最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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「これでやり通せたかな? 君の信じる流儀は」


 言葉に詰まって返せなかったのは、オレの信じたいものが一瞬でも揺らいだからだろうか。



 新しい班――ミナト班に籍を置いていくらか経った。今までオレの所属した班が解体された最短日数は一ヶ月。長かったのは、一番最初に組まれた班だ。
 今のところ、この班でのチームワークは解散するほど悪くはない。もちろん良いわけでもないが。
 それでも、この班で成した任務の数は日々増えていく。新しい師のミナト先生から教わることも幅広く興味深い。ようやく腰を据えられる班に巡り合えたと言ってもいい。



「リン! そっちから回り込め!」

 オレの指示通りに、リンは迂回するように動き、目標物へと一気に距離を詰める。あと少しでその手が届く前に、黒い巨体は重さを感じさせないほど素早い跳躍で、足を付けていた枝から別の枝へと飛び移った。

「ああっ!」
「チッ!」

 もう少しだった。思わず舌打ちを一つして、目標物を見失わないよう全力で足元を蹴る。
 現在、オレたちは里の外に出て捕獲対象を追っている。任務依頼の内容は、『里内に逃げてしまったペットの猫の捜索』だった。
 猫の数が六匹ということで、多少の手間と時間はかかるだろうけれど、忍の身体能力を考えたらすぐに終わると、みんなそう思っていた。少なくとも、オレたち下忍の三人は。

「なんでだよ!? なんであんなデブのくせにはえーんだよ!?」
「知らん! 黙って走れ!」

 オレの後ろについて走るオビトが叫ぶ。叫ぶ余力があるのならもっと足を速く動かせと、口からは文句が出たが内心は同意した。
 追っているのは、すでに捕獲し終えた三匹以外の、残り内の一匹の猫。受け取った依頼書に記載されていた猫の種類から考えるに、『五歳、毛色は黒、ちょっとおデブだけど、それなりに動けて元気いっぱい』と特徴づけられていた、『ハムちゃん』と名のついた猫に違いない。

 どこが『ちょっと』だ! どこが『それなり』だ!

 ちょっとどころか大分おデブだし、それなりどころかかなり動く上、『元気いっぱい』なんて言葉をよく選んでみせたなと毒づきたくなるほど、こちらの見解をはるかに凌ぐスピードとスタミナ。
 その巨体は通常の猫の三倍はあるだろうか。どういう意図でつけられたのか定かではないが、『ハムちゃん』という名に恥じないほど、丸々と太っている。そのくせ、足は速いしジャンプ力はあるし、仕掛けたトラップに気づく目聡さと察しの良さがある。飼い主は一般人らしいが、下手な忍猫よりも動ける猫だなんて、飼い主が一般人を装った忍猫使いか、詐欺師かでなければ納得がいかない。

「今のは惜しかったね。どうもあの猫は言葉まで理解できるみたいだ」

 後方から追いついてきたミナト先生がオレたちに言う。『猫捜しくらい自分たちでやれる』とオビトが啖呵を切ったので、先生は見守るだけで手は出さない。
 言葉まで分かるなんて、いよいよ忍猫じゃないか。ただの猫捜しのはずなのに、どうしてオレたちはここまで疲弊してるんだと、みっともなく思えてきた。
 素早い上に頭もいい。非常に厄介だけど、所詮は猫だ。大柄だからそこそこ体力もあるだろうけれど、あの巨体であそこまで動き続ければ、それも次第に鈍ってくるはず。
 オレの予想は当たり、常日頃から鍛錬を欠かさない人間の忍が諦めずに追い回し続けた末、勝負は案外あっさりついた。

「へへっ……てこずらせやがって」

 台詞だけ取ればどこぞの悪漢のようなことを言い、オビトが黒猫のハムちゃんの、前足の脇を掴んで掲げた。ハムちゃんはブスッとした不満気な顔で、顔中に汗を掻きつつも達成感に満ちた笑顔のオビトを見下ろす。

「オビト、あと二匹残ってるわ。早くその猫を檻に入れて、残りの猫も捜さないと」
「分かってるって。ったく、おいデブ猫。大人しくしと――ぎゃあ!」

 オビトが猫を下ろし、用意していた檻の中に入れようとしたところ、ハムちゃんは二本の前足でオビトの顔面を思いっきり引っ掻いた。悲鳴と共にオビトが猫から手を放し、その隙に宙から地へと降りたハムちゃんは逃亡を試みる。

