いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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38

 その日マサルが連絡を受けたのは、太陽が昇り始めた早朝。休日なのでアラームを解除していたはずのスマホがブルブルと震え、中に入っているロトムの『ユウリからロト!』という高らかな声が響いた。
 驚き半分、苛立ち半分で通話を繋ぐと、スマホの向こうから元気な『おはよう』が飛んでくる。

「ユウリ……今何時だと思ってるんだよ……」
『五時だよ。ねえ、マサルは今日もワイルドエリアでパトロール?』

 遠まわしな嫌味はあっさりスルーされ、ユウリは早朝とは思えぬ活気あふれる声で弟に問う。スマホを耳に添わせつつも、マサルはもぞもぞと布団をかけ直し、頭からすっかり被った。

「今日は休み……」
『えっ! お休みなんだ! ちょうどよかった!』

 途端に、マサルの脳内に警鐘が鳴る。きっとよくない展開になると、もうひと眠りするからと言い捨てる前に、

『あたしも今日はお休みなんだ! それでね、ワイルドエリアにカレーを作りに行こうと思ってて』

と続けられてしまい、目を閉じてため息を吐いた。

「勝手に行けば」
『マサルも一緒に行こうよ! 今日はね、ホップもソニアさんの手伝いで、ワイルドエリアに来るんだって。一緒に合流して、みんなで久々にカレーを食べよう!』
「カレーならこの間、ハロンに帰ったときにうちで食べたじゃないか。ホップも来て、おかわりもして」
『家で食べるカレーと、外で食べるカレーは別腹だよぉ』
「それを言うなら別物。……まあ、ユウリには別腹か」

 姉のユウリは、ジムチャレンジの旅でカレーの美味しさに目覚めて以来、ガラルで一番と称しても過言ではないほどのカレー好きだ。いつからか『三度の飯はカレーがいい』というのが彼女の格言になった。

『ナックルシティで合流ね! 何時頃に着けばいい?』

 もはや弟の拒否など想定していない流れに、マサルはうんざりした。
 ここで強く断るのは簡単だが、それでユウリが諦めるかは別である。もしかしすると、下宿しているこの家にまで迎えに来るかもしれない。これまでの経験から考えるに、有り得ない話ではない。
 家主のランドロード婦人に迷惑はかけられない。布団を剥いで頭を掻く。ちらりと部屋の隅を見れば、昨夜チェックを終えたバックパックがあった。
 ユウリに誘われなくとも、元より一人でワイルドエリアへ行くつもりで、準備は前日にすっかり済ませている。

「何時でもいいよ……ナックルに着く前に連絡して」

 マサルは通話を切ると、かたい体を伸ばすより前に、顔を洗いに部屋を出た。
 ランドロード婦人の家は、彼女のイエッサンたちによって掃除や手入れが行き届いており、廊下の隅には埃一つ見当たらない。
 のんびり過ごすつもりだったがそうはいかないだろうと、大きな窓からさんさんと注ぐ眩しい朝の光を浴びつつ、肩を落とした。


 アーマーガアのタクシーでナックルでやってきたユウリと落ち合い、マサルも乗車したタクシーは、ワイルドエリアへ入る。
 ホップとソニアはストーンズ原野にいるらしく、二人はタクシーで、エンジンリバーサイドの預かり屋の前まで移動した。
 騎乗訓練を終え、マサルは自身のウォーグルでの騎乗を認められているが、タンデムの訓練はまだ終わっていないため、ユウリを乗せて飛行することはできない。
 ただ、ユウリのパートナーにはトゲキッスがおり、主を乗せて移動することが可能だっため、二人はそれぞれ騎乗し、ホップから教えられた位置情報を頼りに向かう。
 ホップたちとの合流は、ノースエリアに詳しくなったマサルが居たこともありスムーズだった。
 前日から来ていたらしいソニアたちのテントのそばに、ユウリとマサルもタープを張る。

「あんまり騒がしくしないでよ。アタシの研究の調査ってことになってるけど、ホップの研究でもあるからね」

 ソニアにこっそり忠告を受け、双子は素直に頷いた。自分たちは呑気に休暇を過ごしに来ているが、ホップはそうではない。友人の邪魔をしたくないのは、双子でなくとも共通した思いだ。
 二人が調査しているのは、ツチニンとテッカニンについて。ノースエリアのストーンズ原野では、野生のテッカニンの姿が多く目撃されているが、テッカニンの進化前であるツチニンは、ミロカロ湖やキバ湖などのサウスエリアに生息している。

