いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
×
「#ファンタジー」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -


11

 ワイルドエリアの天候は変わりやすい。それは一日単位ではなく、数時間で快晴から大嵐に移るような、突拍子もないものだ。
 太陽が西に落ち始めた頃、アンはダンデに呼ばれ砂塵の窪地へ向かっていた。
 ワイルドエリア内でも特に乾燥した場所で、風が吹くと地面の砂が舞うため、目を保護する防塵ゴーグルの用意をトレーナーたちにも呼びかけている。
 ダンデとの合流はスムーズだった。決して動かぬようにと念を押して言っているので、ダンデもちゃんと腰を下ろし、リザードンが熾してくれた炎で明かりと目印を作り、ちゃんと待ってくれている。
 問題はそのあとだった。シュートシティまで戻りたいと頼まれたが、朝から飛びっぱなしでアーマーガアも疲れている。このままシュートへ向かうのは難しいからと、少しだけ休む時間を貰った。
 その間に、周囲の天気ががらりと変わってしまった。雨が降り、雪が吹き、砂が躍り、霧が立ち込めた。スマホで周辺の天気を確認したアンは、画面を見て頭を抱える。

「どうしよう……これじゃここから飛べないよ」

 吹雪や砂嵐では安全な飛行や陸上移動は難しい。すっかり日が暮れて夜になり視界が悪い中、霧を進むのも危険だ。

「雨だったらオレは平気だぜ」
「だめだよ。濡れたままシュートシティまで飛んだら風邪を引いちゃう」

 上空は気温が低く、強風でさらに体感温度も下がる。濡れた体で長時間冷やされ続ければ、低体温症の恐れもある。

「ダンデくん、今日のこれからの予定は?」
「今日はもうなかったはずだ。明日は午前中に取材が入っていたと思う」

 アンはホッと息を吐いた。少なくとも急ぐ必要はないようだ。
 ワイルドエリアを管轄する気象部に連絡し、いつになれば移動が可能になるかと問い合わせたが、今夜はこのままだろうと回答があった。
 次にアンは連絡先の中から一人の人物の名前を探した。勇気を要したが、発信ボタンをタップする。
 呼び出し音が数回続いたあと、ぷつりと途切れた。

『はい』
「こんばんは。エリアレンジャー候補生のアンです。今からダンデくんをシュートシティまで送るつもりだったんですが……」

 通話先の、ローズ委員長の秘書であるオリーヴに、天候の関係でこの場から動けない状況を手早く説明した。

『分かりました。確認したいのですが、明日の朝まで、現在地でのチャンピオンの安全を確保できますか?』
「これからの天候と野生のポケモン次第ですが……みんなでダンデくんの身を守るよう努めます」

 エルフーンたちが入ったボールケースに手を添え、アンはできる限りの返事をした。すぐに、こんなに弱気な物言いではなく、責任を持って『必ず』と断言して返すべきだったかと悔いたが、事実として頑張って守るとしか答えようがない。

『では、恐れ入りますが明朝までチャンピオンをお願いします。夜が明けたらシュートシティまで連れてきてください』
「はい。明日の朝には必ず」

 通話を終え、肺からたっぷり空気を吐き出した。
 オリーヴとはダンデを送り届けた際に何度も顔を合わせたことはあるが、感情の読めないクールな表情と、温度が感じられない口調がアンは苦手だった。連絡を取るのにもいまだにひどく緊張してしまう。
 スマホの画面を消してダンデへ向き直ると、彼はアンに「これからどうするんだ?」と訊ねた。

「ダンデくん。今夜はこの場に留まって、朝になったらシュートシティへ送ることになったんだけど……」

 周りをざっと確認してみる。枯草や砂地、沈黙するどっしりとした岩ばかりだ。見通しのいい平地だが、風の通りもよくアンやダンデの体を冷やしていく。

「まずは水場に行こう」

 アンはダンデをアーマーガアに乗せ、頭の中の地図を頼りに飛行した。人工的な明かりのない夜のワイルドエリアはとにかく暗く、月明かりや、ぼんやり赤く光るダイマックスの巣を目印にし、地形をしっかり捉えて進まなければ迷ってしまう。
 巣や大岩のシルエットを頼りに飛び続けると、目当ての場所は無事に見つかった。砂塵の窪地にとってかなり貴重な小川が、アンたちの真下に流れている。
 ダンデを降ろすと、ちょうど足下に落ちていた太めの枝を拾う。ウインディをボールから出し、枝の先に火をつけてもらうと、明かりを得られ安堵した。

