いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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02

 新しい仲間を連れて、アンは3番道路や街道を通り、ターフタウンに戻った。少し離れていただけなのに、すり鉢状に広がる街並みや、地上絵も石碑もすべてが懐かしい。
 道中、同じくジムチャレンジ中のトレーナーや、そうではないトレーナーにもバトルを挑まれたがなんとか勝ち続け、モンメンたちもそれなりに経験を積んだ。
 他のチャレンジャーと違い、ターフタウンに家があるアンは、一先ず自宅へ戻って体を休めた。新しく仲間にしたココガラやガーディを親に紹介すると、ポケモンたちのためにと値が張るフードまで用意してもらい、久しぶりのベッドでぐっすりと眠った。


 明くる日。人の多いターフスタジアムへ行き、ジムチャレンジの受付を済ませた。
 馴染みの顔に迎え入れられ、ユニフォームを着てスタジアムの奥へ進む。提示されたジムミッションには多少苦戦したものの、失敗することなく一回でクリアできた。
 ジムミッションを終え、とうとうジムリーダーとのバトル。くさタイプに強い、ほのおタイプのガーディと、ひこうタイプのココガラの活躍によりアンは試合に勝利し、ターフスタジアム突破の証であるくさバッジを貰った。

「頑張ってるじゃないの、アン! でも、これから向かうジムには、もっともっと強いジムリーダーやトレーナーたちが待ってるわ。単純な強さだけでは突破できないわよ。知恵を絞り工夫を重ね、ポケモンと自分を鍛えることを忘れないで!」

 ジムリーダーの言葉に、アンは「はい」と大きな声で答えた。チャレンジに参加する前に、ヤローを当てにしていた自分を叱咤したジムリーダーが、こうしてアンの成長を認めてくれたことが、何より一番の励みになった。

 その日も自宅に戻り、また夕飯を家族と共に囲んだ。第二のジムを目指すのは明日からの予定だ。
 自室でリュックの中身を広げ、ターフタウンを出ていた間に必要性を感じた道具や、不要だった荷物を整理していると、誰かが部屋のドアをノックする。
 ドアを開けると父が立っており、アンに渡したい物があると、紙袋を一つ差し出した。

「昔お父さんも使っていた物だけど、きっとアンの旅の役に立つはずだよ」

 袋の中に入っていたのは、《おはなのおこう》と呼ばれる道具だった。アンがターフタウンから旅立ったあと、わざわざバウタウンの市場へ買いに行ったらしい。
 モンメンに持たせるといいと言われ、実際に差し出してみると、香りを気に入ったのかモンメンは喜色満面にふわふわと宙を飛んだ。

「道具は使い方次第で有利にも不利にもなる。しっかり考えて持たせるんだ」
「分かった。ありがとう、お父さん」

 礼を返すと父も笑って返したが、「でもやっぱりお父さんは心配だ」と長い息を吐いた。

「大丈夫だよ。わたしより小さい子たちもチャレンジしてるから」
「そうかい。ああ、でも心配だ。アンは可愛いんだから。変な人に声をかけられても、ついていってはだめだよ」
「お父さんってば」

 親の欲目だと、アンは呆れてため息をついた。
 元々心配性な性格もあってか、父はアンのジムチャレンジにただ一人反対していた。ヤローが付き添うからという条件で許したのに、ジムリーダーの言により破棄されてしまい、ターフタウンを出てからアンのスマホの通知欄は、ほとんど父で埋まっている。

「わたし、頑張るから。お父さんが突破できなかったエンジンジムも、ちゃんと通ってみせるよ」
「そうだね。少し前のほのおジムだったら厳しかったかもしれないが、今はじめんタイプのジムリーダーだから、アンの仲間との相性は悪くない。きっとアンなら勝てる」

 でもやっぱり心配だと話がループし、アンは父を説得するのに時間をかけてしまい、床に就いたのは夜もとっぷり更けた頃だった。



 身支度を整え、アンは再びターフタウンを出立すべく玄関に立った。先日の開会式と違い、今度はいつ帰ってくるか分からない。父はもちろん、母も今度ばかりは心配そうに、何度もアンに確認を取る。

