任務の最中、オレとリンとガイはかなり追い詰められていた。手持ちの武器も忍具も、体力もチャクラも十分ではない上、敵の数は何倍も多く、端的に言えば危機的状況。それでも、オレとガイが抵抗している間にリンが増援を呼んでくれて、無事に三人で里に戻ることができた。
途中で医療忍術による手当てを受けていたとはいえ、体力やチャクラは半分も回復していないし、忍服の破れやほつれ、ついた泥や塵もそのまま。向かうのは受付所ではなく病院が相応しかろうとも、上忍として任務の報告が最優先だ。
「ガイ、お前は病院へ行ってこい」
「何を言う! オレはピンピンしているぞ! 病院へ行くのはオレよりもカカシだろう? チャクラがほとんど底を尽きていたじゃないか」
ガイの言うとおり、オレの場合はただ単純に術を使うだけでなく、写輪眼の併用もあるため余計にチャクラを消費する。増援が来たときには心の底から『助かった』と思った。
受付所へ報告したあとはその場で待機と指示があったので、ガイと二人で他の者の邪魔にならない位置で次の指示を待っていると、サホが現れ目が合うとこちらへ駆け寄ってきた。
「カカシ! ガイ!」
サホはオレとガイの体を、上から下までじっくり見た。一言で表すなら『ボロボロ』といった具合のオレたちに、眉を寄せて小さく「無事でよかった」と漏らす。
「カカシとリンたちの部隊が危なかったって聞いて、心臓が止まりそうだった……」
ぎゅっと胸の辺りを押さえたサホは、肺の空気を全て吐きだすかのように息を吐く。かなり心配をかけたらしい。当然だ。オレはオビトの形見の目を持ち、リンはオビトの代わりに守ると誓った仲間。サホにとっては『オビトの』ものは、何より優先すべき対象なのだから。
ガイがオレたちに何があったのかを、暑苦しい語り口でサホに説明する。任務内容は口外すべきではないが、オレたちが命辛々戻って来られた部分だけであれば、少しくらいなら問題ないだろう。
「オレとカカシの友情パワーが、ピンチをチャンスに変え、窮地を脱したのだ!」
語っていく内に気分が高揚していったのか、悦に入りながらそう締めくくった。喋ったこと自体はともかく、ガイの語り方に多少問題があるせいで、サホは半信半疑といったところだ。しかし話の流れなどは間違ってはいないので、『事実なのか』と無言で問うサホに、「ま、そんなとこ」と返した。
「カカシの千鳥は雷を切ったんだ。雷を切る……『雷切』と呼ぼう!」
腕を組んだガイは力強く頷いた。
「勝手に名前を変えるな」
どうして他人が、人の術の改名をするのか。怒りより戸惑いより、こいつに対しては呆れる気持ちの方が強く出てくる。
「上忍になると雷も切れるんだ……」
やけに真剣そうに、サホはオレをじっくり見ながら呟いた。雷を切ったかと訊ねられたら切ったと言えるのかもしれない。しかし上忍だから切れたわけではなく、ただ単に偶然起きたことであって、『上忍になれば雷を切れる』などという偏ったイメージを植え付けるのは本意ではない。サホはただでさえ考え過ぎるきらいがある。上忍にも色々あるのだと理解し、凝り固まらないでほしい。
話し足りないのか、ガイは今回の任務で得られた経験をどのように生かすのかを語りだす。聴衆であるはずのサホはガイの話など耳に入れる素振りもなく、しばらく黙って考えたあと、
「ね、カカシ」
と、オレの名を呼びながら躊躇うことなく手を取った。
柔い手が導こうとするのは、あまり使う者がいない通路だった。サホの言わんとすることがすぐに分かり、引かれるままにそちらを目指した。
「なんだ?」
朗々と語っていたガイが、突然離れていくオレたちへ疑問の声を投げ、ついて来る姿勢を見せたので、
「お前はいいから」
と手を突き出し、その場で待っていろと投げ返した。ガイは尚も何か言おうと口を開いてはいたが無視して、サホの歩みが止まるまで黙って足を進めた。
通路の端の方まで着くと、サホはようやく止まり、オレの方を向く。ここまで来れば受付所のざわめきなどほぼ届かない。
「左目、見せて」
言う前から、サホの視線はオレの顔の左側へ向けられている。予想通りの頼みに素直に応え、左目を隠していた額当てを上へとずらした。増援が来てから、不必要なチャクラの消費を防ぐため閉じていた左目に、久方ぶりに光が注ぐ。
