最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 わたしとカカシは紆余曲折を経て、世間一般で意味するところの『恋人』になったわけだけれど、プライベートな話であるし自ら言って回るようなことではない。でも何故か話が広まっているのが忍界隈。紅を始めとした友人にそれとなく現状を伝えただけなのに、どこから聞きつけたのか『付き合っているって本当ですか?』と訊ねてくる人が現れ始めた。
 関係について問われれば当たり障りなく答えはするけれど、深く追及してくる場合は逃げた。文字通りに逃げた。呼び出されているからとか、任務の時間に遅れるからとか、体のいい理由をつけて。
 親しい友人知人は、ここ最近のわたしの不調などを慮ってくれて、カカシと付き合うことで落ち着いたならと、今も変わらず見守ってくれる。揶揄されることもあるけれど、それを許せるほどの信頼関係を築いているから、わたしも難なく受け止めることができている。
 そういう人たちはいい。問題は、普段関わりのない人だ。任務中もそれ以外でもろくに喋ったこともない、名前を覚えているかも分からない、そんな人たちが好奇心に満ちた目を向け、あれこれと訊いてくるから困る。

「かすみ上忍って、はたけ上忍をお嫌いなんじゃなかったんですか?」

 不思議そうに訊ねてくるのは少し年上の女性。きゅっと引いた紅の桃がよく似合っている。年下のわたしに対し敬語を使うのは、自分たちが中忍でわたしが上忍だからという立場を踏まえてのことだろう。でも丁寧なのは言葉使いだけだ。彼女の傍には友人らしい女性も居て、口元に笑みを浮かべじろじろと見てくる。値踏みされている気分だ。
 一部の上忍を招集し行われた会議が終わり、緊張で疲れた神経を緩めるため、休憩所でお茶を飲んでいた。会議の内容を振り返って、ああ言えばよかったこう答えればよかったと一人反省会をし、空になったお茶の容器をゴミ箱に入れ休憩所を出た。それからすぐに、「あら、かすみ上忍」と女性に呼び止められて、今に至る。

「いろいろあったので」
「『いろいろ』ですか。かすみ上忍のはたけ上忍嫌いは有名でしたから、付き合ってるって聞いて、ほんとびっくりしましたよぉ」

 にこっと笑っているのに笑っていない桃色の唇を手で隠し、クスクスと声を上げる。有名だったんだ。自分の与り知らないところでどんな話が流れているのか考えると、背筋が冷えるほどに恐ろしい気持ちになった。

「あのはたけ上忍を捕まえるなんて。かすみ上忍、大金星ですね」
「やだぁ、上忍なんだから上忍と付き合うでしょ。かすみ上忍から見たら中忍の男なんて……ねえ?」
「十代で上忍になった人たちには、私たち一介の中忍なんて目にも入りませんよね? エリートはエリートを狙ってくっついて、当然ですよぉ」

 『サホは人の機微に疎いよね』とカカシから言われたことのあるわたしですら、言葉の端々に悪意を感じ取れるほど、彼女たちが間違いなく、わたしを貶しめようとしていることはひしひしと伝わってくる。
 どうしたものだろう。進行方向は彼女たちに遮られているし、上忍中忍の立場はあるが、年上相手に失礼な態度も取りづらい。それに、カカシを嫌っていたくせにと指摘されるとぐうの音も出なかった。今まで振る舞っていたカカシへの態度を顧みたら、どうして付き合うことになったのか気になって仕方ないだろう。
 でも、このまま彼女たちの気が済むまで、廊下に突っ立って付き合う義理もないし暇もない。やはり無理に突破するしか道はない。タイミングはいつにしよう。

「こんなところで固まって何してんの?」

 ふっと割り込んできた声は、わたしの真後ろから。振り向けばいつもの暗部の格好ではなく、正規部隊のベストを羽織ったカカシが立っていた。斜めにずらした額当てや鼻まで覆うマスクは普段と変わりなく、眠たげにも見える夜色の目でわたしや彼女たちを見下ろしている。

「は、はたけ上忍。こんにちは」

 彼女たちの空気が一瞬で変わる。緩んでいた背筋を伸ばす様は、洗濯物を干すときに皺を作らないようピンと張る仕草に似ている。
 右目がわたしや女性たちを見るが、感情が伝わるような分かりやすい動きは一切しないので、本人が口に出さない限り考えていることははっきりとは読み取れない。

「あ、私たち、かすみ上忍とお喋りしてたんです」
「私たちもかすみ上忍のように、はたけ上忍みたいな素敵な人とお付き合いできたらって思って、ぜひご教示願いたいなぁなんて」
「毛嫌いされていらっしゃったはたけ上忍を落としちゃうなんて、もうびっくりですよ。ぜひその手腕を学ばせてほしいです」

