最果てまでワルツ | ナノ
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 目を開けると、白かった。わたしを背負うカカシの髪の色ではなく、もっとはっきりとした白だった。
 全身に温かさを感じる。張りのあるシーツの感触に、ここがどこだかようやく悟った。病院だ。
 横向きだったので、そのまま手をついて体を起こそうとするけれど、腕に力が入らない。全身がだるくて、目を開けているのも億劫だ。
 腕を動かすと痛みが走る。左腕に針が刺さり、点滴用のチューブが繋がっている。
 しばらくそのまま、ただボーっと、目を開いて病室内を観察したり、疲れて目を閉じたりをしていると、巡回らしい職員が部屋を訪ねてきた。

「あ、お目覚めですか?」

 わたしより年上の女性看護師は、ここは木ノ葉病院で、わたしは数時間前にここに運ばれてきた旨を説明し、体の具合を訊ねてきた。倦怠感を伝えると、チャクラ切れだからだと簡単に返される。

「先生を呼んできますので、少しお待ちくださいね」

 看護師は部屋を出て行った。そのあとで、喉の渇きに気づいた。どうせなら水を持ってきてもらうように頼めばよかったと考えていると、5分ほど経ってようやく看護師は医師を連れて戻ってきた。
 医師は看護師と同じく、体調について問うてきて、わたしがそれに対し答えると、「チャクラが枯渇寸前でしたからね」と、似たような返しをされた。

「背中の火傷なんですが……」

 曇った表情で医師が告げたのは、運び込まれた際に、すぐに背中の火傷を治療したが、皮膚の組織が熱で壊死していたため、完全には綺麗に戻すことができなかったことに対する謝罪だった。
 うすうす、そうなるだろうとは予想はしていたけれど、やはり痕が残るのはショックだ。
 しかし、忍として生きると決めていた以上、一般の女性のように無垢な肌を保つと言うのも無理があった。前線に出れば、それだけ傷を負う機会が増える。こうして一度大きな傷ができれば、これから負う傷痕に対する抵抗も手放せるというものだ。

「ああ、そうでした。詳細は教えていただけませんでしたが、貴女の仲間は全員無事に里へ帰還し、任務も完遂できたと、目が覚めたら伝えてくれと言われています」

 それを聞いて、心からホッとした。あの三人を死なせることもなく、任務も達成できた。本当によかった。気が抜けて、また眠ってしまったので、次に目が覚めたときには尋常じゃないくらい喉がカラカラだった。


 それからチャクラがしっかり戻るまで、一週間ほどかかった。二日目まではベッドから起き上がるのも大変で、食事も、恥ずかしながら口に運んでもらわなければならなかった。
 三日目くらいには自分でシャワー室へ行き頭や体を洗えるまでには回復し、久方ぶりに汚れや汗を落としてスッキリした。
 看護師に着替えを手伝ってもらいながら、背中の傷を鏡で確認すると、三日月のように大きな傷が走っているのが見え、思わず「うわ……」と声を上げてしまった。
 医療忍術を施してもらったおかげか、三日月の形はくっきりと分かるけれど、濃い桃色にぷっくり浮かぶ傷口は化膿もなく、しっかり塞がれている。体を動かすとひきつれのような感覚はあるけれど、痛みも少なく十分に動かせる。
 想像よりもひどくはなかった。背中なら普段から隠しておける場所だし、見せる相手もいないなら問題ない。そうやって、大丈夫大丈夫と自分を納得させて、やっと退院した。



 退院してすぐ、火影室に呼び出された。恐らく、特別上忍の件だろう。
 先の任務で、わたしは暗部の手を借りて、瀕死の状態で里に帰還した。これは失態と捉えられても仕方のないことなので、もしかしたら特別上忍の話は白紙に戻ったかもしれない。
 覚悟を決めて火影室へ入室すると、三代目はわたしの体調を気遣い、先の任務の達成に労いの言葉をかけてくださった。
 三代目はよく、『里の者は皆家族』と仰っている。その気持ちに偽りない姿を前にすると、特上になれなくてもいい、中忍のままでも、一人の忍として里に尽くせればいいとすら思えてきた。

