いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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25

 新年度になると、グリーンのスカーフを巻いた研修中のレンジャーが、いくつかの部署へ挨拶周りで顔を出す。
 今年は候補生も加わったためその人数も多く、パトロール隊の隊長曰く『例年にも増してフレッシュ』な一年になるようだ。

 SNSでのアンの話題が影響してか、候補生への応募は想定以上に殺到したが、残念ながら最終選考まで残ったのはわずかで、候補生になれた者は十人にも満たない。
 候補生は十代後半から二十代前半の若者ばかりで、学生も数人いるがさすがにスクール生の姿はなかった。
 候補生にエールを送ってほしいと頼まれ、講義室の席に着いた彼らの前にアンが立つと「幻じゃなかった」と声が上がり、アンは笑い返すほかなかった。
 キバナが言っていたように、アンの話題はひと月過ぎる頃にはSNSでも見なくなっていたが、完全に風化するにはまだ時間が足らないようだ。

「レンジャーの仕事は幅広く、候補生とはいえ危険が伴うこともあります。皆さんの中には、加えて学業にも努めねばならない人もいます。苦労は多いと思いますが、ワイルドエリアでの活動は、きっとあなた方の人生を豊かにしてくれるものだと、わたしは考えています。ここに居る皆さんは縁あって出会った同期です。共に支え合い、全員揃ってレンジャーになれるよう、頑張ってください」

 緊張で震えそうな声をなんとか飼いならし、候補生の先輩らしく精一杯振る舞い終えると、握りしめていた手のひらは汗に濡れていた。



 今年はアンがノースエリアを飛び回るようになって八年目になる。
 毎年増える後輩はまだアンより年上ばかりだったが、候補生が入ったことで末っ子のような扱いからはやっと卒業できそうだ。
 同時に、今年はダンデが王座に腰を据え始めてから八年目に入り、幼かったチャンピオンが成人を迎える年でもあった。
 ダンデの誕生日はニュースでも取り上げられ、彼を祝う声が各方面から飛んできては盛り上がった。チャンピオンになりたての頃と今とを比べ、あどけない少年から立派な青年へと移り変わる様子をまとめた映像に、彼のこれまでの成長ぶりを改めて感じ、姉のような母のような気持ちを覚えた。

 アンはダンデに、成人祝いとして《ダイマックスバンド》を贈ってもらった。
 これまで渡せていなかったことも踏まえ、なんとか良い物をプレゼントしたいと、休日はナックルやエンジン、シュートシティ、キルクスタウンやアラベスクタウンにも足を伸ばして探したが、なかなかピンとくるものは見つからなかった。
 そもそも、アンはダンデの好みを詳しく知らない。
 好きなものはバトルとポケモン。好きなこともポケモンバトル。カレーの好みはほどよい辛口。確実に覚えているのはそれくらいだ。

 悩んだ末にキバナに相談してみると、彼からはカードケースを贈ったと返ってきた。ポケモンリーグが発行するIDカードを入れ、持ち歩いていたケースが随分とくたびれていたので、ダンデはちょうどよかったと喜んだらしい。
 ソニアのプレゼントは、余所の地方で出版された、ポケモンの生態についてまとめられた本を数冊。ガラル外の出版物は取り寄せるのに多少の手間がかかるが、元々マグノリア博士に頼まれて注文するつもりだったので、ダンデの分はついでみたいなものだったと言っていた。

 参考にするつもりだったが、かえって選択肢を狭めてしまった。
 カードケースは二つも必要なく、アンがすぐに用意できてダンデが興味を持ちそうな本は、チャンピオンの彼であれば望まずとも出版社が献本している可能性が高い。
 それでも町を巡っては店や市を覗き、アンはようやくプレゼントを買うことができた。



 ノースエリアを巡回していたアンは、一旦本部に戻ってランチを済ませると、すぐにまたエリアに戻った。
 候補生が加わったことにより、今年は騎乗訓練に多くのレンジャーが駆り出されている。研修期間が過ぎれば、今度はそれぞれの隊に配属された新人たちに指導員をつけなければならない。
 指導員を任された同僚たちの穴を埋めるため、他のレンジャーで巡回業務を担うのは例年通りだが、今年は単純に人数が増えたので頻度や時間も増えた。
 幸いにも大きなトラブルや事故は起きておらず、アンは忙しい以外は普段と変わらない活動を続けている。

