いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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 チャンピオンカップが終わると、毎年ポケモンリーグには大なり小なり動きがあり、連日ニュースで取り上げられる時期がくる。
 一番話題になったニュースは、数年ぶりにほのおジムがメジャークラスに戻り、エンジンジムに籍を置くことだ。
 エンジンジムから外れたじめんジムが、マイナーへ降格したと同時にジムリーダーが代替わりしたこと、ダイマックスを使用しないバトルスタイルにもかかわらず、実力を認められたスパイクジムが第七のジムを任されたことも、SNSなどで思い思いの意見が挙げられている。

 マイナークラスゆえにか報道回数は少ないものの、ルリナがみずジムのジムリーダーに就任したことは、アン個人にはビッグニュースだった。
 アンはすぐにソニアに声をかけ、ルリナと三人でエンジンシティのカフェで集まることにした。カフェはメインストリートからかなり外れた通りに面しており、いつ入店してもあまり混んでおらず、長居しても気兼ねない雰囲気が好きで利用している。

「ルリナならいつかジムリーダーになるだろうと思ってたけど、こんなに早くなるなんて。すごいじゃん! おめでとう!」

 ルリナの隣に座るソニアが明るく祝福すると、伊達眼鏡の奥の吊った空色の両目は、目尻を下げて微笑んだ。
 新ジムリーダーとして写真や動画などでルリナの姿を知った者が増え、最近はよく声をかけられるらしく、三人の時間を邪魔されないようにと変装をしている。ただ、飛び抜けたスタイルの良さは隠さないので、違う意味で目を引いていた。

「ありがとう。次の目標はみずジムのメジャークラスへの昇格よ」

 やわく膨らんだ唇を横へ引き、ルリナは熱く宣言した。アンもソニアも静かに感嘆の声を上げる。向上心の塊のような年下の友人は、アンにとって見習うべきところばかりだ。

「ソニアもスクールからエンジンシティのカレッジでしょ? 新しい学校はどう?」
「課題の提出は毎回憂鬱だけど、面白いことも多くて楽しいよ。図書館も広くて本がたくさんで、最ッ高!」

 頬杖をついて大きなため息を吐いてすぐ、蔵書の多さに目を輝かせてみせる。ソニアにとって、知識を取り込むことはこの上ない喜びなのだろう。
 図書館で見つけた本について朗々と語り出したところで、ソニアのスマホが鳴った。画面を確認すると、その顔が少し引き攣る。

「誰?」
「おばあさま。きっと頼まれ事だわ。アタシがエンジンシティに来てるって知ってるから、買い出しか調べ物か……」

 ソニアは席を立ち、電話をしてくると店を出ていく。その後ろ姿は見るからに気だるげだ。

「博士の助手は忙しそうだね」
「そうね。でもちょうどよかったわ」

 カランとベルが鳴って閉まった扉から、向かいに座るルリナへ顔を戻す。彼女は膝で手を揃え、セレストブルーの瞳でアンをまっすぐ見ていた。

「アンにお礼を言いたかったの」
「お礼?」
「アンとブラッシーでばったり会ったときのことよ。あのとき話したおかげでジムのことに集中できて、ジムリーダーになれたんだから」

 ありがとう、とルリナは微笑みを添えて続けた。顔立ちや堂々とした態度から、初対面はクールな印象が強かったルリナだが、親しくなった彼女がアンに向ける表情は穏やかで、ときおり年相応の幼い仕草も垣間見える。

「大したことはしてないよ。ルリナがやりたいことを思いきりやれてよかった」

 困ったとき、苦しんでいるときは互いに助け合う。アンはターフでそう言い聞かされて育った。都会に比べて人が少ない田舎では、相互扶助を尊ぶ姿勢を持たねばうまく生活できない面が多々あるからだ。
 親しい友人をはじめ、ヤローもターフの旧ジムリーダーも、アンが困ったときには手を貸し、アンももちろん手を貸した。友人を思って行動することは、ターフ育ちにとっては改めて礼を言われるようなことではない。

「ヤローくんとは、ジムリーダーの集まりがある前に連絡を取ったわ」
「うん。ヤローも、ルリナが前みたいに仲良くしてくれてよかったってホッとしてた」

 ニュースで知るより前に、ヤローより彼女から連絡が来たことを教えられた。ジムリーダー就任に関しては内示であるため、その件に関しては触れなかったが、ルリナとまた仲良くなれそうだと喜んでいた。

