いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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01

 ガラルで育った子どもは、10歳を過ぎた頃にある大きな選択を求められる。
 毎年行われる、ガラル地方で最も強きポケモントレーナー、チャンピオンへの挑戦権を得るために、ジムチャレンジを始めるか否か。
 ターフタウンで生まれ育ち、今年12歳になるアンは前者だった。
 一つ年上の従兄が昨年からジムチャレンジに参加し、今年も挑むから一緒にどうだと誘われた、ただそれだけの消極的な理由ではあったが、その日からアンはチャレンジャーになった。

 ジムチャレンジに参加するには必要なものがある。
 まずはパートナーであるポケモン。バトルを行うのだから、ポケモンを連れていない者は参加はできない。
 次に推薦状。ジムチャレンジは幼い子どもの大冒険ではない。多数の苦難や危険が伴い、場合によっては生死に関わる。信用の置ける推薦人からの紹介がなければ、エントリーすら望めない。
 幸いにもアンは、苦労もなく条件を満たした。
 ポケモンは、今よりもっと幼い頃に庭でゲットしたモンメンがいる。強い風に乗ってどこからか飛ばされてきたのか、ヒメリの木の枝に挟まれて動けなくなっていたところを見つけた。まだポケモンを持つには早いと、捕まえたのは親ではあったが、熱心に世話をしたのはアンで、実質は彼女がトレーナーのようなものだった。
 推薦状は従兄と同じく、ターフのスタジアムを任されているジムリーダーに頼むことにした。アンと同じくターフで生まれで、八年ほど前からジムリーダーを務め、当時はマイナークラスだったくさジムをメジャーに引き上げた彼女は、ざっくばらんとした性格で町のみんなから慕われている。
 赤子の頃から付き合いのあるジムリーダーは年の離れた姉のようであり、チャレンジに参加すると申し出たアンを手放しで喜んだ。

「あの引っ込み思案のアンが、自分からチャレンジに挑むなんて」

 アンの挑戦に歓喜し、すぐに仕上げた推薦状を差し出して旅の心得を説いた。
 草が生い茂る場所を通るときは慎重に進むこと。ポケモンの体調には常に目を配ること。暗くなる前に泊まる所を探しておくこと。焚いた火は自分で始末すること。子どもを利用しようと近づく悪い大人もいるから簡単に信用しないこと。思いつくままにいくつも挙げられ、アンは一度ではすべてを覚えられず、明らかに狼狽した。

「ちょっとちょっと。今からそんなことじゃ、ジム巡りなんてやってられないわよ」
「大丈夫じゃアン。ぼくが一緒に回るから、ゆっくりやっていけばいいんだわ」

 不安げなアンに、従兄のヤローが背に手を添え声をかける。物心ついた頃から親しく、兄代わりでもあるヤローの言葉に、アンは安堵の息を吐いた。ジムチャレンジ二回目の彼がそばに居れば、困ったことがあってもすぐに頼れる。

「ヤロー。あんたは前回のセミファイナリストでしょ。あんたのジムチャレンジはエンジンジムまで免除されてるんだから、アンに付き合ってのんびりするんじゃないの。今度こそファイナルトーナメントで私と戦うために、ポケモンたちと強くなることに集中しなさい」

 ジムリーダーの厳しい声に、ヤローの顔が曇る。
 前回、初参加ながらにヤローはすべてのジムバッジを手に入れ、チャレンジャー同士で争うセミファイナルトーナメントまで進むことができた。
 残念ながらファイナルトーナメントまであと一勝というところで敗れてしまったが、ルーキーの目覚ましい活躍にターフタウンは沸いた。アンも従兄が誇らしかった。
 セミファイナリストは、次の年に限りはじめの三つのジムチャレンジが免除されている。ヤローは第四のジムからスタートする予定だったが、今年はアンが参加するというので、双方の親とも話し合って第一のジムから付き添うと決めていた。

「アンを一人で旅させるのは心配じゃ。うちの親も、アンに付いてやれと言っとりましたし」
「心配は百も承知。ジムチャレンジはポケモンだけでなく、トレーナーである自分も鍛え進むもの。開会式まではともかく、それ以降は分かれて行動しなさい。それができないなら、アンの推薦は取り消しよ」

