授業中、三人一組の班になれ、と言われたわたしは、仲の良かった子たちに声をかけるつもりでいた。前のように、放課後に一緒に遊ばなくなっても、喧嘩したわけじゃないから、いつものように組めるだろうと思って。
でも友達は、わたしではない別の子を入れて、すでに班を組んでいた。
当てが外れて、どうしようと焦る。周りでは次々に三人一組の固まりができていて、これから始まる授業についてすでに打ち合わせを始めたりしている。
「サホ、組む奴いないの?」
「あ……うん」
声をかけられ振り向くと、オビトが立っていた。オレンジ色のゴーグルを目元に下ろしていて、問いに肯定の意を示すと、ニッと笑ってみせる。
「オレたちもあと一人足りないんだ。一緒に組もうぜ!」
「えっ!? う、うん!」
班決めに漏れずに済んだことと、オビトが誘ってくれたことに、わたしは嬉しくなって変な声を上げつつ、全力で返事をした。
オビトの隣には、のはらリンが立っていて、どうやらオビトは彼女と二人で余っていたらしい。
「よろしくね、サホ」
「うん、よろしくね」
リンは微笑みながら、余り者のわたしを受け入れてくれた。
リンとはそんなにたくさん喋ったことはないけれど、人当りがよくて穏やかで、優しい子だというのは知っている。みんな、リンのことは良い子だって思ってるし、わたしも同じ班にリンが居ることにホッとした。
「よし! 打倒カカシだ!」
「もう、オビトってば」
オビトは拳を握って大声を上げると、はたけくんに向かって指を差した。リンは言葉だけ取ると呆れているようだけれど、表情は朗らかで、まったく仕方ないなぁっていう、慣れた態度を見せる。
二人はアカデミーに入る前から友達だったようだから、はたけくんを指差して宣言するオビトを、やんわりと制する姿は実に自然だった。
指を差されたはたけくんは、班を組んだ男子二人との会話を一旦止めて、オビトにチラリと目を向け、
「人を指差すな」
とだけ言って、すぐにオビトから興味を失ったように同じ班員の男子と話を再開した。
「相変わらずムカつく奴だな!」
「カカシの言うことは間違ってないよ。人に指を差したらだめ」
「うっ……分かってるよ」
はたけくんが気に入らない、とオビトが文句を言うと、リンはすぐにそれを嗜める。オビトはリンに頭が上がらないのか、すぐに口を噤んだ。
同じ班なのに、何故だかひどく、疎外感を覚えた。二人の間には、二人しか知らない、作れない空気があって、そこにわたしが加わるのを拒んでいるように感じた。もちろん、二人がそんなつもりなんてないのは分かっている。
「サホ、一緒にカカシに勝とうぜ!」
「んもう、そうやってすぐ人を巻き込むんだから。だけど、そうだね。サホ、一緒に頑張りましょう」
二人はちゃんと、わたしと一緒に、と言ってくれている。わたしはおまけではなくて、三人で一緒にと。
分かっているけれど、すごく寂しく感じた。仲の良かった子と班を組めなくて、誰とも班を組めないと思っていたさっきより、今の方がよっぽど一人ぼっちな気がした。
今まであまり意識していなかったけれど、オビトはいつも修業をしている。
オビトはおっちょこちょいな部分があるし、よく遅刻したりするし、授業中に寝てしまったりするけれど、根はすごく真面目だ。分身の術を練習したり、手裏剣を打ったり、腕立て伏せをたくさん重ねたり、とにかく自分なりに向上しようと頑張っている。
一緒に頑張ろう、と話をしてから、わたしたちは本当に一緒に修業をすることが多くなった。修業するとき、オビトと二人のときもあれば、リンも加わって三人のときもあった。三人であれこれ相談したり、アドバイスを送り合ったりして、お互い得意不得意が違うのもあってかなり充実している。
もちろん、わたし一人でするときもある。リンが家の事情で放課後の時間が取れなかったり、オビトもオビトで、何か用事があるときもある。
でも基本的に、わたしはオビトが見える位置で、修業に励むことが多い。つらかったり、苦しかったりして、もう切り上げようかなと思ってしまう時も、オビトが頑張っているから、わたしも頑張ろうという気になれる。
そうやって一緒に修業をすることが増えたから、陽が落ちて家へ帰る際、リンが居ない日は二人で帰路を辿ることが多くなった。
「はあ、全然うまくならねぇ」
さっきまで嵌めていたゴーグルを額に上げたオビトの顔には、うっすらとゴーグルの形に沿った跡が残っている。オビトのゴーグルに似た、空を焼くオレンジ色も消え、辺りは薄暗い。
