最果てまでワルツ | ナノ
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バチャスペ
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 わたしが上忍になったのは、いわば繰り上がりみたいなものだと自覚している。封印術に特化した上忍が里を離れるので、その穴埋め。それがわたし。
 だからわたしに求められるものは、センリ上忍と同程度の力を持つこと。火急の事態でも極力被害を出さぬよう、上級封印術で素早く対応できる腕を持つことだと考え、非番を利用して資料室に向かうと、シイナさんに呆れた顔を向けられた。

「あのな。そういう、特定の分野で邁進していいのは俺たち特上なの」

 わたしが手にしていた封印術の巻物を取り上げ、棚に戻すと腕を組み、少し目を細めながら続ける。

「いいか? 上忍になったお前には、封印術だけじゃなく、忍術も体術も幻術も、知識も指揮力も万遍なく高い技量が求められてるんだ。どうしてか分かるか? それが上忍だからだ。上忍一人で、一個小隊を潰せるくらいの力を持たなきゃいけない。それほどの期待を持って、三代目はお前を上忍に指名したんだ。お前、先輩を差し置いて自分が上忍になったからって変なプレッシャー抱えてないか? はっきり言って、俺は特上で満足してるよ。俺らはとにかく封印術のことだけ考えてりゃいい。後進育成のために下忍を生徒に持つこともあるだろうけど、上忍師に比べたら楽だ。封印術だけ教えりゃいいんだからな」

 シイナさんは立て板に水のように喋り続けるので、口を挟みたくとも挟める言葉が浮かばなかった。
 上忍と特別上忍の違いは、専門的な分野に特化しているかしていないか。封印術を専門とした特上であれば、日々封印術に関する知識を深め、術を身につけ時には生み出し、里のために振るうことに務めればいい。それが仕事だ。
 対して上忍は、有事に限らず下忍や中忍を従える立場であらなければいけない。封印術だけが上手く扱えればいいわけじゃない。前線に出て生き残れるだけの、生き残らせるだけの力がなければいけない。そうなると、あらゆる分野に精通する必要がある。

「元々特上になると決まってたんなら、サホの封印術は特上レベルってお墨付きがあるわけだろ。これ以上は、とりあえず俺たちに任せとけ。それよりも新米上忍のお前に足りないものを補う方が先だ」

 特別上忍になる予定だったので、わたしの封印術に関する能力はすでに評価されている。だったらそれは置いておいて、体術などを中忍レベルではなく上忍レベルにまできちんと引き上げて来いと、シイナさんはそう言っている。
 シイナさんの言いたいことは理解できるし、正しいとも思う。だけど、わたしはセンリ上忍の穴を埋めるための存在だから、センリ上忍と同じだけの技量を身につけなければいけないのでは、という焦るような気持ちは消えない。

「と言うわけで、お前しばらくここ、出入り禁止な」

 グッと腕を掴まれ、シイナさんはわたし引っ張って資料室の出入り口に向かう。男と女、年上と年下の差もあってか、足を踏ん張って止めようにもできず、わたしはあっという間に資料室の外の廊下に出された。

「ど、どうしてですか!?」
「そうでもしなきゃ、お前すぐここに来るじゃん。サホの面倒を見るほど俺も暇じゃないし」

 『面倒を見る』だなんて、まるで子ども扱いだ。前後に手を振る様子は犬を追い払うみたいで、いくら悪意がなかったとしても、多少なりとも傷つく心はある。

「冗談で言ってるんじゃないって、分かるよな? 俺もお前もいずれ人に教える立場になる。俺たちを指導してくれたクシナさんに恥じない、先生や上忍にならなきゃいけないんだよ」

 シイナさんの顔から揶揄に似たものが一切なくなり、急に真面目な表情でクシナ先生の名前を出されては、わたしの口はさっと閉じてしまう。
 わたしと同じように、シイナさんもクシナ先生に封印術を習っていた。わたしよりも短期間だと言っていたけれど、シイナさんにとってもクシナ先生は恩師であり、きっと目指すべき目標の一人だろう。

