いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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「#甘々」のBL小説を読む
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05

 自宅へ戻ったアンを両親は抱きしめた。ジムチャレンジを止めて帰ると伝えていたので、チャレンジが無念な形で終わったことに、アンがひどく落ち込んでいるのではないかと心配していたようだが、当のアンはけろりとしている。

「ヤローのお家はどう? 早く手伝いに行ってあげないと」

 自室にリュックを下ろし、さっさと作業服に着替えたアンに、両親は何ともいえない表情を浮かべる。アンの言うことは尤もだったので、両親も準備を済ませると、三人でヤローの家へと向かった。
 ヤローは突然現れたアンに驚いた。問われる前に、チャレンジは諦めたと説明し、作業に取り掛かろうと促す。
 彼もまた、アンの両親同様に複雑な顔をしたが、「ありがとうなあ」とだけ返して、アン一家の手を借りて牧場や畑の世話を始める。遊び相手だったウールーたちはアンを見て突進するので、アンは何回も転んだ。

「戻ってきたんなら、ジムリーダーに報告せんとな」

 作業を終えた夕方、ヤローはアンに言った。
 アンも推薦人であるジムリーダーに挨拶をしたいと考えていたので、作業服のままではあるが急いでターフスタジアムへ走る。
 ジムトレーナーたちはアンを見るや否や、すぐにジムリーダーに呼ぶ。ジムリーダーはアンの、チャレンジャーではない作業着姿に驚いた。

「アン、久しぶりね。エンジンスタジアムはどうだった?」
「なんとか最終日に勝てました。でも、これ以上続けても次のスパイクジムへの挑戦は難しそうだったので……。推薦してくれたのに、ごめんなさい」

 まだチャンスはあったが、足掻くことを止めてのこのこと帰って来てしまった。両親やヤローにならあっさり伝えられたことも、推薦人のジムリーダーへ口にするのは、申し訳なさでつい俯いてしまう。

「いいのよ。アンがよく頑張ったことを、私もみんなも分かってる。ジムチャレンジは今年だけじゃないわ。来年もまたヤローと一緒に挑戦すればいい。アンなら何度だって推薦するわよ」

 ジムリーダーは握り拳を作って、気にするなとアンに笑った。『来年』という言葉には曖昧な笑みで返し、自宅に帰る。
 シャワーを浴びたあとは夕飯。母の手料理はアンの腹も心も満たし、父は旅の労いにアンやポケモンたちにケーキを出した。
 ポケモン用のスイーツフードをあっという間に平らげたエルフーンたちは、夜になってもアンの家の庭で遊んだ。庭といってもかろうじて柵があるくらいで、草は伸び放題だ。少し歩いた先は川が流れ、ラプラスは思う存分に水浴びをした。
 久方ぶりの家族団欒の時間。アンは両親に、自分が集めたバッジを改めて見せた。
 くさバッジ、ひこうバッジ、じめんバッジ。

「これがエンジンジムのじめんバッジか。アン、やったじゃないか」

 父はじめんバッジを持って破顔した。
 かつて父もジムチャレンジに参加し、当時は第二のジムだったラテラルジムまでは進めたものの、第三のエンジンジムを乗り越えることができなかった。娘が自身の悲願を達成したことは、父の目元に涙の幕を張らせた。



 ターフに帰ったアンの生活は、概ねチャレンジを始める前に戻った。
 怪我から回復したヤローの両親は、まだ作業に完全には戻ることができないため、ヤローの家の手伝いに勤しむ間に、自宅学習に精を出す。
 エンジンジムへの挑戦に集中していたため、レポートやテストの成績は振るわず単位はギリギリだ。取り返そうと机に向かう時間が増えた。
 持て余していた庭の草を刈り、体格の大きなアーマーガアたちの小屋を作ってもらった。アンが寝袋を持って小屋でみんなと眠ることもあり、そんな日はたいてい夜更かしをしてしまう。

 日常を取り戻した頃、アンは長らく避けていたソニアへ連絡を取ることにした。
 エンジンジムで行き詰っていたアンにとって、ダンデの迷子癖で遅れてはいるものの、順調に先を進んでいくソニアとのやりとりは心苦しい面があった。
 自分勝手な話だが、チャレンジャーでなくなった今なら、ソニアとの連絡も苦に思わない。
 エンジンジムを突破したもののチャレンジを諦めた旨をまとめ、ロトムに頼んでメッセージを送ってもらうと、ソニアから電話がかかってきた。映像はなく、音声のみだ。

