最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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 一人の生活も慣れてきた。一人分の食事を作ることは案外億劫で、弁当を買う回数が自炊の回数を上回ることないようにと、意識して努めないとすぐに弁当屋に足を運んでしまいそうになる。
 下忍になって数年の間、オレは何度も班を変わった。解散し、編成されるたびに説かれるのは、『協調性の必要さ』と『掟への固執を控えること』だった。
 言いたいことは百も承知だったけれど、父の最期を知っているオレとしては、「あんたたちが言うのか」と返したいところだ。
 オレは間違っていない。掟を破って仲間を助けた父を、里中の忍が許さなかった。事情を深く知る者、知らない者、当事者もそうでない者も関係なく、『はたけサクモは咎人』として、断罪しようとしていた。
 掟が正しいのだろう? ルールを順守すべきなのだろう?
 父が自害した途端、罪悪感に苛まれたのか、父を褒め称え、謝罪の言葉を口にする奴らが説くことの、なんと滑稽なこと。
 こんな奴らを守るために、父は尽くしたのかと思うと、腸が煮えるように熱くなる。


 父を責めたかつての仲間は、何度も家を訪ねて来ては頭を下げた。父の最後の仲間たちの震える肩を見ると、吐き気さえしてきた。こいつらが頭を垂れるのは、許しが欲しいからだ。自分たちが詰って、それからすぐに父が自害したのを、自分たちのせいだと恐れているから。

「帰れ」

 玄関の戸を閉め鍵をかけ、うめくように謝罪の言葉を口にする仲間たちを撥ねつけ続けるうちに、仲間たちはついに来なくなった。
 『息子に追い出され、仏壇に手を合わせることもできなかった』と、周囲の同情を引く話を作ってやったんだ。それで我慢しろ。そして一生、その罪悪感を抱えて生きればいい。


 何度目になるのか数えるのも煩わしい、新しい班の顔合わせが終わり、解散の一声をもらうと、オレは上忍師や新しいチームメイトに背を向けとっとと家路を辿った。呼び止める上忍師の声は聞こえなかったことにした。解散と言ったのだから構わないはずだ。
 夕暮れに染まる道を歩いていると、偶然にもサホに出くわした。あれ以来、サホとは道でよく会う。今まで会っていなかったことが不思議なくらいに。
 サホはオレがいつものところへちっとも来ないことを、『任務で忙しいのだろう』と勝手に判断してくれたので、オレはそれに黙って乗っかり肯定した。
 道で会うと軽く立ち話をする。サホはアカデミーでのこと、オレは下忍の任務のこと。どちらも世間話の、中身の薄い会話だったけれど、変に頭を使わないからこの立ち話は嫌いじゃなかった。

「わたし、卒業試験に通ったの」

 サホはにこにこと笑んで言う。よっぽど嬉しいのだろう。オビトやリンも同じく試験に受かったらしい。

「やっと? 結構待ったね」

 率直な感想はそれだった。五つでアカデミーを卒業してから数年経つ。同い年のサホがオレのあとに続くのに数年かかったと考えると、『結構待ったな』というのが素直な気持ちだった。

「まだ実感ないし、不安なんだけどね。ちゃんと下忍としてやっていけるのかな、って」

 自信がないとばかりに、笑顔ではあるが弱ったように眉尻が下がる。

「『やっていけるか』じゃなくて、『やってやる』くらいの気持ちを作っておかないと、後々きついよ」

 嘘偽りない言葉だ。やる前からそんな調子じゃ、上手くいく任務も難しくなる。オレの下忍としての経験を踏まえて言ったので、サホも反論する気はないようだけど、唇は少し尖って、どこか拗ねたような表情を見せた。

「あのね。もうすぐ卒業式なんだ」

 あ、逃げた。これ以上はどうしようもないと、話題を変える手を打ったのは容易に分かる。サホは実に分かりやすい。

「へえ。オビトのやつ、また遅刻するんじゃない」

 卒業式というと、思い出すのはアカデミーの入学式。大事な式典に遅刻するなんていう大失敗をしたあいつを見て、『うちはオビトという奴は本当にバカなんだな』と驚いたものだ。