両目を開くことで、鈍っていた遠近感が戻ってくる。片目だけで距離感を計れるようにと、大分慣れはしたが、やはり両目で見る方が違和感がない。
写輪眼を見つめるサホが、口元を緩め長く浅い息を吐く。
「オビトが、みんなを連れ帰ってくれたね」
とても満ち足りたような声だった。サホのその声を聞けるのは、決まって写輪眼を見せたときだけだ。
「そうだな」
サホの言葉に、表情に、オレ自身もまた満たされていく。
オレたちが生きて帰ってこられたのはオビトのおかげだ。その事実をきちんと分かっているのは、サホとオレだけだろう。周りは皆、オレが写輪眼を上手く使いこなせているからだとか、オレ自身が秀でているからとか、そういう風に言うがそんなことはない。オレが生き延びたのは全部オビトのおかげだ。
オビトが気づかせてくれたんだ。
さきほど受付所で腕をぶんぶんと振り回していたガイは、見た目こそボロボロではあるが、動かす手足に不自由さは見えない。里に戻る途中に受けた医療忍術でほぼ体力は戻っていて、相変わらずのタフさに感心してしまう。しかしそのタフさがあってこそ、オレたちは生き残れたところもある。
ガイだけじゃなく、リンがちゃんと味方の下まで逃げ切り、増援を呼んでくれたからオレたちは日常へと帰ることができた。
ガイ、リン、増援の仲間たち。オレはホントに、仲間という存在に生かされているんだと実感する。仲間を守るのだと強く思えたから、あの場を切り抜けるだけの力が出た。
もしあのとき、以前のような、ガイやリンを見捨てるオレのままだったら、オレ自身も生きては帰れなかっただろう。
そういう意味でも、無事に里へ帰り、こうしてサホに写輪眼を見せてやれるのは、オレの道を正してくれたオビトのおかげとしか言えない。
「戦争、まだ終わらないね」
ぽつりとサホが呟くので、肯定の意の相槌を打った。
「早く終わらせなくちゃ」
強い責任感とも取れるサホの言葉には、いくらかの焦燥が混じっている。
「オビトの代わりに」
言うとサホは頷いた。
オレたちは誓った。オビトの代わりに、里に平和を取り戻すと。オビトの死から一年も経っていないが、いまだに戦争は終わらない。いくらオレたち二人が頑張ったところで、大局を変えることなど容易ではない。
それでも動かずにはいられない。志半ばで死んでしまったオビトのことを思えば、たとえ戦況を変えられなくとも、オレたちは木ノ葉のために駆ける。
サホの指が、オレの左目の周りをそっと撫でる。触れるか触れないか、そんなギリギリで肌が擦れ合うのはくすぐったくて、自然と瞼が震えるように反応してしまう。
しかしやめろと制することはしない。サホがオビトの目を見たいと言うなら、オレはサホが満足するまで見せるべきだ。サホのオビトへの気持ちを知っているのなら、尚更。
――足音が聞こえる。軽い音は、オレたちから距離を取って止まった。サホが手を下ろし、音が止まったそちらへと顔を向けるのでオレも追った。
「リン。みんなの手当ては終わったの?」
サホが足音の主に――リンに訊ねる。常と変わらない、親友に対するサホの態度と違い、リンのそれは動揺が見て取れる。
「リン? どうかしたの?」
「え? いいえ……なんでも」
問われ、否定をしつつサホに微笑みは向けているが、目線は少し横にずれている。それで『なんでもない』と言い張るのは無理があるだろう。しかし指摘するほどに無遠慮な者はこの場にはいない。
晒していた左目を額当てで隠すと、再び遠近感のおかしい視界が戻り、慣れさせるために遠くを見る。その先にはリンが立っていて、オレと目が合うとサッと逸らした。
「――カカシ。報告は済んでるから、各自解散だって」
リンは一呼吸置いて、恐らくオレを捜していた理由である伝言を届けた。
「そう。じゃあ家に帰ってちょっと寝るよ」
解散ならあとは次の任務まで自由にしていい。任務に支障を来さないためにも何とか体調を整えておきたい。ならばとにかく体を休めることだ。
外へ続く出口に向かうには、リンの傍を過ぎなければならない。どうということはない、ただすれ違うだけなのに、オレもリンも目を合わせない。
通路を進んで人の賑わいが絶えない受付所に戻ると、オレを待っていたらしいガイが、
「カカシ! 勝負だ!」
