流水落花 | ナノ
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バチャスペ
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 シスイは祖父の知り合いの孫だ。
 あの日トウリの家を訪ねていたのは、自身の祖父の品を受け取りに来いと、トウリの祖父に呼びつけられたからだった。
 しかし祖父は別の来客があったため、シスイは暇を持て余し、庭を見せてもらっていた際にたまたまトウリを見つけた、というのが出会いのきっかけである。
 約束通り、シスイがトウリを訪ねて何度目かの際、祖父から何を受け取ったのかと問うと、シスイは丸い硝子をトウリに見せた。
 硝子は薄くゆるやかな曲線を持ち、端は金で縁取られ、飛び出た小さな丸環には短い紐が通してある。

「しのびはりだ」
「しのいはり?」

 聞き慣れない言葉を、トウリは舌足らずのまま復唱する。

「『玻璃』って分かるか?」
「ううん」
「硝子のことだ。硝子を玻璃って言うんだ」

 シスイは紙と鉛筆を借りて『しのび玻璃』と書いたが、トウリに読めたのは『しのび』だけであった。しかし『玻璃』という文字にはきらめくような魅力を覚え、あとで練習をして書けるようになろうと心に決めた。

「ただの硝子に見えるだろ。けどこうやって光に通すと……」

 日光が注ぐ場所へしのび玻璃を突き出し、その真下に先ほど文字を綴った紙を置くと、硝子を通した光が落ちる。するとそこに、椀のように丸みを持って開く花が浮かび上がった。

「わあ。お花!」
「椿の花だ。椿は分かるな? 庭に木があったぞ」

 椿と言われ、頭を縦に振る。
 トウリの家に植わっている椿は、毎年春を迎える頃に真っ赤な花をつける。ぽとりぽとりと、がくを残し丸ごと落ちた花で、ままごとをするのが好きだった。

「椿の葉っぱは、笛になるよ」
「知ってる。オレは吹くのうまいぞ」

 得意気なシスイに、トウリはきっとそのとおりだと思った。年上のシスイなら自分より何でもうまくこなせるに違いない。年嵩は皆そうだという、幼さ故の決めつけであった。

「算術はどうだ? ちゃんとできてるか?」

 シスイに訊ねられ、トウリは飾り棚から小箱を取った。
 どんぐりを入れいていた箱には、今は平たいおはじきが収められており、じゃらじゃらと硬質な音を立てる。
 どんぐりから湧く虫を見て泣き叫んだ日。絶叫に驚いた母が駆けつけ箱の中を見ると『まあ。虫食いのものばかりじゃないの』と言って、箱の中のどんぐりをすべて捨ててしまった。
 虫の恐怖からは解放されたが、シスイから貰ったどんぐりを捨てられたことで、トウリはまた泣いた。あれがなければ足し算も引き算もできないのにと、また絶望した。
 ようやく一泣き終えたところで、虫食いのどんぐりはシスイから貰ったものだとどうにか伝えることができ、それを聞いた祖父がシスイに話をしたところ、シスイはトウリにどんぐりの代わりとなればと、謝罪と共におはじきを贈った。
 トウリはおはじきをどんぐりよりもずっと気に入った。どんぐりは茶色ばかりだが、おはじきには透明の硝子の中に色が入っていて、つるつるとしてさわり心地もよい。

「これが一番好きなの」

 指先で摘まんだおはじきをシスイに見せる。硝子自体に色がついた、赤いおはじきだ。

「赤か。トウリはほんとうにうちはだなぁ」
「赤はうちはなの?」
「うちはの印の団扇は赤だろ。それにオレたちうちはは、里で一番火の扱いがうまいんだ。燃える火の赤だ」

 そうだったのかと、自分が知らないことを知っているシスイに感心した。
 母が大事に保管している簪にあしらわれた赤い宝石に憧れ、だからこの紅のおはじきを自分の宝石に決めただけであったが、もしかすると赤に惹かれたのは、うちはの血がそうさせたのかもしれない。

