最果てまでワルツ | ナノ
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 卒業試験を受けてみないかと教師に言われ、オレは間を置くことなく「はい」と返した。
 はっきり言って、今のクラスの奴らじゃオレの相手には足りない。同じクラスどころか、アカデミー内でもオレより速く動けて、且つオレより上手く術を使える生徒もいない。自惚れじゃなくて事実だ。
 卒業試験は、火影である三代目とアカデミーの教師の前で、変化の術を見せる課題一つ。オレは印を結び、三代目そっくりに化けてみせた。
 目を見張った三代目は、後ろで組んだ両腕をそのままに、深く頷いた。

「はたけカカシ。合格じゃ」

 変化を解き一礼すると、三代目の手から木ノ葉の額当てが手渡された。
 父がいつもつけている、木ノ葉の忍の証。オレも今日から父と同じ忍だ。
 巻いて外に出れば、オレの卒業試験を聞きつけたらしいクラスメイトが集まり、額に光る鉢金を認めると、一斉に声を上げた。
 集団の中には、オビトやリン、サホも居た。オビトはバカ面を見せ、オレの額当てを指差してあんぐりと口を開けている。

「合格したのね! おめでとう!」
「ああ」

 人混みを掻き分けて、リンがオレに言葉をかけてくれた。リンの傍には唇を引き結んで、睨みつけているオビトが立っている。周囲は合格を祝う喜色に満ちているのに、オビトだけが正反対の感情をオレに向けているのが伝わってきた。

「なんだよ。お前は祝ってくれないのか?」
「誰が、お前なんか! お前なんか、すぐ追いついてやるからな!」

 声をかけると、オビトはオレの額当てを指差して言い捨てると、集団から抜け出すように駆けて行った。

「あっ、オビト」

 走って行くオビトを、サホだけが目で追う。横顔を向けるサホもまた、この集団の熱気に完全には染まりきっていなくて、あくまでもサホが関心があるのはオレよりオビトだ。

「サホも祝ってくれないの?」

 単に訊ねただけだ。オビトを追おうとするサホを引き留めたかったわけじゃなくて、ただ問うただけ。サホはオレの言葉にハッとしたように、体をこちらに向けて「おめでとう」と言葉をくれた。

「下忍になっちゃったら、もう前みたいに一緒に修業はできないね」

 少しだけ目を伏せ、サホは言う。下忍になったら今までのように放課後なんてものがあるわけじゃないから、いつも必ず、という約束は絶対にできない。

「いつものところでやるんでしょ? 暇だったら顔を出すよ」

 下忍になったからと言って、三人と過ごす時間が取れないわけじゃない。オレにだって自由に動ける時間はあるはずだ。そういうときに時間が合えば、あの場所に向かうことはできる。
 サホは目を瞬かせたあと、嬉しそうに笑った。

「うん! 待ってるね」

 素直に嬉しさを表現するサホに、オレもまんざらではなかった。オレはいつも家や里で父を待つ側だったけど、今度からはオレも家や里を出て帰ってくる方に回る。そんなオレをサホたちが待ってくれていると言うのは、なんだか悪い気がしなかった。



 卒業の手続きと、下忍への登録関係でアカデミーの一室にしばらく留まり、解放されるとすでに生徒全員が下校を済ませていた。
 あとはもう家に帰るだけだ。外はすっかり陽が暮れて、家のあちこちから夕餉の匂いが漂ってくる。


「待ってるね」


 サホの言葉を思い出し、いつものところへ足を向けた。この時間帯だとまだあの場所に残っているか、そろそろ帰ろうかという微妙な時間だ。だけどもし、まだ残っていたら。だったら、顔を出しておいた方いい気がした。
 いつも四人で向かうときは、オレより足の遅いリンやサホにペースを合わせていたけど、今は一人だ。道ではなく屋根や木を伝って駆ければ、四人で向かうより随分早くなる。

