最果てまでワルツ | ナノ
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 初めて彼女を認識したのは、チャクラ切れのオビトに出くわしたときだった。



「オビト、オビト」

 森の中の開けた場所で、仰向けになり大の字に倒れ顔を顰めている情けないオビトに、彼女は何度も名前を呼びかけている。切羽詰まったような声で心配しているが、オビトが地に背をつけているのは、連続で分身の術を使用したことによる疲労だ。ろくに似てもいない分身をいくつも出して、倒れると同時にそれらが消える一連の流れを、オレは近くの木の上からしっかり見ていたから間違いない。

「ただのチャクラの使いすぎだよ」

 あんまりにも不安そうな彼女の傍に降り立って言ってやると、彼女は突然現れたオレに驚いて大きく体を跳ねたあと、瞬きを繰り返した。

「は、はたけくん」

 上擦った声でオレの名を呼ぶ。オレを知っている。そういえば、アカデミーの教室で何度か見た顔に似ている。いや、似ているのではなく本人かもしれない。でも名前は出てこない。同じ教室に籍を置くクラスメイトだとしても、恐らく喋ったことは一度もない。

「自分のチャクラ量を把握せずに、考えなしに使うからだ」
「うっせぇ……!」

 オレの指摘にオビトは睨んで返した。オレの言葉が間違っていないのは承知だろう。うるさいと声を上げ、睨むことしかできない。
 バカには付き合ってられない。どうせしばらくすれば起き上がれるだけのチャクラが戻る。この辺は危険な獣は生息していないし、置いて行ったって平気だ。

「この程度じゃ死なないよ。放っておけば?」

 どうしたらいいかと迷っているらしい彼女に言うと、オレとオビトを交互に見て、自分は一体どうすればいいのだろうかと思案している。オレの言葉は正しいが、オビトをこのまま放っておくことも彼女にはできないのだろう。

「ま、好きにしたらいいよ」

 ついていてやりたいのなら、このままここに残ればいい。それは彼女の自由だ。
 オビトも彼女も置いて、オレは再び木の枝を伝って森を駆けた。一人で鍛錬する場所を探していたけれど、どうやらあそこはオビトが使っているようだ。顔を合わせると突っかかってきて面倒だし、こっちに行くのはもうやめよう。



 彼女の名前は『かすみサホ』らしい。やはり同じクラスだった。同じクラスで記憶に残らないくらい、オレと彼女は関わることがなかった。男子と女子なんてそんなものだ。
 サホを認識して数日経つと、オビトと居る姿をよく見かけるようになった。この前なんか、オビトとリンと三人で班を組んでいた。
 オビトやリンとは、アカデミーに入る前から遊ぶ仲だった。オビトは今でもオレに勝負を挑むし、リンは入学前と変わらず声をかけてくる。
 そんな二人の傍に身を置くようになったサホは、オレの中では完全に、クラスメイトの一人として記憶に残った。さすがにもう『教室に居た子に似ている』とは思わない。

 ある日の朝、オビトが遅刻ギリギリで教室に入ってきたときのこと――とは言っても、オビトが遅刻をするのはよくあることだ。寝坊のときもあれば、途中で困っているおばあさんとやらを助けていたら遅れただの、本当かどうか分からない理由をいつも口にしている。
 大声を上げ、忍を目指しているくせにドカドカと足音を立てて、オビトが教室へ入り込んだのは、鐘が鳴る直前。

「いやー、今度遅刻したら反省文を十枚だからさ……」

 うるさいことを指摘するリンにヘラヘラするオビトは、確か先月も反省文を書いていたはずだ。汚い字で書いたせいで、反省の色が見えないと書き直しをさせられたと文句を言っていた。

「十枚書いても二十枚書いても、どうせ反省しないんだから意味ないな」
「うるっせっ!」

 事実、先月反省したはずなのに懲りずに遅刻を続けるのだから、オレが言ったことはおかしくない。十枚書いても二十枚書いても、毎日書いたって、オビトの遅刻癖は直らないだろう。

