最果てまでワルツ | ナノ
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テーマ「禁断の関係」
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「お前のせいだぞ」

 校庭での授業が終わり、全員校舎の中へと入っていく。そのとき、一人の男子がわたしにそう言った。
 その男子とわたしは、さっきまで班を組んでいた。授業の一環で、班同士で戦う模擬戦を行ったときの、三人一組の内の一人だ。覚えたての術を使う際、どうしても丑の印を結ぶのがうまくできなくて、何度も失敗してしまった。

「お前がちゃんとできてたら、俺たちは負けなかったのに」

 男子の隣に別の男子が立つ。校舎へ戻ろうとするわたしを遮るように、二人は立ちはだかる。
 クラスメイトたちは、わたしたちをチラっと見ながらも、素知らぬ顔で行ってしまう。みんな、面倒事は御免だとばかりに。
 普段から仲良くしている友達はわたしが心配なのか、遠巻きにだけどその場に残ってくれてはいるけれど、男子たちを止めてくれる気配はない。

「足を引っ張んじゃねーよ」
「お荷物」

 苛立つ声に、心臓がギュッと掴まれたみたいに痛い。
 確かにわたしは足を引っ張った。わたしの術がきちんと発動できていたなら、もう少し善戦できただろう。そして勝てたかもしれない。

「これだから女と組むのはいやなんだよ」

 深いため息と共に彼らはわたしを見下げ、忌々しいとばかりに眉を寄せる。
 わたしだって、わたしだって。あんたたちと組みたいなんて、一言も頼んだ覚えはない。
 一番足を引っ張ったのがわたしだというのは認めるけれど、右の男子は相手からの攻撃に対して明らかに反応が遅れていたし、左の男子は挑発するばっかりで逃げ回っていただけだ。
 自分たちのことを棚に上げて、負けた原因の全てをわたしに押し付ける、その自己保身な態度に、さすがにわたしだって言い返したい。
 言い返したいのに、言葉はちっとも出てこない。握りこんだ手は震えているのに、喉は少しも動かない。

「お前ら、いい加減にしろよな!」

 まるで手裏剣が放たれたように、わたしと男子たちの間を割くような声が響く。そちらに顔を向けると、オレンジ色のゴーグルを額につけた男の子が立っていた。

「仲間のことを『お荷物』とか言ってんじゃねー!」

 男の子は――うちはオビトは、眉を吊り上げて男子たちに食って掛かる。わたしとそう身長が変わらないのに、むしろわたしの方が少し背が高いかもしれないのに、黙り込んでいたわたしの分まで、彼らに言い返してくれた。
 男子たちはオビトの勢いに圧倒され、少し後ずさった。でもすぐに戸惑う表情を崩し、いやな笑顔を貼りつける。

「なんだよ。落ちこぼれくせに」

 男子の一人がそう言うと、オビトの噛みつかんばかりだった勢いはピタリと止まり、何か続けるはずだったらしい口は、紡ぐ言葉を忘れたかのようにパクパクと上下するだけだ。

「おっ……」
「うちはのくせに、写輪眼も使えないくせに」

 言葉に詰まっているオビトに、もう一人の男子は容赦なく続ける。

「お、オレだってなぁ、そのうち……そのうちなぁ!」

 グッと握り拳を見せて、オビトは「そのうち」を繰り返す。あまりの怒りで、この場に適した言葉が浮かばないのだろう。

「写輪眼がなくったって、うちは一族はエリートばっかなのに、お前なんて分身の術もうまく使えないだろ!」
「落ちこぼれー! ドべー! ヘタクソー!」

 男子たちは、オビトがうまく言い返せない事をいいことに、次々に彼を罵倒する言葉を吐いていく。オビトの顔はもう真っ赤だ。瞳には薄い膜が張っていて、黒目がきらきらと輝いて見える。
 それ以上何も言えなくなったオビトに、男子たちは気が済んだのか、わたしたちを放って校舎の中へ戻っていく。
 オビトはわたしから顔を背けると、服の袖口を目元へ持っていった。こするような仕草は、きっと浮かんだ涙を拭っているのだろう。

