最果てまでワルツ | ナノ
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 サホとオビトは、次の日にはいつもの二人に戻っていて、リンと三人での行動も復活した。
 仲が戻ったのはいいことだろう。不和よりも円満がいいのは子どもでも分かる。そっちの方が色々とスムーズに事が運ぶ。ギスギスした空気は精神をゆっくりと害するから、理由がないなら『みんな仲良く』で居られる方がずっと楽だ。

 ただし、相手によっては『みんな仲良く』なんてなれないのが、人間関係というものだ。



「えぇー!? いいよ、カカシは!」

 アカデミーに登校すると、放課後に集まって修業をするから一緒にどうだと、リンより誘いがかかった。メンバーはリンと、サホと、オビトの三人。どうしようかと考えていたら、オレが答えるより先に、オビトが不満を前面に押し出した声を上げる。オレが加わることが大層不服らしい。

「はたけくん、今日は忙しい?」

 サホが訊ねてくるけれど、この場合は忙しいとかそういう問題ではない。単に、オビトがオレを邪魔だと思って喚いているから、行きたいという気持ちが湧いてこないだけだ。
 リンがオビトを説得し始めると、オビトの意識はオレではなくそちらへと完全に移った。オビトはリンには逆らえない。オレが二人を知ったときからずっとそうだった。
 話が進まないしキリがないので、オレは他の友達に呼ばれたのもありそっちに向かった。後ろからリンがオレを呼び止めようとしたけれど、オビトが面倒だから無視した。リンのことになるとオビトはすぐにオレに食ってかかる。オレより年上のはずなのに、オレよりガキだと思う。



 放課後になって、オレは友達に誘われるまま、共に校舎を出た。これからみんなで鬼ごっこでもやろうという話になって公園へ向かう。その途中で友達の一人が親に「家の手伝いの日でしょ」と怒られ帰ってしまった。
 一人が抜け、なんとなく場が白けてしまい、今日はもうお開きに、という流れになった。表向きはそういう流れだけれど、単純に白けたのではなく、他の奴らも親からの言い付けがあったのに放り投げて遊んでいるから、それをこっそり思い出して慌てて帰りたくなったのだろう。
 親からの用事など言いつけられていないオレは手持無沙汰になり、そういえばリンたちに、一緒に修業をしないかと誘われていたことを思い出した。オレを明らかに拒むオビトが鬱陶しくて行く気はなかったけど、オレが参加することがオビトにとって煩わしいのなら、十分な嫌がらせになる。

 そんな気持ちで、三人が修業しているところを探した。何かヒントはないかと最近の記憶を振り返り、オビトとサホを以前見つけた場所があったなと思い出しつつ向かえば、よく利くオレの鼻が三人のかすかな匂いを捉えた。

 当たりだな。

 以前とまったく同じ場所に三人は居るらしい。様子でも探ろうと、気配を殺して近寄ってみると、ちょうどリンとサホが組手をしていた。リンは火遁、サホは風遁を使い、最後はリンの勝ちで終わった。
 和解の印を結んだ二人は、さきほどの組手の感想を述べ合っている。オレから見たらまだまだだけど、少し前に行ったアカデミーでの組手の授業のときと比べたら、無駄な動きや停止はなくなって、忍術もしっかり使えている。
 特にサホは、オビトとリンと一緒に居るようになってから、アカデミーでの授業に前よりも意欲的に取り組んでいるようで、はっきりとその成果が出ている。ま、オレからすれば、勉強に来ているのにお喋りに夢中だった以前の方がどうかと思うけど、その辺を言わない賢さがあるので口は閉じている。
 オビトは二人から離れたところで手裏剣を打っている。的に当たっているのは半分くらい。こちらは相変わらずだ。どんな顔をするだろうかと、あいつの視界に入るところに降り立つと、手裏剣を構えたままの姿勢で、あからさまに顔を歪めた。