「な、仲良くってほどじゃないわ。挨拶して、いろいろ話して……それだけよ。彼のジムはメジャーだし、まだまだ頑張らなくちゃ」

 動揺したものの、すぐに腕を組んで胸を張り、ツンと顔を逸らす。ルリナにとってヤローは仕事仲間であり良き友人であり、一番身近なライバルなのだろう。
 やっと同じジムリーダーという位置に立てたが、みずジムは今年もマイナーのままシーズンに入る。いつかほのおジムのようにメジャーへ昇格できたときのルリナを見るのが楽しみだと、紅茶のカップを取って口を付けた。

「ねえ、アンってヤバチャを連れてるわよね?」
「うん。家でお母さんとお茶会をしてるから、今はいないけど」

 今日アンが連れているのはエルフーンとウインディだ。ヤバチャは母とティータイムを楽しみ、ラプラスとアーマーガアは川や庭で遊んで過ごしている。

「これ。アンのヤバチャにと思って、持って来たの」

 言うと、ルリナは持参していた紙袋を取って、向かいに座るアンへ差し出した。ひとまず受け取って中を覗くと、紙箱が一つ収められている。

「これは?」
「≪われたポット≫よ。ラテラルタウンに用があって行ったときに、市でたまたま見つけたの。アンへのお礼になるかと思って」

 蓋をそっと引き上げる。真四角の箱には、ぱっかりと割れた白磁のポットが横たわっている。
 ヤバチャはモンメンたちと同じで、道具を使用して進化する。カップに身を宿すヤバチャは、こういったポットに魂を移し新たな体へ得ることで進化の形を取るが、そのポットにも相性があるという。

「ありがとう。大事に使わせてもらうね」

 アンのヤバチャが好むかは分からないが、ポットは手に入れる機会がそもそも少ない。たとえアンのヤバチャに合わずとも、ルリナとの思い出がある品だ。捨てることはせず保管し、もしアンの周りでこのポットを好むヤバチャがいれば、譲ることで縁を繋いでいこうと思う。
 電話を終えたソニアが疲れた様子で戻り、マグノリア博士に本のお使いを頼まれたことを二人に伝え、カフェを出たらついて来てほしいと頼んだ。アンとルリナは二つ返事で受け入れ、各々のカップを空にして店を後にした。



 ワイルドエリアの各所に築かれた『巣』は、不必要な刺激を与えなければ危険なことはない。
 たまに中に潜むポケモンが纏うガラル粒子が溢れ、赤い柱が光るものの、放っておけばそれも自然と鎮まる。
 トレーナーたちはそのことを理解し、巣に溜まるエネルギーのWを回収するためや、バトルを挑みたいなどの目的がなければ、近寄るを控えるのがマナーだ。

 ところが、緊急シグナルを受信したアンが向かった先では、ダイマックスしたエンニュート、クレベース、カバルドンが三つ巴の戦いを起こし、辺り一帯を巻き込んで激しく暴れていた。
 砂漠の窪地の中心から近い範囲には、余所と比べて巣が密集しているエリアがある。三匹はおそらく、互いに近しい巣から出現したものと思われる。
 原因は分からないが、まず最初にダイマックスしたエンニュートが現れた。次にクレベース、カバルドンまで出現し、暴れ出したというのが、先に現場へ到着していた同僚から得た情報だ。

 トレーナーによる人為的な事件以外での巣穴から出現は稀だが、これまでにもいくつか前例はある。しかし今回のような複数のポケモンによる暴走は初めてだった。
 ダイマックスしたポケモンに対抗するには、こちらもダイマックスしたポケモンで挑むのが望ましい。アンと同じく駆けつけたレンジャーの中にも≪ダイマックスバンド≫を所持している者はいたが、複数匹を同時に相手にはできない。
 仲間たちと必死の抵抗を続けていると、ナックルスタジアムから応援が来た。ジムリーダーのキバナと二人のジムトレーナーが、それぞれパートナーに騎乗して現れ、三組に分かれてレンジャーらに加勢する。
 アンはキバナのチームに加わり、エンニュートを鎮めるためにダイマックスした彼のフライゴンをサポートした。
 さすがジムリーダーといったところか、相性の良さもあってエンニュートはそう時間もかからずに弱り、大きな体も元のサイズに戻った。

 三匹すべてのポケモンが落ち着くと、あちこちでレンジャーたちから安堵の声が上がる。
 瀕死のエンニュートたちは暴走の原因を突き止めるべく、管理局で保護することが決まりボールに入れられた。
 周囲の被害は大きく、巻き込まれた野生のポケモンも何匹か発見された。軽い怪我は応急処置を行い、しっかりした治療が必要と判断されたポケモンは、エンニュートたち同様にボールに入れて保護されることとなった。
 レンジャーは自然環境に手を出さないのが原則だが、今回のような緊急事態は例外だ。
 エンニュートたちの暴走は不慮の事故なのか、あるいは人間による作為的な暴走なのかも定かではない。
 情報が集まり、もし後者であると判明したならば、野生のポケモンたちは人間の勝手に振り回され負傷したということになる。
 人が起こしたアクシデントが引き金であるのなら、すでに自然への介入だ。人間の不始末のフォローは、同じ人間がやらねばならない。