「あっ、カカシ!」

 下からオレの名前が響いた。足を止めて確認すると、リンが手を振っている。サホやオビトの姿もあった。どうやらやはり、もういつものところから帰るところだったらしい。
 傍に降り立ち、ぶすっとした顔のオビトに迎え入れられると、オレの顔も不機嫌を返さずにはいられない。といっても、オレの顔半分はマスクで隠しているから、周りから見えるとしたら目くらいだろうけど。

「カカシ、遅かったのね」
「手続きに時間がかかって、さっきアカデミーを出た」
「こんな時間まで? 飛び級だからかしら」
「さあ、どうだろう」

 喋っているのはリンだけ。オビトがオレと話したくないと口を閉じるのはよくあるけど、最近はサホも気負うことなく会話に入ってきていたのに珍しい。目だけでサホの様子を窺ったら、どうしてだろうか妙に落ち込んでいる。

「今日はね、カカシの卒業と、下忍になったお祝いをしようと思ってたの」

 サホに声をかける前にリンが言う。オレを待っていてくれたのは確かだったらしい。

「カカシ、明日はどうかな?」
「明日は、一緒に組む班と顔合わせがあったりで一日潰れる。明後日の夕方ならいいよ」
「分かった。じゃあ明後日ね。いつものところで」

 リンがパンと手を打って笑顔を見せ、オビトはオレから顔を背け、サホは地に視線を落としたまま。三者三様。リンとオビトは常と変わらないけれど、サホの様子はちょっとおかしい。

 また何かあったんだろうな。

 サホは本当に分かりやすい。何が原因かは知らないが、落ち込んでいるのが見て取れる。
 リンもオビトも、サホの様子には気づいていない。サホはリンやオビトに声をかけられると、すぐにいつものサホとして振る舞う。二人にとって、サホは常と変わらないサホにしか見えないのだろう。
 帰り道の途中で二手に分かれるから、そのときにでも訊いてみよう――と思ったら、サホは母親に、帰る途中にと使いを頼まれているからと、一人で商店街の道を進んでいく。物言わぬ小さな背は、今度はどんなことに悩み落ち込んでいるのか。『多感』という言葉は、きっとサホのことを指し示すのにちょうどいい。


 その日は父が任務で帰らなかったので、作り置きされていたもので夕飯を済ませた。朝起きて支度を済ませ、額当てをつけアカデミーへと向かう。生徒が授業を受ける校舎ではなく、里に登録された忍が通う方へ。
 当たり前だけど、オレくらいの歳で下忍になる奴はそうそう居ない。だから物珍しいらしく、不躾な視線があちこちから刺さる。
 そんなものはもう慣れっこだ。アカデミーに在籍していた頃からも似たような視線を浴びていた。

「はたけカカシだね。今日からオレたちが、君と組むことになった」

 髪の短い男の上忍師が、オレより年上の下忍二人を連れて声をかけてきた。下忍はどちらも男で、一人は眼鏡をかけていて、一人は体が痩せ形。上忍師は歳が二十三、下忍はどちらも十だという。

「あの木ノ葉の白い牙の息子で、その歳でアカデミーを卒業した天才とはいえ、君は新人に変わりない。これからこの四人でチームを組んでやっていくんだ。それを忘れないようにな」

 上忍師の言葉に頷くと、まずは任務中の連携を取るため、各々の動きを見るべく演習場へと足を運んだ。存在は知っていたが立ち入りが禁じられていたので、初めて入る演習場には興味をそそられる。

 演習場で組手を取り、オレは二人の力量を、オレ以外はオレの力量を確認し合った。

「本当に土遁も雷遁も使えるとは。末恐ろしい奴だな」

 オレの基本情報はアカデミーから上忍師の手には渡っているので、オレが土遁も雷遁も使えることは知っていただろうけれど、実際に見るまでは半信半疑だったらしい。オレも自分の歳くらいの奴で、二つ以上の異なる性質の忍術を使う奴は見たことがないから、存在を疑うことはおかしい話ではない。
 オレより倍生きている他二人の下忍は、歳半分のオレに負けたことが悔しいのか、さっきから目を合わせようとしない。
 だからなのか、三人で上忍師と戦うことになっても、いまいち噛み合わない。意図していないのだろうけど、オレの視界の邪魔になったり、術を発動しようにも巻き込んでしまいそうな位置に立っていたり、思うように動けなかった。
 燻ぶるような苛立ちを腹に溜めこんで、演習場から出たのは夕方。あとは各自解散を言いつけられると、下忍の二人はとっとと去って行った。