「ゲッ!」

 踏んづけられた蛙みたいな声を上げる。オレの登場がものすごく不愉快なのが伝わって、いつもならイラっとくるところだけど、狙ってやった今は期待通りの反応でオビトに勝った気分だ。
 オビトの声でオレの存在に気づいたらしいリンが走り寄って、少し遅れてサホもこちらへ駆けてくる。

「カカシ、来てくれたんだ」
「暇だったからね」

 正確に言うと『暇になったから』だけど。大して違わないでしょ。

「暇なら家帰って寝てろ!」

 オレの家がある方を指差し帰れと促すオビトは、やっぱり鬱陶しい。鬱陶しいオビトは放っておくに限る。

「サホのチャクラの性質って風なの?」

 さっき気づいたことを訊ねると、サホからは肯定が返ってきた。チャクラ紙で調べたら風だったと。

「へえ。知らなかった」

 サホが風、ね。初めて知った――と言ったら、『覚えていなかったの間違いではないか』と返ってきた。そう言われたら、入学してすぐにチャクラ紙で性質を調べたとき、一人ずつ教師に呼ばれて皆の前で紙を持った。木ノ葉の里出身の忍の多くは火の性質を持っている。風の性質を持っている者は稀だ。だから珍しさで覚えていてもおかしくないのに、生憎とオレの記憶にはない。だから『覚えていなかった』というより、やはり『知らなかった』だ。

「風か。オレは相性悪いね」
「ふふっ。怖い?」

 チャクラ紙に深い皺が入ったオレは雷。五大性質の関係で言えば、雷は風と相性が悪い。思って口にすると、サホは自分が怖いかとオレに訊ねた。

「はあ? オレが? そんなわけないでしょーよ」

 サホが怖いなんて、そんなことあるわけない。性質的に雷が風を苦手にしているのは事実だけど、総合的な力に差があればそんなの関係ない。
 はっきり言ってオレがサホに負けることなんてまず有り得ない。その辺はサホも分かっていたようで、「そうだね」と笑っている。さっきのはサホのからかいだったらしい。うっかり乗ってしまった。

「なんだよ。結局来るんだったら、『行く』ってはっきり言えばいいじゃねぇか」
「お前、オレに来てほしかったわけ?」
「んなことあるか!」
「あー、面倒くさい奴」
「まあまあ。せっかく集まったんだから、喧嘩しないでよ」

 何を言っても文句ばかりのオビトに、オレも真面目に相手をする気はない。尚も噛みつこうとしてきたところで、リンに止められてオビトは開きかけた口を閉じた。やはりリンは、オビトの手綱を握れる少ない人物の一人だ。


 そのあと、オレとオビトが組手を取った。もちろんオレの勝ち。これで十五勝零敗。ちなみにこれはアカデミーに入ってからの数字だ。
 アカデミーに入学して以降、オレは一度も負けたことがない。同期はもちろん、先輩の相手にも、複数でも。そうすると、オレに組手をやろうなんて言ってくる奴がどんどん減ってくる。どうせ勝てるわけないと最初から白旗を揚げている。
 意気地なしばかりかと思いきやそうでもなく、諦めずにオレに挑む奴も、わずかだけど居る。その内の一人がオビト。その負けん気の強さだけは昔から認めている。ちょっとだけね。

「暗くなってきちゃったね。そろそろ帰らないと」

 リンの声で、今日はこれでお開きとなった。陽もかなり傾いている。そろそろ完全な夜になるだろう。
 オビトと一緒に歩くと、どうしてもオレたちは並ぶ。オビトがオレの後ろを歩くのが嫌だと前に出て、その態度が面白くなくてオレも前に出て、それを繰り返すとどうしても並んでしまう。で、大分先を歩いてしまって、いつもリンを置いてきてしまう。今日はサホもだ。
 だからオレたちはリンたちを待つために足を止める。その間、フライングをしないように相手を見張りながら。リンたちが追いつけばまた歩きだし、そして置いていく。
 何度か繰り返したあと、オレの家に続く道を見つけた。別にどこからでも行けるけれど、使い慣れた道はそれだった。