「土遁・土流壁!」

 猫が進路を取ろうとした方向を瞬時に察知し、そちらの方面へ広範囲に土流壁を発動させると、ハムちゃんは驚いて足を止めた。その一瞬の停止を見逃さず駆け寄り、文字通り首根っこを掴んで押さえて、今度こそ逃げられないようにとっとと檻の中へ、その巨体を詰め込んだ。

「いってぇええ!!」
「オビト、大丈夫? 傷を見せて」

 両手で顔を覆うオビトにリンが寄って手を外せと言い、オビトは情けない声を上げながら、情けない顔をリンへと向けた。

「いってぇ、クソッ、デブ猫のやつ!」
「油断してるからだ。リンの言うとおり、さっさと檻に入れておけば怪我なんてしなかった」
「うるせぇ! うう……いってぇ……」

 オビトの顔には赤い線が何本も走っている。リンが医療忍術を施すので、

「リン、痛みが取れるくらいでいい。早く残りを捜さないと、日が暮れる」

完全に治療する時間も惜しいのでそう言うと、リンは頷いて、オビトが痛みを訴えなくなるとすぐに手を離した。猫のひっかき傷程度なら、落ち着いてから改めて治療をすれば痕も残らない。
 痛みが引いたオビトが、大きな体をぎゅっと縮めて檻に囚われているハムちゃんに目線を合わせる。眉を吊り上げ渾身の力で睨むが、当の猫はブスッとしたままで怯む様子もない。

「こんの……デブ猫! 本物のハムにしてやろうかッ!!」

 猫はそんな脅しなど気にも留めず、一際大きな欠伸を返した。



 残り二匹の猫も、忍猫かと思うほどの動きを見せてこずったけれど、ハムちゃんの件でただの猫捜しではないと意識を変えて追っていたのもあり、寸前で捕まえられなかったことや、檻に入れる前に暴れて逃がすということもなく、六匹全部を飼い主へと連れ帰ることができた。

「結局、あれってペットで飼ってる猫なのかよ。信じらんねぇ」

 飼い主の下へ直接送り届けると、着いた先は他の住宅より大きく立派な家だった。それなりに裕福であるらしく、広い庭にはなんと猫専用の遊び場が作られていた。六匹がのびのびと動けるようにと、飼い主の家よりも多く面積を取っているのだから、豪快な金の使い方に驚いた。遊び場には全体に網が張り巡らされており、その一部に穴が開いて、そこから猫たちは脱走したらしい。
 飼い主はもちろん、家人も皆一般人らしく、忍猫かと錯覚するほどの動きを見せたハムちゃんは、ただただ質のいい餌と良い運動環境に恵まれて、あれほど肥えて動く猫になっただけらしい。
 育つ環境で能力は変わる。当たり前だが、大事なことだ。いくら才があろうが素質が良かろうが、それを伸ばせる場所に居なければ腐るだけ。

 早く、Cランク以上の任務に戻らないと。

 今は下忍一年目のオビトやリンに合わせて、あまり危険のないDランクばかりだ。この班になる直前まで基本的にCランク、たまにBランクの任務に就いていた。他里の忍と交戦することもあるし、指定された地点への侵入、情報収集などの全神経を使う任務で、経験を積んでいた。
 しかし今は実戦に出ることもなく、腕が鈍らないようにと意識して鍛錬を積むしかない。
――いや、出ていないわけではない。まだ脳に刻まれて新しい記憶がある。
 けれど、あまり振り返りたくはない。そう考えるのに、一度思い出してしまうとズルズルとあのときのことが蘇ってきて、鬱屈した気分になってきた。

「あれ? サホじゃん」

 オビトが声を上げると共に駆ける。地に向いていた目を前方に注ぐと、オビトの背と、突然声をかけられ驚いているのか双眸を丸く開き、振り返っているサホが見えた。

「サホ! 何だ、お前も任務帰りか?」

 問われたサホは、

「え……あ…………うん」

と、多少反応は鈍いものの、頭を縦に振った。オビトの方へと身を向いて、オレやリンの存在にも気づき、その目とオレの目が合う。一瞬の交わりは、サホがそっと逸らすことですぐに千切れた。

「サホも帰りなの? 一緒に帰りましょうよ」

 リンも足を速く進め、サホの傍に着いた。リンの言葉に、「うん」と返しながらも、サホの目はリンを見ない。

「なんだ? サホ、何かあったのか?」

 様子がおかしいと気づいたオビトが、無遠慮にサホに訊ねる。瞬間、サホの身がぴたりと固まったのを、オレは見逃さなかった。

「具合が悪いの?」
「え? なら、病院に行った方がいいんじゃねぇの」

 いつもと違うサホを、リンは調子が悪いのかと捉え、オビトはそれを受けて病院へ向かえと言う。

「……平気だから」

 サホは笑って、心配する二人をやんわりと制した。平気だと言うには随分と頼りない、強張った笑みを誰が信じるだろう。オビトもリンも、サホが無理をして笑っているのだと察しているようだったけれど、