と大声を上げたが無視して外に出た。まだ陽が十分高いところにあって、強い日差しに焦がされる。いい天気だ。布団でも干せば気持ちがいいだろう。
「無視するな!」
追ってきたガイは、勝負しろ勝負しろとしつこい。体の調子が万全ならば応じてやることも苦ではなかったが、生憎とオレもガイも任務帰りで、とにかく今は体を回復させることが第一だ。
「明日ね、明日」
「明日は明日の勝負だ! 今日の勝負は今日しかできないんだぞ!」
「そんなこと言われてもね……実際かなり疲れてるし」
代案を用意しても話にならない。こうなると徹底的に無視をするのが一番だ。
ガイは家路を辿るオレに随分と付きまとったけれど、オレが絶対に応じる気がないという空気をようやく察したのか、「明日だぞ!」と言い残し、自身の自宅の方へと走り去って行った。
暑苦しいガイがいなくなったことで、体感温度が何度か下がった気がする。気がするのではなく、恐らく住宅地を抜け、家へ続く竹林に入ったからというのもあるだろう。湯を沸かす熱など、人の発する温度がなくなり、風に揺られる竹の、ざざんざざんと続く音の群れは、頭を空っぽにしていく。
「私の気持ちだって」
咎めるような、縋るような。形容しがたい、あのときのリンの声が空っぽの頭に響いた。
岩の下に埋もれたオビトが、リンを深く想っていたことを伝えたあとから、時々リンとうまく目を合わせられない。任務のときはお互い忍として頭を切り替えられてはいるけれど、例えば今日のような日は特に。
オレとサホの距離が近づいたことは広く周知されている。同期を始め、先輩後輩、オレとサホを知る者なら皆そうだろう。
もちろんオレたちの間には何もない。サホは故人となった今でも変わらずオビトを好きだし、オレはサホのその一途さにいっそ敬意を感じ、同時に贖罪の思いも兼ねているだけだ。
けれど他人の見え方の指定などできないのだから、周囲が『そう』だと思えば、オレたちは『そう』見られる。つまり『男女として親しい』のだと。
変に考えてないといいけど。
リンがオレを好きだというのは、何となく気づいてはいた。オレはオビトのように他者の機微に疎いつもりはなかったし、何よりオビトのように、他が目に入らぬほど誰かに夢中になってもいなかったから。
サホからオビトへ、オビトからリンへ。ただの興味本位ではあったが、視線の先を辿り、リンのその先を探って、それがオレの方を向いていると知ったときは、誰も報われない恋だなと思ったものだ。
オレなんかより、オビトの方がずっといい奴だったのに。
仲間を見捨てるクズのオレのどこがいいのか。リンは趣味が悪い。サホのように正しい目を持っていれば、オレなんかよりオビトを好きになったはずだ。そして二人は両想いになって――そうすると今度はサホが泣くのか。現実でも想像でも、オレはサホを泣かせてばかりだ。
ともかく、リンがオレとサホの仲を誤解しているのなら少々面倒だ。以前はサホがオビトを好きで、オビトがリンを好きで、リンとサホは親友だった。今はリンがオレを好きで、オレはサホを好き――と勘違いされていて、リンとサホは親友、とまた複雑な構図になっている。
しかし仮にリンが本当にそのように誤解しているとしても、オレがわざわざ解くというのもおかしな話ではないだろうか。リンがオレのことをまだ好きかどうかも分からないのに。
「……寝よう」
考えていても仕方ない。家についたオレは、身に着けていた装備一式を外し、忍服から楽な格好に着替え、布団を敷いてとっとと横になった。
戦争はまだ終わりを見せない。老人たち曰く『戦とはある日突然終わるもの』らしい。
自陣が劣勢だった場合、下の者に悟られては全体の士気が落ち、敗戦の一押しになってしまうため、上役は勘づかれることを避ける。うまく隠されてしまえば、上の意図を把握することは下っ端には難儀である。
仮に終戦へ向けて準備をしていても、それがいつなのか明確に悟ることはなかなかできない。だから戦争が終わるのは明日かもしれないし、一週間後かもしれないし、一年後かもしれないし、一生終わらないかもしれない。
けれどオレの勘が正しければ、もう間もなく終わるだろう。何せこうも消耗戦が長く続いていては、互いに使える『駒』も尽きてくる。そうなれば、形は分からないが一度は決着がつくだろう。