「じゃあね」

 通りから見て左の道に入ろうとすると、オビトがオレを引き留めた。

「あっ、おい。サホもそっちの方だから、途中まで一緒に帰ってやれよ」

 サホも家がこっち側らしい。どこにあるのか知らないけど、もう暗いし、一人で帰るよりは途中まででも誰かと一緒がいいだろう。

「そ。サホ、行こう」

 声をかけると、サホはオビトやリンをちらちらと見たあと、そっとオレの傍へと寄る。オビトやリンから離れ難そうな態度が見て取れて、十中八九オレと帰るのが嫌なのだろうと察した。

 別に、オレも一緒に帰りたいわけじゃないけど。

 オビトが一緒に帰ってやれと言って、オレもそうした方がいいだろうなと思って受け入れただけだ。そのサホはオビトやリンと居たい。二人との方がオレとより親しいから気持ちは理解できる。
 オビトたちと別れ、オレたちは左の道へ。サホはオレの後ろを、黙ってとぼとぼとついて来る。

 そんなに、か。

 サホも面倒だ。オビトと比べたらマシだけど、面倒くさい。サホはやっぱり女子だ。リンも女子だけど、リンにはこういう面倒くささがない。オレの傍によく居た女子はリンだったから、比較するのもリンになる。サホが普通なのか、リンが特別なのか。よく分からないけど、早いとこ別れた方が気が楽だ。

「サホの家って、どの辺?」

 前を向いたまま訊ねると、後方から戸惑いがちに答えが返ってきた。この道を真っ直ぐ行き、突き当りを右。なるほどね。
 会話は終わって、オレたちはまた沈黙する。沈黙は嫌いじゃないけど、背後から伝わる居心地の悪さにため息が出そうだ。

「オレと帰るの、いやだった?」
「へっ? ……そ、そんなことないよ」

 否定しているけれど、それは嘘だと知っている。名残惜しそうにオビトやリンに手を振り、背中を見送ったのを傍で見ていた。帰りたいなら三人で帰ればと言わなかったのは、自分がいじけているみたいで押し留めた。

「はたけくんと、何話していいか分からなくて」

 続いた言葉には同感だ。

「ああ、そうだね。オレも同じ」

 だからそう言うと、何故かサホはオレに質問してきた。オレの父親のことや、オレの家は特別な一族か何かなのかと。『何の話をしたらいいか分からないから』と言っていたのは何だったのか、サホは次々にオレに問うてくる。
 オレの父親は名の知れた忍者だ。オレの誇りでもある。特別な一族かどうかは知らない。気にしたこともない。
 オレの話の次は、リンのことについて訊かれた。リンも特別な一族なのかと。

「オビトと一緒に修業するようになってね。ほら、オビトって、うちは一族じゃない? うちは一族って、木ノ葉じゃ知らない人はいないくらい有名でしょ」

「はたけくんも、お父さんはすごい人みたいだし、はたけくんだって、すごい生徒だって、天才だって、先生やみんなからも言われてて」

「わたしの家は、何でもない家なの。お父さんもお母さんも忍で、お兄ちゃんも忍なんだけど」

「だけど、何でもない家だよ。特別な力も、一族代々に伝わるものも、何もない」

「それで、なんだか、わたしってオビトの傍に居たら、変かなぁって考えちゃって」

「リンはね。リンは、すごくピタッとくるの。『相応しい』っていうの? リンはすごく、オビトと、はたけくんのところに居ても、いいの」

「だからリンも、特別な一族なのかなぁって」

「わたしは、みんなと居ていいのかなぁ、って……」

 ぽつりぽつりと、サホが自分の気持ちを吐露していく。どうもサホは、自信を失くしているようだ。
 オビトはバカだけど一応うちは一族。自分で言うのもなんだけど、オレも成績は良い。
 そんなオレたちにリンが相応しいだとか、そういうのはよく分からない。リンはアカデミーに入る前から遊んでいた仲だから、アカデミーから知り合った奴より――サホより仲が良いのは当然だ。
 だけどサホが言いたいのはそういうことじゃないのだろう。リンがただの『のはらリン』ではなくて、何か特別な力を秘めていたり、特別な術が使える特別な一族の類ではないかと。そして仮にそうだとしたら、自分だけが何もないのだと気にしている。

