最果てまでワルツ | ナノ
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 確かあれはCランクの任務だった。
 オビトの遅刻癖がどうしてか役に立ち、オレたちに振り分けられるはずだったDランクの雑用の依頼が全て完遂されてしまったため、ミナト先生指名のCランク任務に、オレたち三人も同行することになった。


 密書を持った他里の忍を護衛する依頼には、密書を持った忍のほか、同じ里から護衛の忍三名もついていた。
 護衛の依頼というだけあって、予想はしていたが襲撃に遭った。ミナト先生がオビトを連れ敵を食い止めている間に、オレとリンが護衛対象と共に先を行った。
 ミナト先生の手から逃れたのか、想定よりも多勢だったのか。吊り橋を渡る直前に敵から多数のクナイが打たれたため、最後尾のオレが壁となり防いだ。が、一本がすり抜け、他里の護衛の忍の一人に傷を負い、その忍は勢い余って橋から落ちてしまった。
 リンは彼を助けようとオレに言ったが、オレは任務を遂行すべく見捨てろと返した。他里の忍には悪いが、ここで彼を助けて時間を食っている暇はない。忍のルールに従った。


 森を抜けた先で、背後から感じていた敵の気配もなくなり、一息ついたところで、想定外のことが起きた。
 密書を持った忍の護衛についていた、他里の忍が裏切った。
 二人相手で分は悪かったが、何とか抵抗し、裏切り者は逃げて行った。リンが傷の手当てをしていると、ミナト先生がオビトがオレたちに追いつき、状況の説明を求められた。
 オレは正直に話した。護衛の者たちが裏切ったと。
 苦しそうに呻く忍が、懐から密書を取り出し、中を確認してくれと頼む。 

「しかし、我々が中身を見ることは……」

 密書なのだから、ミナト先生の反応は当然のことだった。他里の情報を下手に知れば、こちらにも危険が及ぶ。そういった意味でも、見るべきではないとミナト先生は断ったが、

「構わない……本物であるか、確認してくれ」

という言葉に押され、先生は意を決して密書の巻物を開いた。
 中は――白紙だった。
 どういうことだと先生が問うと、彼は、自分か、班の中のもう一人に密書を渡し、そのどちらかが本物であると、任務の前に上官から告げられていたと話した。仲間内に裏切り者が居ると情報があったからと。
 ならば本物の密書は?
 『裏切り者が持っていれば私を襲うはずがない』と彼が言うように、あの二人は密書を持たない。
――とすれば、残る一人。

「カカシ、もう一人は?」
「それが、途中で……」

 橋から落ちた彼が、上官から密書を渡されたもう一人だった。

 クソッ。あのとき、分かっていれば。

 そんなことを今更言っても仕方ない。こんなことが起きたから悔やんでいるだけで、橋から落ちた忍のことなど、オレは仕方のない犠牲だと思っていたのだから。
 リンの治療もむなしく、彼は息を引き取った。その間のオレたちのやりとりを裏切り者は聞いていたらしく、人が走り去っていく音と気配がした。
 呼吸を止めた忍を囲み、オレたちの間には沈黙が落ちる。

「カカシ」

 静けさを破ったのはオビトだ。後ろからオレの肩を掴む指には、怒りがそのまま表れているようで、きしむように痛んだ。

「お前まさか、もう一人を見捨てたのか?」

 頭だけ後ろを向いて応えるオレを咎める目は、曇り一つなかった。真っ黒なくせに、一つも闇なんて抱えていない澄んだ目が鬱陶しくて、振り払うように前を向いた。
 オレは任務を優先させた。掟に従った。掟を守ることが第一であり、背く者はクズだ。

「だけど、その結果がこれかよ! お前が仲間を見捨てなきゃ、こんなことにはなってねぇ!」

 声を荒げるオビトを、ミナト先生が制する。

「オビト、これは想定外の出来事だ。カカシのせいじゃない」

 そうだ。想定外だった。護衛対象の忍が偽物の密書を持っていることも、実は護衛の忍が本物の密書を持っていたことも、裏切り者が居たことも。
 仮に、これらの出来事がなければ、この任務は完遂できていただろう。一人の犠牲は出たけれど、『密書を持った者を無事に送り届ける』という任務は終えることができたはずだ。
 オレは間違っていない。ミナト先生も、オレのせいじゃないと言ってくれている。

