いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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17

 あのあと、アンは気を落としたダンデを促し、シュートシティまで送り届けた。リザードンに騎乗して後続するダンデの顔は暗く、目的地に着いてもまともに目が合わなかった。
 日を置いた三週間後に、またダンデからメッセージが届き迎えに行った際も、ダンデの態度はぎこちなかったが、アンがいつものように接するので、次第にダンデも普段の調子を取り戻し、間にあった溝は埋められた。

 ワイルドエリアで犯行を続けていた集団は、うちの数人を捕らえたことをきっかけにアジトを突き止め、時間はかかったものの関係者全員を拘束することができた。
 ひとまずは一件落着し、パトロール業務は通常スケジュールに戻り、約束していたキバナとのランチも無事に果たせた。

「大変だったな。せめてノースエリアの警邏ぐらいは、オレさまたちも手伝うべきだったのに。何もできなくてごめん」
「シーズン中は仕方ないよ。キバナくんもジムを任されて一年目だし、やるべきことを優先しなきゃね」

 申し訳ないと眉を下げるキバナに、気にすることはないとアンは返した。
 ジムチャレンジも後半に入り、六番目のジムであるナックルスタジアムにもチャレンジャーたちが続々と訪れてくるため、ナックルシティはトレーナーたちの姿で賑やかだ。

「ジムリーダーはどう?」
「忙しいよ。何も分からないまま始まったからな。覚えることが山ほどある」

 アンだったら十口はかかるサンドイッチを、たった三口で食べ終えたキバナは、温くなった紅茶に口を付けた。身長が高いと口も大きいようで、小さなスコーンなら丸ごと食べてしまいそうだ。

「ジムトレーナーやスタッフは、みんなキバナくんより年上なんだっけ」
「まあね」

 ナックルスタジアムで顔を揃えた際、ジムスタッフやジムトレーナーは、皆16歳のキバナよりも年上だった。ジムリーダーのキバナは、文字通り彼らをまとめる『リーダー』であるので、彼が皆に指示を出す立場だ。

「年上の人に指示するのって、抵抗あるなぁ」
「オレさまも最初は遠慮しちゃうところはあったよ。でも今はもう。やることが多すぎて、いちいち気にしていられなくなった」

 頬杖をつき、キバナは長い息を吐く。一つのジムを任させれるとなると業務は多岐にわたり、その量もアンとは比べ物にならなかっただろうと、彼の苦労が偲ばれた。

「アンもそのうち年上の部下ができるだろうけど、割り切っていかないと仕事にならないぜ」
「うーん……わたしには難しそう」
「まあ慣れだな。相手への敬意を欠かさないよう振る舞うのは、場数をこなしていくしかない。アンなら大丈夫だろ。採用される新人はみんな年上の後輩みたいなものだし、その人たちといい関係を築けているなら、そう不安に思うこともないよ」

 キバナが言うとおり、レンジャーの採用は毎年行われており、採用されるのは成人をとうに過ぎた者ばかり。アンは候補生だったため、正確には彼らはアンの後輩ではないが、レンジャー活動に数年も携わっているアンを先輩として扱う者も少なくなかった。
 面映ゆいものの、年上の後輩たちとはそれなりにうまくやっているつもりだ。キバナの意見をまるっと受け入れるなら、いつかそのときが来てもなんとかやれるかもしれない。

「いろいろあるけど、楽しんでやれてるよ。チャレンジャーとバトルして、ジムリーダーの業務もやって、ダンデとのバトルにも備えなきゃならない。体が二つ欲しいくらいだ」
「まだ始まってないのに、もうチャンピオンカップのことを考えてるの?」
「もちろん。ダンデへの挑戦権を手にするのは、今年もキバナさまだぜ」

 自信たっぷりな様子が実にキバナらしい。今は仕事仲間になったジムリーダーたちを退けて、キバナは何度もチャンピオンに挑んできた。今年も最有力候補は彼だろう。

「頑張って。どっちも応援してる」

 一年前であればダンデを贔屓したところだが、こうしてキバナと友人と呼べるまで親しくなった今は、どちらか一方にエールを送ることは難しくなった。ダンデが敗れるのはショックだし、キバナが負けるのも残念だ。
 ワガママな気持ちだったが、キバナは素直に受け取り、八重歯を見せて笑顔で礼を述べた。