 そんなの、気にしても仕方ないのに。

 家が特別だとか何だとか、気にしたところでどうしようもないだろう。この世にすでに産まれ落ちている以上、その家の血を引いている以上、変えようがない。
――と、言っても、今のサホには大して響かないだろう。

「リンのことは、軽くだけど知ってるよ」

 道の突き当りに着いた。オレの家へはこの道を左に行くから、サホとはここで別れようと思っていたけれど、このままサホを放っておくのはさすがに居た堪れない。面倒だけど、家まで送ってやろうと右の道を進む。

「でも、教えるつもりはない。そういうのは本人に訊くべきでしょ。忍は情報を取ってくるのが仕事」

 周りに比べて引け目を感じるサホの気持ちも分かるけど、その前にリンのことを自分で知るべきだ。リンの家のことが気になるなら本人に訊いてみればいい。
 教えるのは簡単だけど、他人からの言葉は、そいつの思想が混じっていることがある。だから自分の目と耳で直接見聞きしたものが、一番まっとうな真実だ。少なくとも自分自身にとっては。
 後ろを歩くサホは黙ったまま。言い過ぎただろうか。いや、そうでもないはず。多分。
 足音が止まったので振り向くと、オレたちの脇には一軒の家。表札には『かすみ』の文字。

「家、ここ?」

 オレの問いに、サホは黙って頷いた。オレと頑なに目を合わせようとしないので、短い挨拶と共に軽く手を振り、歩いてきた道を引き返す。さっきの、突き当りのところも真っ直ぐ通過して、家路を辿った。



 家に近づくと味噌汁の匂いが鼻をかすめた。オレの家の周りは田畑や林しかないので、この香りの出所はまず間違いなくオレの家だろう。歩みを速め駆けると、見えてきた家の窓が明るい。玄関の戸を開け「ただいま」と声を響かせ、音がする台所へと真っ先に向かう。味噌汁の香りが溢れる調理台の前に立つ父が振り返り、オレを認めると、

「おかえり」

と笑い、手を洗ってくるようにと言った。
 手を洗い夕飯作りを手伝う。「今日は早かったね」と父に言うと、「明日も早いよ」と返ってきた。
 ここ数日は父の帰りが遅く、夕飯は近所の弁当屋か総菜屋だった。久しぶりの父の料理は、弁当や惣菜に比べると薄味で、慣れ親しんだ味にホッとする。

「父さん。うちって、何か特別な一族だったりする?」
「なんだ、急に」

 夕飯の鯵の甘酢漬けを箸で摘まみながら問うと、父は皺のある目を丸くしたあと、オレの質問に答えるべく手を止めて宙を見つめた。

「そうだなぁ……。母さんの家は忍とはまったく関係なかったし、父さんの親も忍ではなかったけど……おじいさんの兄さんが忍だったな。つまり、お前の大伯父だな」
「大伯父さんだけ?」
「いや。おじいさんの父――お前から見ると曾祖父か。その人が、忍だったらしい。ただ、早死にしてしまって、よくは知らないな」
「ふうん」

 父の両親や兄弟、祖父の話は初めて聞いた。父の歳からすると、大伯父や曾祖父は、第一次忍界大戦などを経験しただろうか。

「お前には教えてなかったな。元々、うちは農家だったんだよ」
「そうなの?」

 父が教えていなかったと言ったから当然だが、農家だったなんて初耳だ。そもそも、自分の家がどんな家系だったのかなど、サホと話をするまでまったく興味がなかった。ただ漠然と、父が忍だからオレも忍になるものだとしか考えていなかった。