 カカシに向ける女性たちの声が一つ二つ高くなって、間に挟まれたわたしは少し気まずい。声に混じる『女』を感じ取ると、遅れて苛立ちも湧く。一応カカシはわたしの恋人であって、だからなんとなく、カカシに『女』を向ける彼女たちが気に食わないと思ってしまう。
 思うことは多々あるのに、実際に口にするのは躊躇いがあって何も言えない。言葉にしてぶつけるのは簡単だけど重々選ばなければ曲解されてしまうと、少し前に噂の種になったときに骨身に沁みて以来、こういった人たちに言い返すのは億劫だ。

「あのね。オレがサホに落とされたんじゃなくて、オレがサホをやっと落としたの。そこをはき違えないで」

 諭すような口ぶりでカカシが言う。わたしはもちろん、彼女たちも目が点になり、桃色の唇をぽかんと開けている。落とされたんじゃなくて落とした。そうだったっけ。

「それと、サホに文句つけたいんなら、特上か上忍になってからにしてくれる?」

 両肩にカカシの手が乗ってグイッと動かされ、そのままカカシに押される形で彼女たちの前から抜け出した。あんなに脱出できないと思っていたのにあっさりと逃げることができて、先ほどのカカシの発言と合わせ、今度は戸惑いが抜けない。
 前後に並んだ体勢でしばらく歩き、女性たちからすっかり離れた通路まで着くと、ようやくカカシの手が下りた。後ろを向くと、わたしの肩を掴んでいた手はそのまま腕を組んだ。

「お前も変なのに絡まれやすいね」

 声色には同情も混じっていたけれど、絡まれる隙のある自分に呆れているのが手に取るように伝わった。『変なの』というのは彼女たちに失礼だけれど、チクチクとした嫌味にうんざりしていたのも事実だったので、女性たちを庇う気にはなれない。助けてくれたカカシには感謝している。だけど最後のあれは、結構よろしくない気がする。

「カカシ、あの言い方はまずくない?」
「そう?」
「特上や上忍になったら、文句つけていいわけ?」

 言葉をそのまま受け取れば、『特上以上になったならどうぞ文句をつけて構いません』と言っているようなものだ。特上や上忍だから、階級が上だからわたしや誰かに文句をつけていいわけじゃない。それは驕りでしかなく、階級を引っ張り出して他人を貶す行為は許されるものじゃないだろう。

「特上や上忍には馬鹿はなれないよ」

 わたしの問いに、カカシはきっぱりと返した。思いもよらない返答で言葉に詰まる。カカシの言い分は乱暴だけど、正しい面もある。
 特上や上忍は、ただ秀でていればなれるわけではない。特に上忍は部下を率いる立場にあるため、部下からの信頼を得られる振る舞いができなければならないのは当然だ。つまり特上や上忍になれる者は、そもそも多勢で問い詰め貶しめるような馬鹿な真似はしないと、カカシはそう言いたいのだろう。
 しかし、下忍や中忍でも立派な人柄で尊敬を集める人もいるし、上忍でも里を裏切り抜け忍になったり、問題を起こし上忍を剥奪された者も居る。何事も例外というのは常に存在するから、一括りにできないものだ。

「でもあれじゃ、喧嘩売ってるみたい」

 『みたい』というより、ほぼ間違いなく売っていた。窘めるというには皮肉が効きすぎていて、逆撫でになっていないだろうか。

「サホだって喧嘩売ってたって聞いたけど」
「え? 誰に?」
「誰だったかな……アスマかその辺に」

 喧嘩なんて売った覚えはない。アスマかその辺と曖昧だし、カカシの出まかせではないかという意思を込めて見やれば、それを悟ったのかカカシはムッと見返した。

「さっきみたいに中忍たちに絡まれてたときに、自分は待機命令が出てるから、話があるなら待機所で聞くって言ったんだって?」
「……ああ、そういえば……」

 具体的な話を挙げられて、そこでようやくカカシが聞いた話は事実であると確認が取れた。カカシが話を聞いた相手はアスマで間違いない。
 カカシが言ったように、先ほどとは違う中忍の女性たちに絡まれたことがある。『エリート狙いじゃないって言ってたくせに』と。やはり言い返すことはできなかった。
 しかもその女性たちの内の一人はカカシの元彼女――だったらしい。本当かどうかは知らないから、そのことはアスマには言わなかった。『元彼女』という存在を目の前にして動揺していたこともあり、また待機命令を受けている身としては待機所に向かわねばと焦っていて、話なら聞くからついてきてほしいと言った。

