いつかきみが枯れてしまうまで | ナノ
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09

 インスとノースエリアを巡回していると、ダンデから連絡が来た。迷ったというメッセージに、ワイルドエリア内の風景写真が添えられている。

「インスさん。ダンデくんからです」
『分かった。気をつけてな』

 その名前を出すだけで、インスは巡回ルートから外れるアンを見送る。ロトムに頼み、ダンデへ迎えに行くと返事をしてから、パトロール隊の隊長にもダンデからの案内要請を報告し、アーマーガアへスピードを上げるよう指示を出す。
 写真から見えた風景は、おそらく巨人の帽子のエリア。天候は曇り。飛行には影響はない。
 見当をつけた場所まで着くと速度を落とし、ダンデを探して下を見た。
 連絡を入れたらその場から動かないように頼んでいるが、ダンデは気になるものがあるとついそちらに足を向けてしまうので、迅速に発見しなければならない。
 探し始めて数分。ようやくダンデのシルエットが目に入る。
 高度を下げながら近づいて行くと、アンを待つ人影は一人ではなかった。
 アーマーガアの足がダンデたちのそばに着く。アンはシートベルトを外して降り、ダンデへと歩み寄った。
 その隣には背の高い少年が立っている。ダンデの浅黒いの肌よりそれは濃く、髪色も深い。膝丈までのハーフパンツのポケットに両手を突っ込んでいて、大きなリュックを背負っている。

「おまたせ」
「いつもすまない。エンジンスタジアムに向かっていたつもりなんだが、うっかりここまで歩いてしまった」
「うっかりで歩いてくるような距離じゃないんだけどな」

 背の高い少年がダンデにかけた言葉に、アンは苦笑する。彼の言うことは尤もなのだが、シュートシティに向かっていたらしい彼をサウスエリアのこもれび林まで迎えに行ったことがあるので、エンジンシティから巨人の帽子くらいなら十分考えられる距離だ。
 少年はダンデを迎えに現れたアンが気になるのか、青い瞳をこちらへ向けている。
 先日知り合ったルリナとはまた違う、ターコイズブルーの目は垂れているものの、上背がひょろりと高いせいか威圧感を放っており、アンの体は強張った。

「キバナだ。アンに連絡したあとで会ったんだ」

 ダンデが彼を紹介する。キバナ。頭の中で真っ先に繋がったのは、昨年のセミファイナルトーナメントでダンデに敗れた少年だった。
 彼もルリナと同じく、前回のリーグ後からメディアで取り上げられているので、顔や名前はなんとなく覚えている。ドラゴンタイプの使い手だ。

「アンタ、エリアレンジャーなのか?」
「いえ。候補生です」
「へえ。チャンピオンの送り迎えも仕事なんだ」
「ダンデくんがワイルドエリアで迷ったら迎えに行ってほしいと、ローズ委員長に頼まれているので」

 特に隠すようなことでもないので、事実をそのまま伝えた。キバナはまた短く「へえ」とだけ返す。込められている感情はアンには分からない。

「アン、ちょっと待っててくれないか。今からキバナとバトルするんだ。キバナとのバトルは面白いから、アンもそこで見ていてくれ」
「ちょっと待て。オレさまはやるなんて言ってないぞ」

 ダンデがボールを持ってアンに言う。先にダンデを止めたのは、アンではなくバトルの相手に挙げられたキバナだった。

「やらないのか?」
「やりたいところだけど、チャンピオンが道草食ってていいのか? スタジアムに用があったんだろ」
「それはそうだが」

 問うキバナに、ダンデは肯定しつつも引く様子までは見せない。
 ここでバトルを始められるのはとても困る。ワイルドエリアでのバトルは自由だが、アンはローズより直々にチャンピオンを目的地へ送る旨を頼まれているのだ。
 スタジアムでの予定がどれだけ押しているか分からないが、だからこそできるだけ早く彼を送り届けなければならず、バトルをさせている暇などない。