「ああ。けれど、今もそうだが、昔も争いが絶えなかったからね。忍の家であろうとなかろうと、忍に適している者は引っ張られて駆り出されたんだ。お前の大伯父も曾祖父も、それで忍になったと聞いたことがある」

 やはり『昔』に当たる第一次忍界大戦などを、大伯父や曾祖父は経験していた。それどころか戦火に巻き込まれ、忍になることを強要されて前線に出ていた。

「家の周りの畑も、うちの畑だよ。ただ父さんは忍の仕事で忙しいから、知り合いの農家に貸してるんだ。手入れされないより、誰かが耕してくれる方がずっといいからね」

 我が家を囲む林や畑。その畑で、近くの農家が作物を育てているのは見かけたことはあるが、あの土地の本当の持ち主はうち。近所の人が野菜をくれるのはしょっちゅうで、近所付き合いの一環だと思っていたが、うちが畑を貸している縁もあるのかもしれない。
 知れば知るほど、オレの家は忍の家系というにはしっくりこない。結果的に忍の血は流れてはいるけれど、ほとんどの者がクナイではなく鍬や鋤を持っていた。オレの家よりも家族全員が忍のサホの家の方が、よっぽどそれらしい忍の家系に思える。

「いきなりどうしたんだ?」
「別に。ちょっとね。他所と比べて自分の家が特別じゃないって、気にしてる奴が居たから」
「そうなのか」

 味噌汁をすすったあと、父は炊き立ての白米を口に入れ、咀嚼する。味噌汁の中身は油揚げと葱。味噌汁の油揚げは汁をたくさん吸いこんでいて、口の中で噛むとじゅっと溢れて美味い。

「確かに、忍は、血筋が物を言うところはある。血継限界はまさにそうだろう」

 咀嚼が終わって口の中が空になるとそう言い、次は鯵を箸で運び入れる。それもまたよく噛んで飲みこむと、再び口を開いた。

「でもね。優れた血や秀でた才を持っていても、強い心が伴わなければ意味がない。強い心というのは、時に血や才を覆す力を持っている」

 父は箸を持っていない方の手で、トン、と自分の胸を叩いた。

「強い心があれば、血や才など関係ないと言ってやりなさい」

 殊更穏やかに父は言った。
 由緒正しい血筋を持たない父は、天から授かったような才を、里のためにと振るってきた。いくつもの戦場を駆け抜けて、何人もの忍を見てきたその父が、『血より才より強い心』と言うのだ。きっと間違いはない。

「うん。分かった」

 サホに話す機会があれば、言ってやろう。貰い物の野菜で作った漬物を歯で砕きながらそう考えた。



 次の日、登校してもサホの姿はなかった。まだアカデミーに来ていない。体調を崩して欠席でないのなら、鐘が鳴る前に教室へ入ってくるだろう。
 窓際の席に腰を下ろし、授業が始まるまでの暇つぶしがてらに外を見ていたら、いつの間にかオレの周りには男友達が集まっていて、視界がかなり狭められる。

「リン、おはよう」

 昨夜の食事がどうだった、新しい漫画がどうだったと、さして興味のないざわめきの中、サホの声が耳に入ってきた。友達の隙間を縫って見てみると、サホがリンに声をかける姿が見えた。
 しかし、周りの友達の声で二人のやりとりははっきりとは聞き取れない。サホはボソボソと喋っているから何を言っているのか余計にさっぱりだったが、いつもと変わらず元気なリンが返す内容から察するに、サホは昼休みに、リンに話がしたいと約束を取り付けている。サホの行動も目的は分からないけれど、リンが何か特別な一族なのかどうかという確認をしようと考えているのだろうか。