「特別上忍の件だが――」

 きた。心臓が一度大きく鳴る。
 何と言われるだろうか。やはり、今回の件で、特別上忍の話は――

「かすみサホ。本日を以って、木ノ葉隠れの里の上忍を命ずる」

 聞き間違いだろうか。三代目の口からは、『特別上忍』ではなく、『上忍』という言葉が出てきた。
 驚いて声を呑んでいると、三代目がわたしに向けて、一枚の書類を差し出した。両手で受け取り確認すると、そこにはわたしの名前と、『上忍』という文字が記されていた。『特別上忍』ではない。『上忍』の二文字のみだ。

「さ、三代目。わたしが内定していたのは、特別上忍ではなかったのですか?」

 以前伺っていた話と違うと、確認すべく訊ねると、三代目は煙管を口に含み、一度深く吸ったあと、

「その予定だったが、少し事情が変わってな。センリが木ノ葉の里を離れ、火の国の他の町へ移り住むことになった」

煙と共に、そう吐き出した。

「センリ上忍が?」

 クシナ先生亡き後、わたしにとって、封印術の二番目の師匠。わたしが特別上忍になるきっかけも、センリ上忍の影響が大きい。

「上役との話し合いで随分前から決まっていたことだが……。第三次忍界大戦から数年、平和条約で表向きは戦争のない、穏やかな日々が続いておる。しかし、お前も知ってのとおり、他里との争いは尽きん。広い火の国を守りきるには、木ノ葉にはまだまだ、優秀な人材が不足しておる」

 三代目の、鷹のような目が細くなり、火影室の窓から外を眺める。静かな風が吹き、里の住人たちの営みは、平穏無事に進むことが当たり前になっている。けれどそれは光の当たる部分の話で、わたしたちが覗く陰には、日々血が流れている。

「そこでじゃ。火の国の町々には警備のための忍を配しておったが、今回より新たに、忍として適性がある者を探し、見極め、必要とあらば初等教育を担う者を派遣することになった」

 煙管を置いた三代目は、窓からわたしへと視線を戻す。

「あやつはもともと、木ノ葉の者ではない。里で生まれ育った者は忍に抵抗はないが、里外には忍という存在を恐れ、嫌う者も多い。センリのような里外出身者ならば、うまく町に馴染み、適性のある者が忍を志すよう、働きかけができるであろうと考え、話をしたところ快諾してくれた」

 センリ上忍が里外出身者だというのは初めて知った。産まれが木ノ葉の里でなければ忍になれないわけではない。忍者としての適性のある火の国の住人であるなら、アカデミーは誰でも入学できるようになっている。けれど、わたしの近しい人で木ノ葉出身でないのは、渦の国出身のクシナ先生くらいだった。里外出身者の忍はわたしにすると珍しい人たちだ。

「封印術に長けた上忍の穴は大きい。先の任務でのお前の働きも考慮に入れ、その穴をお前に埋めてもらいたいと、話が着いた」

 そこまで説明され、今回の上忍就任についての流れは納得できた。でも、わたし以上に封印術に長けている者が居るはずだ。例えば特上であるシイナさんを上忍にし、わたしが特上になればよかったのでは。
 そんな大きな穴に、ついさっきまで中忍だったわたしを嵌めこんでもいいのだろうか。わたしにセンリ上忍の穴を埋めるなんて無理だ。
 だけど、上役との話し合いの末に決まったのなら、『わたしには務まりません』などと言ったところで取り消しなど有り得ない。里長が上忍に足るべきだと判断してくださったのなら、それが全てだ。仕える私は、不安など口にせず、期待に答えるような結果を出すべきである。
 出せる? 期待に応えられる? わたしを上忍に選んでよかったと思えるような働きができる?
――廊下から、火影室の戸を叩く軽い音が響く。三代目が応えると、扉が開き、中年の女性が姿を見せた。