 腕を組んだジムリーダーは、頑として譲らなかった。推薦人は彼女だ。ヤローは黙るしかなく、アンは緊張した面持ちでジムリーダーの条件に頭を縦に振り、推薦状を手にした。



 出立の日。開けた窓から入ってくる冷えた空気は、いつもよりキンと張り詰める気配があった。寒冷地のガラルにようやく春が訪れたとは言え、夜が明けてすぐの気温は一際低い。
 ここ数日背負って体に慣らしたリュックと、昨日磨いておいたブーツに足を入れ、モンメンを連れて家を出た。上着のポケットにはジムチャレンジに必須だからと買ってもらった、ロトムが入ったスマホを突っ込んだ。

「ヤローの言うことをよく聞くのよ」

 途中で食べなさいと、母が包みを手渡した。パン作りが得意な母の手作りパンの中には、庭で取れたヒメリのコンポートがずっしりと詰まっている。アンの好物だ。
 ヤローと合流し、スタジアムでジムリーダーとの挨拶を終え、二人でターフタウンの外へ出る。
 見送りがあっさりしているのは、チャレンジで最初に向かう第一のジムがターフだからだろう。ジムリーダーの彼女も開会式に出席するので、すぐにまた顔を見られると分かっているのだ。
 開会式は毎年エンジンシティで行われる。ターフタウンから遠くはないが、徒歩で行くにはそれなりの時間を要する。
 そらとぶタクシーを利用すれば移動時間は短くなるが、ヤローはあえて歩いて行こうとアンに持ちかけた。

「ぼくはアンと開会式までしかおられんから、それまでにモンメンの他にも、仲間を増やしておいた方がいいと思うんだわ」

 整備された街道を歩きながら、ヤローはアンの腕の中で小さな羽を休めるモンメンを見て言った。
 ジムチャレンジに参加すると決めてから、ヤローやターフのジムリーダー、ジムトレーナーたちの手を借り、アンはバトルの基本を学んだ。
 タイプによる相性を頭に叩き込んで、技を出す最適なタイミングや、ポケモンたちへの的確な指示の出し方など、実際にやってみるととても難しく、眠った夢の中でまでバトルをしていた。
 そうやってバトルの経験は積んだが、まだ自分でポケモンをゲットしたことはない。

「モンメンのタイプはくさとフェアリーだから、別のタイプがいいかもなあ」
「そうなの?」
「ぼくはくさタイプの子らと気が合うから、そういう子たちが多いんだわ。ただアンはポケモンバトルを始めたばかりじゃ。いろんな道を探してみるのがいいんだな」

 尤もな意見だと頷き、二人は街道を進んだ。休憩を挟み、アンの母から持たされたパンを食べ、ひたすら歩いて抜けた先は3番道路だ。
 3番道路にはいろんなポケモンが潜んでいた。ターフタウンの周囲でも見かける姿もあれば、写真や映像でなら覚えのあるポケモンもいて、自由に動き回る様子にアンは目を輝かせた。

「さあ、どうする?」
「ど、どうしよう……みんな強そうだし、モンメンが怪我しないかな」
「《きずぐすり》は余分に持ってきてるから心配しなくてもいいんだな。何かあればぼくが助けに入るから、ドンと行ってくるんじゃ」

 ヤローの大きな手のひらで、文字通り背中を押されたアンは、一匹のポケモンと目が合った。
 鋭く赤い目。体は丸く、長い青の尾羽が動きに合わせてぴょこぴょこと上下する様にアンは惹かれた。
 苦戦しながらもゲットしたのは、ココガラという鳥のポケモンだった。カチリと音を立てて静かになったモンスターボールを拾い上げると、胸がむずむずと騒がしくなる。
 初めて自力でゲットしたポケモン。このボールの中に、あのココガラが入っている。

