Novel
澤村さんに嫉妬


あ。

なまえは心の中でそう呟いた。

××さん、大地に話しかけてる。
彼女の視線は、彼女の恋人――澤村大地に親しげに話しかける××という生徒にじっとりと向けられていた。

あの子、ボディタッチが多いからイヤ。
いや、分かるよ?なんか大地が突然どうしようもなく愛しく見えるときがあるの、分かる。大地の筋肉ハスハスみたいなのよぉく分かるよ。でもあんまり、人の彼氏って分かってるんだからそういうことは。

と、彼女は真顔でそんな変態チックなことを考えつつ、視線を彼に移す。
大地は、ボディタッチをされてもいつも通りの温厚そうな笑顔を浮かべて返答していた。

何よ。大地だって満更でもなさそうにして。
そりゃあ××さんは私よりおっぱい大きくて、くびれてて、美脚だけど…、何よ、鼻の下伸ばしちゃって。

なまえの顔が不機嫌そうに歪められる。

もういい、大地なんて。他の女のところへでも、体育館でも、どこへでも行っちゃえばいいんだ。

彼女は荒い手つきで筆入れに手を突っ込むと、シャープペンシルを取り出し、珍しく次の時間の予習を始めた。


「………。」
××と話し終えた大地がそんななまえを静かに見つめていることなど、彼女には知る由もない。






その日の夕方。大地は教室へ向かっていた。表情は明るい。
彼女であるなまえが教室で待っているはずだと分かっていたからだった。

ガラ、と戸を開けて覗き込むと、案の定そこにはなまえがいた。
笑顔を浮かべる傍ら、大地はある異変に気がついた。
いつもであればなまえは、大地の方を見て「おつかれ!」と快活に笑ってくれるのに、今日は机に向かったままである。

「なまえ。ありがとな、待っててくれて」
音楽でも聞いているのだろうか、と心のなかで少し首を傾げつつも声をかけると、やっと彼女が振り向いた。
彼女の眉間にシワが寄っているのを見て、大地はいささか目を見開く。

「なまえ?怒ってる?」
戸惑いつつもそう問いかけると、なまえは無言でゆっくり頷いた。
「俺、なんかしたか?」
「………。」

極力、彼女の気を荒らげないように訊いてみたが、なまえはうんともすんとも言わない。
「なまえ」
「…別に?大地は何もしてないけど?」
なんか文句あんのかオーラを出すなまえに少々面食らいながらも、大地は優しく声をかけた。

「何かしてたんなら、謝るから。言ってほしい」
なまえの近くまで近づき、ほぼ真横から、椅子に座っている彼女を見下ろした。
すると彼女は驚いた顔をして大地を見上げたが、すぐに俯き気味になって口をとがらす。
あ、口元ちょっと影山に似てる、と大地が思ったのは内緒である。

次第に、ぽつりぽつりと吐き出されるなまえの言葉に大地は耳を傾けた。
「…今日の休み時間、××さん」

澤村大地というのはやはり聡明で、どす黒い男である。
その二つの単語を聞いて、内心ほくそ笑んだ。
「うん?」
と、合点の行かないフリをしてなまえの前に跪き、彼女の太ももの上にあった手を握った。

「大地さ、」
「うん」
「話してたじゃん。××さんと。休み時間。」
「うん」

優しい笑みを浮かべながら聞いていると、一回黙ったなまえが「まだ分かんない?」と口元をむず痒そうに歪めた。
「すまん」と曖昧な答えを返すと、なまえが溜息を吐きつつまた口を開いた。
「腕、とか触られても大地、満更でもなさそうな顔してさ」
そこで一旦区切り、なまえは大地の腕に指先で触れた。
「そりゃ××さんのほうがかわいいし、スタイルいいし、性格も多分いいし、私勝てる所ないかもしれないけど。……私、ちゃんと大地の彼女だもん」

驚きつつなまえを見つめていると、顔の紅潮が首まで広がろうとしていた。
遅れて「…多分」と小さく呟く彼女を、大地は思わず抱きしめた。

「わ、っ大地?」

部活終わりで汗臭いとか、もうそんなことはどちらも気にしなかった。
大地は椅子に座っている彼女の頭を、思い切り彼の厚い胸板にぐりぐりと押し付けた。
なまえは彼の腕の中で「ぐるぢいぐるぢい」と言いながらも、その広い背中に腕を回す。

「…なまえー」
「な、なに」
「あのな、全部知ってたんだ。なまえが俺と××のこと見てんのも、嫉妬してんだろうなってことも」

抱きしめられながら、よーしよしよし、とペットを愛でるように頭を撫でられていたなまえは「え」とくぐもった声をあげた。
呆然としているなまえと対照的に、大地はにかっと満面の笑みを浮かべた。
「さて、そうと分かったら帰ろう!もう暗いし」

なまえは大地に腕をぐいぐいと引っ張られつつ、この人には叶わない、と肩を落とした。



*オ*マ*ケ*

「こんなに盛大に嫉妬してくれるとはなあ。おかげで可愛い姿が見られた」
「なんかいっつも、私ばっかりヤキモチ焼いてる気がする」
「いや、そんなことないぞ。隣の席の○○。学習係の△△。3組の□□。他にももっといるけど…ええっと、」
「ちょっと待って。それ全部、今日私と話した男子」
「ああ。全員、めちゃめちゃムカついてる」
「(…この人ヤバイ)」



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