「ハンカチは? 二枚で足りる? タオルももっと持って行った方がいいんじゃない?」
「足りるよ。足りなくなったら買うから」
「そうね。チャレンジ中は街中のランドリーが無料で使えるんでしょう? こまめに利用して、なるべくお小遣いは節約するのよ? 食事代を削るなんてやめなさいね。お医者様にいつも痩せ気味だって言われてるんだから、しっかり食べなきゃ」
「分かってるから。もう、そんなに心配しないで」

 夜に続いて、今朝は母に捕まった。このままでは出発できないのではないかと焦るが、なんと昨夜あれだけ心配していた父が母を制して、共にアンを送り出してくれた。
 ターフタウンから港町のバウタウンへは、5番道路を通っていくのが一番早い。たまに家族で海鮮料理を目当てに食事へ行くこともあり、見慣れた道だが一人で歩くのは初めてだ。
 通り過ぎるばかりで、一度も覗いたことがない預かり屋に立ち寄ってみた。話を聞く限り、今のアンが利用するにはまだ早く、機会があれば訪れようと頭に留めて小屋を出る。
 せっかくだからと道を外れて散策し、茂みの中から飛び出してくる野生のポケモンとバトルをしていると、ココガラに異変が起きた。
 大きく鳴き声を上げ、体をぶるぶると震わせながら眩い光を放つ。発光が収まって姿を現したシルエットは、アンが知るココガラのそれではなかった。

「あっ……もしかして進化?」

 スマホロトムを起動しポケモン図鑑で調べてみると、目の前のポケモンはココガラが進化したアオガラスだ。ころころと丸かった体はすっきりとし、青かった羽根には以前よりずっと黒が混じっている。名に違わぬカラス然りといった容貌に戸惑ったが、アンに向ける赤く鋭い眼差しは変わっていない。

「そっか。成長したんだね」

 目に見える形で、ココガラのこれまでの経験が実を結んだ姿にアンの胸はときめいた。
 ジムチャレンジの旅は、ポケモンもトレーナーも強くなる旅。第一のジムを突破したアンもポケモンたちも、着実に前へと進めている。
 気分が高まったアンは、バウタウンへと逸る気持ちのまま走って、レンガ造りの陸橋に差し掛かった。
 広大なワイルドエリアの上を渡るこの橋からの眺めは、いつ見ても圧倒される。遠くにはナックルシティが見え、今日も悠然と翼を広げている。
 ナックルシティには、アンの姉が通っているカレッジがある。ターフタウンからの通学は厳しいので、入学と同時に寮住まいだ。
 12歳のアンはターフにある学校に通っていたが、ジムチャレンジ中は通学ができないためホームスクールに切り替え、チャレンジの間はレポートを提出したり、ネット上にて行われるテストで一定の成績を収めることで単位を得られるようになっている。そのテストの日がそろそろ近づいていた。

「ジムチャレンジって、大変だなぁ……」

 一人で旅をしながらバトルを続け、食事も洗濯も自分で責任を持ち、自身やポケモンの体調管理に努め、事件や事故に遭わぬよう身を守り、ジムに挑んでは次の場所を目指し、余った時間はスクールの勉強。こう並べてみると12歳の子どもにはなかなかハードだ。
 今朝発ったばかりなのに、なんだかターフタウンが恋しい。けれど戻ってはいけない。少なくとも第二のジムを通るまでは帰らないと誓った。
 それでも止まらない感傷に浸り、陸橋の上からワイルドエリアを眺めていると、唐突に名を呼ばれ驚き、肩が大きく跳ねた。

「アン! アンだよな?」
「えっ? ダンデくん?」

 こちらを指差して自分の名前を呼ぶのは、少し前に出会ったダンデだ。ぱちくりとした目が山なりになって、溌剌とした笑顔を見せる。

「久しぶり!」
「うん。久しぶり」

 思わぬ再会にアンの胸が躍る。ジムチャレンジ中に初めてできた友人は、アンを忘れてはいなかった。

「ダンデくん、一人なの?」

 ダンデは一人だった。彼の連れであるはずのソニアの姿を探せど、どこにも見当たらない。

「はぐれてしまったみたいで」
「もしかして、また迷っちゃったの?」

 頷くダンデにアンは目を見張る。極度の方向音痴とは知っているが、迷っているダンデと短い期間でまた遭遇するとは思っていなかった。ダンデは天才的な迷子の素質があるらしい。