「豪火球、だっけ」
オビトが今、一番練習を重ねているのは、火遁の豪火球の術だと聞いた。口から大きな火の玉を出して、相手にぶつける単純な術だけど、その火球の大きさと威力はかなりすごい――らしい。わたしは実際に見たことがない。わたしが見たことがある豪火球の火の玉は、オビトの口から放たれる、花火にも似たわずかな火だけだから。
「豪火球くらいできないと、アイツには勝てねぇからな」
鼻の下を指でこすって、オビトは進行方向に顔を向けたままだけれど、どこか遠くを見つめているようだった。その先にいるのが誰なのか。そんなことは口に出さなくても分かる。
「オビトのライバルは、はたけくんなんだね」
こうしてオビトと一緒に居るようになって、知ったことはたくさんある。
オビトには両親や兄弟などの家族が誰もいないこと。
今はうちは一族の人がたまに顔を出すくらいで、基本的に一人で暮らしていること。
リンとはたけくんとは、アカデミーに入る前からよく遊んでいたこと。
はたけくんとは、その頃から何かと勝負してきたけれど、いつもあっさりいなされていること。
はたけくんの実力はとにかくすごいので、そのはたけくんに勝つと口にするだけでも、わたしはオビトを尊敬している。だって本当にはたけくんはすごい。あんな人に勝とうなんて強い意気込みは、わたしにはまったく湧いてこない。
オビトは、わたしがはたけくんの名前を出して言うと、
「まあ、色々な」
と言って、今度は鼻の頭を掻いた。色々って、なんだろう。それを訊ねる前に、オビトは前方に何か発見したらしく、いきなり走り出した。
「ばーちゃん! どうしたんだ?」
オビトは通りの端で、蹲っていたおばあさんの傍に寄ると、顔を覗き込んで声をかけた。わたしも急いで向かうと、おばあさんは痛そうな顔をしているものの、オビトを見るとホッとした表情が滲んだ。
「ああ、オビトちゃん。ちょっとね、腰が痛みだして」
「またかぁ? よしっ、オレがおぶってやるよ」
腰をさするおばあさんに、オビトは一度間の抜けた声を上げたけれど、すぐにそれを引っ込めて、おばあさんに背を向けてしゃがんだ。おばあさんは買い物帰りだったようで、近くには品物が入った袋が転がっている。
「サホ、悪いんだけど――」
「荷物、わたしが持つね」
オビトの言わんとすることが分かっていたわたしは、オビトが言うより早く袋を拾いあげた。「サンキュ」と短く礼を言って、おばあさんを背負ったオビトが立ち上がる。
「オビトちゃん、いつも悪いねぇ」
「気にすんなって!」
申し訳なさそうなおばあさんに、オビトは明るい声で返事をする。おばあさんの家を知っているらしく、場所を訊ねることなく歩き出すので、わたしはその横についた。
おばあさんを背負うオビトは、修業の後だと言うのにまったくふらつくことなく、歩きながらもおばあさんとやりとりをしている。「今日は葱が安くてね」「葱って辛くて、オレ嫌いだなぁ」「よく焼けば甘くておいしいんだよ」「えー。本当に?」「今度オビトちゃんに美味しいのを作ってあげようね」「ちゃんと甘くて美味しいのね。辛いのはいやだぜ!」まるで本当の祖母と孫のように、二人は楽しそうだ。
おばあさんの家につくと、おばあさんはご飯を食べないか、と誘ってくれた。けれど、わたしは家で母が料理を作って待っているだろうし、オビトも「明日早いからさ」とやんわり断った。
「なら、これを貰ってちょうだい。二人ともありがとうね。助かったよ」
おばあさんはわたしたちに、お饅頭を差し出した。それを受け取って、わたしとオビトはもう一度、それぞれの家へ繋がる道を進んでいく。
「大分暗くなったなぁ」
空には星がもう出ていた。薄暗いを通り越して、もうすっかり夜だ。さすがにこんな時間に家に帰ったら、母が怒るだろうなぁと、想像するとちょっと怖い。
「サホ、送ってってやるよ」
「えっ」
貰ったお饅頭をポンポンと放り上げ、キャッチをするのを繰り返しながら、オビトが言った。今まで何度か一緒に帰ったことはあるけれど、いつも分かれ道で挨拶をして、そこでお別れだ。送ってやるなんて、今日初めて言われた。
「もうこんな時間だし、危ないだろ」
「でも、オビトが帰るのが遅くなっちゃう」
暗い夜道は確かに危ない。慣れた町であっても、何が起きるか分からないのだから、子どもは早々に家に帰らなければいけない。それは、子どものオビトだってそうだろうと言えば、オビトは何てことない顔で、