 自宅に戻り、風呂を済ませている間に父が帰ってきた。

「下忍になったんだってな。任務に行く前に、お前に卒業試験を受けさせる話はされたんだが、帰ってきて三代目に教えて頂いたよ」

 まだ濡れている髪を気に留めることもなく、掻き乱すように撫でる大きな手が心地よくて、自然と両目が閉じる。

「これからはお前も、父さんと同じ、里を守る忍だな」

 腰をかがめて目線を合わせる父の額には、オレの新品の鉢金と違い、小傷がいくつもついた、鈍色に光る木ノ葉の印があった。
 オレもやっと一人前。まだ父さんの隣に並べるほどではないけれど、同じ場所に立つことができた。
 誇らしげな父。オレを誇ってくれる父を見ると、オレも嬉しかった。

 父が帰りに買った弁当二つを食卓に並べ、お湯を沸かして即席の味噌汁を作る。「どうせならお祝いで良い物を買えばよかったな」と父は言うけれど、オレはこの店の弁当を結構気に入っている。市販の弁当というのはどうにも味付けが濃いものが多いけれど、この店の味付けはあっさりとしているから好きだ。

「同じ班の子とはどうだ?」

 箸を動かす合間に、父が訊ねた。オレは今日のことをざっと振り返って、思うことを短くまとめた。

「動きが合わない」
「ま、最初はね」

 ある程度答えの予想をしていたのか、父は当然とばかりにそう返した。
 オレが、仲間が視界を遮ってしまうこと、仲間のせいで術が発動させられなかったことをそのまま口にすると、父は難しい顔をしてしばらく考えたあと、

「いいかい、カカシ。お前は班の仲間と、これから命を預け合っていくんだ。動きが合わないのなら合わせるんだよ。同じ木ノ葉の里の仲間に対し、驕ったり居丈高に振る舞ってはいけない」

と、真剣な面持ちで話し始めた。

「お前は里の中でも特別、才に恵まれている。いつか父さんや三代目様以上の、優秀な忍になるかもしれない。だからこそ、一番大事なものをいつも心に留めておかなくちゃならない」
「一番大事なものって?」
「信頼し合える仲間だよ」

 問うと、答えは微笑みを伴って返ってきた。

「父さんもね、仲間に何度も命を救われたよ」
「父さんが?」
「ああ。人は完璧じゃない。いくら父さんでも、手練れを百人も相手にして必ず生きて帰って来られるかと言ったらそうじゃない」

 父さんが? 里どころか里外にも名が知れて、会う者みんなが口を揃え『立派な父を持って』と言われる父さんが?
 もちろん何事にも『絶対』はない。家を出た父が帰らぬ人となる覚悟はしているつもりだけれど、いざ父自身からそのようなことを言われると、不安で背が冷えた。

「だけどね、そういう父さんを、仲間が支えてくれる。父さんが囮になっている間に任務を全うしてくれたり、逆に仲間が父さんをバックアップしてくれる。そういうときに、父さんたちは何を考えているか分かるかい?」

 問われてもすぐに答えは出ない。それにきっと、オレが今思いつく回答は全て間違っているだろう。

「『こいつならきっとやってくれる』。そう信じているんだ。戦場では、信頼できる仲間というのはとても大切なんだよ。命を預け合えるほどに信じられる者が居るから、躊躇うことなく前に進めるんだ」