 午前中ずっと駆け回っていたため、ウインディを休ませるために、午後はアーマーガアに騎乗してノースエリアを駆ける。
 ワイルドエリアには多くのポケモンたちが暮らしているが、それぞれに繁殖期がある。気候が穏やかな春や夏に番いを探すポケモンもいれば、気温が低くなる秋や冬に繁殖行動を取るポケモンもいる。
 不用意に刺激しないよう目を配り、繁殖期に入ったポケモンたちを確認した際は速やかに本部へ報告する。ポケモンとのトラブルを避けるべく、ワイルドエリアを利用するトレーナーたちに近づかないよう呼びかけることも、パトロール隊の大事な仕事の一つだ。
 鞍のホルダーに預けていたスマホへ、ダンデからのメッセージが届く。約二か月ぶりだ。
 やっと呼び出しが来たとアンは喜び、場所を確認してアーマーガアに指示を出した。

 ダンデはハシノマ原っぱの、陸橋の太い柱近くでアンを待っていた。
 野生のアブリーたちが彼の周りを飛び回り、言葉は通じずとも和やかに交流していて、ポケモンに好かれる体質は大人になっても変わらないのだと感心する。
 合流して目的地を確認したあと、ダンデはボールの中で休ませていたリザードンを出し、早速出発しようとするので慌てて止めた。

「ダンデくん。あのね……」

 アンはアーマーガアに下げているバッグから、不織布の包みを取り出す。片手で持つと余るが、重たい物ではない。

「遅くなっちゃったけど、成人のお祝い……って言えるほど、豪華なものじゃなくて申し訳ないんだけど」

 ラッピングのリボンや袋の形を整えてダンデに差し出すと、金色の目はしばたたかれ、包みを認めたあと、アンと目を合わせた。

「オレに?」
「うん。よかったら受け取って」
「サンキュー! 嬉しいぜ」

 ダンデは笑顔で受け取り、開けてもいいかとアンに問う。どんな反応を見せるか恐ろしさはあったものの、断ることなく首肯した。

「キャップか!」

 袋から取り出したダンデは明るい声を上げ、畳まれたクラウンを起こす。
 一見すると黒一色のシンプルなもので、どこの店にも並んでいるようなキャップに見えるが、生地はしっかりとした厚みがありながらも軽く、真っすぐな縫い目も美しい。
 店頭で陳列されているのが目に入り、惹かれて値札を確認したところ、思った以上の高額さに驚いた。腕のいい帽子職人が手作業で仕立てた貴重な一品だと、店員から説明を受けている。

「きっとたくさん貰ってるだろうし、わたしまでキャップを贈るのはどうかなって考えたんだけど……。初めて会ったときに被っていた帽子がとても似合ってたから、お店で見かけたときに絶対にこれだって思っちゃって」

 良い品だったというのもあったが、一番の理由は、ダンデがチャレンジ時代に被っていたキャップを思い出すほどに、帽子の持つ雰囲気がそれと似ていたからだ。

「あ、今のチャンピオンのキャップが似合ってないわけじゃないよ」
「分かってるさ。確かに、ジムチャレンジのときのキャップにそっくりだな」

 ダンデもアンと同じことを思ったのか、チャンピオンモデルのキャップを取り、アンから貰ったものを被った。
 チャンピオンモデルも黒いキャップだが、やはりシルエットは少し異なる。あの頃と似た帽子を被るダンデを見ると、アンが知る、チャレンジャー時代の彼が蘇ったような気分だった。

「いいなと思って買ったり、有難いことに貰うことも多いんだが……チャンピオンになってこれを被ってから、ほとんどもうずっと、壁に掛けたままだ。くれた人にも帽子にも、悪いことをしている」