「ちょっと、考えごとしてただけ」

と続けて言われては、追及してほしくないのだろうことまで察せてしまう。
 力ない笑みを浮かべるサホを前に、オビトとリンは目を合わせた。口にしないで互いの考えをやりとりできるのは、長く傍に居た賜物だろう。

「ならいいけど」

 頭の後ろで手を組んで、オビトは明るい声を上げた。

「じゃあ帰りましょう」

 リンが穏やかにそう言って、サホの隣について家路へと足を進める。オビトとリンに挟まれながら歩くサホを、後ろからついていく形でオレが加わり、久々に四人で見慣れた道を辿ることとなった。
 歩く間、オビトとリンがサホに、今日の任務の話をする。デブ猫の動きがどれほどデブ猫らしくないのか、隙を見てオビトの顔を引っ掻き逃げようとしただとか。大した話じゃないのに、オビトの語る口はやけに饒舌で、リンの打つ相槌もやけに明るくて、二人が努めてこの場を賑やかなものにしようとしていることは明らかだった。
 後ろで見ていたオレがそう感じるのだから、間を歩くサホも気づいているだろう。顔なんて見えないのに、貼りつけた笑顔で楽しく聞いているのを演じているとどうしてか分かってしまう。
 歩き続ければそのうち家は近づいて、いつも四人で帰る際、二手に分かれる道にも着いてしまった。
 以前と変わらないなら、ここでオレとサホ、オビトとリンで別の道を行く。しかし、今日のサホがいつもと違うのはみんなもう分かっている。
 オビトとリンの足は動かない。サホを放っておいていいものかと悩んでいるのだろう。
 そんな二人を尻目に、サホは二人から離れ、オレと一緒に帰る道へと体を寄せた。

「二人とも、またね」

 サホがそう言って、ようやく二人も足を進める。手を振るリンと、『何かあったら言え』と大声を上げるオビト。静かな住宅地だというのに、バカでかい声を出すんじゃないと咎めてはみたけれど、去って行く本人には届かず、せいぜい隣のサホの耳に入ったくらいだ。
 遠くなっていくオビトとリンの背を十分に見送ったあと、オレとサホは合図をしなかったにも関わらず、ほぼ同時に、オレたちが歩む道へと足を踏み出した。
 しばらく隣で並んだまま、お互い口は開かない。オレはお喋りな方じゃないし、サホもベラベラ並べ立てるタイプじゃない。
 傾きかけ、空はいよいよ朱色へと染められつつあるが、まだ青さの方が強く残っている。

「何があった」

 唐突な問いの自覚はあった。だけど主語はなくとも、サホには十分伝わるだろう自信もあった。そもそもサホは、訊ねられるのだと構えていたのだろう。足を止めることもなく、動きがぎこちなくなることもない。動揺など一切見せない。
 そのまま沈黙し続け、少し歩いた先で、サホはようやく口を開いた。

「任務の途中で、人を殺したの」

 ああ。そうか。オレは一度目を伏せた。

「クシナ先生と、みんなで、国境の近くに行ったの。そこに巻物が封印されていて、力が弱まっているから、クシナ先生がかけ直すために。それでね、野営することになって、それで、そのときに、岩隠れの忍が……」

 話すサホの足は遅くて、普段なら無駄な時間だと煩わしく思い置いて行ったかもしれない。けれどオレには、その時間が今のサホには何より必要だと分かっていたから、調子を合わせて速度を落とした。

「岩隠れの忍が、来て。たくさん。先生も、ヨシヒトも、ナギサも、岩隠れと戦ってて、それで、わたし……殺されそうになって、だから……殺しちゃった……」

 サホは言い終えると、唇をぎゅっと結んだ。噛んでいたかもしれない。横顔から察せられるのは、かろうじてサホが泣いていないということだけだ。
 頭の中で、サホの説明をもう一度順序立てて整理する。

