「そう言って夏になったら、やれ暑くてたまらないだの、陽射しが痛いだの、汗を掻いて鬱陶しいだの言うんでしょ」
『冬って寒くて苦手だな』と苦手な理由を説明したら、黙って聞いていたはたけくんが淡々と返した。そりゃあ、だって夏はとても暑いし、陽射しは強いし、汗は掻くし、夏は夏で困ることがある。だからはたけくんが言ったことはズバリ当たっていて、当たっているからこそ「そんなことないよ」などと言えるはずもない。
「はたけくんは冬は平気なの?」
「人並みに寒いよ」
「そうなんだ。あんまりそう見えないね」
「鍛えてるから。忍なんだから寒くても暑くても体調管理は万全にしておくのが当然」
はたけくんは出会ったときからずっと顔の下半分が見えない。だから冷気の刺激を受けて鼻や頬が赤く染まる姿を見ることはなくて、表情の変化も分かりにくいからあまり寒そうに見えないけれど、一応寒いみたいだ。『忍なんだから』と言われたら、返す言葉もない。
わたしとはたけくんは今、木ノ葉の里からわずか離れた森の中に居る。今日は大晦日。そろそろ日を跨ぎ、新年を迎えそうな深夜。そんな真夜中に、わたしたちは里の警備のために指定された地点を巡回している。
めでたい年明けを楽しめるのは非戦闘員である一般市民の人たちだけ。わたしたち忍は、この浮足立つ時期を狙って他里が攻めてくることを警戒し、ほとんどが任務に就いている。こんな時間に子どもであるわたしたちを駆り出すことが良いことでないのは誰もが分かっているけれど、大戦の最中であることを考えれば、止むを得ないものである。
とはいえ、子どもであるわたしたちにも配慮はしてくれていて、夕方頃から始まったわたしとはたけくんの見回りは、そろそろ交代の時間だ。大人たちの多くは木ノ葉の里から離れた場所で、日中より夜通し警備に当たるので、それに比べたら楽ではある。
里周辺の巡回任務はツーマンセルで、その班は百を超える。下忍は必ず中忍と組むようになっているらしく、わたしははたけくんと組むことになった。オビトはナギサと、リンはヨシヒトとそれぞれ指示通りに組み、他の場所を別の時間割で巡回している。
新年を今か今かと待つ里の賑わいは遠く、辺りに広がるのは身を切る冷えた空気と、容赦なく吹き付ける北風。お互い防寒具はしっかり身に付けてはいるし、巡回ということで常に動いて体はそれなりに温まっているけれど、寒いものは寒い。ぐるぐると巻きつけたマフラーの間を縫って、白い息が昇る。きっと空に雨雲が広がっていたなら、それは雪となって落ちてきただろう。それくらいに冷えている。
「交代の人、もう少しかな」
「多分ね」
わたしが少し鼻声で言うと、はたけくんは時計を確認し「あ」と声を上げた。
「なに?」
「新年だ」
言って、はたけくんはわたしに時計を見せる。短い針が12を指し、長い針は12と1の間を指している。いつの間にか日付が変わっていたようだ。寒くて時計を見るのも億劫だったので、そろそろだろうなとは思っていたけれど、その瞬間はすっかり逃してしまった。
「新年かぁ。あ、あけましておめでとうございます」
「おめでとうございます」
時計を仕舞うはたけくんに頭を下げ新年の挨拶を送ると、はたけくんもひょいと頭を傾けて返した。
「あーあ。年越し蕎麦、食べ損ねちゃったなぁ」
去年までは夜間の巡回警備はなかった。齢十を過ぎるまでは深夜に割り振られないので、日中の任務を終えたら暖かい家でゆっくりとお蕎麦を啜っていたのを思い出す。
「帰ったら食べれば?」
「でも年越し前に食べないといけないんでしょ?」
「今年の分の年越し蕎麦を食べる意味で食べれば?」
「……はたけくん、どうでもいいって思ってるでしょ」
「ご名答」
とんでもない理論を持ち出すはたけくんは、ちゃんと任務を果たすべく、周りを見回して不審な点はないかと注視しながら前を進んでいく。外套を羽織っているので、背負っているチャクラ刀の持ち手がひょっこりと出ているのを見つつ、わたしも後を追った。
しばらくして、交代の班がやってきて、わたしたちの任務は完了した。やっと終わったと、寒さで余計に疲れていたせいか、二人でのんびりと木ノ葉の里に向かう。