「いいって。オレん家、誰もいないしさ」
と返した。
ああ――と、わたしは言葉に詰まって、オビトに甘える形を取り、自宅への道を案内した。
オビトは「豪火球の術ってさ」「印がさ」「やっぱりチャクラ量がさ」と、今日の修業について振り返っていて、わたしはそれに「うん」「そうだね」「そっか」と、相槌を打つことしかできなかった。
見慣れた家に着き、明かりの灯った玄関の前で足を止める。明かりがあるということは、すでに母が帰っているということだ。
「ここがサホん家か」
「……うん」
「んじゃ、また明日な」
わたしの家を物珍しそうに見上げた後、オビトは片手を上げて、踵を返して家の前から離れていく。
「オビトっ」
呼ぶと、オビトは足を止めて振り返った。わたしは玄関からオビトの下へと向かい、目の前に立った。何の用だ、とオビトはわたしの出方を窺っている。
「これ、あげる」
「へ?」
オビトに差し出したのは、先ほど貰ったお饅頭だ。柔らかい紙に包まれていて、中にはきっと餡子が詰まっているんだろう。
「おばあさんを背負って歩いたの、オビトだもの」
わたしは荷物を持ってついていっただけで、おばあさんを助けたのはオビトだ。わたしはたまたま一緒に居たから貰っただけで、ついでみたいだものだ。だからこれは、オビトが貰うべきお饅頭だと思った。
「違うよ。これは、ばーちゃんがサホにあげたもんだ」
オビトは受け取りを拒んだ。これはわたしのだと。
わたしは、差し出した手前、受け取ってもらえないのは恥ずかしくもあり、また、家から漂ってくるお味噌汁の匂いを嗅いで、
「いいの。わたし、すぐにご飯だし」
と言ってしまった。どうせすぐにご飯を食べるんだから、と。
そう。本当に、ただそれだけの気持ちだった。
でもオビトには、違う意味に聞こえたらしく、「なんだよ、それ」と、不機嫌な声で紡いだ。
「気、つかわなくったっていいよ」
「えっ?」
「オレだって、家に帰ったら、飯くらい作って食うし」
「あっ……ちがっ、そんなつもりで言ったんじゃ……」
オビトにはきっと、わたしがお饅頭を恵んであげようとしていると受け取ったのだろう。自分は家に帰れば母が作ったご飯があるけれど、親のいないオビトには家に帰ってもご飯はないだろうから、これを足しにしてくれと。
そうじゃない。そんなつもりじゃない。
心の中で必死に否定した。否定したけれど、でも、本当にそう? 本当に、わたしは同情する気持ちが一欠片もなかったと言えるだろうか。オビトが「家に誰も居ない」と言わなかったら、わたしはこのお饅頭を、オビトに渡そうと思っただろうか?
「じゃあな」
呆然とするわたしを置いて、オビトは駆けだした。わたしの手にはおばあさんから貰ったお饅頭が乗っかったまま。
「サホ! こんな時間まで何やってたの!?」
玄関の扉が開いて、怒った顔の母が現れた。わたしとオビトの声が聞こえて、居ることに気づいたのだろう。
「サホ? 聞こえてるでしょ? サホ!」
返事をしないわたしに、母が再度呼びかける。わたしがゆっくり母の方を向くと、吊り上がっていた眉は、一瞬平らになった後、八の字を作る。
「やだ、サホ。何かあったの?」
母が近寄って、わたしの目元に触れる。濡れるものを感じて、自分が涙を流しているのだと今気づいた。
わたしはそのまま母の体に抱きついて、声を押し殺して泣いた。
自分がいやになる。オビトに無意識に同情して、施しを与えようとした自分が。謝ることもできず、こうやって泣いてしまう自分が。
母はいきなり泣き出したわたしに驚いて、ぎゅっと抱き締めてくれた。「どうしたの、何があったの?」と訊ね続ける。
オビトには、こうして抱きとめてくれる人はいるんだろうか。こうして心配して訊ねてくれる人はいるんだろうか。
考えてしまう自分が嫌で、わたしは泣き続けた。
主に自分の不甲斐なさと無神経さで泣き続けたわたしは、結局ご飯を食べることも、お饅頭を食べることもなくそのまま寝入ってしまい、目を腫らして起きた。
シャワーを浴びて、さすがに朝ご飯は食べて、身支度を整えたあと家を出た。
本音を言えば、オビトに会うのが気まずくて、アカデミーに行くことが恐ろしかった。家から出たくはなかった。
母には何度訊かれても「何でもない」としか答えなかった。随分心配しているらしく、アカデミーを休んだら、と言ってくれた。いつもなら「早く行きなさい」と、遅刻厳禁だと急かすのに。