 咀嚼のためではなく、言葉を零さぬために口を閉じていると、父はオレの答えを待つことなく、自らが考えていることを述べた。
 信頼できる仲間。命を預けられるほどの。

「お前にだって居るだろう? 班の子たちではないけれど」
「……そうだね。多分」

 浮かんだのは、オビトやリンやサホの顔だ。一番に浮かんだのがオビトなのが若干腹が立つけど、あいつの根性強さや、人を大事にするところは認めている。リンはオビトに甘いところはどうかと思うが、協調性があっていい奴だし、サホは気にしすぎたりすぐに落ち込んだりするけど、ちゃんと顔を上げる。
 三人のことは信頼している。命を預けられるかは分からないけれど、オビトの仲間や年寄りを思うところ、リンの博愛精神、サホの芯の強さ。そういう部分は信用している。

「その子たちと、最初からうまく打ち解けていたか?」
「まあ……最初から、ってわけじゃない」

 最初からどころか、オビトは今でもオレと顔を合わせるとうるさい。リンはやっぱりいい奴だから、そんなに悪くはなかった。サホは、面倒事に付き合わされた。

「それと同じだ。班の子とはこれから関係を作っていくんだから、今は躓くことが多くて当たり前だよ。あっちも、自分よりずっと年下のカカシにどう向き合えばいいのかまだ手探りだろう。今すぐ信頼し合えなんて父さんも言わない。ゆっくりでいいから、真摯に向かい合ってごらん」

 真摯に、ね。父の言い分は理解できるけど、でもそれは、オレだけが心に留めていたって仕方ない。あの下忍二人もオレに真摯に向き合ってくれなければ意味はない。

 そういう風に考えるのが、だめなんだろうな。

 あっちだって、という考え方をしていたら始まらない。あっちが年上だから譲れ、こっちが年下だから倣え、ではない。同じチームの仲間。立場は対等。
 とりあえず、オレは父の言うとおりに、二人に対して不遜な態度を取らないように気を付けようと、弁当の焼鯖をほぐしながら考えた。


 次の日、昼前まで時間の空いているオレに合わせ、父は午前中は休みを貰ったという。三代目が気を遣って時間を調整してくれたらしい。忍服など必要な物を一式揃える時間に当てろ、とのことだ。
 時間はあまりないので、オレと父は朝食と洗濯を済ませると家を出た。父の馴染みの店は、オレにちょうどいいサイズは取り扱っていなかった。

「こんなに小さい子が忍になるなんて思ってないからね」

 店主は品揃えの非をそう言って誤魔化した。小さいサイズも取り揃えているだろう店を教えてもらったので、そこで何とか調達できた。やはり袖も裾も長いけれど短いより融通が利くからマシだ。いざとなったら切ればいい。試着室を借りて着替え終えたら、もうすぐ昼時だった。

「お前はそろそろ集合だろう。父さんは帰りが遅いかもしれないから――」
「分かってる。どこかで買って済ませるよ」

 父はオレの頭を撫で「ごめんな」と言った。いつものことだ。それにオレももう忍だから、父の帰りが遅くても、しばらく帰ってこなくても何とかなる。
 オレはそのまま集合場所に向かい、上忍師たちと顔を合わせた。今日はこの班にとって初めての任務だ。内容は『行商の運搬の手伝い』で、大量の荷物を行商の指示に従い運ぶと言う単純なものだ。簡単ではあるけれど、荷が相当多いらしい。指定の時刻までに完遂するには、オレたちの連携が大事だと上忍師が一言告げた。
 上忍師の言葉と共に、昨夜の父の言葉も思い出して、気持ちを切り替える。『オレの倍も年上なのに』という見方はやめる。邪魔と思わない。言葉を選ぶ。うん。面倒だ。でも父が言うなら、間違いはないから。



 オレは頑張った方だと思う。あの二人を『十のくせに』なんて扱わなかった――はずだ。
 だけどやはり、邪魔だなと思ってしまうし、考えが足りないなとも感じてしまうときがあった。
 それも隠したつもりだったけど、あっちには伝わったのだろうか、解散となると二人はまたしてもさっさと去って行った。