「はたけくんはこのまま真っ直ぐ家に帰るの?」
「受付に報告したら、そうだね」
年末年始の巡回警備は、交代したあと必ず受付所にその旨を報告する。それでようやく正式に解放され、帰宅を許される。
「新年は、やっぱりお雑煮を食べる?」
「一応。好きでも嫌いでもないけどね」
「そっかぁ。わたしはどうしようかな」
「食べないの? 親が作るでしょ」
「うーん。うちは明日の――あ、今日の夜まで、誰も居ないの。みんな任務で。去年まではわたしを一人にしないためにお母さんが居てくれたんだけど、でも今年からわたしも巡回任務だから」
十になる前までは、一人残るわたしの身を案じて母が任務免除を申請し、それが通って母だけは家に居てくれた。父や兄は出払って、顔を合わせたのは元日、もしくは二日だった。
「うんと小さい頃は、みんなで初日の出を見に行ったりしてたけど、もうずっと見てないなぁ」
わたしが忍になる前。アカデミーに入る前くらいは、父と母と兄と四人で、初日の出を見に行っていた記憶がある。何回もあったから、それが我が家の習わしだったのだろう。
わたしが下忍になり十も越えた今では、里に尽くすために家庭は後回しにすべきと、なんだか押し付けられているみたいだけれど、戦争中だから仕方ない。仕方ないことばかりなのが戦争だ。
「――オレも」
不意に、隣から声がかかる。わたしと違ってマフラーは巻いていないけれどマスクをしているため、動く口元はあまり見えない。でも、たしかにはたけくんが発した声だ。
「昔、父さんと見に行ったよ」
隣を歩いているはたけくんが、ぽつりぽつりと続ける。昔というのは、きっと、わたしが家族で初日の出を見に行っていた頃と同じくらいのときだろう。はたけくんのお父さんは何年も前に亡くなっている。ずっと前からはたけくんは一人だ。
湧き上がるのは、同情。ずっと前に、オビトにも向けた覚えのある、相手より恵まれた者が持つことが多い、特有の感情。
抑えたいのに込み上げてくるこの気持ちは、わたしにはどうしようもない。だって何を言ったって、わたしは両親が揃っているという点に置いて、はたけくんより恵まれている立場に居るし、わたしは真っ白できれいな人間ではないから、つい色々と考えてしまう。
「じゃあ、今から一緒に見ようよ」
だから誘う言葉に不憫の色がなかったことは否定できない。可哀想だと思う気持ちが滲んでいると、はたけくんは気づいているかもしれない。
「報告して、ちょっと何か食べて、それで、一緒に見よう」
だけど、はたけくんと一緒に見たいと思った気持ちは嘘じゃない。はたけくんに向ける憐みはあった。それと、わたしには一緒に見てくれる人が居ないから、はたけくんも一緒に見てくれる人が居ないから、だから補い合おうという思惑も。
はたけくんと見たいと思った。だってわたしとはたけくんは仲間で、友達で、初日の出の心覚えを持つ者同士だから、一緒に見たら、嬉しいと思うから。
突然の誘いに、はたけくんは目を大きく開く。三白眼で、人より多く見える白目の余白が、もっと広がる。それがすっと元の大きさに戻って、はたけくんは黙った。断られるかな。『同情で誘わないで』って怒られるかな。
「……何食べるの?」
報告を終え、出店が並ぶ賑わう通りで、わたしたちは各々に空腹を満たした。寒空の下で食べる温かい物はどれも美味しくて、でも満腹にすると眠くなるとはたけくんが言うので、腹五分目くらいに留めた。それから、慌てないで済むようにと、眠らない里を歩き、初日の出を迎える場所を探すことにした。
「うちはね、いつも火影岩の上のところから見てたんだ。すっごく人が多くて大変だけど、やっぱりあそこが一番高いし」
毎年、火影岩の上は、初日の出を求める人たちでいっぱいになる。例年のことなので、忍や警務部隊の人たちが警備していて、明け方頃に任務でここに当たる人は初日の出を見ることができてラッキーだと言われている。
「はたけくんのお家は?」
「うちは……その辺の木の上だよ。できるだけ高いところを探して、父さんと二人で登った」