 エリア内の修繕はエリアワーク隊が行うが、暮らしている野生のポケモンやエリアを利用するトレーナーの安全を考え、崩れかけた大岩や隆起した地面の応急補修を進める。
 キバナたちの手も借りてそれらも終えると、ようやくアンは巡回業務に戻れることになった。

「応援ありがとう。本当に助かったよ」
「礼なんていらないよ。ナックルを任されている者として当然のことだ」

 レンジャーを代表してアンが感謝を伝えると、キバナは垂れた目をさらに下げ笑顔を見せる。彼の弁はその通りではあったが、実際に駆けつけてくれたその姿を見たとき、アンは心底ホッとしたのだ。キバナたちの到着がもう少し遅ければ、また入院していたかもしれない。

「そう言ってくれると気が楽になるね。ダイマックスしたポケモンを鎮めるのは、わたしには難しいから……」

 せめてアンもダイマックスできていれば、事態はもう少し早く好転していたかもしれない。キバナと違い、時計すらも嵌めていない手首が、今は妙に寒々しく見えた。

「アン、ダイマックスバンド持ってないの?」
「うん」
「ジムチャレンジのときはどうしてたんだ?」
「持ってなかったから、ダイマックスはしないで挑戦してたよ」
「へえ! バンドなしで挑むなんて、まさしくチャレンジャーだな」

 キバナに称えられ、アンは慌てて両手を振った。

「そんなカッコいい話じゃないよ。欲しかったけど手に入らなかっただけ」
「謙遜するなって。まあ、今もそうだけど大量生産できない代物だし、持ってなくても珍しくはなかったよな」

 同じ時期にチャレンジを始めたとあって、その頃のチャレンジャーのバンドの所持率を覚えているのか、キバナは納得したような声を上げる。
 アンがチャレンジャーだった頃から五年以上経った今も、ダイマックスバンドの流通数は少ないが、年々チャレンジャーやトレーナーたちの所持率は上がっている。ジムチャレンジの際にはバンドの所持が必須条件が加えられるかもしれないが、それはもう少し先のことだろう。

「昔はすごく欲しかったけど、今はそれほど。今日みたいなことを考えると持っておくべきなんだろうけど、ないならないで、できることをやるから」

 思い焦がれたダイマックスバンドは、アンには苦く青い記憶を呼び起こすアイテムだ。憧れでもあり、遠ざけたいものでもあった。
 レンジャーとして新たに歩み始めた道でも、ダイマックスバンドの有無はこうして影響を受けるが、チャレンジャー時代ほどではない。
 アンには共に戦う仲間がいる。ダイマックスがなくとも、あの頃と同様に知恵や工夫で乗り切れる道をみんなで探せるのだから、チャレンジ時代のように張り詰めた気持ちを持たずに済んでいる。

「同期って、やっぱり似た奴が集まるもんなんだな」

 キバナの発言の意図が分からないでいると、

「ほら、オレさまとアンと、もう一人の同期。スパイクのジムリーダー。ネズだ」

と続けた。
 今年から七番目のジムを担っているスパイクタウンのジムリーダーは、アンがレンジャーに登用され、キバナがナックルのジムリーダーに就任した年に、同じくジムリーダーになった。広く括るなら『同期』ではあるかもしれない。
 スパイクタウンにはスタジアムがない。町がパワースポットから外れているため、ダイマックスを行えない唯一のジムだ。
 リーグ委員長のローズが、ダイマックスも取り入れたバトルを推し進め、各スタジアムの移設や新設が行われたが、当時からスパイクジムを任されていたあくジムだけが強く拒んでいた。
 ジムを引き継いだネズもまた、ダイマックスを嫌う発言をし、行わないとはっきり宣言もしている。実際にジムチャレンジやチャンピオンカップにおいても、彼のポケモンが巨大化したことは一度もない。
 ダイマックスを使わない彼を『華がない退屈なバトル』と非難する声も上がるが、実際に彼は七番目にチャレンジャーを迎えるに相応しい実力があると証明してみせた。