「ええ? いくらオビトがよく遅刻するからって、さすがに卒業式に遅刻なんて――」
「知らないの? あいつ、入学式も遅刻したんだぞ」
「え」

 冗談だと思ったらしいサホに、入学式でのことを教えると、動きをぴたりと止めた。オビトの遅刻が事実だと知ると、サホの顔はどんどんと強張っていく。

「心配になってきた……」
「サホが心配したってどうしようもないでしょ」
「卒業式の朝、念のために迎えに行った方がいいかな?」

 サホが庇護欲に似た感情をオビトに向けるのは、姉が弟を、母が息子を思う、そんなところだろうか。オビトはオレたちの一つ上なのに、遅刻はするしドジは踏むしで威厳も何もない。入学式に遅刻したという前例があるだけに、卒業式での遅刻を危惧するのは理解できる。

「サホもリンも、オビトに甘すぎ。時間を守れない奴が忍者の任務なんて、こなせるわけないだろ」

 もう下忍になるのに、心配だからと世話を焼くのはよくない。自分を律することくらい務まらないと、忍なんてやっていられない。
 サホはやはりオレに反論などできないらしく、口を閉じて眉を寄せてオレを見る。いくら見たところで事実は変わらないし、大体オビトを男として好きなら、姉や母親みたいな振る舞いはやめたほうがいいと、黙って思った。

「見つけたぞ! こんなところに居たか、カカシ! さあ、オレと勝負だ!」

 後ろから大声で名指しされ、その声の主が誰だか振り向かないでも分かってしまう自分がいやだ。

「こいつはうるさすぎ……」

 オビトに甘すぎるサホと、うるさすぎるガイ。オレの周りは『塩梅』や『さじ加減』という言葉を知らない奴らばかりだ。
 駆け寄ってきたガイは、オレが一人ではなくサホと一緒に居ることに気づくと、オレとサホの顔を交互に見ながら、

「おっ!? 取り込み中だったか!?」

と、いつもの高いテンションで訊ねるので、

「そう。だから向こう行け」

そう言って手を振って、あっちへいけと示してやったけれど、生憎とこいつは図太い神経をしているので、足を地面にピタリとくっつけたままだ。

「そうか! カカシの友達か?」
「……お前のその、人の顔を覚えられない癖、ほんっとうに、どうにかしろ」

 こんな奴でも下忍をやれているという奇妙な現実。だったらサホやリンでも、あとオビトでも、何とかなるでしょ。



 オレが所属していた班は二ヶ月と経たずに再編成となり、オレはまた新しい班に組まれた。もう何回目かすらも数えていないが、きっとオレは間違いなく問題視されているのだろう。
 掟に沿っているのに、ルールに従っているのに。
 そんなことを口に出せばややこしいので、三代目の使いから新しい班の、上忍師や班員の名が綴られた紙を受け取った。
 班員の名には、偶然にもオビトとリンの名が記されていた。

 ふうん。オビトとリンか。

 今までの班は、ほとんど初めて会う者ばかりだった。顔見知り以上のオビトとリンなら、今度の班は長く続くだろうか。
 上忍師は『波風ミナト』。里の若い忍の中で、一番の腕を持つと称されている上忍の名だった。顔を合わせたことはある。優男だな、というのが印象だ。
 顔合わせの集合場所、時間が共に明記されていたので、それまでのスケジュールを頭の中で弾く。空いた時間は主に家事に割かれる。一人暮らしというのは、そういう生活を強いられるものだ。



 顔合わせにも、当然のようにオビトは遅刻してきた。聞けばやはり卒業式も遅刻したと言う。
 里一番のバカは、今でも『火影になる』という途方もない夢を掲げている。諦めの悪い奴だと言ってやれば、すぐに噛みついてリンが仲裁に入る。これまでの班とは全く違う、最初から一切気兼ねしない状況に、打ち解けるなどという余計な手間を取る必要がなくてよかったと思う。
 そもそも、任務を遂行するのに必要なのは、掟を順守する固い心と、事を成すための力と知恵さえあればいいはずだ。打ち解けなければいけない理由はないと思うけれど、今までの上忍師は皆『打ち解けよう』と促していた。何故なら仲間だから。