「初めてのゲット、おめでとうだわ」
「ありがとう。本当に、この中に居るんだよね?」
「試しに出してみるんだな」

 ヤローに促されボールからココガラを出してみる。現れたココガラは鳴き声を一つ上げると、じっとアンを見上げた。先ほどのバトルのせいか、体のあちこちから柔らかい羽毛が飛び出している。

「《きずぐすり》を使ってやるといい」
「うん」

 リュックから《きずぐすり》を出し手当てをすると、ココガラは元気よく羽ばたき、アンの上でくるくると回った。
 バトルを終えたばかりで傷ついたモンメンの手当ても行い、元気になった二匹は、人間には分からない声でやりとりを始める。
 さきほどまで睨みつけられ、突かれていたことなんて忘れたのか、モンメンは機嫌よさそうに浮遊する。初めての仲間を歓迎しているようだ。ココガラは鋭い眼差しを緩めることはないものの、モンメンを嫌って避ける素振りはみられない。

「さっきまでバトルしてたのに、怒ったり恨んだりしないんだね」
「ああ。相手の強さを認めとるんじゃ」

 ヤローの言葉が真実か否かは定かではなかったが、モンメンとココガラのやりとりを見ていると、そう考えるのがとてもしっくりくる。遺恨を残さない彼らの精神に、崇高な感情すら覚えた。



 エンジンシティへ着くまでにアンが新しく仲間にできたのは、結局ココガラ一匹だけだった。
 仲間は多いに越したことはないとヤローにも言われたが、ココガラへの指示も拙いうちは、二匹だけに専念し、しっかり育てていきたかった。
 重厚なエンジンスタジアムで開会式が大々的に執り行われ、ポケモンリーグ委員長の挨拶から始まり、現チャンピオンやジムリーダーたちが一同に会すと、スタジアムは大いに盛り上がった。
 広いバトルコートの芝生は、アンが普段踏みなれたターフタウンの草地とまったく違う。きっちりと手入れがされた芝へ足をつけることに抵抗を覚えつつも、一歩進むごとに不思議な心地がした。
 このコートを踏むのはバトルに挑む者たちだけ。自分もその一人なのだと、ようやくジムチャレンジに対する実感が湧いて、アンの小さな体は震えた。
 スタジアムを出た二人は、近くの店で食事を共にする。出身のターフタウンから一番近い都会には、アンが気になっていたお店がたくさんあって、選ぶのが大変だった。
 やっと入った店で食事を終えてしまえば、ジムリーダーとの約束通り、アンとヤローは別れなければならない。

「アン、本当に一人で行けるかい?」

 眉尻をすっかり下げて、ヤローがアンに問う。薄いけれど、従兄妹同士のアンとヤローには血の繋がりがあり、彼の髪色も瞳の色もアンのそれと似ている。その深く透き通った緑が、アンの身を案じていた。
 ヤローは優しい。ここでアンが不安を口に零せば、何かしら理由を付けて、アンのそばに留まってくれるだろう。
 けれどアンはチャレンジャーだ。推薦状と引き換えにチャレンジャーの証であるチャレンジバンドと、ナンバーの入ったユニフォームを受け取った。ポケモンと共にジムを巡ってバッジを集める旅は、すでに始まっている。

「一人でも平気。モンメンとココガラがいるから」

 そう返すと、二匹の入ったボールがころころと震えた。そうだよと応えているようで、アンの頬は自然と緩んだ。



 ヤローと別れたあと、アンはエンジンシティの前に広がるワイルドエリアに向かった。
 第一のジムがあるターフタウンは、ジムチャレンジが始まってすぐはチャレンジャーで混雑する。ターフの住人にとってはしばらく賑やかな時期が続き、飲食店や宿泊施設、キャンプ場は稼ぎ時だ。
 例年通りであれば、アンは住人の一人としてお祭りのような独特の雰囲気を楽しんだが、チャレンジャーとして旅をする今年は、浮かれた気分でターフに帰ることはできない。
 故郷に戻るのなら、少しでも成長しているところを見てほしかった。いくらアンが内気でも――内気だからこそ、ジムリーダーやジムトレーナー、両親や友人たちに、恥ずかしい姿は見せたくなかった。