「あの……」

 そっぽを向いたままのオビトに恐る恐る声をかける。オビトはこちらを振り向かず、何度か鼻をスンスンと鳴らす。

「あの――」
「オビトー?」

 校舎の方からオビトの名を呼ぶ声が響いた。オビトはパッと顔を上げ、そちらへと走って行く。
 向かう先に見えるのは、校舎を背にして立つクラスメイト。顔に施している、菫色の化粧が真っ先に目に飛び込んでくる。

「オビトー! 何してるのー?」
「ごめんごめん! 何でもない!」

 オビトは、さっきの荒げた声や悔しそうな顔をあっさりひっこめ、彼女の傍に駆け寄ると、明るい太陽みたいな笑顔を見せた。潤んだ瞳なんてもうすっかり乾いていて、その目には彼女だけが映っている。



 アカデミーでの授業が終わると、半分の生徒は遊びに行く。もう半分は修業をしたり、自主的に勉学に励んだり、自分の身を鍛えることに重きを置く。わたしはどちらかというと前者だった。
 アカデミーに入って三ヶ月も経つと、クラスにはそれぞれ仲の良い、固定された友達グループができる。
 そのうちの一つにわたしは加わっていて、そのグループで集まっては、お団子屋さんでお茶をしたり、雑貨屋さんを覗いたり、とにかく勉強よりもみんなで集まってお喋りすることが好きだった。

「サホも行くでしょ」

 その日の放課後も、当然のように友達がわたしに声をかける。まず教室で軽くお喋りしてから、遊びに行く場所を決めるのがわたしたちの習わしだった。今日は、新しくできたお菓子屋さんを見に行こうと話がまとまったらしい。

「ごめん。ちょっと、用事が」
「用事?」
「うん。用事、思い出しちゃったから。ごめんね」

 謝りながら、わたしは友達を置いて教室を出て行った。早く追いつかなくちゃ。焦りながら、生徒が行き交う廊下を通り、目的の人物を捜す。
 アカデミーを出て、右か左か前方か。どちらへ向かえばいいかと分からないので、とりあえず前方へ走った。確かあの一族の家はこちらの方だ。
 しばらく進めば、求めていた背中が見えた。団扇の絵が描かれた背は、この里ではたった一つの氏を指す。

「えっ、リン、今日は一緒にできないの?」
「うん。母さんが忙しいみたいだから、今日は私がご飯を作るんだ。ごめんね」

 団扇の背中の隣には、茶色の柔い髪を揺らす少女が歩いている。優しげな声が、風に乗ってわたしの耳を震わせた。

「そっか……」
「じゃあオビト。また明日」
「うん。また明日」

 残念そうなオビトに、彼女はにこやかに挨拶をして手を振って駆け出した。その姿を見送りながら彼もまた弱く手を振る。顔なんてまったく見えないのに、小さな背中が少し曲がって、落ち込んでいるのが分かった。
 しばらくその場で突っ立っていたオビトは、思い立ったように歩を進める。わたしは彼と一定の間隔を取って後をつけた。

 オビトの背を追い続けると、里のはずれに辿り着いた。緑豊かな木ノ葉の里は、賑わう中心街を除けば、たくさんの木々が生い茂る森が広がっている。
 拓けた場所で仁王立ちしたかと思えば、オビトは深呼吸を繰り返した。
 両腕を開いて、閉じて、開いて、閉じて。
 精神統一でもしているかのようだ。実際そうなのだろう。
 そして心を落ち着け終わったのか、オビトはサッと腕を上げ、手の形を変える。未、巳、寅。