「ターフタウンへは陸橋を渡るんだよな?」
「陸橋を渡ると言えば間違いじゃないけど……それはバウタウンからターフタウンへ向かうときの話だよ。エンジンシティからだと、3番道路や街道を通らなかった?」
「街道?」

 言葉の意味を知らぬのか、存在を知らぬのか。どちらとも判別のつかない反応に、アンは冷や汗を掻いた。

「そういえばあったな」
「通ってないの?」
「3番道路の先に鉱山の入り口があったんだ。鉱山の中にも面白いポケモンがいるに違いないからと、ソニアを連れて入ったんだが、いつの間にかここに」

 つまり彼とソニアは、あえて街道を選ばず、入り組んだ鉱山の道に自ら飛び込み別れてしまったと。
 ダンデを見失ったソニアは、きっとまた怒り心頭だろう。迷いやすい鉱山に入るなど、彼女が賛成するわけがない。それでも我を通すダンデに負け、こうして予想通りはぐれてしまった。

「目的地はターフタウンなんだよね?」
「ああ。オレもソニアも、まだ一つ目のバッジを貰ってないから、ターフタウンで待ってるかもしれないな」
「なら送るよ」
「すまない。そうしてもらえると助かるぜ。スマホのバッテリーが切れて、ソニアと連絡も取れてなかったんだ」

 安堵したのか、ダンデの肩から力が抜ける。彼とて迷いたくて迷い、ソニアを怒らせたいわけではない。一種の悪癖を責めるより、早く引き合わせてあげるのが、ダンデにもソニアにとっても一番いい。
 踵を返し、アンにとっては来た道を引き返し始めた辺りで、

「そうだ。前に会ったときに、野生の子を捕まえるコツを教えてくれたでしょう。《しびれごな》を使うといいって」

とダンデに話を振ると、覚えていたらしいダンデはキャップを被った頭を縦に振った。

「おかげでやっとゲットできたんだ」
「そうか! よかったな! どんなポケモンなんだ?」

 ワクワクしているダンデに応えるべく、アンはガーディのボールを宙へ放った。
 パカンと開くと、日頃から心掛けているブラッシングのおかげで、縺れが一つもない嵩のあるたてがみを天辺に乗せたガーディが飛び出した。

「ガーディ! 毛艶もよくて、元気いっぱいだな!」
「ダンデくんのおかげだよ。ありがとう」
「お礼なんていらないぜ。ゲットしたのはアンと、モンメンが頑張ったからだ」

 快活な笑みを見せたあと、ダンデは腰のケースからボールを取り出し、アンに突きつける。

「よし! バトルしよう!」
「ソニアちゃんと合流したらね」

 ボールではなく手のひらを突き出し、アンはやんわりと断った。



 しばらくは戻らないと決めたはずのターフタウンに、半日も経たずしてダンデを連れて戻ったアンは、ソニアを探して町を歩く。
 生まれ育った町には、顔も名前も家も家族構成も、自宅の裏手にどんな木が植わっているかも把握している者ばかり。
 ソニアを探し出してすぐに、顔見知りの近所のおじさんから「次のジムへはまだ行かないのか?」と声を掛けられ、人を送りに戻ってきただけだと簡単に返した。

「あのおじさんは知り合いなのか?」
「子どもの頃からお世話になってる人なの。言ってなかったかな? わたしはターフタウンに住んでるの」
「なんだ、そうだったのか! だからこの辺りに詳しいんだな」

 ダンデの言葉におかしなところはなかったが、彼に言われると少し反応に困った。この町出身だから、エンジンシティやバウタウンへの道に詳しいわけではない。地図があって方向感覚が度を越えてずれていなければ、子ども一人や旅行者でも迷うことはないように道は整備されている。でもダンデにはそれが難しい。

「ダンデくんのお家はどこ?」
「ハロンタウンだ」
「ハロンタウンって、たしかウールーの農家が多いんだよね」
「オレの家もウールーを育ててるぜ」
「わたしの従兄の家もそうだよ。ウールーはかわいいけど、コロコロ転がってあっちこっちに行っちゃうから、追いかけるのが大変なんだよね」
「ああ。家族から『お前はもしかしたらウールーなんじゃないか』って言われてる」
「ふふっ。分かるなぁ」

