連日賑わうメディアに映るダンデは、去年と比べてインタビューの受け答えが上手くなった。不躾な質問が飛んでくることもあるが、嫌な顔を見せることもなく丁寧に返し、12歳ながら人ができていると囃し立てる声がネットを中心に広がった。
アンはダンデのことをよく知っている方だが、メディアが伝えるダンデはアンの印象とは少し違う。テレビやネットから発信されるダンデは、あくまでも『チャンピオン・ダンデ』だ。
「10歳でチャンピオンになったんだし、素の彼を知る人の方が少ないんじゃないかしら。私もチャレンジャーだったダンデと会ったことはあるけど、ソニアの幼馴染みという認識しかなかったもの」
エンジンシティのカフェの中、四人掛けのテーブル席。アンの向かいに座るルリナは、長い髪を一つにまとめて天辺で丸く整え、細く長い首をすっきりと見せていた。
その隣にはテーブルに雑誌を広げ、スマホと睨めっこするソニアが、顔にかかる髪の束を指で遊びながらブツブツと呟いている。
「ソニア。まだ決まらないの?」
「待って。もうちょっと……あとちょっとだから」
訊ねるルリナにソニアは顔も寄越さず返事をした。
料理の道を極めていたはずのソニアは、いつの間にかコスメの道に進路を変えていた。味はともかく見た目はきれいな料理を作る自分の腕なら、化粧の方が極められるのではと考えたらしい。
今日はアンとルリナを誘ってエンジンシティのコスメショップに化粧品を買いに来たのだが、下調べがまだ終わっていないからと、カフェの一角で黙々と情報収集を続けている。
「そうだ。アンはターフに住んでいるのよね? ヤローくんは知ってる?」
「ヤロー? うん。ターフのヤローなら従兄だよ」
「あら、そうだったの。そういえば二人とも髪や目の色が似てるわね」
ルリナはアンの彩る髪や目の色に注目した。
ヤローとアンの瞳のグリーンはどちらもターフに広がる草原や森の色で、ヤローのストロベリーブロンドとアンの髪色は似ているが、少しだけアンの方がくすんでいる。アンは体質からかヤローや姉と違いそばかすがなく、お揃いを持つ二人を羨ましく思った時期もあった。
「ヤローがどうかしたの?」
「今年スカウトを受けて、来年からジムトレーナーとしてジムに所属するのは私と彼だけなのよ」
ルリナの話にアンは小さく感嘆の声を上げる。来年からジムトレーナーになるのは知っていたが、二人だけとは聞いていなかった。
「ジムチャレンジを始めた時期はヤローくんの方が早いし、歳も上だけど、ジムトレーナーとしては同期に当たるわけだし、ちょっとね」
アンの一つ年上のヤローは、ルリナとは三歳差だ。目上への礼儀を弁えているルリナがヤローの名を親し気に呼ぶのは、同じ時期にジムトレーナーになった、唯一の同期として強く意識している気持ちの表れなのだろう。
「スカウトされるなんて、さすがルリナ」
「それはヤローくんも一緒よ」
言葉を返され、アンはチャンピオンカップから戻って、ターフスタジアムに呼び出されたヤローと、迎えるジムリーダーを思い出した。ちょうどアンがターフスタジアムに用があって、たまたまその場に居合わせたときのことだ。
ターフで一番注目されているチャレンジャーであり、ジムリーダーとも旧知の仲。スカウトされたのは事実だが、夕飯に招く感覚と変わらない誘いだったのを覚えている。
ヤローはどうしたものかと少し悩んでみせたものの、家業の手伝いもしやすいからと話を受け入れていた。自分のためというより、家のために選んだのが家族思いのヤローらしいと思う。
「ジムトレーナーって大変そう?」
「まだ分からないわ。みずジムはマイナーだから、ジムチャレンジに直接は関わらないし。でも来年は私もジムトレーナーとしてジムを盛り上げて、みずジムをメジャーへ昇格させるのが目標よ」
腕を組んでハキハキと宣言し、きゅっと口を引き締め真剣な表情を見せるルリナは、まさに『カッコいい』の一言だ。
「ルリナは向上心の塊だね。スカウトの声がかかるだけあるよ」
「セミファイナリストがスカウトを受けるのは珍しいことじゃないみたいよ。去年のチャンピオンカップのあとは、キバナさんがドラゴンジムにスカウトされていたもの」
「キバナくんも? でも今年もチャレンジャーだったし、断ったってこと?」
「そうみたいね。ジムトレーナーはジムチャレンジに参加できないし、チャンピオンカップに出ることを優先したかったんじゃないかしら」
ジムに所属する者の中で、チャンピオンへの挑戦はジムリーダーだけに許可されている。ジムトレーナーは所属ジムでジムリーダーとなるか、再びチャレンジャーへ戻ってジムチャレンジに参加しなければならない。
機会は失うが、ジムに所属することでジムリーダーとのハイレベルなバトルや勉強ができ、他のジムとの交流戦でも様々な経験を積むことができる。ジムに所属して自らを鍛えてから、改めてチャレンジャーとしてチャンピオンカップを目指す者もいると聞く。
「彼は二年連続でファイナリストだし、ジムトレーナーになるのは逆に遠回りだわ」
「そういえばキバナくん言ってたよ。ダンデくんやルリナは、骨のある人たちだって」
「あら。でも私は決勝でキバナさんに、その骨をバキバキ折られたのよ」
「バキバキかぁ……」
セミファイナルトーナメントの一戦がよほど悔しかったのか、ルリナはどこかつれない態度でコーヒーカップを口に付ける。
双方ともに普段は穏やかな物腰なのに、バトルとなると感情のふり幅が大きく、ポケモンではなく彼ら自身がバトルをしているように錯覚するときもあった。バトルが強いトレーナーはそうなるのかと思いきや、ヤローはそうでもない。結局は個人に寄るのだろう。
「これと……これと……うん! 決めた!」
「やっと決まったの? 写真じゃなくて、実際に見ながら選んだ方がずっと早かったんじゃない?」
ようやく買い物リストを仕上げたソニアに、ルリナが頬杖をつきながら言う。
「ダメダメ。実物見たらあれもこれもって欲しくなっちゃうもん。これだけを買うって決めてからじゃないとお店に入れないよ」
ルリナの意見もソニアの返答も、アンはどちらにも共感した。写真と実物の色が異なる場合もあるので、直に見てから決めた方がいいのはもちろんだが、余計な買い物をしない予防線を張ることも大事だ。
「じゃあ早速行きましょう。私は夜にはバウタウンに戻らないといけないから、あまり時間がないわ」
「オッケー! 三軒は回るからね。ポケジョブから戻ってきた子たちも引き取らないといけないし、急がないと」
カフェを出て、ソニアを先頭にアンたちは一番近くにあるコスメショップに入る。明るく照らされた店内には化粧品がずらりと陳列され、さまざまな香料がアンの鼻をくすぐった。
前もって買う物を決めて入店したはずなのに、ソニアの目はあちらへ移り、手はこちらを掴む。
これかわいい、あれもかわいい。この色全部ステキ、発色がいい、ギラギラがかわいい。
ソニアの目は輝きっぱなしで、結局リストに並べていない商品まで買い込んだ。コスメショップを巡る予定は、手持ちの都合で一軒目で終了し、ルリナのブルーの瞳はすっかり呆れていた。