いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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 ジムチャレンジ開始から日が経ち、サウスエリアでもチャレンジャーの姿を多く見かけるようになった。
 四つ目以降のジムに挑戦するには、ナックルシティを経由しなければならない。平素でも賑わうナックルには、下はティーンから、上はシニアまで、あらゆる世代のトレーナーが大きなリュックを背負って歩く姿が増える。
 時間が合えば一緒にランチをしないかとキバナに誘われ、休憩時間を少しずらして、キバナ御用達の喫茶店で向かい合っている。

「オレさまのところには、まだ誰も来てないんだよ。去年のセミファイナリストだったら、もう挑戦に来てもいいはずなんだけど」

 空になった皿を下げてもらい、テーブルには紅茶のカップとソーサーだけが残っている。
 キバナが言うように、はじめの三つのジムが免除されている前回のセミファイナリストなら、そろそろ彼へ挑みにスタジアムを訪れていてもおかしくない時期だ。

「どこかで躓いてるのかな?」
「かもな。ま、そのうち来るだろう。今年はダンデが推薦したチャレンジャーもいるんだぜ。楽しみだ」

 垂れた目が、バトルコートで相手と対峙したときのように鋭くなる。さすがにもう慣れたが、テーブルを挟んだだけの距離ではやはりまだ怖さを覚える。

「ホップくんとユウリちゃんだよね」
「知ってたのか」
「うん、少し前にサウスエリアで会ったから。ユウリちゃんの弟のマサルくんと、三人でキャンプしてたんだ。楽しそうだった」

 少し前と言っても、もう一か月以上は経っている。ルーキーでも順当に進んでいれば、チャレンジの折り返しに入っているだろう。

「仲は良いに越したことはないけど、セミファイナルを勝ち抜くのはたった一人だからな。オレさまもバッジをそう簡単に渡すつもりもない。いつまでもお手て繋いで一緒に、なんていられないよ」

 キバナはそう言うと、カップを取って口元に運ぶ。飛び抜けた長身に合わせてその手も大きく、アンの前にあるカップと同じサイズだというのに、やけに小さく思える。

「現実は厳しいね」
「そりゃあそうさ。オレたちジムリーダーは、チャレンジャーの壁であらねばならない。弱い奴をシュートスタジアムのコートに立たせるわけにはいかないんだ。ジムリーダーのプライドってやつ」

 各地のジムリーダーは、優れたチャレンジャーを選別する篩だ。粗い網目から徐々に細かくしていき、最後のジムを通過できるのは毎年ごくわずかだ。
 その厳しい網目を通った選手で行われるセミファイナルトーナメントは、時にはファイナルトーナメント以上に盛り上がる年もあった。壁を乗り越えた強きトレーナーたちの真剣勝負が、観客を夢中にし熱狂させる。

「姉がね、『鼻の高さはプライドの高さ』って言ってたけど、本当かな?」
「なんでオレの顔を見ながら訊くんだよ。偏見は人生をつまらなくするからほどほどにって、お姉様に伝えておいてくれ」

 じっとりとした目を向けられ、笑って誤魔化した。『プライド』という単語でたまたま思い出して、向かいにキバナが座っていたから見ていただけに過ぎないが、キバナの鼻は高い。

「それにその論で言ったら、ガラルで一番鼻が高いのはダンデだろ」

 テーブルに頬杖をつき、もう片方の手の指先は、コツンコツンと天板を鳴らしている。

「そうなんだ」
「そうなんだ、って。ダンデがチャンピンになる前からの付き合いだろ。何を見てきたんだ」
「何って……迷ってるところ」
「それもそうだな」

 不本意そうではあるが、キバナは納得したのか頷いた。
 実際、アンがダンデに会うときはたいてい彼は迷子になっている。もちろん迷っているときばかりではないが、出身地や暮らしている場所、さほど関わりがない異なる職種である以上、そもそもダンデに遭遇する機会が少なかったので、やはりアンから見たダンデはいつも迷子になっている印象が強い。

「アンから見たダンデって、どんな奴なの?」

 訊ねられて、頭の中にダンデを浮かべて考える。

「明るいけど根はどちらかというと物静かな方で、正義感があって優しいけどシビアで、ポケモンとバトルが好きで、ご飯はあっという間に食べちゃって、キャップが似合ってて、興味を持つとすぐどこかに行っちゃうから、一緒にいるとドキドキする」
「ドキドキするんだ」
「キバナくんはしない?」
「する。疲れる方のドキドキな」
「ね」

 相槌を打つアンもキバナも、互いの経験を思い出して笑った。ダンデと二人でいるときは、常に気を配る必要がある。一秒たりとも油断ができないうえに、大事な予定が重なっていれば神経もすり減る。