「頑張ろうぜ」

 肩をとんと叩いて、シイナさんは、わたしが知っているいつものお調子者の笑顔で言う。

「……はい」

 わたしが返事をすると、乱暴に頭を撫でて、シイナさんは資料室の扉を閉める。
 廊下へと追い出されてしまったわたしは、少しずれた額当てを直しながら廊下を歩いた。



 わたしが上忍になるより前に、ガイも上忍になった。特別上忍予定だったわたしと違い、最初から上忍として選ばれている。
 つまり、ガイにはすでに、上忍として足る力が十分に備わっていると判断されているわけだ。

「ガイって、結界忍術とか幻術とか、どれくらい使えるの?」
「なんだ? いきなり」

 資料室を出たわたしは、そういえば今日は待機だとガイが言っていたのを思い出し、上忍待機所へ向かった。
 まだ馴染めない上忍待機所では、わたしはいつも隅の方でじっとしている。そんなわたしと違い、ガイは自分のペースを崩すことなく、つまり今のように片手で逆立ちして腕立てをするなどの堂々とした振る舞いができる、非常に度胸のある男だ。
 他に誰も居ないしと、ガイの前にあるソファーに座って問うと、ペースを崩すことなく腕立てをしながら答えた。

「どれくらい使えるかと言われても、オレが使えるのは『四方壁』と『眩ませの術』のみだ」
「……それって初級の結界術と幻術だよね?」

 結界・四方壁は文字通り、対象の四方に見えない壁を作る結界忍術。幻術・眩ませの術は三半規管に作用して平衡感覚を失わせ、眩んでしまったような状態にする幻術。どちらも下忍や、ちょっと腕のいい子ならアカデミー生でも使える程度の基礎の術だ。

「そうだな」
「そうだなって……え? ガイ、上忍、だよね?」
「上忍でなければここには居ないな」
「そうだよね……」

 上忍待機所は上忍が待機する場所。こんなに堂々と逆立ち腕立てをする中忍が居たらびっくりする。

「何だ。だめか?」
「だめって言うか……」

 自分の回答に満足していないわたしに、ガイは腕立てを続けながら訊ねた。わたしが入ってくる前から続けていて、その時点で「百」とかいう数字が聞こえていたのに、ガイは汗ひとつ掻いていない。汗腺が死んでいるのだろうか。

「あのね。先輩に、上忍っていうのは、どの面においても高い技量を持っているものだろうって言われたの」
「ふむ」
「だから、例えばわたしは、封印術が得意なの」
「うむ。そうだな」
「うん。元々、封印術の面で特上に内定していて、それでたまたま、色々と事情が重なって上忍になったの。でもガイはわたしと違って、初めから上忍として選出されて、上忍になったわけじゃない?」

 問うと、ガイは「ああ」と短く肯定する。

「だったらガイは、やっぱり体術だけじゃなくて他の術も相応に扱えるのかな、と思って……」
「なるほど」

 わたしがどうしてあんな質問をしたのかという理由が分かったガイは、逆立ちをやめ、上げていた足を床につけた。両腕は腰に当て、待機所の壁を見つめてしばらく黙ると、

「オレはサホほどに封印術や結界忍術には長けていないし、紅ほど幻術を扱えるわけではない。しかし、それでいいんじゃないのか?」

そう言って、改めてわたしに目を合わせる。びっしり生えそろった睫毛で印象が強い目で見られると、自然と背筋が伸びるというか、臨戦態勢に入る。野外で大型の猛獣に会ったときと似た気分になる。