「シスイも、火が上手?」

 自分より二つ上のシスイは、一年ほど前から忍者の学校に通っている。忍者は忍術を使う。そうであるならば、シスイはすでに火を使う忍術を覚えていてもおかしくはなかった。

「まあな。写輪眼はまだないけど」

 写輪眼という言葉は物心つく頃から覚えていた。
 うちはだけが持っている写輪眼というのは、忍の世界ではとても強い武器だと教えられ、いつかトウリも持つべきものだと言われていたが、どうやって手にするのかまでは教えてもらっていない。

「私も早くアカデミーに入りたい」
「トウリはまだ五つだから、あとすこしだ」

 次の年にはアカデミーに。
 楽しみなようで、不安でもあったが、シスイも通っているとなれば、トウリは今すぐにでも入学したかった。
 しかし年齢の差は埋められない。

「一緒にお勉強したいな」
「一緒には無理だな。オレはもうトウリが習うことはすべて習ってる」

 シスイの言葉にトウリはびっくりして、それからすぐに落ち込んだ。
 アカデミーは勉強をする場だというのは分かっていたので、家と同じような座学があるのだろうと踏んでいた。そしてシスイの隣に座れるのだろうとも。
 しかしそれは叶わない希望だった。シスイと勉強できないなんてと、あれだけ焦がれたアカデミーが、一瞬にしてつまらない場所のように思えた。

「じゃあ一緒に行って」
「それならいいぞ。でもオレは早く行くからな。早起きできるように練習をしておけよ」

 せめてアカデミーまでの道を共に歩けるなら。トウリの願いを、シスイはすぐに聞き入れて、早く起きるようにと言った。
 他にも、好き嫌いなく食事をし、算術の勉強も欠かさず行うこと。かといって家の中でこもることなく、太陽の光をしっかり浴びて、走ることも忘れるなと、思いつくまま挙げていくシスイの言葉を、トウリは聞き逃すまいと耳を傾けた。



 夕飯を終え、茶で一服をする父に、アカデミーはどんなところかとトウリは問うた。
 昼にシスイと話をしたからだろうか。シスイが今通い、自分もそのうち向かう場所に興味が湧いて仕方なかった。

「アカデミーは、忍者を育てる養成機関だ。忍者にとって必要な知識、技能、心構えを学ぶ場所だ」

 厳格な父の低く重たい声で語れるアカデミーは、どこか恐ろしかった。
 シスイの口から知るアカデミーは、毎日新しい知識を得て、級友たちと切磋琢磨し、楽しそうな学校だった。早く行きたくてたまらなくなったくらいだ。
 父が示したことで並んだ、まったく異なる二つの印象に、トウリは動揺し顔を俯けた。

「いいか、トウリ。お前はうちはだ。うちはを名乗り、うちはの紋を背負う。我らうちはは、木ノ葉で最も優れた忍者だ。千手でもない。日向でもない。我らうちはが在ってこそ、木ノ葉隠れの里は在るのだ」

 父の声を聞くと、トウリは常に叱られている気になる。
 自分は間違っていて、父は正そうとしているのだと錯覚してしまう。
 例えば『熟れすぎた柿はまずい』と父が言えば、好物であっても熟した柿を好んで食べることはいけないことだと思い込んできた。
 それでもこの時ばかりは、トウリはシスイの言葉を信じたかった。
 シスイが語る、日光をはじく水面のようにきらきらとした日々の方がずっと素晴らしい。

「トウリ。分かったか」

 返事を求める声は、いつも肯定だけを求めている。

「……はい。分かりました」

 初めて嘘を吐いた。
 否、初めてではなかったのかもしれない。
 今までもトウリは、納得いかなくとも父が返事を促せば是としてきた。それが父との間に築かれた一種の形式だった。
 本心から「はい」と返事をした回数よりも、反発を押し殺した回数の方が多いのかもしれない。
 俯き、重ねた手の指を遊ばせながら、シスイに会いたいと思った。



02 先行く者

20201027
(Privatter@20201019)


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