 だけど、ミナト先生の言葉よりも、オビトの言葉の方が正しいように思えるのは、どうしてだ。


 あのあと、オビトが橋から落ちたもう一人の忍を助けに行くと言い出した。ミナト先生もオレも止めたが、オビトは頑なに行くと言い張った。

「よく考えろよ。オレたちが護衛していた四人全員が消えたんだ。誰がオレたちに『想定外』のことが起きたって証明してくれるんだよ? 裏切り者が居たってことを、依頼してきた里へ言ったって、あいつらがシラを切ったら、責任を負うのはミナト先生だ」

 そう言われたら反論できない。恐らく、こちらが真実を報告しても、裏切り者が否と言えば、疑われるのはあちらから見て他里のミナト先生だ。
 結局、オビトがその場から駆けて行ったので、オレたちも追うほかなかった。
 ミナト先生の指示の下、それぞれ橋の下を流れている川に沿って彼を捜した。川は崖と崖の間を流れており、もし川に流され岸辺に着いたとしても、高い崖を登らなければいけない。腕に怪我を負った程度ではあったが、あのクナイの刃に毒でも塗られていたら、体は思うようには動かないだろう。であれば、岸辺にでも転がって、体力を回復させているかもしれない。
 動くものより動かないものを捜す方が楽ではあるが、それは裏切り者たちも同じだ。何よりあちらより先に彼を保護しなければ。
 その彼を見つけたのはオビトだったが、残念ながら同時に敵方も彼を発見したため攻撃を受けていた。オレが加勢し、密書を持った忍はリンに任せ逃がすことができたが、肝心の巻物はあちらの手へと渡ってしまった。

「引き上げる!」

 号令をかけられた敵はサッと引き上げていく。無駄に手は出さない、引き際は素早く。情報を、目的の物を確実に持ち帰るための習いを忠実になぞり、裏切り者たちは崖を上がって森へ引いて行った。
 このままでは任務が完遂できない。依頼は『密書を持った忍を送り届けること』だ。

「オビト、リン! 彼を守れ!」

 指示を出し、足にチャクラを込めて崖の上まで跳躍する。

「カカシ、お前は!?」
「巻物を奪い返す!」

 オレの返事にオビトは目を丸くした。

「無茶だ! あの数だぞ!?」

 あの数――ざっと十五は居ただろうか。実力を正確には把握できないが、年齢から考えても下忍というわけではない。中忍以上、上忍も混じっているに違いない。オビトがオレを止めようとするのも当然だ。

「文句は言わせない! 彼を救ったのがお前の流儀なら、任務を遂行するのがオレの流儀だ!」

 お前にはお前の意志があるように、オレにも譲れない意志がある。
 命じられた任務は必ずやり遂げる。たとえ――あの密書もまた、偽物であろうとも。


 火の国の中で駆ける分には、地の利はこちらにあった。かろうじて感じる奴らの気配と匂いにしがみつき、先回りするため全力で走り、何とか彼らの前に立つことができた。
 一と多数という、自分たちにとって有利な状況への油断もあったせいか、応戦して半数は地につけることができた。
 しかし数を削いでも多数の利は覆らず、敵が一気にオレへと刃を向けられる。さすがにこれを完全に防ぐことはできず、少しでも負傷を減らすことに意識を切り替えた直後に、衝撃と共にミナト先生が現れ、オレに向かっていた敵は全員、戦闘不能となった。

「ミナト先生……」

 突然現れたこと、一瞬で敵を伏せたこと。事態の理解に頭がうまく追いつかず、口からは先生の名を呼ぶことしかできなかった。呆然とするオレを無視して、ミナト先生は辺りを見回し、密書の巻物を見つけると拾い上げた。
 状態を確認し、密書が無事と知ると、オレの目に届くように一度振って見せた。

「これでやり通せたかな? 君の信じる流儀は」

 ミナト先生の青い目がオレを真っ直ぐに貫く。
 オビトといい、ミナト先生といい、忍の世界に身を置いているのに、どうして彼らはそんなに澄んだ目をできるのだろう。
 オレの目は、澄んだ眼差しを受け止められるほどきれいじゃない。堪えきれなくて視線を外した先には、裏切り者が無様に横たわっていた。