『アン! チャレンジ止めちゃうの!?』
「止めちゃうというか、もう止めてるの」

 すでにスパイクジムへの挑戦期間は過ぎている。アンの旅はもう終わっていた。

『そっか……。アンだっていろいろ考えて決めたんだもんね。また来年もあるし、アンなら次はきっとやれるよ!』

 音声通話でよかったとアンは思った。ジムリーダーと同じように、簡単に『来年』という言葉を放つソニアに、普段と変わらぬ顔を向けるのはきっと難しい。
 話題を変えようと、アンはソニアたちのジムチャレンジの進行を訊ねた。第四のスパイクジム、第五のラテラルジムをクリアしたことまでは把握していたが、それからは連絡を取っていなかったので知らない。

『相変わらず大変だよ』

 疲れた様子で始まったソニアの話に、アンは驚いた。
 ここ数か月、テレビや新聞で連日報道されているとある事件があった。
 主に若いジムチャレンジャーを狙った、ダイマックスバンドの強奪。相次いで被害が起きており、大問題となっていた。
 アンはダイマックスバンドを持っていなかったため巻き込まれたりはしなかったが、スマホロトムに入ってくるニュースは、襲撃対象ではないアンも恐ろしかった。
 先日になってようやく強盗団は捕らえられ、ジムチャレンジャーや関係者は安堵した。ガラル警察やリーグ委員会が尽力したと言われているが、報道はされていないものの、なんとダンデがその強盗団を制圧したという。

『アタシたちも強盗団に狙われたんだけど、ダンデくんが返り討ちにしてね。被害はなかったけど、奪われた人たちの中にはポケモンも連れ去られた人がいて、許せないってダンデくんすごく怒っちゃって。それからそいつらを追ってって、一人でボスを倒しちゃったんだ』
「す、すごい……」

 強盗団など、ダンデのような子どもが勝てるのか。ソニアが嘘を言うとは思えない。しかし10歳ほどの少年が犯罪グループを打ち負かすなど、とてつもない話だ。

『おかげでジムチャレンジがなかなか進まなくってさ。なんとかアラベスクジムまでバッジを貰って、今はキルクスタウンに向かってるところ』
「そうだったんだ。チャレンジは間に合いそう?」
『多分ね。ダンデくんが迷わなければ……ダンデくん!? どこ行くの!? アンごめん、切るね! また今度!』

 プツリと通話が切られ、アンのスマホは沈黙した。どうやらまた迷子になりかけているらしく、強盗団を倒してもダンデはダンデなのだと、思わず笑ってしまった。



 ジムチャレンジの全行程は予定通り進み、いよいよチャンピオンカップが始まる。まずはジムチャレンジャー同士で競う、セミファイナルトーナメント。
 毎年この日になると、多くの家庭のテレビ画面は、トーナメントの様子で固定される。アンの家も例に漏れず、今年は自宅リビングのソファーにヤローと並んで、試合が始まるのを今か今かと待っている。
 多数の寄り道を経て、無事に第八のジム、キルクスジムのバッジを手にしたダンデとソニアが、とうとうライバルとしてバトルコートに立つ。
 今年度はダイマックスバンド強奪事件の影響もあり、セミファイナルに出場可能な選手は少なく、あれだけ開会式に居たにもかかわらず、名前が挙がったのはたったの四人。
 本来ならヤローも名を連ねていただろうにと、隣でテレビを眺める従兄に目を向ける。ヤローはアンの視線の意味に気づいたのかそうでないのか、柔和な笑みを返した。

「セミファイナル、楽しみじゃ。アンの友達も出とるんじゃろ?」
「うん。ソニアとダンデくん」

 先に始まったのはダンデの試合。相手はドラゴンタイプのポケモンを連れた少年。背が高く、相対するとダンデの幼さがより強調される。
 ダンデのバトルをアンは見る機会がなかった。何度かバトルを挑まれたがタイミングが悪く、共に旅をしていたわけでもないからそばで見たこともない。
 小さな体躯が、見たことのないポケモンへ指示を出す。鍛え上げられたダンデのパートナーたちが、ドラゴンたちの牙に立ち向かう光景は、まさに手に汗握る攻防だった。
 バトルはダンデの勝利で終わり、次はソニアの番。相手はみずタイプのポケモンを多く繰り出した。ソニアもワンパチをはじめ、いろんなタイプのポケモンで応戦し、接戦の末にソニアが辛くも勝利をもぎ取った。

「アンの友達は強いなあ」

 ヤローの感想に無言で頷く。八つのバッジを集められるだけの実力があることは分かっていたが、二人がこんなに強いとは思っていなかった。仮にアンがセミファイナルに挑めていたとしても、ソニアたちには勝てず初戦敗退していたに違いない。
 ソニアが勝利したことで、二人が戦うことになった。
 アンにはどちらを応援していいか分からない。親しく連絡を取っているのはソニアだが、ダンデとも同じくらい仲は良いつもりだ。