「まあまあ」

 いつものように、オレとオビトの間にリンが入り仲裁を務める。アカデミー入学前からオレたちの図式はいつもこんな感じだ。
 ふと、リンやオビトの後ろに居るサホに目が向いた。やけに元気がない。眉が寄っていて、今にも泣きそうな顔をしていた。
 その表情はどういう意味を持っているのか、と見ていたら、サホもオレの方を見てきた。目が合うと、びっくりしていると容易に読み取れる表情に変わる。

「お前たち、出席を取るぞ! 席につけー!」

 鐘が鳴って、担任教師が教室へと入ってくる。すでに席に着いていたオレは、体の向きをオビトたちから正面へと移す。教師が出席簿に目を落としながら名前を呼ぶ。今日の授業は何だろうか。座学も実技も、授業内容は簡単なものばかりで、もう一つ、二つ三つ、難しいことを早く習いたい。
――視線を感じる。誰だとそちらを一瞥すると、サホが顔色を窺うかのようにオレを見ていた。目が合うと慌てて黒板の方を向き、それからは決してオレの方を見ようとはしなかった。



 サホはその日はずっと、オビトの傍には近寄らなかった。声もかけなかった。オビトも同じだ。
 二人の距離が近くなってから、サホはオビトやリンとよく一緒に居る。リンに呼ばれてオレもその集まりに加わることは何度かあったけれど、サホはオレに話しかけることはほとんどなく、話す相手はいつもオビトかリンだった。
 別にサホとクラスメイト以上の関係を築くつもりもなかった。女子と話していると、ときどき疲れたりもする。サホもオレとは話しにくいと思っているのが伝わっているし――まあオレに関することはこの際どうでもいい。
 とにかく、二人の間に何かがあったのは確実だろう。

 まったくの偶然ではあったが、たまたま立ち寄った公園でサホを見つけた。オレの家の近くではないので、一度か二度だけ、入ったことのある公園だ。どこにでもある作りで、滑り台やブランコなどが配置されている。強いて言えば、子どもの顔ぶれはアカデミーで見ない者ばかりだ。
 遊具を使うこともなく、ベンチに座って肩を落とす姿は見るからに元気がない。サホの周りだけ、公園の活気さに混ざれなくて浮いている。

「オビトと喧嘩したの?」

 音と気配を殺して、空いている隣に腰かけると、サホは驚いてオレから距離を取った。森の中で声をかけたときと同じく、大きな目をさらに見開いて、体が瞬時に強張る。

「は、たけくん……」

 オレの気配にまったく気づかなかったらしい。気づかせないようにしていたのだから当然だけど、サホはいつも驚いている気がする。

「朝から変だったよね。いつもオビトと話してるのに、全然話しかけないし、顔も見ないし。ま、それはオビトの方もだけど」

 朝からおかしかった彼女の異変を指摘すると、サホは何も返すことなく顔を俯けた。唇をぎゅっと締めて、肯定も否定もしないが、よく見たら目の周りが赤く、腫れているように見える。泣いたのだろうか。

「泣かされたの?」

 率直に訊ねると、サホは慌てて自分の手で目元を隠した。図星だったらしい。反応が大きく正直なので、実に分かりやすい。

「違うよ。これは……自分がちっぽけな人間だなって思って」

 正解は少し違ってはいたが、サホはオビトに泣かされたのではないと否定した。自分がちっぽけな人間だと思ったから泣いたらしい。

「ふうん。自分のために泣いたんだ」
「そっ……」

 『そんなことない』とでも言う気だったのか、サホは両手を下ろして真正面からオレの顔を見たけれど、

「そうかも。自分の……ため、かも」

と、オレの言をそのまま繰り返した。意外と、サホは自分のよろしくない部分を受け入れるだけの器はあるらしい。
 しかし、そもそも、だ。

「だろうね。オビトはバカだけど、友達を泣かせる奴じゃないよ」

 オビトはバカで、まあバカなのはどうしようもないとして。だけど友達を泣かせるようなバカではない。バカだけどね。
 その分、自分で泣いていることをサホに付け加えると、サホに「いつから仲が良いの?」と脈絡のない質問をされた。

「仲が良い……」

 オレとオビトが、仲が良い?
 オレとオビトが?
 オビトとリンなら理解できるけど、オレとオビトが仲が良い?