 宣言通り、チャンピオンカップは今年もキバナとダンデのバトルになった。
 相手のポケモンや技の構成、バトルの癖なども知った者同士。少しの判断ミスも許されない緊迫した勝負に、見ているだけなのにハラハラと落ち着かなかった。
 引き取ってもらったドラメシヤがドラパルトへと進化し、ダンデのパートナーとしてバトルコートに現れたときには、その活躍ぶりと、怯えていた小さなドラメシヤが強く成長した姿に胸を熱くした。
 勝者はダンデで、四度目のチャンピオン防衛に会場は割れんばかりの歓声が響き、ダンデはリザードンポーズを取って客席や画面の向こうの観客たちに応えた。

 チャンピオンカップが終わると、ガラルは近づいてくる冬に備える。
 ワイルドエリアでキャンプするトレーナーの姿もグンと減った。寒冷地であるガラルの冬は厳しく、そのためジムチャレンジは温かい春や夏を中心に進行し、秋の入りにチャンピオンカップが行われる。
 王座を守ったダンデと、彼と接戦したキバナの話題で盛り上がりつつも、今冬の気温や降雪予報をメディアで仕入れ、ガラルの住人は冬支度に急ぐ。

 ソニアの自宅も冬の飾りつけがなされており、ワンパチは自分のベッドにソニアのブランケットを持ち込んでぬくぬくと眠っている。
 可愛らしいと頭を撫でてやると、ごろんと転がり腹を見せてくるので、アンは丸い腹に手を当てて動かした。

「お待たせ。ほら、手を洗って来てよ。ワンパチはしつこいから、夜まで撫でろってねだってくるよ」

 ソニアに促されたアンはワンパチに一言告げて離れ、洗面所を借りて手を洗い席についた。
 広くない円形のテーブルにはスコーンとクロテッドクリームが用意され、アンがソニアに渡したヒメリのジャムも添えらている。

「アンのお家のジャムって最高だよね。この前持ってきてくれたパンもすごく美味しかった」
「ありがとう。喜んでもらえたってお母さんに伝えておくね」
「アンのお母さんはジャムとパン作りの天才だよ。おばあさまもジャムを貰えるの毎年楽しみしてるんだ」

 母の腕を認められ、アンは嬉しくて微笑んだ。
 ソニアが淹れてくれたミルクティーに口をつけ、割ったスコーンにクリームとジャムを乗せて食べれば、幸せなティータイムが始まる。甘くまろやかな時間に、アンはうっとりした。

「あのさ、アン。アタシのやりたいことって何だろうって、これまでいろいろ挑戦したじゃない?」

 一つのスコーンを食べ終えたソニアが、ナフキンで指先を拭いながら言う。アンもカップを下ろして、ソニアに覚えていると頷いた。

「水彩画も楽しかったんだけど、やっぱり違うなって思って。それでずっと考えてたんだけど……」

 手元に視線を落としていたソニアが、顔を上げてアンと目を合わる。

「アタシ、研究者になりたいの」
「研究者?」

 問い返すと、ソニアは大きく頷いた。

「やりたいことを探してる間に気づいたんだ。アタシ、何かをやりたいんじゃなくて、研究すること自体が好きなんだって。新しい発見や疑問が見つかるとすっごくワクワクして、答えを探すために本を読んだりネットで検索したり、実際に足を運んで見たり触れたり、試したり話を聞いたり……そうやって追究していくのが大好きだって気づいたの」

 立て板に水のように語る顔は、高揚しているのか頬が赤く色づいている。

「じゃあいつかは博士?」
「まあ……そうね。そうなるのかな」

 ソニアの身近には、彼女が望むような道を歩んできた祖母のマグノリア博士がいる。アンがソニア宅を訪れると、迎えるマグノリア博士はいつもゆったりした椅子に腰かけ、手元には必ず文献を携えていた。
 足腰が悪く、昔のようにフィールドワークに出られなくなっても、博士の探求心は尽きることもなく、老いてもなお研究に打ち込んでいる。ソニアの言に倣うなら、祖母の歩いてきた道はまさに彼女の目指す先にある。