「二人とも、頑張って」

 画面の中で向かい合う二人にエールを送る。開始の合図がなされ、二匹のポケモンがコートに飛び出した。
 勝負は、先の二試合に比べあっさりと終わった。
 二人は長く旅をした仲で、当然お互いの手の内は知り尽くしている。条件は同じだが、勝ったのはダンデ。ダイマックスをしたソニアのワンパチが倒れ、会場は沸いた。
 アンは複雑な思いで画面に映る二人を見る。試合後に握手を交わして何事か伝えるダンデに対し、ソニアは気が抜けたような表情で、頭を縦に振るばかり。
 バトルコートから去っていく二人に、観客たちが声をかける。
 ダンデの勝利を祝い、ソニアの頑張りを称える。
 次があるぞと、一際通った誰かの声が、スピーカーを通しアンに聞こえた。
 それはファイナルトーナメントに進むダンデへ向けてなのか、それとも敗退したソニアへのものか。もし後者ならば、そのエールは残酷なものでしかない。
 ソニアたちが求めたのは『今』であり、『次』なんて考えていなかったはずだ。アンがそうだった。『今』を必死で進もうとしていた。だめだった、だからはい、次へ。そんな風にすぐに切り替えられるわけがない。

「アン……」

 ヤローが上擦った声で名を呼んだ。アンの頬を温い涙が滑り、顎先から腿へと落ちていく。
 ダンデの勝利は嬉しい。けれど無慈悲な『終わり』を知るアンの目は、ソニアの小さな背中を追い続けた。



 ファイナルトーナメントは翌日に行われる。
 第三のエンジンスタジアムまで突破できたチャレンジャーは、当年度のファイナルトーナメントのチケットを優先的に購入することができる。アンとヤローはそれぞれの両親に送り出され、シュートスタジアムの観客席にいた。
 アンはあれからすぐにソニアへメッセージを送ったが返信はない。もしかしたら観客としてここに来ているかもしれないが、満員のスタジアムの中で見つけるのは困難だ。
 ファイナルトーナメントは、各メジャークラスのジムリーダー七名と、チャレンジャーのダンデを加えた八名で始まり、勝ち抜いた一人が現チャンピオンとのバトルに望める。
 アンの推薦人のターフスタジアムのジムリーダーや、アンにとって忘れ難いエンジンスタジアムのジムリーダーも出場し、外野だというのに緊張で心臓が早鐘を打つ。

 試合はどれも盛り上がった。チャレンジャーにとっての試金石だったジムリーダーたちの本気のバトルに、会場の熱気は冷める気配を知らない。
 特にダンデの試合は輪をかけて騒がしかった。ここ最近のファイナルトーナメントにおいて、チャレンジャーは初戦で終えることが続いていたが、ダンデは次々にジムリーダーを撃破していく。
 ついにはトーナメントを勝ち抜いて、チャンピオンへの挑戦権を獲得した。

 久しぶりの、チャレンジャーとチャンピオンの対決。
 幼いチャレンジャーを応援する者。チャンピオンの防衛を望む者。スタジアムの興奮は頂点に近い。
 バトルが始まると、スタジアムのあちこちから音が轟く。ダンデたちの一挙手一投足に注目が集まり、彼らの駆け引き、ポケモンたちの動きに、みんなが釘付けになった。
 相手の一匹を倒せば、自分の一匹を倒される。一進一退の試合展開に、アンの鼓動は落ち着く暇がない。
 そうして互いに最後の一匹となり、両者ともにダイマックスを使う。
 バウタウンで別れて以降、知らぬ間にリザードンに進化していたダンデの相棒は、巨大化すると高らかに吼えた。会場に熱がこもる。
 大きな力と力が衝突し、熱風がアンにぶつかる。息が苦しい。
 瞼を閉じてしまいそうになるのを必死に堪えて、アンはダンデの顔が映る大型モニターを見た。
 相棒の炎を受けて、ぎらぎらと光る眼差し。
 怖気など窺えない、愉悦をたたえる薄い唇。
――ダンデが勝つ。
 アンは確信し、そして違わず、ダンデはチャンピオンになった。