「それで、絡んできた奴はどうした?」
「どこか行っちゃったから、結局わたし一人で待機所に入ったけど……」

 一緒に待機所へと促したのに、元彼女とその連れの人たちは虚を衝かれたように黙り込んだあと、『結構です』と言い残して去って行った。いきなり退いていった理由は分からなかったが、やっと待機所へ向かうことができてホッとしたのは覚えている。

「中忍が上忍待機所で、上忍にケチつけられるわけないでしょ」
「あー……だから……」

 きっちり説明されれば、自分の言動が彼女たちにどう伝わったのか理解できた。わたしがまだ中忍だった頃は上忍待機所の前を通るのに緊張した。上忍になってしばらくの間も、待機所のドアを開けるにも少し勇気が必要だった。そんなところについてこいと言われても、ホイホイとついていけるわけがない。喧嘩を売ったつもりは一切なかったけれど、そう見えてもおかしくはなかったかも。

「ま、お前が煽り上手だとかそういう話はどうでもいいんだけど。良さそうな店、見つけたよ」

 ポイと投げるように話を終わらせ新たに出た話題に、わたしの興味はすぐさま移り、憂鬱さはポイと投げられた。



 対面しているのは、テーブルの真ん中に置かれた、ぐつぐつと音を立てる鍋より一回りも二回りも熱い空気を放つ男。今日の昼に帰還したばかりなのに疲れを見せない快活さが、普段の何倍も眩しい。

「まさか本当にお前たちから誘ってくれるとは!」

 よっぽど嬉しいのか、下睫毛の主張が強い目からぼろぼろと涙が零れている。わたしがチラリと隣のカカシに視線を送ると、カカシも見返して、ゆるく首を振った。

 わたしとカカシが、紅曰く『雨降って地固まった』頃より前から今日まで、ガイは数ヵ月の長期任務に出ていた。だからわたしたちが付き合ったことはもちろん知らない。
 『ガイには直接伝えたい』と言い出したのはわたしだったけれど、カカシも似たようなことは考えていたらしく、二人で話し合い、ガイが以前に望んだ集まりの場を、わたしたちで用意しようという運びになった。
 わたしたちはいろんな人にお世話になった。ガイには、当時は余計なお節介だと恨めしい気持ちもあったけれど、昔から変わらない真っ直ぐさで、大事なことに気づかせてくれたことが幾度もあった。今となってはわたしたちを繋ごうと尽力してくれたガイに深く感謝している。
 そんなガイへ、誰か越しに知るのではなく自分たちの口から伝えたいと思ったのは、心配をかけ続けた一種のけじめというか、わたしたちなりの誠意の見せ方だ。
 本日帰還することは、ガイが里へ送った連絡で前もって把握していた。もし今日中に帰還できなかったり、深夜に帰還した場合は延期するとして、とりあえずカカシが探してくれた店に予約を取り、ガイには伝言を残しておいた。今夜一緒に食事をしよう、と。
 予定通りにガイは夕方には里へ着き、わたしたちの伝言を受け取って、無事にこの場を設けることができたわけだけれど。

「お前たちが再び友として肩を並べ、店を取って待っていてくれるなんて……尊き友情の復活は、まさにきらめく青春!」

 さきほどからガイは、しゃぶしゃぶのお肉を出汁につけ火を通しつつ、涙を流して食べ『友情』を連呼する。わたしたちの事情を喋ればガイはきっと大声を上げて騒ぐだろうからと、カカシが周囲に迷惑がかからないような個室のある店を選んでくれたので、この異様な状況を知るのが食材を運んでくる店員くらいで済んでよかった。

 『友として』じゃない。『友情』じゃないんだよ。

 親しい関係に戻りはしたけれど、昔とまったく同じではない。友人じゃなくて恋人だし、友情じゃなくて恋慕だ。だけど、わたしたちがあくまでも友人として距離を詰めたのだと思い、よかったよかっためでたいと喜ぶガイを前にすると、言うタイミングがまったく見つからない。
 一人楽しげなガイと違って、わたしたちは黙々と肉や野菜に火を通して口に運んでいく。これじゃ何も話せないまま食べ終わってしまう。
 右に座っているカカシの、持っていたお椀から離した左手が下りて、印を結ぶより少し遅いテンポで指で様々な形を作った。手信号だ。

『鬱陶しい』

 わざわざ手信号で伝えることだろうか。でもガイの異様な高さのテンションにはわたしもついていけないので、カカシの気持ちも理解できた。また昔のように仲良く三人で修業できるのだと嬉しがってくれるのはこっちも嬉しい。だけどとても話をきりだしづらい。