「いつかおばあさまみたいな――ううん、おばあさまを超える、ガラルで一番の研究者に、博士になる!」

 まっすぐに貫いてくるエメラルドグリーンの瞳は、今まで以上に意志の強さを感じる。結んだ唇は覚悟を決めたように固い。

「うん。ソニアならきっとなれるよ」
「ありがとう!」

 よい言葉が思いつかずシンプルな返答になったが、ソニアは笑顔を見せ、そして長い息を吐いた。言いたかったことをようやく口にでき、表情はスッキリしている。

「それでね、今はブラッシーの学校に通ってるけど、エンジンシティのスクールに転校する予定なんだ。前々からガラルの歴史に興味があって、エンジンにあるカレッジへ進学したいんだけど、だったらエンジンのスクールで勉強した方がいいっておばあさまに言われてて。おばあさまね、スクールやカレッジに特別講師として時々呼ばれるの」

 一気に言い終えると、ソニアはカップを傾けごくごくと飲んだ。

「入りたい学校も、おばあさまが何度も講師で呼ばれたスクールなんだけど、編入試験を通るのがかなり難しそうでさ。今は毎日その勉強。頭が茹で上がっちゃいそうだよ」

 肩を竦めるソニアに、アンは小さく笑った。目を向けた彼女のデスクには、参考書が何冊も重ねて置かれ、勉強に励んでいる様子が見て取れる。

「そんなにレベルの高い試験ってことは、難関校なんだね」
「まあね。最初はさ、おばあさまが講師に行ったことがない学校にするつもりだったんだ」
「そうなんだ。でもどうして?」
「おばあさまの名は偉大だから、ブラッシーの学校でも先生たちからは『マグノリア博士の孫娘』って認識されててね。特別講師の孫って立場も、居心地に影響しそうだなって。おばあさまを超える研究者になるのに、おばあさまの名で配慮されたり優遇されるのはいやだもの」

 ソニアの祖母は、ポケモンについて研究する者ならば誰もが知っているほどの高名な博士だ。教育の場ともなれば、多少なりとも特別視されることは逃れられない。

「っていう話をおばあさまにしたら、『スクール側には遠慮なく、厳しく指導するように伝えますから安心しなさい』だって! だったらもう、一番入りたい学校に行こうって決めたの」

 ツンと口を尖らせ、ソニアは新しいスコーンに手を伸ばした。祖母に気を遣った贔屓がないのは良いことだが、かといって厳しく指導されるのも望んでいることではないだろう。

「自分の力だけで道を切り拓いていこうとするの、ソニアらしくていいね」
「でしょ? アンもルリナも、ダンデくんも頑張ってるんだもん。アタシだって頑張らないと」

 にっこり笑う顔は晴れ晴れとしている。料理にコスメに絵画と、どれも取り組む前はやる気に満ちていたが、今回はどこかスッキリもしている。憑き物が落ちたといえばいいのか、今度こそ本当にやりたいことが見つかったのかもしれない。

「そういえばルリナ遅いなぁ。ジムのミーティングが終わったらすぐに来るって言ってたんだけど」

 そう言ってソニアはスマホに手を伸ばし、画面を操作する。
 今日は三人でソニア宅に集まろうと約束していて、アンは終日、ルリナは午後から休みを取っている。
 ルリナからは、ミーティングが終わり次第ソニアの家へ向かうと言っていたが連絡もない。真面目な彼女が連絡を怠ることは珍しく、少し心配になった。
 メッセージに目は通しているようだからと、ソニアは電話をかけ、耳元にスマホを当てる。

「あっ、ルリナー? ミーティングは終わった?」

 応答したルリナにソニアが訊ねる。アンの耳にはルリナの声は届かないが、電話に出たということは、緊急事態ではないのだろうと安堵した。

「えっ? あの、ちょっ……もしもし? ルリナ? ルリナ?」

 スマホを耳から離し、画面を見ながらソニアは呆然とした。

「どうかしたの?」
「『行けなくなった』って……」
「体調でも崩したのかな?」
「そうかも。声もちょっと暗かったし」

 画面を消して、スマホをテーブルに置き、ソニアはアンに「どうしたんだろうね」と問う。
 アンにも分かるはずもなく、結局この日は二人きりでティータイムを過ごした。

20220226