 裏に王冠のラインが走るキャップの鍔を持ち、軽く振る。日頃から使い込んでいるだけあって、新品のものよりも日に焼け、下ろしたてのときよりも色は落ちているようだ。

「はじめの頃はそうでもなかったんだけどな。普通の服を着て、いろんな帽子を被って外を歩く時間もあった。いつの間にかキャップもトロフィーにしてしまうようになった」

 ダンデは困ったように笑う。彼がただのダンデである時間は、今となってはもうほとんどないだろう。朝起きて夜眠るまで――寝ている間ですら、世界は彼をチャンピオンのダンデとしか扱わない。
 プライベートな時間がほとんど確保できないならば、チャンピオンのキャップを取る暇もない。そのことについて、アンはダンデの心身を心配するが、ダンデはせっかくのプレゼントもインテリアにしてしまうことに申し訳なさを覚えていた。

「あのね、無理して使ってくれなくていいの。思い出にしてくれらたいいなって選んだから」

 言葉を選びながらアンは続ける。

「ダンデくんはとても忙しいでしょ。あれこれ頭に詰めなくちゃいけなくて、忘れちゃうっていうか、覚えていられないこともたくさんあると思う。だからこれを壁に掛けておいて、たまに目にしたときに、ああ18歳の頃の自分はこうだったな、ああだったなって思い出せるきっかけになれればいいなって」

 物は記憶の鍵になる。鮮明な情報として残る本や映像だけでなく、例えばその辺に転がっている石も、出来事やそのときの感情と繋げておけば、人は案外あっさりと思い出す。
 アンは買う前から、キャップとしての本来の使い方はしてくれなくていいとすら思っていた。もちろん愛用してくれれば嬉しいが、難しいのならせめてそういう形で、ダンデの役に立つ物になれればと。

「ダンデくん。成人おめでとう」

 今度一緒にパブへ行こうね、と誘うと、ダンデは目を輝かせ「絶対だぞ」と返す。パブには、同じ年に成人を迎えたキバナと、互いの同僚たちと共に初めて入った。アンとキバナの成人祝いという名目だったが、ナックルジムとパトロール隊の交流会も兼ねたもので、それからも頻度は多くないが年に数回は集まるようになった。
 ダンデはいつものキャップを被り直し、プレゼントされた黒いキャップを改めてじっくりと眺めた。購入時にはよれがなかった生地に、少し皺ができている。

「癖がついちゃってごめんね。ダンデくんにいつ渡せるか分からなくて、ずっとバッグに入れたままだったから」

 鞍に下げているバッグの容量は大きいとはいえ、中に長いこと入れっぱなしだったため、贈り物だというのに状態が悪いまま渡してしまったことを謝ると、ダンデは気にしていないと返した。

「連絡をくれれば会いに行ったのに」
「私的な用事で呼び出すなんてできないよ。またすぐに会えるかなって思ってたら、意外と全然会えなくて……」

 連絡ですら控えているのに、会いたいなどと言えるわけがない。ダンデがワイルドエリアで迷えば会えるため、火急の用でもないしとその時を待っていたが、随分と日が空いてしまった。

「ダンデくん、ワイルドエリアに迷いこまなくなったね」
「そう……だな。迷い込む前に、リザードンが気づいて引き留めてくれるから、昔のようには」

 ダンデを迎えに行くことはアンの業務の一環なので、彼を送り届けた際は日報でその旨を報告している。
 候補生の一年目や二年目は月に何度もダンデの名を書いたが、数年かけて徐々に減り続けている。今回は二か月ぶりだが、長いと三か月半も呼び出されなかった。

「でも今もこうして迷っているし、これからもオレにはアンが必要だ」

 語気を強めてダンデが言う。彼の口から必要とされていることを告げられ、アンは素直に嬉しく、笑って頷いた。
 アンがいくら望んでも、ダンデやリーグ側が拒めばこの関係はすぐに絶える。もうしばらくはこうして会えそうだと、安心で頬が緩む。

「長いこと待たせてすまなかった。荷物の邪魔になったろう」
「ううん。帽子一つくらいなら全然。待つのも嫌いじゃないんだ。のんびり屋だってよく言われるし」

 幼い頃から、アンは周りより少しだけテンポが遅れていた。ジムチャレンジで精神面は鍛えられ成長したつもりだが、家族や友人だけでなく、同僚にも『のんびり屋』と称される。
 単に『のろま』を聞こえよく言い換えられているのかもしれないが、これまでに悪意を感じたことはなかったので、自分の個性の一つだと捉えている。