「悪いな。二人も、歳の離れたカカシにどうしていいか分からないんだ」

 上忍師は、父と似たようなことを言った。やっぱり父が言うことは当たりだ。なら、オレは父の言うように、二人に向かい続けるしかない。真摯にというのは、ちょっと難しいけど。

 考えると億劫な気分になるから、班のことは置いておいて、今度は三人のところへ向かわなくては。今日だったら大丈夫と約束していたので、きっと三人は待っているはず。オビトはどうだか知らないけど。
 地をではなく屋根を蹴り、演習場から最短距離で、いつものところを目指す。足をつける屋根はいつしか木々の枝になり、鼻をこらせばそろそろ三人の匂いがうっすら感じられるほどの距離まで詰めた。

――サホ?

 嗅ぎ慣れた匂いはサホを指していた。オビトやリンの匂いは傍にない。いつも三人で居るのに、何故サホの匂いだけがするのだろう。
 疑問には常に警戒を、という持論により、オレは気配を殺し、サホに近づく。
 視認できたサホは、両手を組んで縮こまっていた。組むというより、右手を左手で押さえているようで、それは痛みを堪える姿によく似ていた。

「何してんの?」

 サホの一番近くに伸びる木の枝に足をつけ見下ろすと、サホが驚いた顔でオレを見上げた。ぽかんと口を開けて、ちょっと間抜けだ。

「は、はたけくん……」
「怪我でもしたの? 早く手当てした方がいいんじゃない」

 枝から下りて、サホの手を指して言ったけれど、サホは固まったまま動こうとしない。オレの名を呼んだきりで、ぽかんと開いていた口も閉じられた。

「一人? オビトとリンは?」

 黙ったままだから、手に傷はないのかもしれない。それならそれでいい。じゃあどうして、サホはこんなところに一人で居るんだろう。いつものところは、もう少し奥の拓けた場所だ。まさか一人でオレを待っていたわけではないだろうと二人の名前を出して訊いてみたら、サホは俯いてしまった。

「どうかしたの?」

 俯いたら、サホの顔はよく見えない。覗き込むには、少し体を曲げなければいけない。そうして見えたサホの表情は、唇をぐっと噛むように結んでいて、目はきらきらと光っていた。

「泣いてる……?」

 潤む目にびっくりすると、サホは組んだ両手をそのままに、自分の顔に押し付けた。首を横に振って泣いていないと無言で否定するけれど、こんなに近くで見間違えるわけがない。
 何かあったのかと訊けば、サホの唇の端からは、堪えた末に溢れてしまった声と息が途切れながら出てくる。

「二人と、喧嘩でもした?」

 言ってすぐに、

「まさかね」

と自分で自分の言葉を打ち消した。
 サホはリンと同性だからか特に仲が良いし、オビトはサホの好きな奴だ。どちらもサホと喧嘩をする理由もないし、サホ相手に喧嘩をふっかけるようなタイプでもない。
 オレの考えは間違っていないらしく、サホはやっぱり頭を左右に振った。だけど、オレの問いに否定しかしないので、一体どうして泣いているのかというのはさっぱり分からない。

「泣いてちゃ分からないんだけど」

 違うと言うのなら、明確な答えが欲しい。オレが一つ一つ例を挙げて問うより、サホが一言告げるだけで解決する。
 サホは浅く続けていた呼吸を、深いものに切り替えたあと、そっと目元から両手を離した。

「……オビトに……好きな人がいて……」

 赤い目で、ぽつりぽつりとサホは話し始める。
 あー、なるほどね。

「ああ。やっと気づいたんだ」

 合点がいって、オレはやっと俯くサホの顔から離れた。曲げていた腰を伸ばすと、じわりとした痛みがうずく。
 サホは目をぱちぱちと瞬かせ、

「はたけくんは、知ってたの?」

と驚いた。

「まあね。あいつ、分かりやすいから」

 忍者志望のくせに、オビトがリンへ向ける気持ちは周囲に駄々漏れだ。友情か恋愛かまで区別がつかなくても、リンを好いているのは誰が見ても一目瞭然だ。

「わたしは、この前知ったよ。はたけくんが、卒業試験に受かった日」

 だけどサホは、最近気づいたらしい。オビトを好きで、オビトの近くに居たのに、どうして分からないのか謎だ。オレが卒業試験に合格した日だと言われても、別にオレは関係ないのに、なんだか関連付けられているようで困る。