「だ、だって、アカデミーに入る前から友達で、一緒に遊んでいたんでしょ?」
「……まあね」

 サホの言うとおりではある。アカデミーに通う前から、公園で集まって遊ぶ仲間の一人にオビトが居た。バカだけど、オレとの勝負を途中で放り出さない根性強いところは、あいつの数少ない長所だろう。
 アカデミーに入る少し前から遊んでいたと返すと、サホは、オビトが親もなく一人で暮らしていることを最近知ったのだと切り出した。
 そういえば、そういう話を聞いた気もする。夕暮れになっても、あいつだけいつも誰も迎えに来ないから変だなと思っていたら、迎えに来る人がもういなかった。
 一人暮らしとはいえ、オビトはうちはの一族で、うちはの居住区内に住んでいる。あそこに住んでいれば周りが世話をしてくれるから、オビトでも一人でやっていける。さすがに本当に何でも一人きりでとなると、オレたちの年頃にはかなり厳しい。

「それで、そんなつもりはなかったんだけど、オビトに……同情することしちゃったみたいで……」

 サホはそこで一度区切ったあと、

「ううん。ごめん、嘘。きっと、そんなつもりあった。オビトのこと、『かわいそう』って、思って……お饅頭、あげようとしたんだ」

そう言って、自分の本心を偽ることなく、自分はオビトを『かわいそう』だと思ったのだと認めた。
 『お饅頭』とやらがいきなり出てきて戸惑っていると、サホはそれに気づき、その饅頭の出所を説明した。オビトが恒例のおばあさん助けをしていて、礼で貰った饅頭のことで、自分もついでに貰ったらしい。

「あいつ、じいさんばあさんを助けるのが趣味だからな」

 嘘か真か。いつも遅刻の言い訳に使うから疑わしいけれど、あいつがじいさんばあさんをよく助けているのは事実だ。里を歩けばあちこちから声がかかる。
 悪いことをしているわけじゃないからいいけど、遅刻しないようにもう少し考えた方がいい気がするが、考えられないのがオビトで、オビトだからもう仕方ない。バカだから。

「お饅頭は、おばあさんを家まで背負ったオビトが貰うべきだと思ったから、オビトにあげようとしたの。そのときに、オビトは家に帰ってもご飯を自分で作らなきゃいけないから、だからこれもよかったら、って。そういう気持ちがなかったとは、言えない」

 「それで、オビトを、怒らせちゃったの」と続けたサホの目は潤み始めた。堪えるように唇を噛み締めているけれど、そのせいで変な顔だ。
 怒った。怒ったねぇ。
 ま、あいつの沸点が低いのは否めない。すぐにぎゃあぎゃあとオレに噛みついてくるし。
 だけど、怒った、ねぇ。

「怒ったって言うか、怖かっただけなんじゃないの」

 オレの言葉の意味が分からないと、きょとんとした顔を見せるサホに、オレはオレの経験を含めて説明してやった。
 オレも母親がもういなくて、父親と二人暮らしなこと。母親がいないことを『大変ね』と言ってくる大人が鬱陶しくもあり、他人から見たらオレは『大変な子』に見えているのかと気になったこと。けれどオレ自身はそうは思わないし、それがオレにとって当たり前の日常なのに、オレは『大変そうなかわいそうな子』であるべきなのかと考えたこともあること。

「普通に暮らしてるだけなんだよ。母親がいなかったから、いないのを受け入れて、暮らしているだけ。オビトだってそうでしょ。普通に、一人で暮らしてるだけ。オビトにとっちゃ、誰も居ない家に帰ることも、自分で夕飯を作って食べて、自分で洗濯して掃除して、目覚まし時計をセットし忘れて寝たら、朝は誰にも起こしてもらえなくて遅刻するなんて、当たり前なんだよ」