「人間というものは、皆違う生き物だ。みんながみんな、同じことができるわけではない。だからこそ、互いに支え合い補い合って生きてきたのではないか」

 ガイの話は、今日まで続く人の営みの在り方を説くのと似ていた。助け合いながら生きてきたから、この里にはこれだけの人たちの生活が深く根付いたのだと。

「でも、上忍なのにできないことがあるなんて、それっていいの?」

 わたしはそんな、人類の繁栄に関わる壮大な話をしているわけじゃない。木ノ葉の里の上忍というのは普通の人とは違う。里の支柱である火影を支え、要請があれば火の国を守りに各地へ赴き、下忍や中忍を束ねるべき立場にある。そんな立場の人間が、『封印術は得意だけど他はそこそこなので補い合いましょう』っていうのもどうかと思う。
 ガイは顎に手を添え、小さな唸り声を上げつつ再び考える姿勢を取った。

「上忍であるための条件など、オレにはよく分からん。そもそも、サホはどう思っているんだ?」
「どうって?」
「『どの面においても高い技量を持っている者が上忍だろう』というのは、先輩とやらの考えであって、サホの考えではないのだろう? サホ自身は、上忍というものはどうあるべきなのか、考えたのか?」

 たしかに、どの面においても、というのはシイナさんの考えだ。納得させられる部分がたくさんあったので、そういうものなのだとそのまま受け取っていた。

「……わたしは、だって、センリ上忍の穴埋めだし……」
「それは答えになってないな。『上忍になった経緯』と『上忍とはどうあるべきか』は違う」

 ズバリ言われて、言葉に詰まる。指摘された通り、わたしの回答は上忍になった経緯を語っているだけだ。
 改めて、上忍に指名された自分が成すべきだろうと考えていることを言葉にしてみた。九尾事件もあり、高等封印術を使える術者は一人でも多い方がいいし、『封印術を得意とする上忍』という空いた枠に収まったからには、センリ上忍が扱えていた封印術を全て習得しておかなければいけないと思う。センリ上忍に求められていただけの技術を、わたしも持ち合わせることで、初めてセンリ上忍の穴が埋められると考えているからだ。
 わたしの話を、ガイは真剣に聞いてくれた。貫くように真っ直ぐに見てくるから、変に緊張してたどたどしいものになってしまったけれど、何とか最後まで説明できた。

「オレはサホの考えも正しいと思うぞ。センリ上忍とやらの抜けた穴をいち早く埋めることも大事だ」

 腕を組むガイは、深く頷き、わたしの考えは間違っていないと言ってくれる。

「しかし、サホはサホだろう。これから一生『センリ上忍の代わりのかすみサホ』のままで居る気なのか?」

 それは――そんな気は、ない。ないと、思う。だけど、わたしが考えた『上忍として成すべきこと』は、センリ上忍のやっていたことをなぞっているだけで、それを続けている限りは、わたしはガイ曰くの『センリ上忍の代わりのかすみサホ』でしかない。
 でも、そういうものじゃないだろうか? 『抜けた穴を埋めてくれ』と三代目も仰った。じゃあ、求められているものは『センリ上忍の代わりのかすみサホ』だ。
 だけど、ガイの問いは思いのほか槍のように鋭く深く、わたしの心に刺さってしまった。『でも』『だけど』『なら』『けれど』と、頭の中で何度も何度も、色んなわたしが否定し続けて、何が本当に正しいのか分からなくなってしまった。



 あのあとすぐにガイが呼び出しを受け、それを見送ってマンションへと帰った。最近は、明るいうちに任務が終わったら、大体は資料室にこもって封印術に関する文献に目を通す日々だった。けれどシイナさんに出入りを禁止された今は、さっさと部屋に帰って、本棚に並べている本や巻物に目を通すくらいしかできない。
 早めの夕飯を済ませ、ヨシヒトから貰った入浴剤を溶いた湯に浸かり、掃除や整頓も済ませ、あとは寝るだけ。久しぶりにゆっくりと、自分自身や部屋の手入れを終えたわたしは、ベランダに出て外を眺めた。
 そこそこに高い部屋からは、他のアパートやマンション、家が見えて、その窓の多くに明かりがついている。部屋のカーテンを閉めているから、よりくっきりと、里の明かりが目に届く。じきにそれも徐々に少なくなっていき、木ノ葉の里は静かな夜を迎える。