 へえ。意外と動けるじゃん。

 オレの中のサホの印象は『内気』だ。いくらか会話を重ねて、決して暗い性格ではないという認識はあるが、オビトやリンのように明るくて積極性があるとはとても言えないタイプだ。
 だからリンには結局何も訊けないまま、いつまでもうじうじと気にし続けていくんだろうと考えていたけれど、サホなりに勇気を持ってリンに声をかけたというのは、オレの中で固まっていたサホの評価を少しだけ崩した。
 リンとの約束を取り付けたサホは、席に座ると長い息を吐いた。緊張していたのか、顔は少し赤く、何かを成し遂げたみたいな表情に見えたけど、昼休みにちゃんと訊けなかったら意味ないよ。



 サホの件もあって、オレはサホ、オビト、リンと一緒に、アカデミーを出てまっすぐに昨日と同じ場所――三人曰く『いつものところ』へ向かった。
 リンに頼まれてサホも含めクナイ打ちを見てやる。リンはコントロールがいいけど力が弱い。サホは狙いがぶれやすいけど、飛距離はあるし木の幹にもしっかり深く刺さる。オビトはうるさいから放っておいた。
 陽が暮れて家に帰ることになり、また昨日と同じ隊列で夕暮れの道を歩いていく。昨日と同じ、オレやサホの家の方に続く左の道で足を止め、

「じゃ」

そう言うと、今日は何も言われなくてもサホはオレの方へ寄り、手を振って二人と別れの挨拶を交わした。表情にも暗い色はない。
 オレが先を歩き、その後ろをサホがついて歩く。これも昨日と同じ。

「話、できた?」

 あえて具体的なことは指さずにサホに問うと、背後から肯定の返事があった。

「そ。よかったね」
「うん」

 サホの声は少し弾んでいた。気になっていたことが解消されてスッキリしているのだろう。

「リンは、特別な一族とかじゃないって」
「だろうね。家、農家みたいだし」

 リンの家は農家だ。ほとんど農家の面影を残していないオレの家と違って、親は畑で色んな野菜を育てている。
 まだアカデミーに入る前に、遊んだあとにオビトと一緒にリンの家まで送って帰ったことが何回かあった。そのときに、送ってくれた礼だと、熟れたトマトをお土産にくれた。オレはトマトは嫌いじゃなかったけど、オビトはトマトがあんまり好きじゃなくて、だけどリンの家のトマトだからと食べたらすごく美味しかったため、それからトマトは苦手じゃなくなったらしい。たしかにそれくらい、リンの家のトマトは美味かった。

「あの頬の化粧は、お祖母ちゃんからの言い付けなんだってね。二十歳まで欠かさずやりなさいって、結構長いよね」

 初めて知る情報に、オレは足を止めた。後方を歩いていたサホがオレの隣に並ぶ。

「へえ。リンの化粧って、そういう意味だったんだ」
「え? 知ってたんじゃないの?」
「いや。初めて聞いた。特に興味なかったし」

 言うと、サホは目を真ん丸にした。予想外だったらしい。

「だって、『軽くだけど知ってる』って……」
「知ってるよ。のはらリン。家は農家。好きな食べ物はいちご」
「…………それだけ?」
「そう」

 オレの知っているリンの情報は三つ。名前と、農家であることと、好きな食べ物。それくらい。

「知ってるって言うから……」

 サホは何とも言えない表情をして、責めるような口調でぼやく。

「だから、『軽く』だって言ったでしょ」

 オレは『軽く』と言った。ただ、オレのそれは、サホにとっては軽すぎたのかもしれない。
 そんなことを責められても困る。友達だからって、何でもかんでも相手のことを知っている方がどうかと思うし、これくらい開いている距離がオレはちょうどいい。
 ため息をつくサホに、期待外れだと言われた気分だ。どうしてオレがこんな気分にならなければいけないのか。迷惑な話だ。

