鳴を上げている。いわゆる『ザ・B級映画』というやつである。
彼女と一緒に見る映画に、この選択はなんなんだ、と私はがっくり肩を落としながらテレビの電源を落とした。

「そこもかわいいですけど。」
小さく呟いて、ベッドの上ですやすやと静かに寝息を立てる大地さんに近寄る。

彼をじっと見ていても、なかなか起きる気配はない。このやろう熟睡か、と頬をツンツンつつくと「ううん」と少しうざったそうにされた。
それに味をしめた私は、彼の少し長めのもみあげを指先でスリスリ触ってみたり、平べったいおでこを手のひらで包んでみたり、様々なイタズラを尽くした。

しかしこの男、起きない。
ムッとした私は、私が恋愛マスターとして尊敬している青葉城西高校の及川先輩を想像した。
こんなとき、彼ならどうやって恋人にかまってもらうのだろう。

少しだけ思案して、私の頭上にはエクスクラメーションマークが浮かんだ。
唇が歪な弧を描くのを止められない。大変気味の悪い顔をしているであろう私は、上半身だけベッドの上に乗り上げた。

――『…ね、○○ちゃん? 起きないんなら俺、ちゅーしちゃうよ?』

そう、私には及川先輩が意地悪そうな微笑みを浮かべて彼女にキスをする姿が浮かんだのだ。
その光景を思い浮かべながら、私は大地さんに顔を近づけた。

キスなら今までにもしたことあるし、問題ないよね…?

しかしその考えはどこへやら、私は大地さんの唇まであと約3センチというところで動きを止めてしまったのだ。
…ダメだ。恥ずかしすぎる。もし大地さんが起きてしまったら、とんだ痴女と思われる。ダメだ。
私はベッドから身体を話し、さっき映画を見ていた体勢に戻った。


「っ!?」
すると突然、頭が後ろに引っ張られて、直後、唇に何やら柔らかいもの。
それが大地さんの唇と理解する前に、彼は離れていってしまった。
慌ててベッドへ振り向く。

「くく、首!! イタい!!!」
思わず首に手を当てながら彼へ抗議すると、彼は大アクビをしながら「ふはんふはん」と言った(多分「すまんすまん」)。
「初めてなまえからキスしてくれると思ったのに。」
平然と言い放つ彼に、私は頭を抱えた。
「い、いつから起きてたんですか」
「あー…、『そこもかわいいですけど。』で起きた」
「最初からじゃないですか…うわあ……」

体育座りをして縮こまる私の頭を、大地さんはよしよし、と撫でてくれた。
「痴女と思いました?」
「むしろしてくれてよかった」
少しだけ口をとがらせて、彼は私の長くもない髪の毛を指先でいじっている。

黙って大地さんの指を受けていると、ふいに彼が口を開いた。
「ていうか、どこで覚えてきたんだ?あんなかわいいこと」


「……及川先輩?」


実際はちょっと違うけど、と考えながら答えると、途端に大地さんの顔が曇る。

「………あ?及川?」
…あ、あれ?なんか大地さんの背後に黒いオーラが…。笑顔なのにコワい!怒ってるときの顔だ!コワい!
やばい、なんかしくった?と思い咄嗟に答える。
「ええええっと、及川先輩ならこんなとき、どうするかなとか考えて…あああごめんなさい!!」
同時に頭を下げる。頭上から大地さんの声は降ってこない。

ああ大地さんにとってせっかくの休日だっていうのに。気分を損ねてしまった。
どうしようどうしようと頭がショートしかけたとき、大地さんが私の名を呼んだ。
すがる思いで彼を見上げると、大地さんは少し眉を歪めていたがさっきよりは怒っていないようで、誤解が解けたと胸を撫で下ろした。

「ここ、来て」
そう言いながら、彼はぼふぼふとベッドの上の、彼の隣りを叩いた。
指示通りにベッドの上に乗り、反省の気持ちを込めて正座する。

大地さんのお説教コワいと思いながら彼をじっと見つめていると、彼はムスッとして少しうつむきがちになった。まるで、拗ねているような表情。
「さっきのはかわいいけど、他の男のこと考えんなー」
みるみるうちに大地さんの顔は赤くなっていく。