「上忍かー……」

 眠りにつこうとする里を見ないようにと、ベランダの手すりの上で両腕を組み、そこに額をつけた。部屋に戻ってからもう何度も繰り返している台詞を、また口から零す。
 自分が目指すべき上忍の在り方が、わたしにはやっぱり見つけられない。顔を伏せた先に見えるのは、ベランダ用のサンダルを履いたわたしの足だけ。『足下ばかり見ていても仕方ないわよ』と言ったのは、クシナ先生だったか、センリ上忍だったか。

「何してんの?」

 突然すぐ近くから声をかけられて、慌てて顔を上げると、腕を乗せていたベランダの手すりの空いている場所に、カカシが両足をつけて立っていた。
 いつのまに。まさに、音も気配もなく現れた。足の裏に流しているチャクラで、足をつけた際の振動が手すりには伝わらなかったようだ。
 カカシは立ったままでわたしを見下ろしている。手すりの高さがある分、いつもより随分と高いから、見上げ続けると首が痛くなる。そっと下げて、首裏辺りに手をやり、揉むように摩ると、それに気づいたカカシは、手すりの上に座る形を取った。
 任務帰りなのだろうか。だったら、玄関から自分の部屋に入ればいいのに、なんだって人の部屋のベランダの手すりに座るんだ。

「……まだ痛む?」

 決してカカシを見ないようにと、手すりの上で頬杖をついて、里の明かりを数えていると、あちらから問いが投げられた。

「何が?」
「……背中」

 訊き返すと、間を置いて、答えは短く返ってくる。

「別に……もう痛くないよ」

 首の裏を摩る仕草が、背中に残った傷痕が痛むからではと思ったのだろう。医療忍術を施されたこともあり、痛みはもうない。違和感にも大分慣れてきた。
 カカシは「そう」と小さく呟き、相変わらず猫背のまま、わたしの部屋に向かって足を下ろす形で、手すりに座ったまま動かない。
 一応ベランダでも、わたしの了承なく立ち入るのなら不法侵入だろう。だけど、自分の部屋へ行けと追い払うほど、今のわたしにとってカカシが目障りというわけでもない。
 わたしは眠ろうとする里を、カカシはカーテンの引かれたわたしの部屋の窓を。それぞれ反対を向いたまま、沈黙が続く。

「上忍って、何なの……?」

 唐突な問いに、カカシが「は?」と気の抜けた声を上げるので、再度「上忍って何なの?」とまったく同じ言葉で問うた。

「……中忍の上の階級」
「そういうことじゃなくて」

 『上忍』という職についての説明としては、足りない部分は多いけれど正解だ。でもわたしが訊きたかったことではない。求めていた答えではないことに不満を抱いたけれど、わたしの質問が悪かったので、カカシに一切非はないと思い直し、口はきゅっと締めた。

「今度は何があったの?」

 わたしが訊き直す前に、カカシは右目を細めて問うた。その仕草が、昔のカカシを思い起こさせた。呆れたような、うんざりしたような、年の割に大人びていて生意気に見えた表情も、歳を重ねた今は、また違って見える。

「上忍がどうあるべきか、見つからないだけ」

 頭の中でずっと繰り返される問い。シイナさんの考えも、ガイの考えも、そして多分、わたしの考えだって、正しくないわけじゃない。
 ただガイが言うとおり、わたしは一生、誰かの代わりを務めればいいと思うのは、上忍に相応しい態度とは言えない。
 だからといって、目指すべきものは見つからない。何度も重ねた思考が、またくるくると回り出した。