「では、頼む」
「承知しました」

 三代目の言葉に、女性が頭を深く下げる。

「サホよ。あの者についていけ」
「は、はい」

 命じられ、わたしは三代目に一礼した後、廊下で待っていた女性に続いて火影室を後にした。
 女性は「こちらへ」とだけ言い、先を歩いていく。別階まで進み、一つの部屋のドアを彼女が開け、わたしに中へ入れと促した。
 部屋は、医務室のような雰囲気があった。空間を区切るカーテンが備えてあり、寝台も複数用意されている。しかし、薬棚の類はなく、あるのは特殊な機材がいくつか。やけに無機質な印象を受ける部屋だ。
 わたしを待っていたのか、わたしより年嵩の二人の女性が、中年の女性とわたしを迎える。

「では、かすみ上忍。身に着けている物を全て脱いで頂きます」
「え?」

 聞き慣れない『かすみ上忍』にも、『全て脱いで』にも驚いて声を上げると、彼女は閉めていたカーテンを端に寄せ、

「体を調べますので」

と言い、奥の隠されていた空間に置いてある籠を指差した。

「す、全て、ですか?」
「ええ。下着も含め、全裸になってちょうだい」

 女性はわたしの質問に淡々に、けれど念を押したのか『全裸』という単語を強調するかのように返した。他の二人の女性を見ても、彼女たちも無言で頷くのみ。
 仕方なく、わたしは足を進め、籠の前に立つ。シャッとカーテンが引かれて、切り取られた空間に一人残されたわたしは、黙って服に手をかけた。いつものベストは血だらけで穴も空いていたので、火影室の帰りに新しいものを受け取る予定だったため身に着けていない。服を脱ぎ、下着だけになり、手が止まる。抵抗はあるけれど、全て脱げと言われたなら、これも脱ぐしかない。
 そうして、額当てを含め、体に着けていたもの全てを籠の中へと置く。

「よいですか?」
「……はい」

 カーテンの向こうから声がかかる。返事をすると、再びカーテンが開き、中年の女性と目が合った。自分一人だけが裸だと思うと恥ずかしくて、思わず俯いてしまう。

「では」

 中年の女性が声をかけ、二人の女性と三人で、わたしを囲む。年嵩の女性の一人は書類と筆記具を持っており、もう一人の女性は、中年の女性と共に、両腕を広げたわたしの前半身を調べている。同性とは言え、こうもじっくり観察されるのはかなり抵抗がある。

「後ろを向いて」

 言われて、中年の女性たちに背を向けると「まあ」と声が上がった。

「この背中の傷は?」

 中年の女性が問う。そうだ。背中にはできたばかりの傷がある。

「先日の任務で……」
「そう」

 答えると、彼女はしばらく無言でわたしの体を眺めたあと、

「分かりました。服を着なさい」

そう言って、他の二人を連れ、カーテンの向こうへと出て行った。
 やっと終わったとホッとして、急いで脱いだばかりの服を着た。額当ての巻き布を結び終え、そっとカーテンの外へと出ると、一人も欠けることなく三人が待っていた。
 女性たちは顔を突き合わせ、手元の書類を見ながら話しこんでいる。

「あの……」

 声をかけると、三人はパッとわたしの方を見て、「こちらへ」と中年の女性が呼ぶ。静かに三人の傍に寄ると、中年の女性は書類を一瞥したあと、わたしに向き直った。

「突然で悪かったわね」
「いえ。その、これは、一体……」
「説明するわ。貴女、色任務のことは知ってるわよね?」
「え? ええ、まあ」

 唐突な言葉に構えてしまったのは、色任務が特殊な任務だからだ。狙った人物の好みや、目的に合わせた者を送り込み、必要とあらば情を交わし、遂行する任務。アカデミー時代に、授業中に男女に別れざっくりと教えてもらっていたけれど、その内容からしてあまり受けたくはない任務だ。わたしは幸いにもまだ受けたことがない。