『どうする?』

 さりげなく箸を置いて、熱い豚肉が通った喉を一旦冷たいお茶で冷ます、という動作を装いながら、テーブルより下ろした右手で訊ねると、カカシからはすぐに返答が来た。

『チャンスを待つ』

 やっぱりそれしかないよねと、『了解』と伝えてから再び箸を手に取り、出汁で茹でられたしめじや白菜を摘まんで皿に移した。

「あんなことがあった後だと、二人の熱い友情がより喜ばしいな」

 二杯目のビールを空にしたガイの頬には朱が指している。わたしとカカシは最初の一杯もまだ飲み切っていない。目的を達成しないうちに酔っぱらっては困るからだ。

「あんなことって?」

 カカシがガイに訊ねると、腕を組んで「それがな」と語り出した。

「オレと任務を共にした中忍は男と女の一人ずつだったんだが、二人は友人同士で里を出る前から親しかったんだ。それで任務が始まって二週間後には男女の仲になっていた」

 任務中に始まる恋。よくある話ではないが珍しくもない。任務の間はほとんどの時間を共にするのだから、一方が拒まない限り距離は自然と縮まる。元々親しく双方に気があって、あとはきっかけさえあればという仲だったなら、当然と言ってもいいのかも。

「任務中に色恋沙汰などご法度かもしれないが、オレは二人が青春の一ページを捲るのを羨ましく――いや、微笑ましく見ていた。青春というのはある日突然訪れる。ならば掴むチャンスをみすみす逃すより、大いに輝いてほしいと思ったさ」

 ガイらしいな、と小さく笑った。任務は命を落とす恐れもある。そんなときに呑気に恋愛するなんて、と非難せずに、二人の仲を応援してやれるガイの心は広い。カカシの『鬱陶しい』に同感してしまったことを反省し、ぬるくなってきたビールのグラスに口をつける。

「ところが、だ。残念なことに二ヶ月経つ頃には別れてしまった。それだけならまだしも、二人の間にはぎくしゃくした空気が生じて、とうとう任務にも支障が出始めてな。さすがにそれはいかんと、オレが熱い説教をしたんだが、どうも聞く耳持たずで……結局、任務が終わる一週間前から一言も会話がなくなったんだ。任務中よりもあの二人と同じ空間に居る時間の方がずっと疲れた」

 ぎくり。音で表すならばそんな感じで、肩に力が入る。音を立てぬよう持っていたグラスを慎重にテーブルに置いた。

「里に戻る前に、男の方と少し話をしたんだが、付き合った途端に友人でいたときには気にならなかった、価値観や考え方にずれを感じたらしくてな。恋人にならずに友人のままでいられれば、仲違いすることも溝を作ることもなかったのにと、悔やんでいた。人類の繁栄のためにも男女間に恋愛は必要だが、友人でいたときより悔恨を深く残すとなると、男女の仲というものの難しさを考えさせられたものだ」

 先人たちから聞いたことがある。円満に別れ友人に戻ったつもりでも、一度恋人になった二人はもう完全な友人には戻れない。一度でも情を交した過去があるならば、どんなに取り繕ってもただの友人にはなり得ない、と。

「その点、お前たちはこうして再び友情を取り戻した。『男女の間に友情は成立しない』と口酸っぱく持論を唱える者もいるが、成立するのだと二人が実証し、あの頃のようにまた青春を共にできると思うと、オレは嬉しいぞ!」

 破顔するガイからは、喜ぶ気持ちがいやというほど伝わってきて、わたしは愛想笑いを返すことしかできず、カカシに至ってはガイから顔を外し、個室の隅などというどうでもいい場所を見つめている。

『ガイ、本当はわたしたちのこと知ってるんじゃない?』
『いいや、これは天然だ』

 右手で訊ねれば、左手はそれだけ返したあと両腕を組んだ。考え事をするとき、呆れたとき、うんざりしたとき、カカシはよく腕を組む。
 箸やグラスが軽快に進むのはガイだけで、言い出せない空気が広がった個室内で、わたしたちは息苦しささえ覚えている。
 やっぱり日を改めて――いやでも、今夜を逃せば、きっとガイはわたしたちのことを誰かから知るだろう。『何故教えてくれなかった』と一時騒ぎはするものの、恨んだりはしないと思う。なのでガイに直接伝えたいというのはわたしたちの自己満足でしかない。今夜言えなかったからといって大惨事が起きるわけでもない。ただ『ガイには自分たちから伝えなかった』という後悔が残るだけ。
――だから、伝えなければならないのだ。