「どうあるべきか……ね」

 カカシは片足だけ立てて手すりの上に乗せ、その膝に腕を乗せて器用に頬杖をついた。猫背のなだらかな線を結ぶ。

「カカシはどうなの?」

 同期の誰よりも早く、カカシは上忍になった。十二で上忍なんて、同期の誉れですらあった。

「あの頃は戦争中だったし、『上忍とは』なんて考えもしなかったな。もしまともに考えていれば……」

 そこでカカシは言葉を切った。紡ぐべきものが見つからないのではなく、紡いではいけないと、わざと止めたような気がして、わたしは勝手にその先を予想し、勝手に落ち込んだ。カカシの心の内は読めないけれど、カカシが言おうとしたのはきっと、『まともに考えていれば、オビトは死ななかった』だ。
 オビトが死んだのは、カカシが上忍になって初めての任務のとき。ああ、あのときはお守りを渡せなかった。告白もできなかった。気持ちを伝えていたら未来は少しは変わっただろうか。お守りを渡せていたらオビトを守ってくれただろうか。これもまた、ずっと繰り返している問いだった。

「先輩は、得意なことだけじゃなくて、苦手なところも含めて、全体的に底上げすべきだって。それが上忍だろうって」
「……まあね」
「ガイは、自分に足りない部分は仲間に補ってもらって、自分も誰かの足りないところを補って……そうやって人は生きてきたんだから、それでいいんじゃないかって、多分、そういうことを言ってた」
「それも一理ある」

 やっぱり、どちらも間違っていない。なんだっけ。『正義の反対は悪じゃなくて、別の正義』だっけ。そういうのを思い出した。
 結局は、人の数だけ考えがある。シイナさんも、ガイも、自分の中の正しさからくる言葉をわたしに向けて発しただけだ。
 だからわたしも見つければいいのだろう。自分が納得できる考えを。誰かの代わりで居続けることがよくないと思うのなら、別の考えを。

「上忍がどうあるべきかなんてオレには分からないけど、サホにはサホにしかできないことがあるよ」

 カカシはわたしの部屋の窓に目を向けたまま、慰めのような言葉をかけた。

「わたしにしかできないことって?」

 今のわたしは、優しいだけの言葉は欲しくない。わたしが納得できるだけの、もうぐるぐると考えずに済む答えが欲しい。

「前に出て戦うばかりが忍じゃない。後ろから加勢するのも、水面下で情報を収集するのも、仲間の怪我を治療するのも、後進を育成するのも、立派な木ノ葉の忍だ」

 前線に出て敵と相対する、いわゆる『戦忍』以外にも、後方支援部隊や、情報収集部隊、医療部隊、それにアカデミーで次世代の忍を育てる教師陣。その全てが忍だ。忍である以上、わたしたちはどの部隊とも直接的、間接的に関わりを持っている。それこそガイが言うように、補い合って、助け合って里を守ってきた。

「『待つ』っていうのも、必要でしょ」

 カカシが付け加えたのは、さきほど並べた忍と違って、随分と曖昧な表現だった。

「『待つ』って?」

 単純に意味が分からなくて、カカシの方を向いて訊ねたけれど、カカシは頬杖をついたまましばらく黙った。

「……感知結界を張って、引っかかるのを待つ……とか?」
「なにそれ」

 カカシ自身も、その答えに対していささか自信はないようで、言い出した側なのに、とどこか責める口調で返してしまった。
 戦術の一つに『待つ』というのはある。実際、感知結界を張って、引っかかった相手を封印術で制し、何人も殺したのは記憶に新しい。一日にあれだけの人数を殺したのは初めてだ。それよりも、あのときは本当に死ぬかと思ったと、その感情の方が鮮明に残っている。

「オビトなら、何て言うかな……」

 こういうとき、オビトはどう答えるだろう。もしオビトが生きていたら、きっと上忍になっていたはずだ。わたしが上忍になれたくらいだもの。
 オビトだったら何て答えるだろう。オビトの答えだったら、わたしはもう迷わなくて済みそうなのに。