 ワイルドエリアの特徴として、天候の変わりやすさがある。昨日は日照りだったのに、今日は雪が降り、明日は砂嵐が吹く。他の地域と違い、ひどく不安定な気候。そのため、いろんな種類のポケモンたちが住みやすい環境ともいえる。
 ヤローが別れ際に残したアドバイスは、『ほのおタイプのポケモンをゲットしておくこと』だった。
 第一のジムであるターフは、くさタイプのジムだ。くさにはほのおが強く、旅の道中でも火種に困らない。そう言うヤローはほのおタイプのポケモンを連れていないが、そこが前回のセミファイナリストである彼と、何もかもがルーキーである自分との、経験や力量の差なのだろうかと考えたりもした。

 ともあれ、モンメンやココガラと強くなるためにも、野生のポケモンたちとバトルを重ねておこうと、アンはキャンプ道具を背負ってワイルドエリアを歩き回った。
 旅立つ前に、餞別にとジムリーダーより空のモンスターボールを多く貰ったのだが、残念ながらほとんど無駄にしてしまった。
 野生のポケモンをゲットするには彼らの隙を作らなければならないが、アンにはまだその辺りの加減が分からなかった。
 ゲットするチャンスを逃してはならないが、急いてもいけない。ココガラを捕まえたときはヤローがタイミングを教えてくれたが、その彼も今はいない。
 モンスターボールの数はどんどん減っていくのに、仲間は今だモンメンとココガラのみ。
 親に貰った小遣いは計画的に使わねばならない。自分とポケモンたちの食事に、傷を癒す回復薬。キャンプ道具の消耗品も馬鹿にならない。
 まだ第一のジムにも挑んでいないのに、アンの心はすでに折れかけていた。

 そんなとき、ワイルドエリアで一人の少年を見かけた。
 道端を飾るように咲く、菫に似た色の豊かな髪。それを押さえつけるようにキャップを被る頭は、きょきょろと辺りを見回している。
 頭がこちらを向いた。力強い彼の目にアンは動きを止める。両目を大きく縁取る睫毛は長く、女の子のようにぱっちりとしている。 
 少年は浅黒い手足を素早く動かし、アンの前まで来ると、

「なあ、もしかしてここは、エンジンシティじゃないのか?」

と訊ねた。

「エンジンシティ?」

 ここがエンジンシティだと、どうしてそう思うのだろうか。周囲には人工的な建物は何一つなく、どこまでも続いていくような草地が広がり、若々しい芽を枝先につけた木のそばには、青く深い湖。エンジンシティを囲う外壁はずっと奥に見える。

「ここはワイルドエリアの、キバ湖の東だよ」
「やっぱりそうか! エンジンシティのはずなのに昇降機が見当たらなくて困っていたんだ」

 どうやら迷ってワイルドエリアに来てしまったようだが、名所にもなっている巨大な昇降機が見当たらない云々の話ではないとアンは思った。
 エンジンシティからワイルドエリアへ出るには長い階段を使う。その階段を下りている時点で気づかなかったのかと考えはしたものの、初対面の相手へ口にする勇気はない。

「エンジンシティへはどっちに行けばいい?」
「ここからだと、あっちの道を……」
「そうか! ありがとう!」

 少年は元気に礼を言い、アンが指し示す方とはまったく違う方へと駆け出した。

「ちょ、ちょっと待って! そっちじゃないよ!」

 慌てて声をかけ呼び止めると、少年は振り返って不可解な顔を見せる。

「そっちじゃなくて、こっち」
「すまない。どうも方向が分からなくて」

 後ろ手で頭を掻いて、困ったように笑う。今まさに指した方向すら分からない子など初めて見た。このまま彼を見送ってしまえば、永遠にエンジンシティに着きそうにない。アンはそう確信した。

「エンジンシティに行きたいんだよね? よかったら送っていくよ」
「いいのか?」
「わたしも一度エンジンシティに戻ろうと思っていたところだから」
「助かるぜ」

 とんだ迷い方をしている少年を放ってはおけない。年下であればなおさら、アンの庇護欲が刺激される。
 ジムチャレンジではヤローに面倒を見てもらっている側だが、ターフタウンには幼い子どもは多く、アンはその子たちの世話を焼くのが好きだ。重ねて見るには少し大きいが、自分より背丈の低い少年は、アンにとって守るべき存在に見えた。