「オレは正直、あまり得意ではないな。アンに迎えに来てもらう間はなんとか我慢できるが、面白いものを見つけるとつい、な」

 ダンデらしいと、アンの口から笑い声が漏れる。

「気持ちは分かるよ。だけどわたしはダンデくんに渡せるまで、毎日バッグの中でプレゼントを見つけると、ダンデくん喜んでくれるかなぁって考えるの、やっぱり嫌いじゃなかったよ。渡したらどんな顔するかなとか、絶対に似合うんだろうなぁって。楽しみだった」

 バッグの中に入っている包みを見ると、その度にダンデを思い出した。
 プレゼントを渡した際に反応を想像したり、メディアを通してしか分からないがちゃんと元気だろうか、ハロンの自宅には帰れているだろうかとも考えた。
 渡せる日が早く来ればいいのにと思う気持ちがなかったわけではないが、ダンデを思う時間は決して退屈ではなかった。

「そうなのか……」

 待つことが苦手なダンデには、アンの考えはあまり理解できないらしく、面食らった顔を見せる。

「ダンデくんにはない? 楽しみに待ってるもの」

 訊ねるとダンデは黙り、プレゼントのキャップで手遊びをしながら考え始める。
 答えるには時間がかかりそうで、余計な質問をだったかとアンが焦り始めると、予想に反してダンデの口はすぐに開いた。

「ホップが、オレのようなトレーナーになりたいと言ってくれているんだ。オレを倒して自分がチャンピオンになるんだと」

 静かに話し出したのは、彼やソニアの口からでしか知らない弟のこと。明るく活発で、屈託なく兄を慕っているというくらいしか知らないが、何年も人伝に聞いているので、一方的に親しみを持っている。

「いつかあの子が、ポケモンを連れてオレに挑戦する時が来るのは楽しみだ」

 そう言ったダンデの顔は、弟を可愛く思う兄であり、強敵相手に目を輝かせる一人のトレーナーでもあった。
 彼らしい楽しみは、アンにとっても心が躍る未来だ。しかし聞いていたホップの年齢を考えると、まだチャレンジを始めるには早いので、アンが顔を合わせるのは当分先になるだろう。

「あっ――そうだ。来年のレンジャー体験会にホップくんを参加させてみない? たしか10歳になったんだよね? 今年はもうシーズンが終わっちゃったけど、来年から参加できるから」

 管理局では、子どもを対象としたエリアレンジャー体験会を開いている。残念ながら次の体験会は来年度になってしまうが、対象年齢の10歳を超えていれば参加が可能だ。

「わたしたちと一緒にパトロールしたり、ワイルドエリアの自然を一緒に調査するの。費用はかかっちゃうけど、楽しんでもらえると思う」
「面白そうだな! ホップに教えたらきっと喜ぶぜ!」

 ダンデが次の開催はいつだと問うので、アンは例年の時期や募集期間を伝えた。実際に行った活動や作業を説明すると、興味を引かれたのか「オレは参加できないのか?」と訊かれてしまい、「ダンデくんはもう大人だから」とやんわりお断りした。

「ダンデくんが楽しみに待つことができるのは、強いトレーナーが自分のところに来てくれることなんだね」
「ああ、そうだ。毎年シュートスタジアムのあの熱気の中で、誰がオレの前に立つかワクワクするんだ」

 拳を作って熱く語るダンデは、テレビやスマホの画面に映る、ギラギラと光る目と同じだった。リザードンの炎に焼かれているような金色の双眸は、見ている者を一瞬で捕らえてしまう引力を持っている。

「見てて分かるよ。画面越しでもダンデくんのワクワクが伝わってくるもの」

 アンが言うと、ダンデは笑顔を返したものの、すぐに目を見張った。

「アンはオレの試合を観に来たことはあるのか?」

 唐突な質問だったが、

「あるよ。ダンデくんがチャンピオンになった日に」

と正直に答えると、途端に表情が曇った。

「随分前の話じゃないか」
「そうだね。でも録画したり、ネット中継でいつも観てるよ。チャンピオンカップだって、毎年欠かさずに」

 ダンデのバトルは最も注目度が高いため、ほとんどの試合がテレビやネットを通して観戦することができる。
 それもあってかアンがダンデの試合を観に行ったのは、彼が初めてシュートスタジアムに立った日だけだ。ダンデのバトルはプラチナチケットとも言われているので、ガラルの大半の人間はアンと似たようなものだろう。