今回は、攻め入ろうとする他里の忍を食い止める前線の仲間たちへの、後方支援の部隊についた。後方支援であろうと気は抜けない。もし前線が突破されたなら、オレたちで必ずその動きを止めなければならない。最前線の状況を逐一確認して上へと報告し、負傷した仲間を医療忍者の下へ運び、空いた穴を埋めて前線を維持する必要もある。
ただ昨今の戦況からすると、若干こちらが有利ではあった。忍の数もそうだが、他里は他里内で問題が勃発しているらしい。他国との戦争より、起きるかもしれない内戦にも注視しなければならず、結果的に数で言えばこちらが多勢であった。
部隊は五つの班で構成されており、班はフォーマンセルで、オレは第二班をまとめる立場にあった。第二班には中忍が三人。そのうちの一人はリンだ。
リンと組むのはあの日以来で久しぶりだ。受付所で顔を合わせる機会は何度かあったけれど、当たり障りない会話だったし、たいていサホやガイなどの他の奴らが加わってきて、リンとまともに話す時間などほぼなかった。
気まずさは多少あるものの、任務は任務だ。オレは班をまとめ、リンは医療忍者として班員を支え、任務は滞りなく進んでいった。
ある夜。オレたちの部隊は班ごとに等間隔で待機し、各々で体を休めていた。奇襲があるのなら夜の可能性が高い。休もうにも神経は高ぶってしまうものだけど、この任務に就いてそのような危機に陥ることもなかったため、オレとリン以外の班員は、自分の腕を枕にして眠っている。
「リンも早く寝ろ。見張りのときにつらくなる」
見張りの現在の当番であるオレがリンに言うと、リンは「うん」と小さく返事はしたが、膝を抱えて座ったままで、寝るような素振りは見せない。
交代で見張りを行う場合、まとまった睡眠時間は得られないが、わずかでも体を横にしておくだけで大分違う。少しのミスが仲間の命を落とすことになり兼ねないことを、オレもリンも分かっているはずだ。なのにオレの言うことをきかないということは、何かあるのだろう。
「ねえ、カカシ。ちょっとだけ、話をしたいの」
火も焚かない暗がりの中でも、宵に慣れた右目であれば、リンの表情が真剣だということを簡単に認めることができた。
「……いいよ」
躊躇いの分だけの沈黙を置いてから、オレが了承の意を示すと、リンはまた小さく「ありがとう」と礼を言った。
リンは距離を詰めようと腰を上げ移動し、オレの隣に座る。拳一つ、二つ分空けて座るリンは、組んでいた手の指をいくらかいじったあと、「実はね」と切り出した。
「サホに、聞いたわ。カカシとサホが、オビトの代わりに、私を守ると決めたって……」
そうなんだ。口にはしなかったが、率直な感想はそれだった。オレたちの考えを隠しているわけじゃないから、サホがリンに話すのは構わなかった。現にオレは直接、リンに『オビトの代わりにオレが守る』と伝えている。
「私ね、二人が急に仲良くなって、ちょっと…………ね。馬鹿よね。何だかすごく、すごく……嫌な気持ちになっちゃったの……」
開いていた右目を閉じた。
「リンに、ヤキモチ妬いちゃってるんだと思う」
いつかの記憶。似たようなことを言っていた、今よりもっと幼かったサホを思い出した。
「カカシ。私、私……」
きゅっと締められ、細くなった喉から絞り出すようなリンの声が恐ろしい。オビトがリンを大好きだったことを思い出すと、その続きは聞きたくないと思ってしまう。
「私……カカシが私を守ろうとしてくれるのは、素直に嬉しいわ。だけど同じくらい、すごく寂しい。だってカカシは……ただオビトのために、私を守っているだけだって、知っているから……」
ああ、そうだ。オレは、オレは木ノ葉の仲間だからではなく、オビトのためにリンを守りたい。死ぬ間際のあの約束を守り通したい。ただそれだけだ。
そこにはきっと、リンが望むような気持ちは一切ない。むしろリンがオレなんかを好きだなんて、申し訳なさすらある。ただの仲間の一人としか考えず、医療忍者なら捕虜になってもすぐには殺されないから後回しにすると判断を下したのは、リンを見殺しにしたと捉えられても不思議ではない。そんなクズに、優しいリンは似合わないのに。
「カカシだけじゃない。サホもそう。私を守らなくちゃと、縛られてしまっている」
縛られてしまっている――サホが、縛られている?