「彼とわたしは違うよ。わたしはしたくてもできなくて、彼はあえてやらないだけ。似てるなんて、おこがましいよ」

 ダイマックスの力を借りずともジムリーダーになったネズと自分は、『ダイマックスをしない』という点だけ考えれば同じだが、本質はまったく違う。アンは持たざる者。ネズは持つつもりがない者。一緒にするのは彼に失礼だと、アンは思う。
 フライトジャケットからスマホロトムが飛び出して、アンにメッセージの通知を知らせる。画面には見慣れた『ダンデ』の名前。

「ダンデくんからだ」
「呼び出しか。どこ?」
「巨人の帽子の、木の実が採れる場所のそばみたい」
「近いな。オレさまもついていっていいか?」
「わたしはいいけど」

 言って、話が終わるのを離れて待っているジムトレーナーに目を向けた。キバナは彼らに歩み寄って言葉を交わしたあと、またアンのそばに戻ってくる。

「二人には先に帰ってもらうことにしたから、問題ナシ」

 ジム不在の時間を延ばしてよいものかと懸念はあったが、ダンデに会うだけなら大して長くはかからないはずだと、アンはキバナと共にダンデの下へ空を駆けた。
 陸路から目指すとストーンズ原野やナックル丘陵から回らねばならないが、飛行できるアーマーガアやフライゴンであればその必要もなく、最短距離を飛んでダンデが待つ実の生る木へと着く。
 ダンデはやってきたのがアン一人ではなく、キバナまで同行していたことに驚きつつも、思いがけない再会を素直に喜んだ。

「キバナも迎えに来てくれるとはな。もしかして、オレとのバトルのために来てくれたのか?」
「おっと、今は無理だぜ。さっきダイマックスした野生のポケモンたちを鎮めてきたから、万全な調子じゃないんだ」

 目を輝かせるダンデに、キバナは早めに釘を刺す。先ほどの砂漠の窪地での件を説明すると、ダンデはひどく悔しがった。

「オレもそっちで迷っていればバトルできたのに……!」
「これに懲りたら、そもそも迷わないようにするんだな」

 呆れたキバナの言葉など少しも身に染みた様子もなく、居合わせなかった自分の運のなさにしばらく沈んだ表情を見せる。
 かと思えばすぐに普段のダンデに戻り、どんなバトルだったのかとキバナに訊ね、二人はしばらく話に花を咲かせた。

「あっ、そうだ」

 話が終わるのをのんびり待っていたアンはふと思い出し、ボールからポケモンを出した。
 現れたのは先日までヤバチャだったポットデス。ルリナからポットを貰った日に、早速ヤバチャに差し出してみると、運よく気に入ってもらえたようでその場ですぐに進化した。

「ダンデくん。この子、あのときの子だよ」

 アンがポットデスを呼ぶと、ポットデスはふわふわと浮遊しながらアンの顔のすぐそばに来た。
 ヤバチャの頃も小さかったが、進化してポットデスになっても、その大きさはアンの手より少し勝るほどで、家で使っているポットとほとんど変わらないサイズだ。

「ポットデスになったのか。元気そうで何よりだ」
「録画してるダンデくんのバトルをテレビで流すと、応援してるつもりなのか、画面の前から離れないんだよ」
「ははは。嬉しいぜ、ポットデス。でもアンの邪魔にならないように観てくれよな。他の子ともうまくやれているみたいで安心した」
「ドラパルトもね。ダンデくんのところの子になれてよかった」
「ドラパルトだってアンが大好きだぜ。ドラパルト、久しぶりだし出てくるといい」

 言って、ダンデがボールを投げると、大きな体躯のドラパルトがアンの前に飛び出し、彼女を認めると親し気に身を寄せる。平らな頭を撫で、共にいるドラメシヤも撫でてやると、三者三様の楽し気な声を上げた。
 ポットデスもダンデの方へと近づき、ゆらゆらと上下に振れて、くすくすと笑い声を立てる。
 先ほどまでダンデと話していたキバナは、一転して蚊帳の外となり、アンとダンデのやりとりをそばで黙って見ていた。

「なんか、オマエらの会話って含みがあるっていうか……」

 静かに口を開いたキバナへ、二人が同じタイミングで目を向ける。二対の瞳から逃げるかのように、キバナはふいと顔を逸らす。

「いや、何でもない。変に突いて巻き込まれたくないや」

 両手を頭の後ろで組んだキバナへ、アンたちが何のことかと追及したものの、彼は頑として答えない。「そろそろ行こう」とフライゴンの背に乗ってしまったので、二人もポットデスやドラパルトをボールへ戻すと、それぞれアーマーガアとリザードンに騎乗し、三人と三匹は北へと飛び始めた。

20220305