「あ、あのね、ガイ」

 テーブルの下で両手を組んで、気持ちを落ち着けるように呼吸を整えて切り出す。隣のカカシから視線が刺さり、次は何の肉を頼もうかとメニューを眺めていたガイも顔を上げた。

「その……言わなきゃ……いけない、ことが、あって……」

 前置きすらもまともに紡げず、変な区切りを入れてしまう。こんな調子で本題をきちんと言えるのか。どう言おうかあれだけ考えていたのに、直前になると頭が真っ白だ。伝えたいことはなんだ。伝えたいことは、わたしとカカシが友人ではなくなったということだ。よし。

「なんだ? 戦友、親友……いや、心の友と言っても過言ではないオレたち三人の仲だろう。三人の永遠なる友情を前に、遠慮などするな!」
「え、うん……あー……そう、だね……」

 またしても『友情』を強調されると、なけなしの勇気はあっさり引っ込んだ。
 だってガイ、本当に嬉しいって顔をするんだもの。仲違いしていたわたしとカカシが、以前のような友人に戻ったのだと、心の底から喜んでくれている。男女間の友情は成立する、何故ならわたしたちがそうだから、と信じて疑わない。向けられる健やかで純粋な目に、ここに来てからまともに合わせられないでいる。

「サホ?」

 切り出したのに黙ってしまったため、ガイは不思議そうにわたしの名を呼んだ。言わなくちゃと急くが、焦れば焦るほど口は貝のように閉じてしまう。沸騰を続けている鍋が立てる、断続的なグツグツとした音がやけに響いて聞こえる。
 悪いことはしていないはず。だけどこんなに後ろめたいのは、ガイの無垢な期待を裏切っているような気がするからだろうか。

「……じ、実はダイエット中なんだ。だからコースについてくるデザート、わたしは食べないでおこうかなぁって……」

 注文したコースメニューの末尾には『本日のデザート』という項目があったことを思い出し、ちっとも考えていなかったことを口にすると、ガイは「なんだそんなことか」と目を丸くし、笑い飛ばした。

「心配するな。オレがサホやカカシの分まで食べてやる。お前を食材に対して不誠実な奴にはさせんぞ」
「……うん。ありがとう」

 親指を立てるガイからの『不誠実』という単語がちくんと胸を刺す。この場で伝えられなかったら、ガイはそう思わずとも、わたし自身が自分の不誠実さを覚えていく。これまで一度も不誠実でなかったかと問われれば否ではあるけれど、不誠実な自分を増やすことはしたくない。
 本当にどうしよう。どうやって伝えればいいのだろう。肺の中に溜めていた空気を押しだすみたいに、ちょっと前に詰め込んだ意気込みも宙に霧散していく。組んでいた手を外し、右手をカカシにだけ見える位置まで持っていく。

『ごめん』

 挑んだものの結局言えなかったことを詫びると、カカシは少し間を置いて、組んでいた腕を外し、わたしと同じようにテーブルの下に左手を運ぶ。手信号を読み取ろうとさりげなく視線を落とし動きを待っていると、手は止まることなく伸びて、わたしの右手を掴んだ。手の甲に覆い被さる熱は、一気に全身へと回る。

「かっ……」
「ガイ。お前には今まで世話になったから、伝えておきたいことがあるんだけど」

 素知らぬ顔、声でガイに言う一方で、テーブルの下の手がわたしの手の上を滑り、平と平とがぺたりとくっつく。お互い食事中はグローブを外しているから、硬いマメの感触も擦れる肌の柔らかさもはっきりと分かる。カカシの手はわたしのものよりずっと大きくて、すっぽりと包まれてしまう。

「カカシもか?」

 わたしの次はカカシ。言わなければいけないこと、伝えなければいけないことと、改まった切り出しが続くが、わたしの話が大したことなかったという前例があるためか、ガイは「世話など気にするな」と白い歯を見せてにこやかな笑顔を作った。
 カカシは絡ませた手を少し開き、わたしの指の間へ自分のそれを強引に通し、がっちりと組み合うように重ねる。やけに密着する手の平や指の、その奥に通った骨の感触、温かさ、力の強さにどんどん顔が熱くなる。

「オレたちね。友情を取り戻したんじゃなくて、付き合ってんの」

 繋いだままの手がぐいっと引っ張られて、テーブルの下からガイの目につく高さまで持ち上げられた。絡むわたしとカカシの手を、ガイの見開いた目が捉える。
 誰も喋らない無言は五秒ほど続いた。直後、個室どころか店内をつんざくほどの咆哮をガイが上げ、わたしとカカシは店を出たあとも耳鳴りが止まらなかった。



お伝えしたいことがございます。

20190617


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