「せっかく一緒にいんのに」と最後に付け足した彼の顔の赤さが伝染してしまったのだろうか、二人で顔を紅潮させて俯く。
「…はい、分かりました。もう及川先輩のことは考えません」
「おー。」
「………」
「…キスしろ。なまえから」
「はっ!?」

突然の意味不明な命令に、私は驚いて彼を見た。すると半ばヤケになったような表情が見えて私は首を傾げる。
「お詫びに、キス」
「え、まじですか」
「まじです」

うわーまじか、と焦っている間にも、私より何枚も上手な彼は「ん」と言いながら唇を差し出している。
…仕方ない。これで大地さんの機嫌が直るなら。

私は彼の肩に手を置いた。

「し…しますよ?」
「おう」
「緊張しますね」
「しない」
「うっ…ヘタでも知りませんよ?」
「いいから早く」

彼の眉間のシワが深くなる。「しますします!」と私は慌てて顔を近づけた。
さっきと同じ、大地さんの前3センチでどうしても足踏みしてしまう。

少しだけ逡巡した後、大地さんのため大地さんのため、と唱えながら私は彼に口付けた。
それはただ肌と肌を触れ合わせるだけのような稚拙なもので、リップ音すらしなかった。なんだか前歯のあたりが痛いが、そんなのは気にしない。

私はバッと大地さんの肩から手を離し、慌てて深呼吸した。
大地さんに若干背中を向けている私の顔を、彼はひょいと覗き込む。
「ヘタにもほどがあるな」
目を見開いて彼を見れば、そこには片眉を上げて企み顔をしている大地さんがいた。

「だから言ったじゃないですか! もう、ご機嫌いかがですか!」
「直ったぞ。ありがとう」
素直に感謝を述べる彼にますます赤面していると、なんだか目の前が陰る。
顎を掴まれて上を向かされれば、もちろんそこには大地さん。

大地さんの精悍な顔が近づいてきて、彼は唇を私のそれに落とした。
最初は触れるだけだったキスが、私の緊張が緩んだ瞬間を見計らって突然深いものに変わった。
「!?」
今までこんな、舌を絡めるキスはしたことがなかった。
困惑を隠せない私を余所に、大地さんの舌はまるで別の生き物のように私の咥内を蹂躙する。
奥のほうで縮こまっていた私の舌を見つけ出して、絡めて吸い上げる。
息の仕方なんて分からない。酸素の薄くなった頭で、うそ、どうしよう、と必死に大慌てした。そんな間にも大地さんの手は、セクシーに私の首筋をさすっている。

ちゅ、じゅ、れろ、といやらしい音を聞く余裕もなく、意識を失いそうな私を見てか、大地さんの唇は名残惜しげに離れていった。


「キスってこうやってするんだぞ」
ははは、と大地さんは楽しそうに笑った。呼吸がひとつも乱れていないのが心底不思議である。やっぱり体育会系だからか。
「…っし、死ぬ…くるし、」
ぽす、と力の入らない身体で拳を作って、彼の胸を叩いてみる。大地さんから何かリアクションが帰ってくると思っていると、なかなか返事がこない。

不思議に思って彼を見上げる。すると、大地さんは真顔だった。が、どこか目が据わっている。
「だ、大地さん?」
「…そんなエロい顔すんな」
聞いたこともないような低い声で小さく呟いたのを最後に、私の視界は大地さんで埋め尽くされた。
背中には柔らかな感覚があり、やっと自分が押し倒されたことを理解する。

「ちょちょちょ、大地さん! 昼! いま、昼!」
時計を確認するとまだ2時。うわあおひさまがてっぺんにあるじかんだね。
大地さんは私のお腹の上に跨って、うなだれてしまっている。
「今までの努力、全部パアだ」
「え?」
「今まで、なまえがしたいって言ってからしようとか、勃ちそうになっても必死に押さえたりとか、キスもただちゅってするだけだったのに、全部パアだ」
「だだ、大地さん?」

なんだか様子がおかしい彼に、戸惑いを隠せない。でも今まで、私のことをそんなに思っていてくれたのかと実感して大地さんに愛しさが募る。
ド、と彼が私の顔の両脇に手を付く。ベッドが沈んだ。


「せめて、カーテンは閉めてください」


そう言った私の言葉を聞いて、彼はしぶしぶ立ち上がって窓へ向かった。


※続きます

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