「だったら早く行けよ。オマエをスタジアムへ送るまでがこの人の仕事なんだろ? これ以上ここで時間を食ってたら、この人が怒られるんじゃないか」

 キバナが首を傾げ、アンを指しながらダンデに言った。心の声でも漏れていたのか、アンの心配を的確にすくった発言に呆けて彼を見るが、キバナは先ほどと違ってアンに興味はもうないのか、こちらを一瞥すらもしない。

「キバナの言うとおりだ。バトルは次までお預けだな」
「どうせシュートスタジアムで会うんだし、ダイマックスも使って全力でやろうぜ」
「ああ。チャンピオンカップが楽しみだ。オレのところに来るまで負けてくれるなよ」
「オマエも迷子になるのはもうちょっと控えろよ? 来年には『チャンピオン・ダンデ』じゃなくなるんだから、迷子になってないで短いチャンピオンタイムを堪能しないとな」
「ははは! キバナはバトルは面白いのに、ジョークは案外つまらないんだな!」

 快活に笑い飛ばすダンデに対し、キバナは口の端を軽く上げるだけの笑みを返した。
 二人のやりとりにアンはとても口先など挟めず、会話が終わるのをじっと待ち、ようやくダンデがアンのアーマーガアのシートに跨る。

「またな、キバナ」
「さよならチャンピオン。周りをよく見て歩けよ。ホントにな」

 アンがシートのバンドに足を入れ、アーマーガアに合図を出す。アーマーガアは鋼の翼を羽ばたかせ飛び上がると、エンジンシティの方へ頭を向けた。
 真下のキバナを確認すると、彼もこちらを見上げている。距離もあり、アンはゴーグルを嵌めているのであちらからは見えないはずなのに、なんだか目が合った気がする。
 キバナはポケットから手を出し、軽く左右に振る。ダンデへの挨拶だと思うのが自然だったが、アンは自分に向けられたもののように思えた。



 ジムチャレンジ期間が終わると、チャレンジャー同士で戦うセミファイナルトーナメントが始まる。
 アンはパトロールのシフトに入っていたので、自宅に帰ると急いで録画していたチャンピオンカップの番組を再生した。
 今年は参加者が多く、セミファイナルまで残ったのは七名。その中にはアンの従兄のヤロー、ソニアを通して友人になったルリナ、ワイルドエリアで顔を合わせたキバナもいる。
 一番最初に第八のジムを突破したキバナがシード権を持ち、最後はスパイクタウン出身の少年とキバナが戦い後者が勝利した。
 スパイクタウンの少年はすべてのバトルでダイマックスを使用しなかったが、その善戦ぶりに会場は一際大きなエールを送る。
 アンも、ダイマックスを使わずしてセミファイナリストに残った彼に興奮した。ダイマックスなしでもこんなにも強いトレーナーがいる。勝手に去年の自分の仇を取ってもらったような、そんな気分になった。

 次はファイナルトーナメント。ジムリーダーとキバナたち八名の試合が始まる。
 どのバトルでも、自分がチャンピオンを倒すのだという皆の気合と思いが伝わってきた。
 八名の争いが終わり、なんと今年もチャレンジャーがチャンピオンへの挑戦権を手にした。13歳の若き挑戦者と、番組のアナウンサーが叫ぶ。背が高かったので年上とばかり思っていたが、自分と同じ歳と知ってアンはそれにも驚いた。

 いよいよ本日最後のバトル。赤いマントを翻し、悠々とバトルコートに現れたダンデが、テレビ画面に大きく映される。
 黒いキャップの鍔の裏にはクラウンを模した刺繍が施され、王冠を戴く姿にスタジアムの客席が揺れた。
 ワイルドエリアで見たあのやりとりが現実になった。感慨深さと、激しく展開されるバトルで胸は高鳴り続け、このままでは心臓が働きすぎて疲れて止まってしまいそうだ。
 互いに最後の一匹を出し、ダイマックスをしてぶつけ合い、爆煙が画面いっぱいに広がる。煙が晴れたコートに立っていたのは、ダンデのリザードンだった。

20220212