「――分身の術!」

 音を立てて煙が立ち、それが消えて現れたのはオビト――と同じ背格好をした、けれどオビトとは似ても似つかない、人型の人形のようなもの。

「ああっ! クソッ!」

 オビトは悔しそうな声を上げたあと、ガクンと頭を下げて両手を地面についた。

「くっそー……なんでうまくできないんだよ!」

 右手で地面を殴って、思った以上の硬さに「いてぇ!」と左手で押さえる。笑っちゃいけないのに笑いが込み上げてきて、わたしの口から少しだけ声が漏れてしまった。

「――ふっ」
「――誰だっ!?」

 背を向けていたオビトがこちらを振り返る。目が合った瞬間、体が氷のように固まった。オビトはわたしを見て不思議そうな顔をする。

「あ……確か……えっと……」

 どうやら、オビトはわたしの顔は分かるようだけれど、名前を覚えていないようだ。三ヶ月もクラスメイトをしているのに、と少し傷ついたような気分になるけれど、それはもう仕方ないことだ。わたしとオビトは親しい関係ではないし、仲良くしている友達も違う。あまり関わることがない上に、クラスでも目立たない方であるわたしなど、オビトにとっては『クラスメイトの女子A』くらいなものだろう。

「かすみ、サホ」
「ああ、そうだ。サホだ、サホ」

 名乗ると、オビトはわたしの名を何度か繰り返した。名前を呼ばれただけなのに、ドキンと胸が大きな音を立てる。

「なあ、もしかして今、笑った?」
「え?」
「笑っただろ」

 じっとりとした目をしながら、オビトがこちらへと歩み寄ってくる。接近してくることと、オビトのその不機嫌な顔に、わたしの体はやはりカチコチの氷になる。

「見たんだろ。オレが失敗するとこ」
「あ……うん……」

 ぶっきらぼうに言ったオビトに、わたしは素直に認めた。オビトの事を思えば、嘘をついてでも見ていなかったと返すべきだったかもしれない。
 オビトはガリガリと頭を掻いた。頬がうっすらと赤い。失敗したところを見られていたと知って、照れているのだろうか。

「何か用か?」

 恥ずかしさを隠すかのように、オビトは少し語気を荒げてわたしに問う。わたしはオビトの後を付けてここまで来た目的を果たすのは今だと確信し、凍っていた体を動かした。

「お、お礼を、言いたくて」
「お礼?」
「授業が終わって、わたしが同じ班だった男子に、その……」
「……ああ! あれかぁ」

 わたしの説明の途中でも、オビトは何のことを指しているのか十分察することができたようで、両手を腰に当ててフイッと顔を背けた。

「べっつに。オレが個人的に腹が立っただけだし」

 見せつけるような横顔には、ほんのわずかだけど赤くて、それはさきほど、うまくいかなかった分身の術で見られたときと同じ――つまり照れていた。
 つっけんどんな態度なのに、不思議と怖いと思うことはなかった。男子二人に責められたときの方がよっぽど怖かった。そして目の前で恥ずかしそうにしている彼は、二人からわたしを庇ってくれた。

「でも、ありがとう」

 たとえオビトが、ただ単純に自分が気に入らなかったから割って入ったのだとしても、わたしは救われた。その上、彼らの『口撃』の標的が自分からオビトへ変わり、オビトは落ちこぼれだと馬鹿にされてしまった。
 受ける必要のなかった罵倒を受けてしまったのだから、お礼どころか謝罪だってしなきゃいけない。だから次は謝ろうと、わたしが言葉をつづける前に、オビトは背を向けた。ぶつぶつと何か喋っている。『分身』『上手く』『なんで』と。

「修業、してるの?」
「……まあな。つっても、全然上手くならねぇけど」

 見たままのことを問えば、オビトは長い息を吐いて肩を落とした。やはり、オビトはとても分かりやすい。顔が見えなくても、声が届かなくても、残念がっていることも落ち込んでいることも伝わる。

「写輪眼さえ開眼できれば、こんなのもっと簡単に……」

 自分の目元に手をやり、オビトがそう零す。
 わたしはうちは一族特有の写輪眼についてはさほど詳しくはない。どうやったら開眼するのか、どういう強さを秘めているのかなど、よく知らない。
 ただ『うちは一族と言えば写輪眼』という認識があるので、まだ開眼していないオビトは、わたしを責めてきた男子たちに言われたように、よく「うちはのくせに」と言われてしまう。