「サホが殺したのは、岩隠れの忍でしょ?」

 オレが訊くと、サホは前を向いたまま頷いた。

「岩隠れが襲ってきたんでしょ?」

 続けての質問にも、サホははっきりと頭を縦に振る。

「殺されそうになったんでしょ?」

 ぶんぶんと、何度も横顔が動く。

「なら、サホは間違ってない」

 言ってやると、サホは唐突に足を止めた。オレは少し遅れたので、隣を歩いていたサホとの間にはわずかだが距離が生まれる。
 サホは真っ直ぐにオレを見つめた。最近はもうすっかり、アカデミーの頃と見た目が違う。相変わらず何が違うのか分からないけれど、怯えたような瞳の色や形は、オレの知っている彼女と変わりなく、それは今オレにだけ向けられている。

「人を殺すことは、間違いじゃない……?」

 トンと背中を押せば、そのまま崖から真っ逆さま。そんな際に立っているかのように、サホの声は震えが生じ、発音もなってなくて、こうして耳を澄ませておかなければきっと上手く聞こえなかっただろう。

「任務遂行のために、生き延びなければいけなかったのなら、間違いじゃない」

 サホと違って、端から端まできちんと伝わるように、はっきりと区切りながら言ってやる。
 倫理観を持ち出すから厄介なんだ。人を傷つけてはいけない、人を殺してはいけない、みんな仲良くしましょうという情操教育が悪いわけじゃないが、忍をやっていると、この手の壁にみんなぶつかる。オレもぶつかったけど、一人で乗り越えることはできた。
 オレのように自力で壁を乗り越えられる者もいれば、そうじゃない、サホみたいな奴もいる。そういうときは、それらしい理由を他所から引っ張って、壁を無理矢理に壊して、通れるようにしてやった方がいい。そうでもしないと、いつまでも壁に登れず壊せず、いつかその壁に潰されてしまう。
 もしサホがその理由を欲しいと言うのなら、オレがあげてもいいと思った。それくらい、構わなかった。

「うん……」

 オレの言葉を飲みこむように、サホは頷いた。

「うん……」

 声と共に、一つ涙が零れた。大粒で、頬をあっという間に流れて落ちた。
 忍は泣いてはいけない。忍の心得にもそう書いてある。しかし『下忍になったのだから』と、今のサホに泣くなと叱りつける気には、さすがになれなかった。
 鼻を鳴らすサホが落ち着くまで待つ。昔も今もサホはよく泣くけど、自分で泣き止む。だから涙を拭ってやるより待つだけでいい。幸いにもこの道を通る者はオレたち以外に居なかったし、サホの呼吸も乱れが治まった。

「オビトと、リンには……」

 鼻を押さえながら、サホがボソボソと言う。後ろめたさでもあるのか、そこで止まっては肝心の用件が伝わらないけれど、サホの言いたいことなど手に取るように分かる。

「ペラペラ喋る趣味はないから」

 腕を組んで返すと、サホはホッとした表情を見せた。

「そうだったね」

 オレが他言しないと知ってホッとしたのか、サホの顔は少しだけ強張りが解けた。ピンと張った糸のように真っ直ぐに引いていた唇も、やっとたわんで、少し開いた隙間から息継ぎをする。

「はたけくんに、聞いてもらえてよかった。わたし、何かあったらいつもはたけくんに話、聞いてもらってるね」

 目元にまだ残る涙の欠片を自身の指で拭いながら、サホが言う。

「そうだっけ」

 言われるほど、話を聞いていただろうか、と頭を捻ってみた。振り返れば案外あった。出会いはもう何年前だろうか。五年もないけれど、オレとサホの歴史は年数に比例して割と濃いらしい。

「もう何回も格好悪いとことか、だめなとことか、知られてるから……はたけくんには、話せたのかも」

 そうだね、と口にしなかったのは、サホがあんまりにもくたびれて見えたから。きっと、岩隠れとの一件以来、ずっと思いつめていたんだろう。やっと俯くのをやめた。そこに水を差して、また俯かせるのは本意ではない。

「それに、はたけくんが言うなら、きっと忍として正しいんだろうなって、思うし」

 目はまだ涙で潤んでいるけれど、表情はもう明るくなったサホが、オレを正しいと称した。『忍として正しいのだろう』と。

「正しい……」


「これでやり通せたかな? 君の信じる流儀は」


「はたけくん?」

 声をかけられ、顔を上げた。いつのまにか下を向いていたらしい。様子を窺うようなサホの丸い目から逃げたくて、少しだけ目を横にやる。

「何でもない」

 ろくな挨拶もせずに、オレは足下を蹴って近くの民家の屋根に上がった。足の裏にチャクラを集めて、屋根が傷まないように力を調整しながら、自分の家を目指して駆ける。



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