「……訊いてみる?」

 言って、カカシは頬杖を解くと、ずらしていた額当てを押し上げた。閉じられていた傷のある瞼が上がって、赤い目が覗く。
 血のように赤い、三つの巴が飾られた目。久しぶりに見た気がする。最後に見たのはいつだっただろうか。見せて欲しいと頼んだのは、本当に随分と前の話のようだ。でも単に見ただけならこの前。わたしが死ぬ思いをした日。
 オビトの目を見ると、わたしは途端に動けなくなる。写輪眼は幻術を見せるというけれど、そういうものじゃなくて、体が縫い付けられたみたいに何もできなくなる。
 よく見えるようにと思っているのか、カカシは顔を寄せてくる。赤い目の中に小さく映る自分が分かるくらいまでに近い距離は、瞬きをするたびに扇ぐような、目を縁取る睫毛までよく見えた。

「オビト、迎えに行かなきゃ……」

 目を見たって、オビトからの返事は当然ない。カカシの中で左目は生きてはいるけれど、声を発する肉体は死んでいる。オビトは今でも一人、岩の下に取り残されている。

「だめって言われてんでしょ……」

 呆れているのだろうか。抑揚のない小さな声は、この距離だからこそ届いた。
 戦争が終わって、ミナト先生が四代目を継いだあと、わたしはミナト先生に頼んだことがある。オビトの体を木ノ葉の里へ持ち帰りたいので、許可をくださいと。
 けれどミナト先生は苦い顔をして、それは聞き入れられないと却下した。せっかく締結した平和条約にヒビを入れるような、無駄な衝突などを避けるためにも手を出してはいけないと。ミナト先生にとってオビトは大事な部下の一人だったけれど、火影としては苦渋の決断をするしかないようだった。
 四代目が亡くなり、三代目が火影の座に戻ったあとも、時を置けば変わるかと思ったけれど、やはり返事は否だった。

「本当に……待つだけだね、わたし……」

 いつか、いつか。国や里同士の諍いが本当になくなって、あの岩の下を掘り起こしても構わないようなときが来るまで待つしかない。
 わたしは本当に、待つばかりだ。オビトの帰りを待って、リンの帰りも待った。クシナ先生が子どもを産んで、元気に戻ってくることを願って待った。でもみんな帰って来なかった。

「いいんだよ、それで」

 左目の瞼は閉じられ、そっとカカシが身を引く。

「待っててくれなきゃ、帰る場所も分からない」

 カカシは猫背を少しだけ正して、夜の空をぼんやりと見上げた。わたしも釣られるように顔を上へと向けると、地上の明かりに負けぬようにと、細かい光たちがふるふると震えるように輝いていた。
 結局、上忍であるわたしはどうあればいいのか、自分じゃ分からないままだ。
 だからこうなったらもう、カカシが言うように『待つ忍』になろう。オビトの体を里に持ち帰っていい日を待つ忍に。

 オビト、いつも遅刻してたなぁ。

 普段の授業も、任務の集合にも、とても大事なアカデミーの卒業式にだって遅刻した。
 あのとき、わたしは待つことができなかった。あのときほど待っていなければいけないことはなかったのに、リンだけが待っていた。
 だから今度はちゃんと待とう。墓の下で眠るリンと共に、この木ノ葉の地で。

 上忍がどうとか、やっぱり分からない。
 『上忍になったからには』と、意識を変えたり目標を持つことは大事だと思うけど、生憎と今のわたしには無理な話のようだ。
 ただ、上忍になっても、変わらないものを持ち続けることも大事なはず。子どもの頃に抱いた夢を、意志を、曇らせず掲げ続けることも。
 目を閉じて、オビトを思った。わたしの名を呼んでくれるその声を探って、探って、すぐには出てこなくて怖くて、やっと引きずり出せたときには、忘れないようにとそっと耳を塞いで、オビトを閉じ込めた。



43 寄る辺であれ

20181022


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