だとしたら、縛ったのはオレかもしれない。『オビトの代わりにリンを守る』などとオレがあのとき言わなければ、オレの独り善がりな誓いに、サホを巻き込むことはなかったかもしれない。
でも、サホには必要だったんだ。オビトの死を受け入れ前を向くには、あいつの意志を尊重し、受け継ぐという役を背負うことが。
だけどリンからすれば、サホは縛られていると。リンだけじゃない、ミナト先生や、ナギサやヨシヒトや、みんなからもサホはそう見えているのだろうか。
「だから私、この戦争を止めるわ」
ホーウ、ホーウと梟が鳴き、強い風が吹いて木々が波打つように揺れる。
閉じていた右目を開けて隣を見れば、リンは微笑んでいた。オレと目が合うとその笑みは深くなり、夜に似合わない明るさを増した。
「医療忍者だけど、カカシみたいに強くないけど、でも、私、止めたいの。オビトの代わりにって、カカシやサホが気負わずに済むようにしたい。私だって二人を守りたい。木ノ葉の忍として、友達として」
力強い声だった。胆から発したように、言葉の一つ一つに、弱気なんてちっとも見当たらなかった。
リンは医療忍者で、敵を直接屠るなどということはほとんどない。そもそもリンは一介の中忍で、できることなど限られている。
そのリンが『戦争を止める』など、大層なことを言うことに驚いた。無謀だ。できっこない。
けれどこれは、リンの意志をそのまま表した、リンのありのままの決意だ。それを馬鹿にすることはあってはならない。
「ねえカカシ。カカシはサホのこと、好き?」
唐突に振られた、今までの話題とは全く毛色の違う質問に、オレは思ったことをそのまま返す。
「ああ。サホはいい友達だと思ってる」
リンが訊きたいことは察していた。異性として好きかという意味だったのだろう。しかしどちらにしてもオレにとってサホは、リン同様に友達でしかない。
オレの答えにリンは頬を緩めた。
「もしもカカシがサホのことを好きになったら、きっと私はまた寂しかったり、苦しかったりするんだと思う。だけど、サホのこと、嫌いになんてなれない。大好きな、大事な、親友だもの」
「だけど、オビトも好きだけど、リンも好きだから」
親友というのは、似るものなのだろうか。長く傍に居ると嗜好や癖が移るとは聞くし、『類は友を呼ぶ』というように、相似形のものは引かれ合うというから、二人はなるべくして親友になったのかもしれない。
「だから、別にサホのことは……」
「うん、分かってるわ。もしも、よ」
『もしも』と言うには、リンの口ぶりはどこか決めつけるものが端から感じられた。ホントに分かっているのだろうか。
「戦争が終わったらね、行きたい場所があるの。サホと二人で、絶対に行こうねって話していて。カカシも一緒に行きましょう」
「オレも?」
「ええ。カカシも、ガイも、紅もアスマも、みんなで」
「アスマたちはともかく……ガイも?」
ガイなんて連れて行ったら、うるさくて敵わない。ずっとオレに勝負を挑み続けるに決まっているし、終始あのでかい声を耳にするのかと思うと、考えただけでうんざりしてしまう。
黙るオレに、リンは囁くように笑った。
「サホもね、『ガイはうるさそうだから』って、カカシとおんなじ顔してた」
オレがサホと同じ顔をしたのが可笑しかったのだろう。だけどガイのことを知っている者だったら、想像に難くないと思う。
「行きたい場所ってどこ?」
「それはね――ふふっ、秘密よ。私とサホだけの秘密。戦争が終わったら、教えるわ」
細く白い指を立て、勿体ぶるリンは楽しそうに笑った。オレにそんな笑顔を向けるリンを、随分と長いこと見ていなかった気がして、オレとリンの間にあった溝のようなものは、もうなくなったのだと思えた。
戦争が終わったら。そういう目的を持つのもいいかもしれない。オレもチャクラがもうほとんど残っていなかったはずなのに、仲間を守り抜くのだと自分を叱咤し、無事にみんなで里に戻ることができた。
オレとサホはオビトの代わりに。リンはサホと約束した場所へ行くために。単純な動機ではあるけれど、心の支えにはできる。
一体どこへ行くつもりなのか分からないけれど、みんなで向かうためにも、オレは里を守らなければ。仲間を守らなければ。
なのに、どうして。
どうしてオレの右手は、リンを貫いているのだろうか。