 巻物を回収し、その巻物を持っていた忍の手当ても終え、彼をようやく指定されたポイントまで送ることができた。

「ありがとう。私の命を救ってくれて」

 ミナト先生から巻物を受け取った彼は、どこか戸惑ったように礼を告げる。オレの予想が確信に変わる。
 里へと戻る際に、今回の任務について各々が口を開いた。リンは、雑用ではない、戦闘の可能性がある任務の難しさを語り、ミナト先生は想定外が起こることは珍しいものではないと返した。

「とにかく、任務は達成できたな」

 一仕事終え、晴れやかな笑顔でオレの横を走るオビトに、オレは「恐らくな」とだけ返した。

「恐らく? 何言ってんだ? 巻物もそれを持ってた奴も、ちゃんと送っただろ」

 不思議そうな顔のオビトは、やはりこの任務の意味をまだ理解できていなかった。
 オビトが言うとおり、任務は確かに達成できている。裏切り者が出たり、偽物と本物の密書があったりと面倒だった上、他里も絡んだ問題だから、これ以上オレたちが関わる必要はない。
 しかし、下忍としてこれからやっていく上で、知っておく必要があると判断し、オレはオビトに、助けた彼が持っていた密書も偽物だろうと告げた。

「は?」
「確定じゃないが、オレたちは陽動に使われたんだ。本物の密書は別の部隊が運んだんだろう。それがCランクの任務に、わざわざミナト先生を指名してきた、本当の理由だ。ミナト先生ほどの忍が護衛につけば、オレたちがいかにも本物を運んでいる部隊のように見える」
「お前、いつからそのことに……?」
「最初の巻物が偽物だったとき、その可能性は考えていた」

 偽物を用意するということは、襲撃される可能性がかなり高いと想定していたと思われる。だから本物と偽物の二つを信頼できる者に持たせ、裏切り者の手から遠ざけようとした。
 ただ、あまり上手いやり方とは思えない。密書を持っているという忍は、当然ながら敵に真っ先に狙われる。だとしたらそいつに本物を持たせるわけがない。与えられるなら偽物だろう。
 ならば、もう一人の、本物の密書を持った者が無事に目的地へ着くかと言えば、そういうわけではない。自身の正体を知られた裏切り者が、口封じにその者も殺してしまえば、『密書を届ける』という本来の目的も絶たれてしまう。
 だったら初めから、その部隊自体を偽物にしてしまえばいい。

 思えば、ミナト先生が指名されたという時点で、考えておくべきだった。

 『木ノ葉の黄色い閃光』と、里外にまで知られている先生を雇う理由は様々ある。純粋に先生の実力を頼りにしているから、名のある忍を使うことに満足感を得るから。他にも色々ある。
 そして今回で言えば、『波風ミナト』という彼の名前を利用したかったから。
 あの『木ノ葉の黄色い閃光』の『波風ミナト』だ。名を聞くだけで恐れる者も多い。そんな彼が護衛につくとなれば、ただのお使い程度とは思うまい。

「それじゃお前、偽物かもしれない巻物を命がけで?」

 信じられない、意味が分からないとばかりに、オビトは驚いた顔をオレに向ける。
 偽物かもしれない――いや、きっと偽物で間違いない。そうと分かっているのに、『裏切り者に妨害され任務を完遂できなかった』という証言をしてもらえる者を保護したのに、敵を追って偽物の巻物を取り返す理由は特にない。

「それが任務だ。それが、オレの流儀だ」



「これでやり通せたかな? 君の信じる流儀は」


 あの日のミナト先生の言葉が、今もずっと頭の中で繰り返される。
 責めているわけではなかった。あの台詞はそのまま、オレに確認していただけだった。

 これでよかったか?
 これで問題ないか?
 これでお前は満足か?

 だからオレは、一言「はい」と返せばよかった。「ありがとうございます」と礼でも言えばよかった。後ろめたさなど覚えず、堂々と彼を見返せばよかったんだ。


「それに、はたけくんが言うなら、きっと忍として正しいんだろうなって、思うし」


 正しい? オレは、正しい?
――そうだ、オレは正しいはずだ。
 掟を守り、ルールに従う。任務遂行を第一に考え動く。
 オレは間違ってなんかいない。掟を遵守することが正しいと言っていたのは里だ。里中みんなで、父さんをそうやって責めて、殺したじゃないか。
 間違ってなんかない。オレは正しい。サホだって、オレを正しいと思ってくれている。


 それでも、サホの目もまた澄んでいたから、オレは逃げることしかできなかった。



06 たゆたう正しさ

20190602


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