「チャンピオンカップの招待状を渡すから、今年はスタジアムへ観に来てくれないか」

 思いも寄らない展開に、アンの思考はついていけず呆けた。プラチナチケットを越える招待状は、チャンピオンのダンデならば手配は容易だろう。ただ、アンが貰っていいものかはまた別の話だ。

「嬉しいけど、チャンピオンカップの日もそれ以外の日も、パトロールはあるから」
「休めないのか?」
「そういうわけじゃないの。レンジャーにもダンデくんのファンはたくさんいるんだよ。みんなダンデくんの試合をスタジアムで観戦したくて、いつも頑張ってチケットを申し込んでるの。だからチケットを取れた人が必ず休めるようにシフトを組んで、みんなで送り出すのが通例になってるんだ。滅多に取れないから、誰も行けない年もあるんだけどね。ダンデくんの厚意を無下にするのは気が引けるけど、貰うのもみんなに申し訳ないから」

 ダンデはガラルのスターであり、管理局内にも熱狂的なファンがいる。チャンピオンカップに限らず、観戦チケットが取れるか否かは彼らにとって死活問題に近い。
 彼らを差し置いて、何の苦労もなく本人からチケットや招待状を貰うのは気まずいものがある。
 ただでさえアンはダンデの友人であり、彼から指名されて迎えに行く関係のため、ダンデファンからは羨ましがられている。
 代わりにサインを貰って来てほしいと頼まれたこともあるが、そういった類の依頼は一律受け付けないようにと上役から言われているので、都度理由を説明し断っているものの、その度にがっがりさせることが気にならないわけではない。

「でもオレは、アンに観に来てほしい」

 ダンデは退く気がないようで、どうしたものかと困った。

「休憩をうまく取って、ダンデくんの試合は絶対にネット中継で観られるようにするから」
「そうじゃない。そうじゃなくて……どう言えばキミに伝わるんだ……」

 考えた末、せめてリアルタイムで観るように心掛けると言えば、そうではないと返される。自分の考えがうまく届かないことにもどかしさを覚え、ダンデの顔には普段のような快活さは見当たらない。
 騒がしいほどではないが、いつもハキハキしているのに珍しいと、アンはダンデをじっと見た。その間もダンデは必死で言葉を探しているようだが、うまく出てこないのか菫色の頭を強く掻く。

「――じゃあ、わたしも今年は参加しようかな。チケットチャレンジに」
「チケットチャレンジ?」

 聞き慣れない単語だったのか、ダンデはそのまま繰り返した。

「チャンピオンカップのチケット争奪戦に参加することを、レンジャーの間では『チケットチャレンジ』って呼んでるの」

 ジムチャレンジを真似たこの呼称は、アンが管理局に入局する前から存在していた。ガラルで一番チケットが取りづらい試合はもちろんチャンピオンカップであり、年に一度の大勝負になる。

「ダンデくんに貰ったチケットで行くのは心苦しいから、わたしも今年は参戦してみる。チケットが取れたら気兼ねなく行けるし、だめだったら大人しくテレビやネット中継を観る。それでどう?」

 貰い物ではなく自力で手にしたチケットなら、堂々と休暇を申請しシュートスタジアムへ行くことができる。アンがダンデに譲歩できるとしたら、このラインがギリギリだ。
 ダンデはアンが提示した案にしばらく悩んだ様子を見せたものの、

「分かった。オレが無理にチケットを押し付けても、キミは来てくれなさそうだしな。頑張って勝ち取ってくれ」

と納得し受け入れ、アンのチケットチャレンジを応援した。
 一段落ついたところで、目的地であるアラベスクタウンに向かうために、アーマーガアに騎乗する。
 ややこしくなりそうだったので、去年のチャンピオンカップのチケット倍率は60越えであり、望みはほぼないとはあえて口にしなかった。

20220311