「じゃあ、わたしたちもそうしようか」
火影岩の上はすでにたくさんの先客が居るし、木の上から見るなんてやったことがないから楽しそうだ。
はたけくんは里内の森の中を進んでいく。途中で巡回警備中の人たちに呼び止められ、緊張しながら理由を説明すると、
「あっちに高い木があるぞ。風邪引かないように気を付けろよ」
と父くらいの男性がとある方向を指差し教えてくれた。新年というめでたい雰囲気のおかげか、見逃してくれるようだ。
「止められないでよかったね」
はたけくんに言うと、はたけくんは眉を寄せていた。
「どうしたの?」
「いや……職務怠慢じゃないかと思って」
「でもここで止められたら見られないし……」
「……それもそうなんだよね」
真面目なはたけくんは、先ほどの見回りの人たちが、同じ木ノ葉の里の子ども相手とはいえ、あっさり見逃したことに対して複雑な感情を抱えているようだ。身内に変化して里内で暗躍を企てる存在の可能性を考えると、たしかにここで初日の出を見ることを許すのはいけないことだけれど、初日の出を見に来たのだから結果的に止められなくてよかったわけで。
「新年だよ。おめでたい日だし……何て言うんだっけ? 無礼講?」
「それは宴会のときに使う言葉」
「じゃあ……えーと……だめ? 行きたくない?」
はたけくんを説得することは、わたしには難しい。はたけくんの方が知識があって正しいことを言っているから、もうどうすることもできない。
「だから……いや、うん。もういいよ。あっちの方だっけ」
尚も何か言おうとしたはたけくんはそれを留めて、男性が教えてくれた方向を確認し、進んでいく。はたけくんなりにこの件は飲みこんでくれたようなので、もうこれ以上は触れないでおこう。
背に追いついて、隣を歩く。任務中に歩いた森とさほど変わらない風景だけれど、今は仕事でも何でもないと思うと見える景色も少し違う。自由の身であること、これから初日の出を見ることを考えるとワクワクしてきた。
ざっくりとした方向を指し示されただけなので、時折はたけくんが近くの木々に登り、該当しそうなそれを確認しつつ前進し、ようやく着いた木は、周りの樹木より頭一つ――と木に使っていいのか分からないけれど――飛び出している。
「これかぁ。高いね」
「幹も枝も太いし、結構上までいけそうだね」
天辺はどの辺りかな、と見上げると、思いっきり首を逸らし痛くなるほど高い。はたけくんを先頭に、足の裏にチャクラを集め幹につけ、わたしたちは悠々と登って行った。
座るのにちょうど良さそうな枝を見つけ、まずははたけくんが。少しずれてわたしが座るスペースを空けてくれたので、幹とはたけくんとの、その隙間にそっと体を収めた。そのまま落ちたらまず無事には助からない高さなので、お尻の辺りにチャクラを送り、枝から落下しないように意識する。
「あ、もう空が明るくなってきてるね」
地上から見上げた、重なる葉や枝の天井がなくなり、広々と見渡せる空の東はすでに白んでいる。もうすぐ陽が昇る。新しい年の、初めての太陽が顔を出す。
「はたけくんは何をお願いする? やっぱり任務がいつも完遂できますように、とか?」
「は? 何のこと?」
「初日の出を見たら、お願い事するでしょ?」
「……何それ」
肩が触れ合うほど近い位置から怪訝な目を向けられ、その鋭さにたじろいしまうけれど、幹とはたけくんの間は狭いので、顔を引きたくても引けない。
「しないの?」
「したことないし、聞いたこともない」
「えっ? そ、そうなの? うちはいつもお願い事してたけど……」
「七夕や流れ星じゃないんだから、やらないよ。やってるのはサホの家だけじゃないの?」
うちだけじゃないか、と言われてびっくりした。だって我が家では初日の出にお願い事をするのは当たり前で、初日の出を迎えるまでにどのお願いにしようか絞るのに毎年迷っていた。他所のお家や人たちもみんなやっているものだと、常識の一つに数えていたくらいだ。
「そ、そうなんだ……みんなしないんだ……」
「全員がそうだって断言できるわけじゃないけど……ま、やってる家は初めて見るね」