「えっとね。分身の術の、コツみたいなのがあってね」

 わたしは意を決し、両手を上げ、オビトに話しかける。彼はこちらを振り向いて、動くわたしの手元を見た。

「こう、未のときに今の自分をしっかりとイメージして、巳のときにはそれを分裂させるように頭で練り上げて、寅で押し出す感じで……分身の術!」

 未、巳、寅、と、ゆっくり印を結びながら説明しつつ、最後にチャクラを込めて術を発動させれば、わたしの隣にはわたしそっくりの分身が現れた。
 「おお」という声を上げた後、オビトはわたしの説明通りに、イメージして、頭で練り上げて、と口にしながら、印を丁寧に繰り返した。
 未、巳、寅、と何度か流れをさらったあと、意を決したように、素早く、でも一つ一つきっちりと印を結んで、

「――分身の術!」

と声を上げると同時に、オビトのすぐ横に煙が立つ。払われて現れるのは、先ほどと同じく、のっぺりとした顔の人型の人形ではあったけれど、さっきまではなかった、髪の毛や服装や、彼のトレードマークと言ってもいいようなオレンジ色のゴーグルが再現されていた。

「おお!」

 現れた分身に、オビトが嬉しそうな声を上げる。

「すげぇ! 今までで一番まともなオレだ!」

 オビトの言うとおり、今出した分身は、これまでオビトが出した中で一番オビトに似ていた。
 でも、はっきり言ってこれは成功ではない。偽物だと一発で見分けがつく。しかしオビトにとっては、初めて比較的まともに出せた分身なのだ。

「サホ、すげぇじゃん!」

 興奮冷めやらぬまま、オビトはわたしに顔を近づける。爛々と輝く黒い目がすぐ傍にあって、わたしは思わず体を後ろへと傾けた。オビトがさっきやっと覚えただろうわたしの名前を、あまりにも自然に呼ぶものだから、わたしはそれが自分の名前だとうまく飲み込むことができなかった。それくらいびっくりした。

「そんな、全然、すごくなんてないよ」
「何言ってんだよ! サホの言うとおりにやったらできたんだぜ?」

 謙遜ではなく事実として否定したのに、オビトは笑顔でそう言う。

「だって、わたしじゃなくて、先生が教えてくれたことだから……だからわたしじゃなくて、先生がすごいんだよ」
「そうなのか? でも、サホの分身って、本当にサホじゃん。お前、分身の術上手なんだな」

 三ヶ月も同じクラスに居て、何度も授業で、一人ずつ皆の前で分身の術を行ってみせたこともあるのに、オビトはわたしの分身の術の出来などさっぱり記憶になかったようだ。
 顔と名前すら一致していない相手のことなんて、覚えていなくてもおかしくはないと分かっているけれど、ちょっと傷つく自分がいた。オビトは本当に、わたしのことなんて目に入っていなかったのだろう。

「分身の術は印が少ないし、組みやすい印だからできるけど、他の術だと、焦っちゃってうまくできないんだ……」

 オビトの態度に多少なりともショックを受けつつ、わたしなんてすごくないと、その一例を出して言ってみると、オビトは首を傾げた。

「組みにくい印なんてあるか?」
「うん。わたし、丑がうまくできないの」

 丑は右手を水平にして左手を垂直にし合わせる。その際、右の指は全て伸ばすけれど、左の小指と人差し指だけは立て、残りの指は丸める。それがどうにもスムーズにいかない。どの指を立てるのか、丸めるのかと、混乱して一瞬戸惑ってしまうし、ピンと伸ばすこともできない。そのせいで、丑の印が必要な術はほとんど発動できないでいる。