 仲間だから、線を引くんだ。

 情を持ってしまうと、任務と仲間の命とを天秤にかけたとき、迷いなく任務を選ぶことができなくなる。この考えに対しては、否と言う者も居れば、肯定する者も居た。
 されどオレの姿勢は極端だと結局は批判を受け、かと言ってオレも考えを改める気は一切なく、それが繰り返されたことが、度重なる班の再編成に繋がった一因でもある。
 今回の上忍師であるミナト先生は、オレがすでに二人とそれなりに知った関係であったこと、あとは上忍師本人の意向なのか、オレたちに『仲良くやろう』など余計な声掛けはしなかった。
 それはいいのだが、『優男』という外見の印象通り、彼は優しい――というか、甘かった。

「先生。あいつはアカデミーに戻した方がいいんじゃないですか」

 今日も――そう、今日“も”、オビトは任務の集合時間に遅刻している。オレとリンは集合時間の五分前には到着していたし、ミナト先生は集合時間ピッタリに姿を現した。
 あとはオビトだけだが、10分待っても、20分待っても、30分待っても来ない。
 幸いにも、ミナト先生はオビトの遅刻を予想し、余裕を持って早めに集合できるようにと、わざとこの時間に集まるようにと決めたらしい。しかし、そんな配慮を考えるよりもまず、あいつの遅刻癖を矯正するか、もしくは見切りをつけてアカデミーに返すべきではないだろうか。
 オレの言葉に、ミナト先生は曖昧に笑うだけで、リンは「絶対に来るから」と眉をハの字にする。

「来るかどうかはもう問題じゃないんだよ。決められた時間に間に合わないなんて、あいつは忍失格だ」

 有事の際は、わずか一分の遅れが損害の大小を左右することになり兼ねない。今まではオビトが遅刻しても何とかなっていた。けれどいつまでも何とかなるわけがない。
 苛立つオレに、リンはますます眉を寄せ、不安げにミナト先生を見上げる。先生はリンに微笑むだけで、何も言わない。
 そうしてようやく、オビトが姿を見せた。集合時間から43分後。

「いやぁ、悪い悪い。川の中に財布を落っことしたっていうじいちゃんが居てさ」

 遅刻の理由を話すオビトは、頭から足先までぐっしょりと濡れていた。オビト曰く、通りかかった橋の近くで、財布を川に落として困っているおじいさんが居たので、自分が代わりに川へ入って、財布を拾ってやったと。

「拾ったまではよかったんだけど、その財布、穴が空いててよ。お金が川底に全部落ちて、それを拾うのが――」
「はいはい、もういいよ。お前はもう帰れ。そんな恰好じゃ任務なんて無理でしょ」

 まるで一泳ぎしたかのような姿から察するに、全身くまなく水に塗れ、ポーチの中身もずぶ濡れだろう。乾くにも時間がかかる。今日の任務の内容はまだ聞いていないけれど、どうせ下忍に成りたてのオビトやリンに合わせたものだから、オビト一人居なくたってどうにでもなる。

「はあ? 何でお前に命令されなきゃなんねーんだよ!」
「お前が川で銭拾いしていたせいで、オレたちがどれだけ待ったと思ってんの?」
「じゃあお前は、じいちゃんを困らせたままにしとけって言うのか!? 『ジヒ』の心はねーのかよ!?」
「そういう問題じゃないでしょ! どうせ『慈悲』の漢字すらも書けないくせに、口だけは一丁前だね」
「か、書けるっての!」
「二人とも、もうやめて!」

 睨み合うオレたちの間に、リンが両手を伸ばして割り込み、その手がオレとオビトの視線を遮る。邪魔をされたことで、オレの怒りも少しは落ち着く。オビトと話していると、どうにもペースを崩される。すぐに湯を沸かす薬缶のようなあいつに釣られて、オレの頭もカッと熱が昇ってしまう。

「オビト。集合時間に遅れるのはよくない。任務は遊びじゃないんだ」

 静かになったところを狙ったように、今まで口を閉じていたミナト先生が、真剣な顔と声でオビトに言う。肌がひりつくような厳しさに、さすがにオビトも勢いをなくし、項垂れた。