「あとは……内緒」
「内緒?」
「内緒。……恥ずかしいから」

 最後に思いついたことは口に出せなかった。言えばきっと意味を訊ねられ、説明しなければならない。それはちょっと御免被りたかった。
 キバナはそれ以上は触れずに、「いいけど」とだけ返事をした。長年ジムリーダーとしてたくさんのスタッフをまとめてきただけあって、彼は人の機微に聡い。相手の意を汲んでそっとしておく気遣いが身についている。

「まあオレさまが言いたいのは、ダンデはいい意味でプライドが高いってこと」

 頬杖をやめて椅子の背もたれに体を貼りつけ、キバナはゆったりとした姿勢を取った。

「アイツさ、チャンピオンの責務だとかなんだとかで、なんでも一人で抱え込んでそうなんだよな。オレたちジムリーダーじゃ近すぎてなかなか話しづらくても、リーグ委員会やバトルから離れてるアンや研究家の姉ちゃんになら、気楽に話せることもあっただろうけど」
「ソニアね」

 キバナとソニアは、アンやダンデ、ルリナなど共通の友人を持つものの、本人たちは知人にしか過ぎない。親しくなる機会がなければ、『研究家の姉ちゃん』と『ナックルのジムリーダー』の認識程度で留まっている。

「今はアンと連絡も取れないし、ソニアさんも自分の調査で忙しいみたいだし。今のアイツには頼れる場所があるのかなって」

 テーブルに視線を落とすキバナの表情は物憂げだ。二人はライバルであり、気の置けない友人でもある。そのキバナが心配する状況に、アンも不安を覚えた。

「悪い。ダンデのことは任せろって言ったのに」
「ううん」

 ハッとして顔を上げるキバナに、アンはゆるく首を振る。ダンデとの繋がりが途切れてしまってからも、時々彼の様子を教えてくれており、キバナは十分にフォローしてくれている。

「早く前みたいに会えるようになるといいな」
「うん」

 アンのために願ってくれたキバナに微笑んで返した。テーブルの下で組んでいた手を解き、左手首のバンドに触れる。何か思うたびにこうして手を当てるのは、いつしか癖になっていた。



 ジムチャレンジも後半に入り、ターフやバウタウンのジムは挑戦できる期間も終了した。
 ヤローやルリナは、まだチャレンジ期間中のジムリーダーら分までリーグ委員会の業務を引き受けつつ、チャンピオンカップに向けてパートナーたちとコンディションを整えていく。
 今年はいつになく気合が入っているルリナの邪魔にならないよう、アンはお茶に誘うのも控え、彼女の姿勢に感化されたのもあり、レンジャーの仕事を全うすることに努めた。

 ジムチャレンジ中は、ノースエリアには『巣』から伸びる赤い柱と共に、キャンプ中のトレーナーが上げる煙がいくつも目に入る。
 パートナーを鍛えるため、あるいはより強いポケモンをゲットするために、チャレンジャーはワイルドエリアで多くの経験を積む。時には身の丈に合わない強敵を前に、必死の思いで逃げるトレーナーもいる。
 無理なバトルに挑まないのが一番だが、進む毎に立ち塞がる壁は厚く高く頑丈になり、突破するために強いパートナーを求めて無謀に振る舞ってしまう焦燥は、アンにも分からなくはなかった。

 アンがストーンズ原野の上空を飛んでいると、見覚えのあるテントを見つけた。キバ湖でホップたちと会った際に張られていた内の一つだ。
 同じテントを使用している別人かもしれないが、ホップたちならば会ってみようと高度を落として近づくと、やはりテントはホップの物で間違いなく、ちょうど焚き火用の薪を組むところだった。

「ホップくん、こんにちは」

 足を地に着けたアーマーガアから降りて声をかける。ホップはアンを認めると手を挙げて挨拶するものの、浮かない様子だ。

「こんにちは。パトロール?」
「そう。ホップくんは、今日はここでキャンプ?」
「うん」

 頷くホップの顔は、さっきよりも表情が出てきたものの、いつもの溌剌とした明るさはない。

「今日はユウリちゃんたちと一緒じゃないんだね」

 一張りだけのテントに目を向け言うと、ホップはアンに背を向け屈んだ。途中まで組んでいた薪に手を伸ばし、

「二人はオレより強いから、先に進んでるんだ」

と淡々とアンに告げる。まるで顔を隠すような素振りで見せられた背中からは、語らずとも哀愁を感じた。

「それぞれのペースがあるからね。目指す場所が同じだからって、ずっと一緒に進まなくったっていいもの」

 周りより一歩遅れている状況は、人によってはつらいものがある。ホップにはユウリやマサルという友人が近くにいるだけに、彼らと比較して自信を失うことも容易に考えられる。何より、かつて自分も通ってきた道だ。
 あのときの自分が欲しかった言葉は何だったか振り返り、アンなりにホップを励ましてみると、ホップは背を向けたまま「アンさん」と名を呼んだ。

