流水落花 | ナノ
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 トウリは級友と仲良くするため、行動に移した。
 教室の中にはグループがいくつかある。入学前から仲が良かった者同士、入学してから親しくなった者同士。
 男子だけ、女子だけ、男女混合など様々だが、それぞれ理由を持って成り立っていて、トウリはそのどれにも属していない。
 トウリと同じく、どこにも属さない生徒はいたが、一定のグループに留まらないだけで、級友の誰かと楽しく遊んでいる。本当に誰とも親しくしていないのは、教室の中ではトウリだけだった。
 仲良くするにはどうしたらいいか。まずは接触を試みようと、トウリにまだ挨拶をしてくれる女子が在するグループの一つに、昼食を終えたあと勇気を出して声をかけた。

「それ、何してるの?」

 三人の女子は、突然声をかけてきたトウリに驚いた。トウリが教室内で、自ら誰かに話しかけることはほとんどなかったため、青天の霹靂だったのだろう。
 三人は顔を見合わせどうすればいいか戸惑いつつも、内の一人がトウリに両手を見せる。

「あやとりだよ」

 手には青い毛糸が絡んでいた。指に通され複雑な形をしている。
 他の女子もそれぞれ違う色の毛糸を指に絡ませ、先の女子に続いてトウリに見せるように突き出した。

「あやとり……?」
「あやとり、知らないの?」
「うん……」
「うそっ。みんな知ってるよ」

 実際、トウリはあやとりという遊びを初めて見た。母に教えられたこともなく、本で読んだこともなく、うちはの子があやとりをしているところを見たことがないので、知りようがなかった。
 みんなが知っているはずのことを知らない。途端に自分が恥ずかしくなって、トウリの表情は自然と曇る。

「こうして、こう取って……引っ張って……ほら、箒」

 一度解いてから、慣れた手つきでスイスイと形を作り、整えていき、見せられたのは毛糸で作られた箒の形。

「箒だ」

 かなりざっくりとした穂だが、伸びた持ち手があり、母が掃くときに使う箒と形は大体同じだった。
 たった一本の、端を繋げて輪にしただけの毛糸がそれらしい形を成すのは不思議なもので、トウリは物珍しそうに青い箒を見た。

「あとね。こうして、こう、していくと……はい、ここ引っ張って」

 別の女子が指に毛糸を複雑に通し、トウリに指示をする。少女の指の根元には桃色の毛糸がしっかり絡んでおり、言われた通りに糸の端の輪っかを引っ張った。

「えっ。取れた」

 予想とは違い、引っかかることなくスルスルと絡まりが解けていく様子に驚いたトウリに、女子たちは声を上げて笑う。
 それから順番に、それぞれが覚えているあやとりの技を披露していった。
 はしご、蝶々、菊、流れ星。
 ただの紐が様々な形を作るたびに、トウリは声を上げて感心した。
 一通り見せたあと、青い糸を持っていた女子が、余っていた黄色の糸をトウリに貸してやり、基本のやり方を指南し始める。
 トウリは彼女たちの教えに従い黙々と手を動かし、昼休みの時間が終わるまで飽きることなく毛糸を指に絡ませた。
 いつもなら遅々として進まない時計の針は、この日ばかりはあっという間に駆けていった。



 あれから、トウリはあやとりを教えてくれた女子たちと話すようになった。休み時間になれば、四人で顔を突き合わせあやとりをする。
 最初はうまく作れなかった形も、回数を重ねていく内に動きを覚えた。今は図書室にあったあやとりの本をみんなで読みながら、難しい技にも挑戦している。

「あやとりはね、指をよく動かすでしょ。印を結ぶのに似てるから、アカデミーに入る前からずっとしてたんだって」

 家を訪ねてきたシスイに、使いこまれ、すっかりしごかれた赤い紐で鳥を作りながら近況を伝えた。
 小さな指ですくって取って、曲げて絡めて。首をもたげた鳥が完成するとシスイはその完成度の高さに思わず感嘆の声を上げる。

「たしかに指の運動になるな。その子、頭がいいんだな」
「その子のお家も忍なんだって。猿飛って」
「猿飛か!」

 あやとりを最初に教えてくれた女子はキンセといい、姓は猿飛という。
 トウリにとっては初めてできた、うちは一族以外の友達であったが、その氏はシスイの顔を明るくさせた。

「猿飛一族は、うちはや千手に次いで、昔からこの里に住んでる一族なんだ」
「そうなんだ」
「今の三代目も猿飛だ。猿飛ヒルゼン様。入学式でお顔を見ただろ?」

 この里において『三代目』は、里長である火影の三代目を指す。
 アカデミーの入学式で檀上に上がり挨拶をしていたが、赤と白の笠を被っていて、遠目からでは面立ちはよく分からなかった。