「ダンデくん、焚き火用の枯れ枝を集めてきてくれる? あ、リザードンと一緒にね」
「分かった!」

 リザードンの尾先の炎を明かりにし、ダンデはアンの指示通りに枝を集めに回った。その間、アンも枝を拾い、草の生えていない地面に組んで火を移せば、周囲は一段と明るくなった。
 相棒のおかげで迷うこともなく戻ってきたダンデに焚き火を任せ、アンはアーマーガアの鞍の両脇に下げてあるバッグから荷物を取り出し始める。
 畳んで小さくまとめたツェルトにマット、ポール。ロープ、ランタン、クッカー。次々に運ばれる荷物に、ダンデが注目する。

「キャンプセットか?」
「こういうときに備えて用意してるの」

 エリアパトロール隊の多くは、今夜のようなビバークの準備を常にしている。持ち運べるのは最低限の道具だが、当座はこれらで凌ぐしかない。
 ダンデの手を借り、ポールとロープを使ってツェルトを張った。シンプルな小さな山形のテントが出来上がると、ダンデは感嘆の声を上げる。

「すごいな、テントだ」
「狭いけど、一晩寝るには困らないと思う」

 快適にとはいかないが、風を凌いで眠るくらいなら問題はない。
 寝床の用意ができたところで、今度は食事の準備。アンはボールからポケモンたちを出した。

「ダンデくんもポケモンを出してあげて。先にみんなのご飯にしよう」

 アンに促され、ダンデもボールからリザードン以外のポケモンたちを出してやった。キャンプだとはしゃいでいるのか、ポケモンたちは一気に賑やかな声を上げ、周囲や互いの様子を窺う。
 器代わりに調理用シートを皆の数だけ敷き、アンはポケモンフードと木の実を配っていく。体の大きさや食べる量に合わせ、持っていた四箱のフードボックスのうち、二箱を空にした。残りは明日の朝の分に取っておく。

「量は少ないけど、栄養価は高いから」
「ありがとう。アンのポケモンたちの分を貰ってすまない」
「いいの、遠慮しないで食べさせてあげて。わたしは水を汲んでくるからみんなをお願いね。喉が渇いてるならこれを飲んでて」

 飲用水のボトルをダンデに渡し、タンクを持って小川に向かい水を詰めて戻る。
 大きめのポットにタンクの水を張り、小型のガスバーナーで熱してパックのライスやカレーを湯煎していく。十分に温まったそのパウチを器に開けて、スプーンと共にダンデに手渡した。

「はい、どうぞ。レトルトでごめんね」
「どうして謝るんだ? レトルトも好きだぜ。早く食べられるし、常に同じクオリティの味で頼りになる。サンキュー、アン」

 自分がアーマーガアを休ませたいと言ったから、野宿なうえに簡素な食事になってしまった気持ちが謝罪となって口をついて出たが、ダンデはまったく気にしていないと、彼らしい言葉を返す。
 レトルトカレーは安心が保証された食事だ。いつだって味は変わらず、すぐに食べられ、難しいときは温めなくてもいい。インスタント食品は偉大だと噛みしめつつ、アンはフードバッグからブロック型の携帯食料を取り出した。

「アン。キミの分のカレーは?」
「今日は一食分しか持ってなくて」

 少し前に、水や食品の期限を確認して、何品かバッグから抜いていた。すぐに補充すればよかったものの、つい先延ばしにしてしまったせいで、食事はダンデが食べているカレーの一食分のみしかない。
 アンの分がないと知ると、ダンデは慌てて自分が持つ器を見たが、すでに半分以上食べている。

「気にしないで。この携帯食料は局からの支給品なんだけど、おいしくて好きなんだ。ただ支給品だから理由もなく食べると怒られちゃうの。ダンデくんがカレーを食べてくれるおかげで、わたしはこれを食べられてるから、むしろありがたいな」

 パウチにはショートブレッドに似た細長いブロックが二本入っており、水と共に食べれば腹持ちがよくなるように作られている。人によって好みは分かれるが、控えめな甘さがアンの舌に合った。
 アンは本心で言ったのだが、自分へ気を遣った発言だと思ったのか、ダンデの表情は明るくない。
 ブロックを少し割って、ダンデに差し出した。ダンデは黙って受け取って口へ運ぶ。