「オレみたいな弱い奴が弟なんて、アニキは恥ずかしくないかな?」
「え?」

 唐突な質問に、アンは間の抜けた声を上げてしまった。
 なぜそう思うのだろうか。ダンデが弟や家族を愛していることを、アンはよく知っている。
 そもそも、ダンデはバトルの強さで人を判断しない。もしそうであれば、ジムバッジを三つしか集められず、バトルもしないと宣言しているアンと、十年以上も友人でいるわけがない。

「誰かに何か言われたの?」

 無敵のチャンピオンから推薦された弟というだけで、ホップは否応なしに目立ってしまう。口さがない誰かの暴言を受けて落ち込んでいるのなら、そんなものは無視していいと言えるのだが、ホップは黙り込んでいる。

「そっか。言いたくないならいいの」

 口にしたくないなら、無理に聞き出さない方がいい。そうなると何と言葉をかけてやればいいのかと思案するが、場に適したものは浮かんでこない。
 ホップと直接会ったのはほんの数回。けれどダンデやソニアから話を聞いているので、彼の性格はそれとなく分かっている。

「ねえ、ホップくん。わたしとバトルしてみない?」

 意を決し誘ってみると、ホップはやっとこちらを振り返った。

「アンさんと……?」
「うん。エリアレンジャーとバトルなんて、なかなかないと思うけど」

 禁止されているわけではないが、多くのレンジャーは緊急時以外のバトルは控えるようにしている。エリア内でトラブルが起きたときに、ポケモンが疲れて動けない状態は避けたいからだ。
 ホップは思案したのち、腰を上げてアンに向き直った。


 バトルに出すポケモンは三匹。審判も観客もいない二人きりの戦いは、予想よりもずっと白熱している。
 アンのポケモンたちは、バトルに特化した技を放ってくるホップのポケモンと違い、覚えているのはレンジャー活動に便利な技ばかり。
 ルーキーに苦戦するものの、アンと共にワイルドエリアで豊富な経験を積んだパートナーたちは、その差を埋められるだけの純粋な強さを持っている。
 互いに最後の一匹で戦った末、バトルの勝利したのはホップだ。

「はあ……アンさんって強いんだな」

 戦ってくれたポケモンたちの手当てをするアンに、ホップは感嘆の声を上げ、アンの強さを称えた。

「わたしじゃなくて、みんなが強いんだよ。ホップくんこそ、パートナーの特性や、わたしのポケモンたちの弱点をしっかり理解して、ベストな指示を出してたね」

 バトル中に思ったことをそのまま伝えると、ホップは照れくさそうに笑う。

「面白かった。やっぱりバトルって楽しいぞ」

 両手をぎゅっと握りこみ、先ほどのバトルから消えない昂ぶりに、丸い頬は紅潮している。沈んでいたホップはもうすっかりいなくなり、いつもの調子が戻ってきた。バトルに誘ったのは正解だったようだと、アンはひとまずホッとした。

「そうだね。わたしも模擬戦以外でバトルするのは久しぶりだったけど、チャレンジャーの頃を思い出して懐かしくなっちゃった」

 プライベートなバトルなど本当に久々で、アンもホップと同様に高揚していた。随分遠ざかっていたからか、バトルそのものが新鮮に感じられる。

「アンさんはエンジンジムまでで終わったんだよな?」
「よく知ってるね」
「アニキの部屋にあった、レンジャー候補生募集のパンフレットに書いてあったんだぞ」
「ああ、あれかぁ……」

 今度はアンがはにかんだ。数年前にガラル全土に配布されたパンフレットには、アンの経歴がざっくりと記されている。両親は記念だからと数冊保管しており、個人的には早く処分してほしいが、たまに思い出したように読み返されるときもある。

「またジムチャレンジに挑戦したいって思わなかったの?」
「うん。チャンピオンじゃなくて、エリアレンジャーになりたかったから」

 チャレンジに失敗したあとで、アンは夢を見つけられた。逃げ道でも敷かれたレールでもなく、自分が行きたいと望んだ先だ。

「ホップくんは?」

 どの道を選ぶのかと、漠然と問う。
 自分は弱いと恥じてジムチャレンジを棄権し、来年の挑戦に掛けるのか。
 それともチャンピオンになる夢そのものを諦め、他の道を探すのか。

「オレは……オレは、まだチャレンジを続けたい。バトルは楽しいし、チャンピオンになりたい。ポケモンたちもオレと一緒に頑張ってきたんだ。弱くてもアニキの恥でも、みんなとここで諦めたくないぞ!」

 握り拳に力を入れ、大声で言い切ったホップの金色の瞳は、陽光を吸い込み強く輝いた。

「大切なことを忘れていないホップくんなら、もっと強くなれるよ」

 バトルが楽しい、チャンピオンになりたい、そして自分一人ではなくポケモンたちと頑張ってきた。
 好きなこと、追いかけている夢、付いて来てくれるパートナーたちの存在。ホップは大事なものを見失っていない。だったらここで足踏みしていることも、いつかプラスに変えてまた強くなれる。
 ホップは大きく頷いた。背を丸め俯いていた少年の影は、もうどこにもなかった。

20220328