「ツチニンはサウスエリアでテッカニンに進化すると、ストーンズ原野を目指して移動するの。それで、今年はテッカニンたちが大量に現れる年に当たるのよ。大量出現の周期は決まっていて、その年はそれはもううるさくて、異様な光景らしいわよ」
「オレたちはここへ集まってくるテッカニンたちの調査チームなんだ。サウスエリアの方は、別のチームがツチニンを調査してる。今のところまだ進化する気配はないみたいだけど、確認できるだけでも数はすごく多いらしいぞ」

 ソニアとホップの話に、ユウリは「へえ!」と大きな相槌を打った。

「だって、マサル」
「おれは知ってた。講義で聞いたことあるし、アンさんからもそろそろらしいって説明を受けてたから」
「ふうん。マサルってば、もうすっかりワイルドエリア博士だね」
「ユウリのそういうところ、バカにしてるつもりが一切ないのが、また腹立つよなぁ……」

 天真爛漫な姉の言動に悪意はない。物知りになった弟を褒め称えるつもりで『博士』と口にしただけだが、ソニアという本物の博士や、博士を目指しているホップを目の前にして言われると、当人であるマサルの居心地は悪い。

「じゃあアタシたちは調査を続けるから、ご飯ができたら呼んで」
「行ってくるぞ!」
「いってらっしゃーい!」

 必要な荷物を携えた二人を、ユウリが手を振って元気に見送る。
 二人の姿が見えなくなると、ユウリはボールからポケモンたちを出し、あまり遠くに行かないようにと言いつけ、自由に遊ばせ始めた。
 マサルもポケモンたちをボールから出すか思案し、迷った末にすべてのボールを投げた。ウォーグルやギャラドスなど、マサルのポケモンたちはユウリのパートナーたちを見るや否や、威嚇とまではいかないが荒々しい声を上げる。

「コラッ! 仲良くするんだ!」

 マサルの注意が飛んでくると、ウォーグルらはツンと素知らぬ振りをして、思い思いに過ごし始めた。

「マサルの子たちは相変わらずシャイな子ばかりだね」
「シャイとはまた違うけどな……」

 普段から姉の呑気な発言には気を揉むことが多いが、この時ばかりはその大らかとも取れる性格にマサルは感謝した。
 マサルのポケモンは、初めてのパートナーであるイオルブを除いて、荒っぽい気性や接し方に気を配らねばならない種が多い。ウォーグル、ギャラドス、サザンドラ、ミミッキュ。どうやらそういった気質のポケモンに好かれるタチであると自覚したのは、ジムチャレンジも折り返しに入る時期だった。
 皆、マサル以外には威嚇をしたり、どこか攻撃的な面を見せるが、マサルの言うことに逆らうつもりはないようで、ユウリのポケモンたちとは距離を取りつつ、空を飛んだり川で遊んだりテントの影に隠れたりと、個々でワイルドエリアを楽しみだした。
 そばにはイオルブだけが残り、カレー作りの準備をするマサルの手伝いをしてくれる。遊んでおいでと促すものの、人間のやることに興味があるようで、イオルブはマサルに付き従っている。
 姉が選んだ食材を手に取り、ただひたすら皮を剥いて切る作業に入ると、マサルの口からは大きなため息が滑り出した。

「休みだっていうのに……」
「だってカレーは一人で作って食べても美味しいけど、みんなで作って食べるとさらに美味しいんだもん」

 同じく野菜を切っているユウリが、ニコニコと嬉しそうに言う。ジムチャレンジに参加する前は料理など興味がなく、簡単な目玉焼きやパンケーキですら焦がしていた姉だが、キャンプでカレーを作り続けたおかげか、自然とその手つきから危うさはなくなっている。

「せっかくの休日なのにワイルドエリアに来るのは、やっぱりいやだった?」

 マサルを無理に連れ出した負い目でも感じているのか、ユウリが手を止め訊ねた。

「ワイルドエリアは好きだよ。そっちじゃなくて、ユウリがおれをこき使おうとしてるのが気に食わないだけ」
「なにそれ〜! 男の子は都会に出ると『すれちゃう』って本当なんだ」
「女の子は都会に出ると、ろくでもないことを覚えるんだな」
「マーくんってば、ひねくれてるぅ」
「その呼び方やめろよ!」