「ん。確かにうまいな」
「でしょう。わたし、本当にこれを食べたかったんだよ」
「それは分かったが、でもこれだけじゃアンの腹は膨れないだろ」
「わたしはいいの。明日ダンデくんを送ったら、ご飯なんて食べようと思えばすぐ食べられるから。ダンデくんはそうはいかないでしょ?」

 多忙なダンデがこうしてここで留まることにより、タイムロスが生まれている。明朝にシュートシティへ送り届けても、ダンデはまともに食事を摂る暇も得られないかもしれない。
 そもそも、レンジャー候補生の自分とチャンピオンのダンデの立場を考えれば、すべてにおいて優先すべきはダンデになる。ダンデの身の安全に努めるとオリーヴと約束したのだから、彼を空腹で床に就かせるわけにはいかない。
 食事を済ませ、片付けをし、あとは眠るだけ。時間を確認すると、ちょうど幼い子どもがベッドに入る頃だろうか。
 ポケモンたちも多くはボールに戻って眠りに就き、アンたちのそばにいるのはウインディとダンデのリザードンだけだ。

「アンはよくキャンプするのか?」

 パチパチと爆ぜる火を眺めてダンデが問う。

「たまにだよ。先月は初めてジムチャレンジに参加して、まだキャンプに慣れていないルーキーの子が多かったから、そのそばで泊まったりしてたくらい」

 今年もジムチャレンジに参加しているトレーナーは多く、ルーキーらしい幼い子どももよく見かけた。その度にアンたちレンジャーは声をかけ、ワイルドエリアでの決まりやマナーを教え、困りごとや分からないことがないか訊ねて力を貸した。
 昼間は雄大な大地に胸が弾んでいても、夜の帳が降りたワイルドエリアを怖がるルーキーは毎年いる。焚き火や沸かした湯で怪我をしたり、テントをうまく張れなかったりする子もいた。アンは彼らから少し離れた、けれどすぐに駆けつけられるそばで今夜のように留まり見守った。

「そうか。やっぱりいいな、キャンプは」
「ダンデくんは? 最近キャンプはしてないの?」
「ないな。空き時間があればスクールの先生と勉強だし、たまのオフも家に帰って、ホップの面倒を見たり家の手伝いがある。こうしてワイルドエリアに入るのも迷ったときくらいだな。でも迷ったらアンに迎えに来てもらうだろ? キャンプをやる暇がないんだ」

 チャンピオン業はやはりプライベートな時間がほとんどないようだ。家に帰るのもひと月に二回あればいい方だとも続け、寂しくないのだろうかと口には出さず思った。

「そういえばダンデくんとキャンプしたことなかったなぁ」
「そうだったか?」

 ジムチャレンジで出会ったアンとダンデは、二人で行動した時間はあれどキャンプを共にしたことはない。
 途中からペースに差が出て会うこともなくなり、アンは期間内でジムチャレンジを諦めターフタウンに戻ったので、こうして一つの焚き火の熱を分け合うこともなかった。
 思えば、ダンデと顔を合わせたのは三回だ。ワイルドエリアで出会い、陸橋で再会し、バウタウンで会って食事をし、同じホテルに泊まった。
 薄い付き合いではなかったが、チャンピオンになって目まぐるしい日々が続いていたら、たった三度ほど会った自分など忘れられていてもおかしくない。自分とダンデの距離は、それくらい離れていた。

「楽しいね」

 自分が原因でビバークすることになった負い目があるにもかかわらず、アンは今を楽しいと感じていた。あの頃できなかったダンデとのキャンプが思いがけない形で成され、少し浮かれている。
 嬉しくて笑ったアンに、ダンデも笑顔を見せる。彼にとっても久々のキャンプなら、少しでも楽しんでもらえていたらいいとアンは思う。
 パチン、と大きな音が響く。炎は思うままに踊り、二人を熱く照らす。なんとなくそうするのがいい雰囲気だと、アンは口を閉じた。