ようやく知った、自分と世間との常識のずれは受け入れ難い。だってずっとそうやって育ってきたから、いきなり『そんなことはやらない』ときっぱり切られても、いまだに信じられない。
「は、はたけくんもやろうよ」
「太陽にお願いしたところでね」
「でもわたしだけやるのは寂しいよ。一緒にやろう」
実は、わたしはもうお願い事は決めている。『オビトともっと仲良くなれますように』だ。早く中忍にもなりたいし、もっと勉強して新しい術を覚えて忍としても強くなりたいけれど、それは自分で努力するべきことだ。変わって、人の気持ちというのは操れないから、リンを大好きなオビトと今まで以上に、欲を言えばリン以上に仲良くなるというのは、それこそ神様仏様の力を頼るしかない。
「分かった分かっ――っくしゅ」
しつこいわたしに根負けしたのか、はたけくんは了承し、そして一つくしゃみをした。ぶるっと体を震わせ、両手で体を摩る。
「寒い?」
「夜明け前が一番冷え込むから」
外套を着込み、野外での活動に慣れているとはいえ、寒い物は寒い。熱を蓄えようと動くはたけくんの手は指抜きのグローブだけだし、マフラーを巻いているわたしと違って、首元からは冷えた空気が入り込むのだろう。
わたしは巻いていたマフラーを一度解いて、長さを調節してはたけくんの首の後ろに渡し、さらに身を寄せた。
「ちょっ――」
「一緒に巻こう。風邪引いちゃうよ」
一人で巻くには十分な長さのマフラーも、二人分の首元を暖めようとすると、どうしても近くなる。男の子とこんなに近いのは恥ずかしいところもあるけれど、はたけくんは仲の良い友達だし、それに寒がる姿を見て、自分だけぬくぬくとしているのは申し訳ない。
はたけくんは必要ないと、わたしから距離を取ろうとしたけれど、はたけくん側に渡したマフラーの端をわたしがギュッと握って寄せ、引くと、「ぐ」と少し苦しげに喉を鳴らした。
「忍は体調管理を万全にするものでしょ?」
ここで体を冷やして風邪を引いたら、そんなのは『万全』とは言えない。自分が数時間前に言ったことをそっくりそのまま返すと、察したはたけくんは言葉に詰まり、諦めたのかわたしの手からマフラーの端を取り、自分で収まりのいいところに巻いた。
わたしもいつもより短くなった反対の端を首に巻いて、そろそろ昇ってくるだろう太陽を求め、東の空に目を向ける。
「お願い事は何にするの?」
「サホは? もう決めてるの?」
「うん」
「ふうん。オビトのこと?」
「えっ」
ぴたりと当てられ動揺していると、正解だと分かったのか、はたけくんは目を細めてため息をついた。
「サホ。その分かりやすいの、どうにかした方がいいよ」
「わ、分かってるけど……難しいよ……」
わたしが分かりやすいというより、はたけくんが鋭いだけな気がするけれど、そんなことを言えばきっともっと呆れられる。はたけくんから呆れられるのは割とあるけど、どれも心に来るからあまり感じたくないものだ。
「はたけくんは?」
「……言わない」
わたしのお願い事は知っているのに、自分は内緒にするつもりだ。そんなの公平じゃない。
「あれでしょ。『上忍になれますように』」
「それは自分の力でなるから」
「んー……『新しい術をたくさん覚えますように』」
「それも努力」
「……『とっても高いけど、性能のいい忍器が手に入りますように』」
「貯金はそれなりにあるから、買おうと思えばすぐ買えるよ」
捻り出した答えは、全て一刀両断される。そういえば五歳から下忍で、今は中忍だもの。『貯金』なんて言葉を事もなげに使う姿が大人びて見えて、わたしなんかじゃはたけくんの欲しいものなんて思いつけない。
「はたけくんって、何でも自分でやり遂げちゃうね」
他力本願ではなく、全て自力で。仮にはたけくんに好きな子がいるとしたら、わたしと違って初日の出に頼ったりなんかせずに、自分の力で振り向かせてやるとすぐに行動に移せる人だ。わたしも、オビトに振り向いてもらおうと行動しているつもりもなくはない。でもきっと、もっと頑張れるはずなのに、頑張っていないのだと思う。
自分との違いを知らしめられた気がしてため息をつくと、はたけくんは黙って東の空を見つめた。