 赤子のような愛称は、幼少期に姉をはじめ周囲から呼ばれていたが、思春期のマサルにとっては恥ずかしい呼び名であり、間違っても家以外で呼ばれることは堪えられない。
 喋っていては作業も進まないと、マサルはユウリとの会話を極力減らし、黙々と手を動かした。気の置けない姉相手に、沈黙が気まずいことはない。むしろユウリの口はマイペースに回るので、調理の合間にポケモンたちと触れ合う姉の楽し気な声が周囲で響いていた。
 カレーをしっかり煮込み、ライスも炊き上がったところで、連絡を受けたホップたちが戻ってきた。人間の分、ポケモンたちの分も盛り付けが終わり、皆で食事を始める。

「ワイルドエリアはいいなぁ。カレーが作れて、バトルもできて。毎日でも来たいよ」
「カレーが作れてバトルができる場所なら余所にもあるけどな」
「マーくんのひねくれもの」
「だから、それやめろって!」

 姉弟の喧嘩をいつものこととスルーし、ホップは二人に目も向けずにスプーンを口へ運ぶ。

「新米チャンピオンは忙しいからね。ダンデくんもほとんどハロンに帰れなかったらしいし」
「そうなんですよ。バトルは好きだけど、取材とか写真撮影とか緊張するし、偉い人の顔もなかなか覚えられないし……」

 自身の幼馴染みのことを思い出すのか、ソニアはチャンピオンの多忙さに理解を示し、ユウリは両肩を落として深々と息を吐いた。

「でも、ダンデさんがフォローしてくれてるんで、すごく助かってます! お休みもしっかり取らないとって、スケジュールにもちゃんと空き時間を作ってくれてて」

 沈んだ顔を見せたと思えば、パッと表情が明るくなる。カレーを食べるペースも落ちるどころか、マサルはまだ半分も食べていないのに、ユウリの器の底はすっかり見えてきている。

「そういえばダンデさんも今日はお休みなんだ。完全なオフにしたいって、わざわざ言ってたけど」
「ああ、アニキなら今頃家に帰ってるぞ」

 先に器を空にしたホップが、おかわりを求めて鍋の前へ移動する。ホカホカと湯気の立つライスを盛り、芳醇な香りを放つカレーの鍋の蓋を開けた。

「えっ、そうなの? ダンデさんが帰ってくるのに、ホップは家に居なくてよかった?」
「こっちの予定がずらせなかったからな。オレは会ったことあるし、今更挨拶しなくても、まあいいだろうってアニキも言ってたし」

 器にたっぷりと盛ったホップがキャンピングチェアに腰を下ろし、カレーとライスにスプーンを差し込む。

「『挨拶』って、何が?」

 ユウリが訊ねると、ホップは開けた口にスプーンを突っ込む直前で、その動きを止めた。

「あー……」

 ゆっくりとスプーンを持つ手が下りて、器に戻される。ホップの眉は困った形を作り、助けを求めるように、なぜかソニアへその目を向ける。ソニアは両肩を竦めるだけで、言葉としてはホップには何も返さない。

「内緒だぞ? 絶対に絶対に内緒だぞ?」

 ユウリとマサルへ、ホップは話す前から口外するなと強いた。二人は揃って首を縦に振る。

「今日アニキが家に帰ってるのは、うちの家族に挨拶するからなんだ」
「挨拶って、なんで? ホップの家族はダンデさんの家族でしょ」
「アニキじゃなくて、アニキと結婚する人が、だぞ」

 姉弟はヒュッと息を呑んだ。タイミングも長さもピタリと合い、

「結婚!? ダンデさんが!?」

と口にするのもほぼ同時だった。
 ホップは頷き、再度「内緒だからな」と念を押す。幼馴染みに返事もせずに、マサルはユウリと顔を合わせたあと、やりとりをのんびりと眺めながらカレーを食べていたソニアを見やる。