「通常は暗部や、色専門の忍が行うけれど、特別上忍以上でも、必要に応じてこなしてもらうことになっています」

 初めて知った決まりに、いやな汗が噴き出した。
 そんな。そんな話聞いたことがない。
 なら、なら、わたしは、これから――

「多少の傷なら、医療忍術を施せば痕を消せもするけど、その背の傷は……」
「あっ……病院で、痕が残らないようにと手を尽くしてもらったんですが……」
「そう。この体での色任務は無理ね。火影様には、不向きな体と伝えておきます」

 これ以上は綺麗になりようがない、と伝えられたことを告げると、中年の女性は書類に何かしら書き込みながらわたしに言って、他の二人に指示を出すと部屋を出て行った。
 パタンとドアが閉まり、女性の気配がなくなったあと、残ったうちの一人の女性は、隅に置かれていた機材にカバーを掛け、もう一人の女性はわたしの傍へ寄った。

「あの……」
「特別上忍や上忍になった者は、ここで体を調べることになっているの。色任務は、一般人を装うものだから、傷が多かったり、深い傷を負っていないか確認するのよ。変化で姿を変えたり傷を消すことはできるけど、変化に気づかれたら意味がないでしょう?」
「そ、そうなんですか……」

 わたしが切り出す前に、傍に寄った女性は訊かれる内容を予想していたらしく、スラスラと説明してくれた。説明慣れしているその姿に、こういった場を何度も経験しているのだと、それだけの特上や上忍の女性たちが、ここで体を暴かれたことを実感する。
 こんな決まりがあることを知ったら、特上や上忍の女性たちを、これから違う目で見てしまいそうだ。もちろん、上忍になったわたしも、これからそういう目で見られるだろう。たとえ色任務を免除されているとしても、そんな事実を他人は知り得ない。
 忍という職が綺麗なものじゃないとは分かっていたけれど、こういった生々しい部分を身近に感じると、さすがにいい気持ちはしないものだ。

「こんなことを言うのはどうかと思うけれど、傷を持っていてよかったわね」

 女性は苦笑いではあったけれど、わたしに対し「よかった」と、ここでのことは決して他言してはならないと言い聞かせたあと、部屋を出るようにと促した。
 彼女らを置いて、わたしは部屋を出て、廊下を歩いた。部屋の中で起こったことなど関係なく、廊下には柔らかい陽が差しこんでいる。


「特別上忍就任の、祝儀だよ」


 やっと、あのときのカカシの言葉と行動の意味が分かった。
 あいつは知っていた。特別上忍以上になると、色任務の命も下ると。
 だからわざと、背中に痕が残るように焼いた。色任務ができない体に仕立て上げた。

 一体、何のために。

 考えれば、すぐに答えは出そうだ。だけど、考えるのが怖かった。カカシがどうしてそんなことをしたのか考えるのは、余計なことまで知ってしまいそうだった。



 新しい木ノ葉のベストを受け取り、羽織ってみるとやはり少し背中が痛む。しかし、長年身に着けていた物だから、ないと落ち着かないので我慢することにした。そのうち痛みもなくなるだろう。
 受付所で次の任務の確認でもしようかと向かうと、前回の小隊のメンバーだった、十五の中忍とバッタリ会った。

「隊長!」

 十五の中忍は、共に居た仲間の輪から外れ、わたしの下まで歩み寄ってくる。

「もう隊長じゃないけどね」
「あっ……すみません。かすみ中忍」
「もう中忍でもないの」
「えっ!? ま、まさか、忍を辞められるんですか!?」

 いちいちリアクションが大きいのは、若さ故だろうか。といっても、わたしと四つしか違わない。このくるくると変わる表情は、彼自身の性格だろう。なんだか可愛らしくて、吹き出してしまう。