「三代目とオレの祖父ちゃんは同じ小隊にいたんだぜ」
「へえ! シスイのお祖父様はすごい人だね」
「まあな。オレは祖父ちゃんのことは覚えてないけど……二代目の弟子で、三代目と一緒に指導してもらったり、任務に行ってたんだってさ」

 祖父のことを語るシスイは鼻高々だった。自身に記憶はなく、伝え聞いただけだというのに、どうしてそんなにも誇らしげなのか。
 三代目と親しかったこと、二代目の弟子だったことは自慢できるものなのだと、トウリは知識として覚えた。まだ六つのトウリにとって、三代目や二代目という存在の意味は、その程度でしかなかった。

「友達ができてよかったな」
「うん」

 キンセたちと友達になったトウリは、休み時間は揃ってあやとりをしたり、お喋りをし、楽しい毎日を送っている。
 アカデミーへは勉強のために黙々と通っていたが、今は友人に会うべく向かう気持ちの方が強い。鉛筆を鞄に入れ忘れることはあっても、母に貰った毛糸で作った赤い紐を持って行かなかった日はなかった。

「まだ手裏剣は的に当たらないけど、でもすぐに当てるから」

 実技授業が始まり、手裏剣を持ち始めたのは先週のこと。
 なるべく手を負傷しないようにと刃を潰してはあるが、四方の先は刺さりやすいように尖っている。切らぬようにと気をつけて打つのは簡単ではない。

「だからシスイ、待っててね」
「ああ。いっぱい勉強して、いっぱい頑張って、いっぱい遊ぶんだぞ」

 シスイの手が頭を撫でる。シスイにそうされると、トウリはすぐに嬉しくなる。
 この手が優しくしてくれるなら、言われたとおりに勉強をたくさんしよう。早く一緒に修業をして、卒業しようと思う。
 いつもは教わる側のトウリがシスイにあやとりを教えると、覚えのいいシスイは一度見ただけで、手順通りに形を作っていく。
 あれだけ苦労して覚えた鳥も、シスイはつまづくことなく完成させる。
 その万能さに、トウリは手放しで褒めた。シスイは満更でもないと照れた笑みを浮かべる。

「ねえ、シスイ。タクマさんは元気?」

 タクマというのは、少し前に偶然会ったシスイの親友の名だ。
 シスイも明るい性格だが、タクマもまた、秋晴れの空のようにすこやかで大らかであり、トウリもすぐに気を許せた。
 たった一度会っただけだけだが、トウリはそのひととなりを気に入り、話の種としてこれまでにも何度か名前を挙げてきた。

「元気だ。この前も一人で、岩の手練れを退けたんだぜ」

 人差し指を立て、それをトウリに見せる。
 他里の手練れに勝つほどの力を持っている下忍などそうそういない。小説の主人公のようで、トウリは感嘆の声を漏らした。

「アカデミーの頃から、あいつはいつもオレの先を行っててな。ちっとも追いつけないんだ」
「シスイが?」

 一族の話は耳に入る機会が多い。どこの家の長男が上忍になった、どこの家の娘と息子が結婚するなど、内輪話はほぼ筒抜けだ。
 だからトウリもシスイの活躍ぶりを聞くことがよくあり、当人ではないのに誇らしかった。
 タクマは、そのシスイよりも先を行く存在。今一つ実感はできなかったが、意外な話ではないと納得できた。

「私にとってのシスイみたいな人なんだ」
「まあな」

 早くアカデミーに入り共に通いたい。早く卒業して共に任務に就きたい。
 常にシスイを追いかけているトウリ同様に、シスイもタクマの背を追いかけている。
 自分が追いかける者もまた他者を、という構図は、トウリには考えられないものだ。シスイは自分の目的や目標であり、彼にもまた、自分と同じような感情を抱えているとはまったく思えていなかった。

「どれだけ頑張っても、オレはあいつの前どころか、隣に立っているのかも分からない……」

 両手を腰の後ろでついて、胸を張るように上体を反らす。
 目はトウリの家の天井の木目をなぞっているが、トウリにはシスイの見ているものは違うもののような気がした。

「だからって、頑張るのをやめたら、そこでおしまいだもんな」

 シスイの顔がトウリに向く。トウリは頭を縦に振って頷いた。長い睫毛をたたえた目が糸のように細くなるほど笑い、トウリの頭を撫でる。
 きっと語らない言葉があることを、トウリは知っていたが何も言わなかった。



04 誰しも影を追う

20201027
(Privatter@20201019)


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