「そ、ソニアさんはなんでここに居るの?」
「え? なにが?」
「だ、だって……」

 ユウリの質問に、ソニアはきょとんとした表情で返すのが、マサルには理解しがたかった。

「だってソニアさんとダンデさんは、付き合ってるんでしょ?」

 双子ゆえにか、一言一句もずれることはなく、またもやきれいに揃った発言に、ソニアはエメラルドグリーンの両目を大きく開いた。

「はぁああ? ナニソレ!?」

 大声を上げたソニアに、周りのポケモンたちも驚き、空へ飛んで逃げたり、身を隠すため物陰を目指して走った。彼女の一番近くにいたワンパチはすぐさまテントへ逃げ込んだものの、頭だけを突っ込んだ形なので、丸い尻と短い足は外に出ておりブルブルと震えている。

「違うの?」
「違うわよ! なんでアタシがダンデくんと付き合ってる話になるの!?」

 訊ねるユウリにソニアは即否定し、逆に問い返した。

「だってダンデさん、しょっちゅうソニアさんと連絡取ってるし、研究所にもよく行ってるから……」
「それは委員長の仕事のためだからよ。ローズ委員長が残したエネルギープラント問題には、ガラル粒子やねがいぼしのことが絡んでるから。アタシはおばあさまの助手だったし、ダイマックス現象についての研究も少しずつ引き継いでるから、そういうのも含めてアタシに連絡が来てるだけ」

 ユウリはソニアの話を聞いて呆然とした。マサルは姉から、ソニアとダンデは恋人らしいと聞かされていたが、誤解だったらしい。
 とんだ勘違いをしていたのかと呆れそうになるが、二人の親し気な態度を見ていたら、思い違いをしていてもおかしくはなかった。現にマサルもユウリがその話をしてきた際は、なるほどそうなのかと素直に信じてしまった手前、文句をつけることはできない。

「じゃ、じゃあ、ダンデさんの結婚相手って誰なの?」
「アンさんだぞ」
「アンさん!?」

 ホップが姉の質問に答えると、弟のマサルが大声で繰り返し、その声量の大きさにかホップとソニアの肩がびくりと跳ねた。

「今度は何よ!?」
「いや、え……? アンさんって、キバナさんと付き合って……」
「そっちもかい!!」

 マサルの言葉に、ソニアはまた荒げたような声を出し、テントから尻を出しているワンパチは甲高い悲鳴を上げ、体の震えがさらにひどくなる。

「だってアンさんとキバナさん、よく二人で食事に行ったりしてるみたいだし……」
「それは単純に仲が良くて、二人ともナックルに住んでて都合が合いやすいからで、別に恋人ってわけじゃないでしょ。キバナさんはダンデくんがアンにプロポーズするのを、いろいろと手伝ってあげたのよ。アンと恋人だったら、そんなことするわけないじゃない」

 つらつらと語られる話と共に振り返れば、確かにそうかもしれないと納得できた。
 プロポーズの件は知らないが、アンとキバナに、あからさまな睦まじい雰囲気を感じた覚えはない。けれどよく会い、親し気な様子だったため、まだ色事に疎いマサルには二人が恋人に見えてしまっていた。

「知らなかった……」
「うそぉ……」

 愕然とする双子に、ホップは苦笑を浮かべ、ソニアは大袈裟にため息を吐く。

「気づかなかったの?」
「全然! だってダンデさんの口からアンさんの話はあんまり聞かないし」
「アンさんも、ダンデさんの話をするときはあるけど、いつもキバナさんとだから」
「まあ、そうよね。アタシもダンデくんがアンにプロポーズする気だって知ったときは、全然理解できなかったもん。付き合ってるならともかく、そうじゃないって言うしさ」
「えぇ……?」

 マサルは思わず呻いた。恋人でもない相手にプロポーズなんて、正直どうかしている。接した回数が少ないので彼の人となりを知っているわけではないが、幼くしてチャンピオンになり、十年もその座を守り続け、無敵と称されたトレーナーだけあって、常人の物差しで計ることができない人間なのかもしれない。

「あはは。ダンデさんらしい!」

 ユウリはそう言ってニコニコと笑った。ダンデを理解できる姉も、世間とは少々ズレた思考の持ち主だ。
 幼いルーキーでありながらチャンピオンになる者は、その性質も似ているのか。マサルは特に気づきたくもなかった真理に出会った気分に、少し頭を抱えた。

20220513