「違うの。さっき、上忍にね。なったの」
「じょ、上忍に? ええっ!? あの、おめでとうございます!」
「ありがとう。あなたも元気そうでよかった」

 礼を返し、中忍の無事にホッと胸を撫で下ろす。見たところ、彼は負傷した様子もなく元気そうだ。

「みんな、無事に里へ戻れたのね」
「たいちょ――かすみちゅ――上忍のおかげです」

 中忍が頭を下げ、深く礼を取る。

「かすみ上忍が入院していることは聞いていたんですが、チャクラ切れなら面会に行くのも負担になるかもと思って、三人で相談して、しばらくはお見舞いは控えよう、と」

 どうやら彼らも、わたしのことを心配してくれていたらしい。見舞いを遠慮してくれたのも有難かった。退院直前なら大分体調も良かったけれど、入院してすぐは怠さがひどくて、人と接するよりずっと寝ていたかった。なのにガイがしょっちゅう顔を出してうるさくて、看護師から注意を受けて摘み出されていたっけ。

「そうだったの。気を遣ってくれてありがとう。もし二人にも会ったら、そう伝えておいて」
「はい。必ず」

 他の二人にもわたしの安否は伝わっているだろうけれど、一応、そのように頼むと、中忍はハキハキと答え、頷いた。



 任務で里を二日離れ、それから一週間は病院。やっと退院して、約十日ぶりに、オビトの名が刻まれた慰霊碑へと足を向けることができた。
 手には花屋で買った、オビトのイメージに合わせた、いつもの赤とオレンジと白の花束。先にリンと父とクシナ先生、ミナト先生へも会いに行き、そちらにも花を手向けてきた。
 オビトに会うのを最後にしたのは、なんとなく、本当になんとなく、あいつが今、居る気がしたからで、その第六感みたいなものはピタリと当たった。

 慰霊碑の前で佇むのは、長身の痩躯。その高さから痩せて見えるけれど、あれはほとんど筋肉でできていて硬い。それをこの間、この身を以って知った。
 わたしが隣に立っても、それが分かっていたように、カカシは無反応という反応を見せる。気配を消していないのだから、気づかないわけもない。
 膝を折って、花束をオビトの前へ置く。動かす度に、風に煽られる度に、花束の包み紙はカサカサと音を響かせる。

「特上になると何があるか分かってて、背中の傷を焼いたんだ」

 曲げていた膝を伸ばしつつ、隣の男へ声をかける。

「まあね」

 悪びれた様子もなく、カカシは素直に肯定した。何を、とはっきり言っていないのに、わたしが何の話を聞き、何をされたか分かっているのが、言葉にしなくても伝わる。

「特上以上ってことは、カカシも?」

 色任務は何も女だけがやるものではない。目当てが女なら、男を宛がう必要がある。カカシはわたしより何年も先に上忍になっている。ならば、可能性としては考えられる。

「あー……そういう奴も居るみたいだけど、オレはないな。上忍とはいえ昇格した頃は子どもだったし、今じゃ名前も顔も知られてるから任務にならない」

 少し口の回りが淀むのは、内容が内容だけに、だろう。その態度を見ていると、無遠慮に訊ねたわたしははしたなかった。もっとマシな問い方をすればよかったと後悔したけれど、こういう話で品を求めてもあまり意味がないと思い直した。訊いていることは結局同じなのだ。

「それにこれは、簡単に隠せるものじゃない」

 カカシはそう言うと、隠している左目を指で触れた。写輪眼やあの縦に走る傷を消すとなると、やはり変化が必要になる。おまけに珍しい銀髪。そして里外にも知れ渡っている名前。どうやったって、この男には色任務などの潜入任務は向かない。

「でも、わたしだって確実に色任務の話があるかなんて、分からないでしょ。ああいうのは向き不向きがあるって言うし……」

 色任務が、暗部や色専門の忍に振り分けられていたのは、専門にしなければならないほど複雑な任務だからだ。相手を魅了する容姿はもちろん、言葉や仕草もそうだし、性行為に関しても相応の腕を求められる。あとは心だ。狙った相手にほだされて、裏切られては困る。
 そういう点から、色任務を行うに値する忍はかなり絞られてくる。どれか一つでも欠けてはならない。何より里への忠誠心が。