「ふうん。何でだろう」
「先生は、まだ慣れていないのと、あと、手が小さいからだろう、って」

 うまくできなくて相談してみたら、先生はわたしの手を見てそう言った。どの指をどう動かすかは慣れるしかない、けれどその前に手が小さい、つまり指が短いのもあって、身体的にもまだ難しいのではないか、と。
 自分の手を平を見てみる。アカデミーに入ってまだ三ヶ月だけれど、すでにマメが潰れたり、タコができていたりする。アカデミーの子はみんな、こういう手になる。

「へえ、そっか?」

 オビトはそう言うと、向かい合っていた位置からわたしの隣に並び、広げていた手のひらに自分の手を乗せた。少し汗ばんだ手のひらが被さると、わたしの手はすっぽり覆い隠されてしまう。突然触れた熱に息を呑んだ。

「ほんとだ、ちっちぇ」

 面白いものを見つけたとばかりに、オビトは声を上げて笑う。オビトは、手を合わせていることなんて何てことないといった様子で、指をずらしてわたしの手を何度も柔く握ってもみせた。きゅっと伝わる締めつけは、わたしの胸も締めつけてくる。

「でもさ、手なんてすぐにでっかくなるって!」

 すぐ隣でオビトがわたしに笑顔を向ける。手の大きさを気にしているわたしを励ましてくれているのだろうけど、言葉なんて頭にまったく入ってこない。

「よしっ。いいこと教えてもらったし、もうちょっとやるか!」

 熱いぬくもりがそっと外れて、じわりと汗を掻いていたわたしの手のひらに当たる風が、やけに冷たく感じられる。
 オビトはわたしから距離を取ると、分身の術の印を結んでは、大まかな特徴だけがオビトに似ている分身をいくつも作った。

「分身の術! ――分身の術! ――分身の術!」

 一度に出せるのは一体だけだけど、オビトは前よりも自分の姿に近い分身が現れるのが嬉しいのか、今のコツを忘れないように体に叩き込むためなのか、何度も何度も術を発動し、そしてついに――

「ぶんしっ――うっ」

 呻き声を上げて、寅の印を組んだ姿のまま、オビトの上体が後ろに傾き、仰向けに倒れた。合わせるように、出していた分身も音を立てて消える。
 いきなり倒れたオビトに驚いて、膝をついて苦しそうな顔を覗き込んだ。

「オビトっ!」
「う……クソッ、立てねぇ……」

 目がかすんでいるのか、オビトは何度も瞬きをし、起き上がろうとするけれど、背中はぴたりと地面にくっついたままだ。顔には脂汗が滲んでいて、息は切れ切れで呼吸するだけで精一杯な様子に、医療忍術をまだ習っていないわたしは狼狽え、オビトの名を呼ぶしかできない。

「オビト。オビト、大丈夫?」
「ただのチャクラの使いすぎだよ」

 淡々とした声と共に、わたしとオビトの傍に風のように降り立つ人影。見上げると、白く反射する銀色の髪が、わたしの目を眩しく貫いた。

「は、はたけくん」

 鼻と口を多い隠すマスクに、長いマフラー。どことなく気だるげな雰囲気を帯びているのは、夜を押しこめたような色をした、三白眼の目がそう見せるのだろうか。『彼の特徴を挙げよ』と言われたら、いくらでも挙げられる箇所があるくらい、個性が強い容姿だ。

「自分のチャクラ量を把握せずに、考えなしに使うからだ」
「うっせぇ……!」

 はたけくんの指摘に、オビトは苦々しげに反論する。わたしは突然現れたはたけくんと、はたけくんを睨むオビトを交互に見て、一体この場をどう対処すればいいのかと困ってしまった。

「チャクラ切れを起こさないなんて、基本中の基本でしょ?」
「うるっせーな!」
「叫ぶと余計に疲れるだけだぞ」
「うるっ……せ……」

 体を起こそうとしたオビトは、やはりまだ力が入らないのか、少し頭を上げただけでも苦しいようで、またすぐに全身を地面へと預けた。
 はたけくんの言うとおり、チャクラ切れならすぐには動けないはずだ。でも完全になくなったわけじゃないなら、少し休めば立てるようになるだろう。それまで傍についてあげた方がいいのだろうか。