 新チャンピオンに、ガラルは大賑わいだ。
 10歳の幼い少年が、初めてのジムチャレンジで見事挑戦権を獲得し、新たなる王者へ。
 テレビも新聞もネットも取り上げ、皆がダンデのことを知りたがり、彼の出身地であるハロンタウンには人が詰めかけ騒動になったと、これもまたニュースで流れた。
 友人がチャンピオンに。アンにはまだ実感がなかったが、どこへ行くにもダンデの写真や映像が目に留まり、耳を傾ければダンデの名が聞こえてくる。さすがにそんな生活が何日も続けば、彼にと誂えられたユニフォームに身を包んでインタビューを受ける姿にも慣れる。
 ダンデにお祝いの言葉を贈りたかったが、生憎と連絡先は知らない。
 彼と繋がりのあるソニアからは、セミファイナルでダンデに負けたとき以来、一度も連絡がこなかった。
 ソニアの心境を察し、アンは彼女がいつか返事をくれることを待つことにした。きっと放っておいてほしい。自分もそうだったように、ソニアからコンタクトを取りたくなったらで構わない。

 ジムチャレンジのシーズンが終わり、ターフスタジアムは改修作業に入った。ダイマックスを行うとスタジアムのあちこちが痛む。次のシーズンまでに整えておかねばならない。
 それが済めば、ジムは独自のイベントを行う。ポケモンとの触れ合い体験会や、ジムトレーナーとの模擬バトル。訳あって手放されたポケモンたちの、新しいパートナーを求めた譲渡会。
 ターフスタジアムはその広さを活用し、大規模な市を開く。畑で取れたばかりの新鮮な野菜、ガラルでも珍しい食材、ワタシラガとウールーの毛を使った質のいい織物を求め、多くの集客が望める貴重な機会。
 アンはシーズンが終わっても忙しいターフスタジアムの手伝いに志願した。推薦してくれた礼になればと、ジムリーダーやトレーナーたちの手足になろうと働いている。

「アン、ランチにするわよ」

 昼休憩のため休憩室へ向かうジムリーダーに声を掛けられ、

「これを受付に運んだら行きます」

と返し、抱えていた箱を持ってジムの受付へと小走りで急いだ。
 受付スタッフに箱を預け、休憩室へ向かう。途中、壁に貼られた見慣れぬポスターに気づき、目を留め足も止めた。
 ポスターには強調された太字で、『新規エリアレンジャー募集』と書かれている。

「エリアレンジャー……」

 『エリアレンジャー』は『ワイルドエリア保護管理局』に所属する、ワイルドエリアを管理し、保護活動に従事する者たちを指す。
 立ち入るトレーナーによって、広大な土地に住まうポケモンの生態や自然が壊されぬよう、治安維持にも努めている。
 ポスターにはワイルドエリアが写っており、そういえばターフタウンに帰ってから、一度も訪れていないと気づく。
 あれから季節は過ぎた。今の時期のワイルドエリアはどんな風景だろう。星空は変わらずきれいだろうか。ポスターを見ながら、長く思い耽った。

「ちょっとアン。早く来ないと、あんたの分のまで食べちゃうよ」
「あっ、ごめんなさい」

 ちっとも来ないアンに痺れを切らしたのか、ジムリーダーがアンを迎えに来た。アンが見ていたポスターに気づき、

「ああ、レンジャー募集。来年は忙しくなりそうだから、いつもより大人数の募集を始めるそうよ。チャンピオンが変わると、その影響で次の年はジムチャレンジャーが増えるからね。強盗団の件もあったし、どこも人員確保で大変らしいわ」

と説明し、「うちも来年はもっと忙しくなるわね」とぼやいた。新チャンピオンの誕生は、あらゆる面でガラルを大きく動かしていく。

「アン。もしかして興味あるの?」

 ジムリーダーの問いに、アンは否定しなかった。
 ワイルドエリアに何度も通ったアンは、エリアレンジャーと接した数も多い。ルーキーだったからか、キャンプの際にはよく声を掛けられたこともある。アーマーガアに乗ってパトロールする姿に、ちょっとした憧れも持った。

「でも、大人じゃないと……」
「そんなことはないわ。ほら見て。年齢の上限は29歳まで。下限は設けていない。ジムチャレンジと同じで、優秀なトレーナーは、我がガラルにとって黄金の人材なのよ」

 人差し指が示した文章は、ジムリーダーの言の通り。他に、ポケモントレーナーであること、アーマーガアなど騎乗移動が可能なパートナーがいることが記されている。アンは一応、すべて満たしていた。
 やってみたい。思いはするものの、子どもの自分では合格できる気もしない。
 ジムリーダーはポスターの近くに用意されているパンフレット手に取り、そのままアンへ差し出す。

「ほら、持っていきなさい。ジムチャレンジと違って、うちのジムからの推薦はできないけど、親御さんが反対したら私が説得してあげる」

 半ば押し付けられる形でパンフレットを受け取り、開いて確かめる。
 別紙で申込書がくっついており、エリアレンジャーの職務内容や募集要項に、ワイルドエリアの写真が添えられている。
 アンの心を癒したいくつもの風景に、決心を固めた。

20220207