「いや、あるでしょ。お前は――」

 カカシは言いかけてピタリと止まった。お前は、なんだろうか。気になるけれど、カカシは微動だにしない。

「『お前は』? なに?」

 一体どうしたのだと声をかけると、「ああ、うん」などと無愛想な相槌を打った。

「……封印術だとか、幻術だとか、特化した技術を持っている者の、単独潜入が必要な場合……も、ある」

 ようやく続けられた話は、理由としては尤もらしく、確かにと納得させられた。いつ何が起きるか分からない。そういった際に、対応できる者を迅速に用意して送り込まなければならない。そのためのリストを備えておくのは大事だ。
 けれど、カカシの口調にはひっかかりがいくつもあって、わざわざ言いかけて止まるほどの理由には思えなかった。それを問うても、きっとこの男は答えないだろうから、追及するのはやめた。

「色任務ができる忍なんて、限られているのに……」

 代わりに口をついて出たのは少し拗ねた物言いで、背中に痕を残したカカシをやんわり批判していた。
 色任務を任されないで済むのは嬉しい。ただ、色任務を任せられる者の条件に、わたしが見合う忍だったかもしれない。それなのにカカシが背を焼いたせいで外されたのであれば、色任務を担える者が一人減ったということだ。それは里にとってマイナスになるのではないだろうか。

「じゃあお前は、命じられれば誰とでも寝られるわけ?」

 さっきとは打って変わって、カカシはハキハキと喋った。ハキハキどころか、鋭い棘すら見える。
 怒っている。声だけで、それが分かる。横を向けば、すでにこちらに顔を向けていたカカシの、右の目と視線がかち合う。

「通常任務とは違うが、色任務も、オビトが守りたかった里を支えるために必要だ。だけどお前は、オレにとっては……オビトが残した『守りたかったもの』だ」

 わたしもオビトが守りたかったもの。
 そう言われたら、さきほどの自分の発言を訂正したくてたまらなくなる。
 色任務を受けることがなくなって心底ホッとしているくせに、カカシが背中を焼いたことを結果的に感謝しているくせに、わたしはカカシを責めた。いやな女だ。最低な女だ。
 夜色の目はわたしを貫き続ける。目を逸らせない。だけど、居心地の悪さは覚えなかった。
 あのとき、色違いの目がわたしを覗き込んできたとき、とても安心した。オビトの目にではなくて、カカシの目に。昔から正しく、厳しく、淡々としていながらも、カカシはわたしを助けてくれた。折れてしまいそうな心に手を貸してくれた。

 カカシはわたしを、守ってくれた。

 そうだ、守ってくれた。これまでと変わらず、カカシは守ってくれた。誰とも分からぬ相手に媚を売り、体を晒すことから守ってくれたのだ。やり方は強引で本当に痛かったけれど、カカシに背中を傷つけられたことは、知らない男に体を暴かれるよりはずっといい。
 カカシは守ってくれた。そう思うと、胸が熱くなる。守られる存在であることが、くすぐったくも、心地よいと感じてしまう。

――だけど、カカシがわたしを守ったのは、『オビトが守りたかったもの』だからだ。

 カカシが自分の意思で守りたかったんじゃない。オビトの意志を尊重するために、里の住人の一人であるわたしを、代わりに守っただけだ。
 熱かった胸にずきんと痛みが走る。ずきんずきんと続く。

 カカシはオビトのために。
 わたしのためじゃない。
 自分のためじゃない。
 オビトのために、動いただけ。

 ずきんずきん。痛みは増していく。
 何だろう、この言葉にならない痛みは。
 わたしだって、同じことをいつも考えているじゃない。わたしだって思ったでしょう。カカシもオビトの守りたかったものだって、やっと気づいたじゃない。
 同じなのに、すごく胸が痛い。悲しい――悲しい? 悲しい、のだろうか。よく分からない。
 分かるのは、カカシにとってもうわたしは、昔のように『カカシとして』ではなく、オビト越しにしか手を触れない程度の存在だということだけだ。



42 遠くなった手

20181014


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