 オレはオレ以外の生き方や、暮らし方は知らない。世間では両親揃っているのが『普通』でも、オレにとっての『普通』は、父さんと二人で暮らす日常だ。
 それはオビトにだって言える。親がいないというのは、あいつにとって『普通』で、だから何でも自分でするというのも『普通』。

「当たり前を『かわいそう』って思われて、自分が否定されたみたいで、怖かったんじゃない」

 自分が知っている『普通』が、異端で哀れだと言われたら、誰だって驚くし受け入れ難いだろう。自分の『普通』を否定されたように感じ、つまりは自分そのものを否定された気分になる奴だっているかもしれない。
 オビトがそうである可能性もなくはない。あいつ、すぐ泣くし。
 いや、でもそうでもないかも。バカだしな。そこまで深く考えてないかも。案外そう、サホが言うように、怒ったのが正しいかも。
 オレの個人的な意見だから、と添えようとサホを見たら、いつの間にか号泣していた。ヒックヒックと喉を鳴らすたびに小さな背中が動く。

 えぇえええ……。

 付け足すのが遅かったみたいだ。サホはオレの決めつけでしかなかった『オビトの内心』をそのまま丸っと受け入れ、オビトに対する申し訳なさで泣いてしまったらしい。時折「ごめんね」と聞こえてくる。
 こういうときはどうしたらいいんだ。自慢じゃないが、人を慰めるのは苦手だ。それも女子ともなれば、何を言えば泣き止むのかさっぱり思いつかない。
 どうしたらいい。どうしたらいいか。頭を必死に動かす間も、サホの涙は止まらない。

「カカシ! お前、なにサホを泣かせてんだ!」

 声に反応し、公園の出入り口に目をやると、オレを睨みながら真っ直ぐに走ってくるオビトが居た。オレの服を掴んで引っ張るから、オレはベンチから腰を上げることになった。胸倉を掴まれたことが単純に気に入らなくて、睨み返す形で、吊り上がった目から放たれる喧嘩を買うことにした。

「ちょっと。なんでオレのせいなの」
「ここにはお前しかいないじゃねーか!」

 サホの近くに居たのがオレ一人なのは違いない。だけど公園には他にも子どもが居る。そいつらがサホを泣かせたと、微塵も思わないのかこいつは。

「誰のことで泣いてるのか分かってんの?」

 大体、サホが泣いているのはお前のせいだ。お前とのことで泣いているんだからお前のせいだ。何も知らないくせに、人を悪者扱いするのはやめろ。喧嘩を買う気でいたけれど、あんまりにもオビトがバカすぎて、怒るよりも呆れた。思慮深さというものに縁のない奴だ。

「お、おび、オビト。ちがうの。はたけくんは、わるくない」

 オレとオビトの間に、白い手が割って入った。手は一段黒いオビトの手に触れ、オレのせいで泣いているのではないとオビトに訴えている。
 ぼろぼろ泣いて、やめろと言うサホを前に、さすがに胸倉を掴むオビトの手も緩んだ。その一瞬の隙を突いてオビトの手を払った。掴まれた胸の辺りは皺がついている。軽く撫でてもうすい線が残っているが、洗濯すれば取れるだろう。
 解放されたオレは、改めてオビトを見た。目を合わせると、オビトはほんのわずかだけれど、オレから視線を逸らした。サホの言い分が正しければ誤解をしてオレの胸倉を掴んだわけだから、気まずいのだろう。

「じゃ。オレは帰るから」

 地を蹴って、公園の木の枝を伝い、オレはサホたちの前から去った。
 興味が湧いたからって、サホに話しかけるんじゃなかった。面倒くさいことに巻き込まれただけだ。もう家に帰ろう。外を歩き回って、また面倒事に巻き込まれるのは御免だ。



01 君を知った

20190427


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