 放牧したウールーを小屋へ帰す際に誘導で失敗すると、あの転がりやすい体のせいでとんでもない場所まで追いかけることがある。思いも寄らない先で迷っているダンデは、そんな自由奔放なウールーの動きとどこか似ている。
 探していたソニアは、ターフスタジアムの前に居た。隅の方で蹲り、折った膝に顔をつけ、丸い塊になって動かない。

「ソニア!」

 ダンデが呼びかけると、ソニアはハッと頭を上げた。血色のいい頬は服の皺に沿って型がついて、泣いていたのか目元は赤らんでいる。
 そばへダンデが駆け寄る前に、すっくと立ちあがると、

「ダンデくん! どこ行ってたの!?」

腹の底から声を出し、荒々しく怒鳴った。スタジアム前を行き交う人たちの視線を一瞬にして集めるが、そんなことなど気にも留めず、ソニアの目からはポロポロと涙が零れていく。

「すまない。迷っていたみたいだ」
「だから鉱山なんか通らずに、普通の道を通ろうって言ったのに! ダンデくんが、ダンデくんが!」
「すまない。一人にして悪かった」

 自身の袖口で涙を拭いながら、ソニアはダンデを責め立てる。元凶であるダンデは謝るほかなく、何度も謝罪の言葉を繰り返した。
 一頻り泣いて気が済んだのか、グズグズと鼻を鳴らしながらもソニアは涙を止め、深い呼吸をいくつか続けたあと、少し離れて二人の様子を見ていたアンへ顔を向ける。

「アンさん、また送ってくれたんですか?」
「うん。バウタウンへの陸橋で会って」
「陸橋!? どうやったらターフタウンを飛び越えてそんなところに行くのよ! もう! 信じらんない!」

 予想外の場所にソニアの怒りのスイッチが再び入った。ダンデは謝りつつも「いい景色だったぜ」と呑気に続けるので、ソニアの立てた腹はグツグツと煮えたぎったままだ。

「本当にありがとうございました。アンさんだって忙しいのに」
「いいの。困ったときはお互い様だから」

 幼いソニアの肩に、迷うダンデの面倒をすべて乗せてしまうのは酷な話だ。彼女とて自分のジムチャレンジがあるというのに、第一のジムにも満足に到着できなかったことを考えると、迷惑だったなどと冷たく払えるはずがなかった。

「あの。ご迷惑じゃなければ、アタシの番号を教えておくので、また迷子のダンデくんを見つけたら連絡をくれませんか?」
「もちろん」

 アンはスマホの中のロトムに呼びかけ、ソニアと連絡先を交換した。これなら迷っているダンデを見つけた際に、すぐにソニアの元へ連れていける。ダンデの行方が分かれば、探している間の彼女の心労もグンと減るだろう。

「よかったらこれも」
「あ。じゃあわたしも」

 ソニアが自分のトレーナーカードをアンへ見せる。受け取って自分のカードを渡していると、脇で見ていたダンデが「オレも」とカードを差し出すので、自分のカードと交換した。
 アンの手に、チャレンジャーのユニフォームを着たトレーナーカードが二枚。ヤローやターフのジムリーダーのカードも持っているが、ジムチャレンジ中に出会ったトレーナーとのカードの交換はこれが初めてだ。アンは折れたり曲がらないよう、カードをケースへ大事にしまう。

「アン! ソニアとも合流した! バトルしよう!」
「ターフスタジアムが先!」

 アンに詰め寄るダンデを、ソニアがスタジアムへと引きずっていく。二人の体格はそれほど変わらず、むしろソニアの方が少し背が高いが、ダンデの足腰はとても力強いようで、なかなか彼女の思うようにはいかない。

「また機会があるから」
「絶対だぞ!」

 ダンデに頷いて、手を振って二人を見送る。騒がしい二人を遠巻きに見ていた周囲は、彼らの姿がなくなると、今度は一人残ったアンに視線を向ける。複数の目から注がれる興味に、アンは居心地の悪さを覚えて小走りでその場から去った。

20220205