「で。悩みは解消されたの?」

 訊ねながらオレが歩き出すと、サホも慌ててついてきてオレの隣を歩いた。後ろではなく、隣を歩くサホの横顔を見るのは初めてだ。

「リンがね。リンも、わたしみたいに、オビトやはたけくんと一緒に居ることに悩んだときがあったみたい。でも、悩むよりも一緒に居て楽しい気持ちの方を大事にしようって、思ったんだって」

 思わぬところでリンの本音を聞いた。リンも似たようなことを考えていたのか。全然気づかなかった。リンも色々考えていたのか。

「わたしも、そうしようと思う。オビトが、とか、うちは一族が、とか、そういうことばっかり考えるんじゃなくて、オビトと一緒に居られることをもっと大事にして。それでね、引け目に感じるくらいなら、そんなの気にならないくらいわたしも努力して、修業して修業して、すごい忍者になればいいんだって」

 どうやらサホは、自分なりに悩みを解決させる方法を見つけ出したらしい。
 引け目を感じるなら、感じないほどに自らを向上させる。

「単純」

 言うと、サホは言葉を詰まらせ、唇を尖らせた。

「でも、やろうとしてることは良いことだから、いいんじゃない」

 これだけでは可哀想かと言葉を足してやったら、サホは水鳥みたいに突き出していた口を平らにして、口角を上げる。褒められた、とでも思って喜んでいるのか。分かりやすくて、単純だ。
 それにしても、もしやと考えてはいたけれど、ようやく確信が得られた。

「ていうか、サホってあんなのが好みなんだ」
「あんなの?」
「オビトのこと、好きなんでしょ?」

 途端に、サホは肩を大きく震わせ、顔を真っ赤にした。夕暮れの朱が消え薄暗くなった道でも、サホの顔の変化は実に分かりやすかった。

「ど、ど、ど、どうして?」
「サホ、『オビトオビト』って、いつもオビトのこと気にしてるから」

 サホをサホとはっきり認識したときから、サホの傍にはオビトが居た。正しく言えば、サホがオビトの傍に居た。自分の家が特別な家ではないと気にしているのも、正確に言えば周りと比べてではなく、『オビトと比べて』だろう。

「だ、誰にも言わないで!」

 必死の形相のサホから手を突き出された。秘密にしてくれと頼むには、いささか無礼な作法だ。

「女子と違って、誰が誰を好きなんてペラペラしゃべるような趣味はないから」

 腕を組んで返すと、サホは一瞬ムッとしたが、思い当たるところはあったようで、すぐにその顔も引っ込んだ。
 リンの化粧の理由も秘密にしてくれと重ねて頼まれた。だからペラペラ喋るつもりはないと、相槌を打つように返し、気づけばもうサホの家に着くところだった。
 サホの家には、色んな窓から明かりが零れている。家族がサホを待っている証だ。オレの家も、昨夜言ったとおりなら、今日も父が明かりをつけて待っている。

「ま、がんばって。色々大変だと思うけど」

 オレも家に帰ろうと、サホに背を向け、簡単な応援の言葉を贈った。
 ホント、色々大変だと思う。だってサホの好きなオビトはリンが好きなんだから。それにサホは気づいているのだろうか? もし気づいているなら、恋敵であるリンとあれだけ仲良くできるのはすごいし、オビトからだだ漏れのリンへの好意に気づかないならそれはそれですごい。

「またね。送ってくれてありがとう!」

 後ろから飛んできた声に、手だけ振って応える。悩みなどふっ切れたからか、その声は明るい。

 そういえば、父さんに伝えてやれと言われたこと、すっかり忘れていた。

 ま、いいか。サホはサホなりに強い心を持ってる。うじうじするのをやめて、前向きに行動しようと決めた。それはリンに触発されたからではあるけど、リンに訊きたいことがあると声をかけたのも、『すごい忍者になる』と決意したのも、サホの心の強さがそうさせた。
 血より才より心。『忍』という字は、心に刃を添えて書く。迷いや憂いを断ち切る刃を持った強い心があれば立派な忍になれるなら、サホもそうなれるだろう。



02 刃を持つ心

20190427


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