「……別にそういう訳じゃないよ」
至近距離の横顔から、白い息が生まれる。
「叶う当てもないのに願うなんて、馬鹿げてるでしょ」
独り言みたいに、はたけくんはぽろりと零した。とても小さい呟きだったけれど、一つのマフラーを分け合うほど近くに居たから、一言一句残さず拾い上げることができた。
はたけくんの言葉に、最初は単純に胸がチクンとした。わたしや、わたしの家族をまとめて馬鹿にするような口ぶりに聞こえたから。
けれど、はたけくんの声があんまりにも寂しげだったので、わたしははたけくんの気持ちを、恐らく正確に捉えた。はたけくんは、叶う保証のないお願いをする行為が愚かであると言いたいのではなく、切望しているのに決して叶わない願いがあることに、心が痛いくらいに軋んでいるのだと思う。
「わたし、お願いしない」
ほとんど間をおかずに言うと、はたけくんはパッとこちらを振り向いた。眉を寄せて、少し焦ったように「ごめん」と謝る。
「ごめん、違うんだ。サホを馬鹿だって言ってるわけじゃなくて――」
「違うの。今年の分はとっておくの」
失言だったとばかりに、発言の補足を始めるはたけくんを遮ると、はたけくんは不思議そうにわたしを見た。
「貯金と同じだよ。貯金しておいたら、すっごく高い忍器も買えるでしょ? 今年はお願いをしないでおいて、来年もしないで、何年もしなかったら、きっと何でも叶うくらい、お願いの力みたいなのが溜まってるよ」
思うことを、思うままに続ける。
「それで、はたけくんがお願いしたいことが決まったら、わたしが溜めた分をあげる。わたしの分を合わせたら、そうしたらどうかな? 叶わないかな?」
はっきり言って、お願い事が成就する力を溜められるかどうかなんて一切分からないし、そんな都合のいいことあるわけないとも考えている。
けれど、もしそんなことができるなら、はたけくんのために、わたしのお願い事なんて後回しにしてもいいと思う。叶うことのない願い――例えばお父さんを生き返らせるなんて、いくら願っても無理だけど、できっこないけど、でも力になれたらいいなと思うから。
はたけくんとわたしは、とても近くで、互いの目を見続けた。夜の深い色をした目は、東から放たれる光を受け止め、ちらちらと珠のように輝く。
「一方的に貰うのは、施しをされてるみたいで好きじゃないね」
感情の揺らぎを見出せない声と、不快感が垣間見える言葉に、またやってしまったと、大きな後悔が両肩に重く落ちる。
「あげるんじゃなくて、貸してよ。オレが願いたくなったら、あげるんじゃなくて、オレに貸すの。それで今度はオレが、サホのためにお願いを溜めておいて、オレの分をサホが使う」
はたけくんの提案は、わたしの突拍子もない、何の根拠もない理論を受け入れてくれたことに他ならない。あの現実的なはたけくんが。自然と瞬きを繰り返すわたしから、はたけくんは少し気まずそうに伏し目がちになる。その横顔を、一際明るい光が照らした。
「太陽だ」
顔を上げ、空を見やるはたけくんと同じく、わたしも彼から顔を離し、果てのない天を見た。
太陽が昇る瞬間など、今までも何度も見た。任務中や、その帰り。徹夜で勉強していたとき。ああこんな時間まで起きてしまったというわずかな後悔はあれど、ゆっくり世界が始まる様を眺めるのは嫌いではなかった。
何度も繰り返される日の出の一つに過ぎないのに、新しい年の、初めての太陽は、どうしてこんなにも美しく思えてしまうのだろう。
「今年もよろしくね」
『年』という薄衣で、また一つ磨かれた真新しい陽に目は奪われても、耳や肌は隣の息遣いや熱を捉え続け、口はありきたりな言葉をかけた。
「……今年だけ?」
「ううん。今年も、来年も。ずっとかな」
わたしとはたけくんが忍である限り、わたしたちは仲間だ。生きている限り友達だ。今年も来年もその先も。
「ずっとだよ」
はたけくんはただ事実を述べただけなのか、それとも願う気はないと言っていたのに願ったのか、わたしには判別がつかない。ただ、二人で分け合ったマフラーは、一つの首に幾重に巻くよりずっと温かった。