「カカシ。オビトの遅刻癖は褒められたものじゃない。だけど、困っている里の人を放っておく冷淡無情さが正しいとも言わない」

 オビトの次はオレへ。空か海かのように青い目を向ける。

「それに上忍師はオレだよ。オビトに『帰れ』と命じることができるのはオレであって、君じゃない」

 確かに、尤もな話だ。オレはオビトやリンたちより早く下忍になってはいるけれど、階級は同じ。そしてこの班のリーダーは上忍のミナト先生。

「はい……」

 紛うことなき正論に噛みつくつもりはない。先生に窘められ、冷やされた頭で考えたら、オレがオビトに何か命令できる立場ではないのは当然だった。

「すんませんでした……」

 オビトがミナト先生に頭を下げる。髪の毛の先からポタポタと雫が落ちて、地面に触れると黒い点になった。

「ん。とりあえず、びしょ濡れなのを何とかしないとね」

 服の裾やポーチの端から滴る水滴は一向に止まない。オビトが風邪を引こうがオレには関係ないけれど、任務に差し障るならどうにかして乾かしてから動かないといけない。
 ミナト先生がオビトの前に立ち、素早く印を結ぶ。

「風遁・白南風[しらはえ]

 言葉と共に、風がオビトの周りに発生し、羽衣か何かのようにその身を包んだ。「うわ」などというオビトの驚いた声が上がるが、それを掻き消すほどではない、穏やかな風だ。
 先生が印を解くと共に、風は現れたときと同じく、すぐに霧散してオビトから離れていく。残ったのは、びっくりした顔のオビトだけ。

「お……おお! すげぇ、乾いてる!」
「ポーチの中も一応乾かしたよ」
「ほんとだ! 全部乾いてる!」

 オビトは腰につけていたポーチの中を開け、そこに詰めていた道具を取り出し、湿り気がちっともないことに感嘆の声を上げる。さすがに墨で書きつづった文字は滲んだままだけど、濡れていたとは思えないくらいきっちり乾燥している。

「この風遁は初めて見ました」

 下忍になって、色んな忍と組んだ。その中にはもちろん風遁使いの忍も居た。オレ自身、風遁はまだ使えないけれど、どんな術が存在するのかはある程度把握しているつもりだったが、先生が使ったその術は見たことも聞いたこともなかった。

「一応、風の性質を持っているんだけど、要は対象物の水分を奪う術だからね。服を乾かすくらいだったら、多少時間はかかるけど他の術を使う方が安全だから、こういうときにこの術を使う者はあまり居ないんだ」

 まるで、先ほどオビトに使った術が安全ではないような物言いが引っかかる。リンとオビトは、あれだけびしょ濡れだった服にまったく湿り気が残っていないことに感心していて、先生の言葉の意味に含まれるものには気づいていないようだ。
 オレの視線に気づいてか、ミナト先生は少しだけ、いつもと違うように笑んでみせた。

「白南風はね、本来は紙や布なんかの、あくまでも無機物の湿気や水分を飛ばすのに使うためのもので、人や有機物に向けて使っちゃいけないんだよ。少し間違えたら、体内の水分も奪ってしまうからね」
「え」

 声を上げたのはオビトで、リンと同様に真ん丸にした目を先生へ向けている。

「まあ、その辺は術者が調整できれば問題ないよ」

 フォローなのか、それとも自分はそれくらい器用な術者だからと言いたいのか――恐らく前者だろうけれど、体内の水分を奪うというのは割ととんでもないことだと思う。使い方次第で、人を一瞬でミイラにしてしまえるのだから。
 そんな術をいとも簡単に使ってみせる辺り、『波風ミナト』という上忍の技量の高さが分かる。

 忍術だけでなく、ミナト先生が体術にも戦術にも優れていると知るには、そう時間が掛からなかった。
 高い建物の外壁掃除、水路の修復の手伝いなどの任務をこなすと同時に、ミナト先生に修業をつけてもらっている。オレたち三人対先生で模擬戦を行うことも何度かあったが、その度に先生の実力を思い知らされる。『木ノ葉の黄色い閃光』などと名がつくくらいだ。下忍三人の相手など、いい準備運動くらいにしか思っていないかもしれない。
 恐らく、今まで担当になった上忍師の中で、誰よりも一番強い。腕のある上忍に師事できたのは、相当恵まれている。この班が続けばいいのに、と思ったのは初めてだった。



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