「それで。オビトがリンを好きだって知って、ショックで、二人と一緒に居るのがつらくて、こんなところで一人で泣いてたの?」

 サホの様子から、その心情を察して口にすると、口をへの字にして情けない顔を見せた。

「全然気づかなくって、びっくりした」
「むしろ、気づいてなかったサホの方にオレはびっくりするよ」
「そういえば、オビトってよく、『リン、リン』って呼んでるなぁ……」
「あいつの前世、風鈴だろうな」

 口を開けば「リン」。何かあれば「リン」。オビトの頭の中は、寝ることと食べることと、じいさんばあさんを助けることと、リンのことしか詰まっていない。
 サホは風鈴になったオビトでも想像したのか、その口からは薄い笑い声が漏れた。慌てて唇を手で押さえ、窺うようにオレの方を見やるサホの表情には、暗いものは何もなかった。

 まだ笑えるだけの余裕はあるんだ。

 極限まで追い詰められているわけではなさそうで少しホッとする。
 サホは少し考え込んだ仕草を見せ、

「リンに、ヤキモチ妬いちゃってるんだと思う」

と、自分の内心を分析してみせた。
 ヤキモチね。そりゃあ好きな奴が好きな相手に夢中な姿を目の前で見ていたら、面白くはないだろうからそういう感情が湧くのは当然だ。サホの口ぶりは自分を俯瞰しているようで、思ったより冷静に自身を捉えている。

「現状を的確に把握できているのは、忍として正しいことだ」

 感情や思想を一旦捨てて、今置かれている状況を見つめて理解するのは、任務を遂行するためにも必要だ。そういう意味では、サホのこの振る舞いは正しいと言える。

「三人で居るの、きっとまだ苦しいと思う。だけど、オビトも好きだけど、リンも好きだから。三人で居るのはつらいけど、二人から離れるのも苦しい。だから、我慢する」

 予想して、その際の自分の胸中を考え、結論を出したサホは、両手を握って拳を作る。それは自分に言い聞かせているようにも見えた。
 サホはこの場で、今の自分なりのベストな答えを弾き出した。オビトを怒らせたと泣いて、自分はオビトみたいに特別な一族じゃない、リンも特別な一族だったらどうしようと気にする、うじうじとした頃からすると大違いだ。

「オレも、なるべく来るようにするよ」

 サホはきょとんとした顔をして、「え?」と声を漏らした。

「三人で居るのがつらいなら、四人で居ればいいんでしょ?」

 三人がいやなら三人にならなければいい。単純な答えだけど、下忍になってずっと一緒には居られないオレがサホにしてやれるのはこれくらいだ。
 オレがこんなことを言いだすのは寝耳に水だったのか、サホの目は丸くなった。そのうち、その目はまたきらきらと光り出して、目の端から零れはしなかったけれど、涙の膜を張った。

「ありがとう」

 サホが笑う。嬉しそうだった。


「信頼し合える仲間だよ」


 父の言葉が、頭の中で響いた。
 間違いなくサホは、オレにとって信頼し合える仲間に当てはまる。オビト並みに好意が駄々漏れで、自分にだって嘘がつけない。すぐ泣くし、笑うし、落ち込むし、困るし、『ありがとう』って簡単に言う。
 サホのこと、嫌いじゃない。サホの正直さは信頼できる。

「仲間を助けるのが、オレの流儀だ」

 忍にとって一番大事なものが仲間だというなら、仲間を見捨てることはしない。
 サホは潤んだまた目を丸くしたあと、弓形にして、再び笑んでみせた。いつもと変わりないサホに戻った。



03 終生の仲間

20190505


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