「オレはダンデ」
「わたしはアン」
「アンもジムチャレンジか?」
「うん。もしかしてダンデくんも?」
「もちろん!」

 ジムチャレンジが始まったこの時期に、リュックを背負い腰にボールケースを下げている若いトレーナーは、まずジムチャレンジの参加者と考えられる。
 チャレンジへの参加に推奨される年齢は12歳からで、12歳に見えない幼いダンデが一人で、それも方向もよく分からぬまま旅を続けていくのは、少し心配になった。

「今日こそはターフタウンに向かう予定だったんだが、友達とはぐれてしまった」
「お友達と一緒なんだ。そのお友達はエンジンシティにいるの?」
「いるはずだ。スマホで連絡を取り合ってなんとか会おうとしていたんだが、どうにも合流できなくて。オレはワイルドエリアに居たんだな。道理で会えないはずだ」

 自分の失敗を快活に笑い飛ばす姿に、アンも釣られて笑った。ダンデの友人にとっては笑い事ではないだろうが、ダンデがあまりにも明るく笑うので、苦言を呈す気になれなかった。

「アンはワイルドエリアで何してたんだ?」
「わたしは新しい仲間を探していたの。残念ながらまだ見つかってないけどね。わたし、ゲットするのが下手みたいで」

 元来、人見知りのきらいがあるアンだが、ダンデとのやりとりに緊張することはなかった。ダンデが人好きのする少年だからだろう。
 ダンデがアンに、連れているパートナーのポケモンを問う。アンはボールから二匹を出した。

「ココガラに、モンメンか! モンメンは初めて見たぞ!」

 ダンデは二匹を――特にモンメンを見てはしゃいだ。モンメンは旅をするポケモンの一種で、風に乗って遠い地へと辿り着くこともあり、ガラルでの決まった生息地は少ない。ターフタウンでもモンメンは珍しがられた。
 初めて見る少年にモンメンもココガラも興味津々で、彼の周りを飛んで物珍し気な声を上げている。

「たしかモンメンは《しびれごな》を覚えるんじゃないか? うまくいかないときもあるけど、それを使えば身動きが取りづらくなって、ゲットしやすくなると思うぜ」

 モンメンの体の綿に触れながらダンデが言う。《しびれごな》はすでに覚えているが、使う頻度はほぼなかった。命中率が低いため頼りにするには心細く、確実に体力を削られる技にばかり重きを置いて使っていた。

「ありがとう。今度試してみるね」

 気づかなかったバトルのやり方は、アンにとって朗報だ。道具や食材を補充して再度挑んでみようと決め、エンジンシティへの道を歩く。
 ダンデとの道中は、ポケモンやバトルのことで話題は尽きず、お喋りは楽しいものになった。バトルも挑まれたが、生憎とモンメンたちは疲労していたため、また次の機会にと丁重に断った。
 ようやくエンジンシティに着いた頃にはすっかり打ち解け、ダンデには年の離れた弟がおり、名はホップといって、家を発つ前にチャンピオンになると約束を交わしたエピソードも知り、自分もダンデを応援すると返した。

「応援は嬉しいけど、アンもチャレンジャーだろ? 一緒にファイナルトーナメントを目指そうぜ! チャンピオンの座を譲る気はないけどな!」
「迷子になって全然先へ進めない人が何言ってんのよ!」

 バシンと音がして、ダンデがたたらを踏む。ダンデの背を叩いたのは、鮮やかなアプリコット色の髪の少女だ。ツンと目尻が上がった双眸が、険しい様子でダンデを睨んでいる。

「もう! 勝手に歩いて行かないでっていつも言ってるでしょ! なのにダンデくんったら! いっつも! いっつも! いっっっつも!!」
「わ、悪かったソニア。オレもまさか、町の中で迷子になるなんて思ってなかったんだ」
「土地勘のない場所で、ダンデくんが迷子にならなかったことなんてある!?」
「……ないぜ」