「いいの。平気だから」
嘘だ。全然平気じゃない。
でも、今日休んだら、明日はもっと行きづらくなりそうで、わたしは自分を奮い立たせてアカデミーに向かった。
休んじゃダメだ、アカデミーに行こう、と自分を奮い立たせたまではよかったけれど、足取りはどうしても遅くなる。
いつもより時間をかけて歩き、やっと教室に入る。オビトの姿はまだない。遅刻癖のあるオビトだから、もうすぐ始業の鐘が鳴る時間でも、その姿が見えないのはいつものことに近い。
「サホ、おはよう」
「……おはよう」
リンが挨拶をしてくれたので、わたしは顔を伏せつつ返した。
「どうしたの? 元気ないね」
顔を見せないわたしを不審に思ったのか、リンが覗き込んでくる。わたしはそっと顔を反らして、「ちょっとね」と言い逃げた。
朝起きて、氷で目元を冷やしたから、家を出る頃には腫れは大分引いたけれど、いつもと同じ顔とは言えない。泣いた理由を誰にも言えないから、この顔にも気づいてほしくはない。
「うぉおおお!! 間に合ったぁー!」
大声と共に、駆ける足音と、教室の戸を開ける音が響く。
「オビト、うるさいよ」
「ぜぇ……ぜぇ……いやー、今度遅刻したら反省文を十枚だからさ……」
リンが窘めると、オビトは息を切らしながらこちらへと近づいてくるのが、音と声だけでも分かった。少しだけ顔を上げてみると、わたしに気づいたオビトと目が合う。
あ。そんな感じで、オビトはリンに向けていた笑顔を引っ込め、さっと目を横に流した。
「十枚書いても二十枚書いても、どうせ反省しないんだから意味ないな」
「うるっせっ!」
はたけくんの冷めた声に、オビトが体ごと振り返り、リンが二人の間に入って「まあまあ」と場を収めるべく声をかけている。
背を向けたオビトにホッとした。明らかに気まずいという表情を見せられて、わたしの涙腺がじんわりと緩みそうだったから、はたけくんが茶々を入れてくれなかったら泣いてしまっていたかもしれない。
ありがたい、という感謝の気持ちもあって、はたけくんに目をやると、彼はわたしを見ていたらしく、ばっちり目が合った。鼻から下の表情が分からないため、彼の三白眼からうまく感情は読み取れないけれど、彼は明らかな意思を持って、わたしに注目している。
「お前たち、出席を取るぞ! 席につけー!」
鐘が鳴ると同時に、先生が教室へと入ってくる。みんな、それぞれの席に腰を下ろし、出席簿を開いた先生が呼ばれると返事をした。わたしも顔を少し伏せながら、名を呼ばれるのを待つ。
もう一度――と思い、そっとはたけくんの方を盗み見た。はたけくんも他のみんなと同じように名前を読み上げる先生を見ていたけれど、わたしの視線に気づいたのか、スッと目だけがこちらを向く。慌てて、教室前方の黒板に目をやって逃げた。
幸運なことに、今日は班を組んでの授業はなかった。もし班を組む授業あったら、わたしはきっと大層困っただろう。だって、最近はずっと、オビトとリンと組んでいたから。
でも、班を組む授業があればよかったと、放課後が近づくと思い直した。お昼ご飯も、昼休みも、わたしはオビトを避けるように、違う場所で食べたし過ごした。
逃げる余地があったせいで、オビトと話して謝るということからも逃げてしまい、結果、朝から一度も話せなかった。
「オビトと、何かあったの?」
女子トイレで一緒になったリンに、心配そうに問われたとき、わたしは何も言えなかった。
わたしは、自分が傲慢な人間だったと説明するのが、知られるのが怖かったのだ。
リンは何も言わないわたしに、
「私にできることがあったら言ってね」
それだけ告げて、背中を叩いてくれた。そっとしておいてくれた。
リンは優しい。わたしが言いたくないと分かったから追及しなかった。リンは人を思いやれる。わたしとは違う。わたしみたいに、オビトを「かわいそう」なんて思ったりしないだろう。
憂鬱なまま放課後になった。リンは日直なのですぐには帰らない。オビトも、リンと一緒に帰るみたいで、その横について今日の授業について色々と話しかけている。
タイミングは今しかない。今逃したら、明日になって、もっともっと勇気がいる。
言うんだ。オビトと声をかけて、「この前はごめんね」って。それだけでいい。それだけでいいんだ。
だけど結局、わたしは逃げ出すように、オビトに背を向けて教室を出て行った。