「チャンピオンになってから、ソニアに避けられている気がするんだ」

 焚き火からダンデへと目を移すと、彼は揺れる火をじっと見つめている。

「電話をかけても出ないし、メッセージを送ってもほとんど返事がない。家を訪ねても、勉強中だとかで部屋にこもって会ってくれない」

 指を折りながら、一つ一つのことを思い返すように言葉にしてダンデは続ける。

「オレはソニアに嫌われたんだろうか」

 普段の明るく元気なダンデから想像できないほどの弱々しい声に、アンの胸がちくんと痛む。そんなことはないと返すのは容易いが、アンは黙った。

「ハロンは田舎だから、友達と呼べる相手はソニアくらいなんだ。なのにいきなり避けられて、正直かなりショックだ。チャンピオンになってから周りには人がたくさん増えたのに、いつも一人みたいな気分だった。だから、アンに迎えに来てほしかったんだ」

 ソニアとの話だったのになぜそこで自分に繋がるのか。アンが目をしばたたかせていると、焚き火に照らされて普段よりずっと冴えて光る金色の双眸がアンを認め、その下でぎゅっと結ばれていた口元は力を抜いた。

「ワイルドエリアで再会したとき、アンがオレを覚えていてくれて、前と変わらず送ってくれて、すごくホッとしたんだ。アンはオレがチャンピオンになっても変わらない、避けないって分かって、安心した。アンにたくさん会えればいいなと思って、委員長に頼んだんだ。迎えに来てくれる人をアンにお願いできないかと」

 そうだったのかと、アンはダンデが自分を指名した本当の理由を初めて知った。
 てっきりダンデが前に言っていたように、どうせなら顔見知りの方が気が楽だからという単純なものかと納得していたが、彼自身もまた複雑な思いで迎えに来てほしいとアンに乞うていた。
 ダンデはアンを、以前と態度が変わらないと称したがそれは違う。アンもソニアと同じく、チャンピオンとなったダンデに対し、向き合い方が変わってしまっている。

「違うよ。わたしはダンデくんのそばに居ても苦しくないから、逃げないだけだよ」

 言うか言うまいか。悩んだが、こんな話をできる機会が次はいつ来るとも分からないと、アンは開いた。

「……どういうことだ?」

 意味が理解できなかったのか、理解できたうえでなのか、ダンデは戸惑う様子を隠さない。彼はいつも自分の気持ちに沿って正直に振る舞える。それがアンには羨ましい。

「わたしはね、ダンデくんとバトルしたいなんて、きっともう一生思わない。あなたの強さを知っちゃって、ダンデくんには何をどう頑張っても、どうせ勝てっこないってすっかり諦めてるの」

 あの日シュートスタジアムで、アンは世の中にはどうにもできないことがあると思い知らされた。
 アンは決してダンデに勝つことはない。勝てるはずがない。
 旧チャンピオンとの一戦でダンデの勝利を確信したとき、アンは自らの敗北も悟った。ダンデに自分は勝てない。人が水や酸素なしでは生きていけないのと同じように、アンはダンデに勝つことはできないと。

「でもソニアは違う。ソニアがダンデくんと距離を置いているのは、ダンデくんと対等の存在でありたいからだよ。セミファイナルで負けても、ダンデくんと並ぶことを諦めてなくて、むしろ先を行くダンデくんを追いかけて走ってる途中なんだと思う」

 直接戦ったソニアは、アンよりもはっきりとダンデには敵わないのだと感じただろう。キバナ曰く『信じられないくらい強い』ダンデにトレーナーとしての心を折られ、恐らくバトルそのものから遠ざかった。
 けれどソニアは今、ダンデの隣に再び立てるように模索している。料理に打ち込み始めたのも、バトル以外での自分の可能性を探しているからだ。

「諦めることは難しいけれど、時が経てば少しずつ楽になる。諦めないことは簡単だけど、諦めない限りずっと苦しい。ソニアは楽になれる道もあるのに、辛くて苦しくても、ダンデくんを追いかける道を選んでる。その道を進むために、今はダンデくんから離れるのがベストなの」

 ジムチャレンジを諦めたとき、アンは胸が裂かれる思いだった。目の前の壁は乗り越えたが、それ以上先へは進めないことに絶望した。
 それでも時間と共に悲しみは癒え、幸運にもレンジャーの夢を見つけられ、希望を持って再スタートを切れた。
 ソニアはアンと同じく、次のジムチャレンジに挑戦はしなかったが、ダンデのライバルであることは諦めなかった。悔しいと涙を流しても、ダンデと共に歩むことは諦めずもがいている。