「この程度じゃ死なないよ。放っておけば?」

 わたしの心を読んだかのように、はたけくんが言う。そっけない物言いは、彼の元来の性格なのか、相手がオビトだからなのか分からない。
 ただ、わたしは彼のそういうところが少し苦手で、『はたけくん』と苗字にくん付けで呼んでしまう。なんとなく気軽に名前で呼んだり、呼び捨てになどできない。オビトは、クラスの中でも一際目立つからわたしたちのお喋りの話題にもよく上がり、そういう時にみんな「オビト」と呼ぶから、ろくに喋ったこともないくせにわたしもオビトと呼び捨てにしてしまっている。

「でも……」
「ま、好きにしたらいいよ」

 返答など最初からどうでもよかったのか、はたけくんは肩をすくめる仕草をしたあと、大きな跳躍をして木の枝に足を付けると、そのままどこかへと行ってしまった。
 森の中に消えて行ったはたけくんの、アカデミー入学三ヶ月にしてはすごすぎるその動きに、しばし目を奪われた。はたけくんはわたしの同期の中で――いや、今のアカデミーや同世代の中でもとびきり優秀だ。分身はそっくりそのまま精巧なものをいくつも作り出せるし、実戦授業では負けたことなんて一度もない。

「カカシの野郎……」

 オビトを見ると、悔しいからなのか目元が潤んでいた。唇はぎゅっと噛み締め、顎には梅干しの皮のような皺ができている。

「オビト、大丈夫?」
「おう……サホも、行っていいぜ」

 声をかけるとオビトはプイッと顔を背けた。うっすら濡れている目尻。それを拭うことすら、今の彼にはできないのだろう。
 オビトが言うとおり、行った方がいいのかもしれない。一人になりたいのかもしれない。一人で頑張っていたいのかもしれない。はたけくんの言うとおり、これくらいじゃ死なない。わたしが付き添う必要はない。

「オビト」

 四肢を投げ出して、体を横たえるしかできないオビトにわたしができることなど、ほとんどないだろう。

「わたしもね。丑の印が、もっときちんと結べるようになりたい」

 先生に、手が小さいからまだ難しいだろうと言われた丑の印。
 難しいからと、わたしはどこか諦めている節があった。まだ手が小さいのだから仕方ないのだと。
 そのうちきっとできるようになるのだと自分に言い聞かせて、だから今日もうまく術が発動できずに、同じ班の男子たちに責められた。

「一緒に、頑張っていい?」

 オビトは、写輪眼がまだないからと諦めたりはしていない。授業が終わったからって遊びに行かずに、こうして自分なりに努力を重ねている。
 そんな彼を見ていたら、手が小さいからと諦めている自分が恥ずかしくなった。今日だってわたしがちゃんと練習を重ねて、少しでも丑の印がうまく組めるようになっていれば、責められることも、オビトが『落ちこぼれ』とからかわれ泣くこともなかった。
 わたしはオビトに何もできない。医療忍術もまだ習っていない。オビトを抱えてこの場から去れるほどの力もついていない。ただ隣で様子を見ているだけしかできない。
 だって、修業って、そういうことだ。やり方を教えたりコツを与えたり、怪我をしたら手当てしたり、そういうことはできるけれど、自分を鍛えるのは自分の意思と体だ。
 なら、わたしも頑張ろうと思う。
 頑張る自分で、オビトの頑張りを応援したいと思う。
 オビトに手を差し伸べるんじゃなくて、頑張るオビトの隣で頑張るのが、わたしにできることだと思う。
 わたしの頼みに、オビトは鼻を啜ったような音を出して、チラッとこちらを見た。粒の形はないけれど、瞳は涙できらきらと輝いている。

「――おう!」

 白い歯を見せつけるように、オビトが笑顔を見せる。
 まだ泣き虫の跡は残っているけれど。
 写輪眼なんてまだ持っていないけれど。
 わたしにとってその日から、オビトはたった一人の男の子になった。



01 君を見つけた

20180415


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