 女の子――ソニアの勢いに押され、ダンデは申し訳なさそうにソニアに視線を返す。興奮からかソニアの頬は赤らんで、ぷっくり膨らませた姿はホシガリスに似てかわいく見えた。
 ダンデだけでなく、そばに知らぬ者が居ることにやっと気づいたのか、ソニアはアンに向き直ると一転して眉尻を下げ、神妙な表情を作る。

「ダンデくんをここまで連れてきてくださった方ですか? ごめんなさい、ダンデくんが迷惑をかけちゃって」
「いいの。わたしもエンジンシティに戻るところだったし」

 ダンデの友人は彼女だった。遠慮のない様子から彼女と彼の親しさを知り、そして彼女の苦労が偲ばれる。ソニアの口ぶりから推察するに、おそらくダンデはすぐに迷ってしまい、その度に彼女は振り回されているのだろう。

「アン。ポケモンを元気にしたら、オレとバトルしよう!」
「何言ってるのよ。ポケモンセンターに寄ったら、ターフタウンへすぐに向かうわよ。このままじゃチャレンジ中に着ける気がしないもの」

 意気揚々と勝負を望むダンデをソニアが止め、その腕を掴んだ。大袈裟な発言のように思えるものの、短時間だけだがダンデと共にしたアンにすると、笑えない話に思える。まっすぐに歩いていてもダンデはすぐに横道に逸れるので、腕を掴んで引き留めた回数は二度や三度ではない。

「アンさん、送ってくださってありがとうございました」
「どういたしまして」
「アン! 今度会ったらバトルだぞ!」
「ダンデくんうるさい!」

 かしこまって礼を述べるソニアと対照的に、ダンデは呑気に約束を取り付けようとする。これ以上ソニアの気苦労を重ねぬようにと黙って頷き、近場のポケモンセンターへ向かって歩き出した二人を見送った。

 準備を整え、アンは再びワイルドエリアに入る。目的はもちろん、ほのおタイプのポケモンのゲット。
 ダンデのアドバイスに従い、モンメンの《しびれごな》を活用しようと、作戦を立てながら草地を進んでいく。
 行く先に居たのは、たてがみを揺らし跳ねるように駆ける、犬の姿をしたポケモン。ヤローから教えてもらった名前はガーディ。アンが求める、ほのおタイプのポケモンだ。
 見つけたはいいが、アンのポケモンたちにはガーディに有利な技はない。アンは風の流れを確認し、ガーディの風上に立った。

「モンメン、お願い」

 ボールから出したモンメンはアンの指示に従い、体を麻痺させる粉を飛ばす。陽光できらきらと反射する粉が、音もなくガーディの元にまで届く。
 両手を握り、アンはじっと祈った。匂いに気づき鼻先を働かせたガーディは、しばらくするとそのままゆっくりと横たわった。

「よしっ」

 アンは空のモンスターボールを投げた。寝転ぶガーディに当たると、弾んだ拍子にボールが開き、その中へガーディが吸い込まれていく。
 口を閉じたボールはゆらゆら動き、やがて律動を止めると、パチンと音を鳴らした。

「やった!」

 すぐに走ってボールを拾い上げる。ボールを壊して無理矢理に出てくる気配はない。
 嬉しさのあまり、ボールを掲げたアンはその場でくるくると回った。
 ダンデからアドバイスは貰ったが、ヤローや誰の手も借りず、初めて自分一人でゲットした。アンの喜ぶ姿に、モンメンも高い声を上げる。
 すぐにガーディをボールから出してやり、《まひなおし》で痺れを取ってやる。麻痺が解け体の自由を得ると、ガーディはじっとアンを見上げた。

「いきなり痺れさせてごめんね。わたしと一緒に、これからついて来てくれる?」

 恐る恐る訊ねると、ガーディは大きく一鳴きし、毛量の多い尻尾をブンブンと左右に振る。どうやらアンを自身の主と認めてくれたようで、ホッと胸を撫で下ろした。

20220205

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