「じゃあオレはどうしたらいいんだ? ソニアのために何ができる?」

 ダンデが地に手をつけ、アンへと詰め寄る。迷子になって困った顔はしても、不安な表情なんてほとんど見せないのに、今のダンデはそれこそ親とはぐれた幼い子のようだった。

「ダンデくんはそのままでいて。ソニアを迎えに行かなくていい。何も変わる必要はない。ソニアはダンデくんを嫌いになったんじゃないの。ソニアが、もう大丈夫って思える日がきっと来る。だからそのときを待ってて。前とまったく同じとはいかないかもしれないけど、ソニアはまたダンデくんと歩くつもりだから」

 ソニアの本音までは察せないが、ダンデから手を伸ばしてもらうのは望んでいない気がした。
 ダンデ本人は何も変わっていない。バトルが好きなことも、とんでもない方向音痴なところも。
 ただ彼はガラルのチャンピオンになってしまっただけ。ダンデに落ち度は一つもない。
 だからソニアは、自分の歩調に合わせて止まってほしいなどとワガママを言って困らせ、ダンデの行く道を邪魔したいわけではないはずだ。
 複雑な感情を向けていても、ソニアにとってダンデはかけがえのない幼馴染みであることには変わりないのだから。

「アンは?」

 地面を掴む指先にグッと力がはいり、浅く土を掘る。

「アンは、オレを追いかけてきてくれないのか?」

 金色の瞳が揺れている。夕陽に似た色の焚き火に照らされ、ゆらゆらと惑う。

「そうだね。わたしはダンデくんのライバルになりたいとか、あなたに追いつきたいなんて思わない。バトルしたいとも思わない。ダンデくんとじゃなくても、他の誰ともバトルをするつもりはないんだ」

 ポケモンバトルに対する姿勢は人それぞれだ。最初からまったく興味を持たない者もいれば、続けられる限りバトルを楽しむ者もいる。
 アンはバトルへの意欲はない。観戦するのはもちろん楽しいが、バトルコートに立つ気はもうない。
 ただ、必要に迫られることはある。巡回中に野生のポケモンに襲われたとき、あるいは悪意を向けるトレーナーに遭遇したとき。そういった場合の身を守るためのバトルは厭わないが、好んでやるつもりはない。

「でも、ずっと友達でいたいと思ってるよ。ハロンのダンデくんと」

 あのときローズ委員長に友人役を頼まれたからではない。アンがダンデと友人でありたいと願うのはまぎれもなく自分の意思だ。

「バトルできない友達なんて、だめかな?」
「そんなことはない! バトルなんてしなくったっていい!」

 不満だろうかと訊ねてみれば、ダンデは噛みつくような勢いで否定した。
 張り上げた声に驚いてしばらく言葉を失ったが、ここまできっぱりと言ってくれたことが嬉しくなり笑うと、ダンデも安堵したように笑みを返す。

「明日は早くここを発ちたいから、そろそろ寝ようか。火の始末はわたしがするから、ダンデくんは中に入って」

 腰を上げ、ついた土を払い落としながらツェルトを指差した。中にはマットと寝袋を広げている。
 アンに従ってツェルトの様子を確認したダンデが、一組だけ敷かれたそれらに気づき顔を外へと戻した。

「アン、寝袋が一つしかないぞ」
「一人分しかないからダンデくんが使って。二人並んで寝るには狭いし、わたしは外で寝るよ。ウインディが居てくれるから大丈夫。保温シートもあるから寒くないよ」

 銀色の保温シートを体に巻き付ければ、内側の熱を逃がすことなく温度を一定に保てる。毛足が長く体の大きなウインディが寄り添ってくれれば、凍えることもなく朝を迎えられるはずだ。

「だめだ。雨でも降ったら――」
「そのときはそのときだよ」
「野生のポケモンが襲ってくることもあるし――」
「だからわたしが外で見張らないとね。わたしはエリアレンジャーだから、ワイルドエリアと、トレーナーの身の安全を守るのが仕事だよ」

 候補生だけど、と小さく続けると、ダンデからそれ以上の反論はなかった。
 友人ではあるが、アンはレンジャーだ。トレーナーの安全確保に努める責任がある。アンの立場を考えると、彼女が正しいことを言い、正しい選択をしているのだと気づいてしまったのだろう。

「おやすみなさい、ダンデくん」

 黙ったところで、アンはその背に手をつけツェルトの中へ押し込んだ。
 ダンデは振り向いてなお何か口にしようとするが言葉にはならず、「おやすみ」とだけ短く返し、ツェルトの出入り口をしっかり閉めた。

20220215